肺血栓塞栓症ガイドラインの最新診断治療法

肺血栓塞栓症ガイドラインによる診断治療

肺血栓塞栓症ガイドライン最新知見
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2025年版統合ガイドライン

従来の3つのガイドラインを統合し、肺循環疾患の包括的管理を実現

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DOAC中心の治療戦略

直接経口抗凝固薬による革新的治療アプローチの確立

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個別化医療の実践

患者特性に基づくリスク層別化と最適治療選択

肺血栓塞栓症診断における最新アプローチ

肺血栓塞栓症の診断は検査前臨床的確率の評価から開始される 。Wellsスコアやジュネーブ・スコアを用いて低リスク、中等度、高リスクに分類し、これに基づいて診断戦略を決定する重要性が強調されている 。

参考)https://js-phlebology.jp/wp/wp-content/uploads/2019/03/JCS2017_ito_h.pdf

D-ダイマー検査は検査前臨床的確率が低いあるいは中等度の症例において重要な役割を果たす 。陰性の場合は画像診断を行うことなく診断を否定でき、不必要な検査の回避に寄与している。一方で、検査前臨床的確率が高い症例では、D-ダイマー検査の利用価値が低下するため、直接的に診断を確定できる造影CTや肺動脈造影を施行することが推奨される 。
造影CT検査は現在最も有用性が高い診断手段として位置づけられており、PIOPED II試験では感度83%、特異度96%という良好な結果が報告されている 。特に検査前臨床的確率が低く、CTで血栓が陰性の場合は急性肺血栓塞栓症を否定できることが確立されている。肺シンチグラフィは造影剤アレルギー例や腎機能低下例において依然として有用な診断手段として活用されている 。

肺血栓塞栓症重症度評価システム

2025年版ガイドラインでは、ESCガイドラインに基づく早期死亡率による重症度分類が採用されている 。まず血圧低下やショックの有無により高リスク群を判別し、高リスク群でなければPESIないし簡易版PESIスコアで中リスク群と低リスク群を分類する体系的アプローチが示されている 。

参考)深部静脈血栓症ガイドライン

中リスク群では右室機能不全を超音波検査やCT検査で評価し、心筋障害のバイオマーカー上昇の有無を加えて中高リスク群と中低リスク群に細分化している 。この重症度分類により、患者個別の予後予測と治療選択の最適化が可能となり、不必要な侵襲的治療の回避や適切な治療強度の決定に重要な指針を提供している。
バイオマーカーとして、BNPやNT-proBNP、トロポニンは院内イベント発生の陰性的中率が高く、予後良好な患者群を区別するのに有効である 。特にトロポニンT 14 pg/mL以下では陰性的中率がきわめて高く、予後予測における重要な指標として活用されている。

肺血栓塞栓症DOAC治療戦略

2025年版ガイドラインの最も重要な改訂点は、DOAC(直接経口抗凝固薬)を中心とした治療戦略の確立である 。従来の未分画ヘパリンとワルファリンの組み合わせから、エドキサバンリバーロキサバン、アピキサバンといったDOACが第一選択薬として位置づけられている 。
DOACの導入により、従来の複雑な管理が大幅に簡素化され、定期的な血液検査や食事制限の必要性が減少している 。リバーロキサバンおよびアピキサバンは一定期間の高用量による初期治療後に常用量で投与される一方、エドキサバンは非経口抗凝固薬による適切な初期治療後に投与される特徴がある 。
外来治療の拡大も重要な変化であり、血行動態が安定し、全身状態や下肢症状が安定している症例では、初期治療から外来で行うことが可能となっている 。これにより入院期間の短縮と医療費の削減に大きく寄与している。

参考)静脈血栓塞栓症の治療

肺血栓塞栓症がん関連治療の進歩

がん関連静脈血栓塞栓症の治療において、従来のLMWH(低分子量ヘパリン)に加えてDOACが新たな標準治療として認められた 。Hokusai VTE Cancer試験、SELECT-D試験、Caravaggio試験などの高品質なRCTの蓄積により、DOACががん関連VTEにおいてLMWHに代わり得る治療選択肢として確立されている。
特に日本においてLMWHの入手が困難な場合も多く、DOACの適用拡大は実臨床において大きなメリットをもたらしている 。ただし消化管出血リスクの高い消化器がんでは慎重投与が必要とされ、個別化治療の重要性が強調されている。
治療期間については「がんが活動性である限り継続」が原則とされており、従来の3~6ヶ月という固定期間から、がんの状態に応じた柔軟な治療継続が推奨されている 。これにより再発リスクの高いがん患者における長期的な血栓症管理の質向上が期待される。

肺血栓塞栓症COVID-19関連対策

2025年版ガイドラインではCOVID-19関連項目が新設され、重要な改訂点として位置づけられている 。COVID-19感染は血液の凝固異常やDICを引き起こし、重症患者でVTE合併率が高いことが明らかとなっている。
中国や欧州のICU症例では予防的抗凝固なしで20~30%前後にVTE発症が認められる一方、日本の全国調査では入院COVID-19患者のVTE発症は約0.6%と低率であるが、人工呼吸管理症例に集中している 。この疫学的特徴を踏まえ、中等症II(酸素投与が必要)や重症(ICU管理)では血栓予防目的での抗凝固療法の考慮が推奨されている。
実際の予防策として、入院COVID-19患者には原則として低用量ヘパリン等によるVTE予防が行われ、重症例では治療量に近い抗凝固投与も検討されている 。これらの対策により、COVID-19パンデミック下における血栓症管理の標準化が図られている。
日本循環器学会による肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン(2017年改訂版)の全文
2025年版肺血栓塞栓症・深部静脈血栓症・肺高血圧症ガイドラインの臨床における実践的な解説