酸化ストレスと活性酸素の基礎知識
酸化ストレスは、生体内において活性酸素の産生と抗酸化システムのバランスが破綻した状態として定義されている 。このバランスの破綻により、活性酸素が生体高分子と反応し、DNA変異、脂質過酸化、タンパク質変性、酵素失活などの分子レベルでの酸化損傷が生じる 。
参考)https://www.jaica.com/guidance_oxidative_stress/index_pc.html
活性酸素種(Reactive Oxygen Species:ROS)は、酸素を含む反応性の高い化合物の総称である 。主なROSには、スーパーオキサイドアニオン(O₂⁻)、過酸化水素(H₂O₂)、ヒドロキシルラジカル(・OH)、一重項酸素(¹O₂)がある 。これらの活性酸素は、呼吸による酸素消費に伴って発生するほか、炎症反応、放射線や紫外線への曝露、喫煙、激しい運動などにより産生される 。
参考)https://iryogakkai.jp/2015-69-07/317-24.pdf
生体は活性酸素から身を守るために、抗酸化防御システムを備えている。この防御システムには抗酸化酵素と抗酸化物質が含まれ、活性酸素を無害化する役割を担っている 。
酸化ストレスの活性酸素産生メカニズム
活性酸素の産生は主にミトコンドリアの電子伝達系で起こる。酸素分子が4個の電子と4個のプロトンを受け取り水分子になる過程で、中間産物として活性酸素が産生される 。通常の状態では約2-3%の酸素がROSに変換されるが、病的状態や外的ストレス下ではこの割合が大幅に増加する 。
参考)「酸化ストレス」を検出する世界初の量子センサーを開発―光とM…
ミトコンドリア以外の活性酸素産生源として、NADPH酸化酵素、キサンチン酸化酵素、シクロオキシゲナーゼ、リポキシゲナーゼなどの酵素系が知られている 。また、放射線や紫外線の照射により水分子が分解されてヒドロキシルラジカルが生成される放射線分解も重要な産生経路である 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10622810/
高血糖状態では、グルコースの自動酸化やタンパク質糖化反応により活性酸素の産生が亢進する。糖尿病患者でミトコンドリアから大量の酸化ストレス物質が発生するのはこのメカニズムによる 。
参考)酸化ストレスと深い関わりのある疾患 – 抗酸化チャンネル -…
酸化ストレスの抗酸化防御システム機能
生体の抗酸化防御システムは、酵素的防御機構と非酵素的防御機構に大別される。酵素的防御機構の主要な構成要素は、スーパーオキサイドジスムターゼ(SOD)、カタラーゼ(CAT)、グルタチオンペルオキシダーゼ(GSH-Px)である 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/manms/9/3/9_164/_pdf
SODはスーパーオキサイドアニオンを過酸化水素と酸素に変換する反応を触媒する 。SODには3つのアイソザイムがあり、細胞質型(Cu/Zn-SOD)、ミトコンドリア型(Mn-SOD)、細胞外型(EC-SOD)が存在する 。
カタラーゼは過酸化水素を水と酸素に分解する酵素で、主に肝臓や腎臓に高濃度で存在する 。グルタチオンペルオキシダーゼは、グルタチオン(GSH)を用いて過酸化水素や有機過酸化物を還元する反応を触媒し、活性部位にセレンを含む特徴的な酵素である 。
非酵素的抗酸化物質には、ビタミンC、ビタミンE、β-カロテン、尿酸、グルタチオンなどの低分子抗酸化物質がある 。これらは食品から摂取されるものが多く、疫学調査により健康維持と疾病予防における重要な役割が示されている 。
酸化ストレスのバイオマーカー検査技術
酸化ストレスの評価には、酸化損傷マーカーと抗酸化能マーカーの測定が行われる。最も広く用いられる酸化ストレスマーカーの一つが8-hydroxy-2′-deoxyguanosine(8-OHdG)である 。
8-OHdGは、DNA構成塩基の一つであるデオキシグアノシンの8位がヒドロキシル化された化合物で、活性酸素によるDNA酸化損傷を鋭敏に反映する 。デオキシグアノシンは4種類のDNA塩基の中で最も酸化還元電位が低いため活性酸素による酸化を受けやすく、その主要酸化生成物である8-OHdGは酸化ストレスの信頼性の高いバイオマーカーとなっている 。
8-OHdGは化学的に安定な物質で、DNA修復過程で細胞外に放出され腎臓を経て尿中に排出される 。2次代謝を受けずに排出されるため、生体内の酸化ストレスを定量的に反映する 。測定法としては、従来のHPLC-ECD法に加え、ELISA法、LC-MS/MS法、GC-MS法などが開発されており、尿、血清、組織サンプルの測定が可能である 。
近年では、スマートフォンで読み取るだけで測定できる簡易測定システムも開発され、非侵襲的な酸化ストレス評価が身近になっている 。
参考)ホーム – S-ICG /【尿中8-OHdG】尿中バイオマー…
酸化ストレスの疾患関連性と病態機序
酸化ストレスは多くの疾患の発症や進行に関与している。特に重要な疾患として、がん、糖尿病、心血管疾患、神経変性疾患が挙げられる 。
がんとの関連では、酸化ストレスが高い状態でがんが発生しやすくなることが明らかになっている 。活性酸素によるDNA損傷が蓄積し、遺伝子変異を引き起こすことで発がんリスクが上昇する。特に8-OHdGはG→T変異を惹起するため、染色体における8-OHdGの増加は発がんリスクの上昇に直結する 。糖尿病患者ではがんになるリスクが2-4倍に増加するが、これは高血糖による酸化ストレス亢進が一因とされる 。
糖尿病では、高血糖状態によりミトコンドリアから大量の活性酸素が産生される 。この酸化ストレスは糖尿病の病態を悪化させ、血管合併症の進行を促進する 。また、酸化ストレスにより抗酸化防御機構も障害され、悪循環が形成される 。
参考)https://plaza.umin.ac.jp/j-jabs/32/32.247.pdf
心血管疾患では、LDLコレステロールの酸化が動脈硬化の初期段階として重要な役割を果たす 。酸化LDLは血管内皮細胞を傷害し、炎症反応を惹起して動脈硬化の進行を促進する 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10215600/
神経変性疾患では、脳組織の高い酸素消費量と相対的に低い抗酸化能により、酸化ストレスが病態形成に深く関与する 。アルツハイマー病、パーキンソン病、ADHD、うつ病などが酸化ストレス関連疾患として報告されている 。
酸化ストレス対策の栄養管理と生活習慣改善法
酸化ストレス対策には、抗酸化物質の積極摂取と生活習慣の改善が重要である。主要な抗酸化物質として、ビタミンC、ビタミンE、ポリフェノール類がある 。
参考)老化を防ぐビタミンCとビタミンE!抗酸化物質の仕組みを知ろう…
ビタミンCは水溶性の抗酸化物質で、活性酸素を直接中和する作用に加え、過酸化脂質の生成を抑制する効果がある 。柑橘類、いちご、キウイ、アセロラなどの果物や、緑黄色野菜に豊富に含まれる 。ビタミンCは熱に弱く水に溶けやすいため、新鮮な生の状態で摂取することが推奨される 。
参考)【医師監修】抗酸化作用のある食べ物は?老化予防のために実践し…
ビタミンEは脂溶性の抗酸化物質で、細胞膜内の脂質過酸化を防ぐ重要な役割を担う 。植物油、ナッツ類、アボカドなどに多く含まれる 。ビタミンEは酸化されたビタミンCを還元し、ビタミンCは酸化されたビタミンEを還元する相互作用により、抗酸化効果が増強される 。
ポリフェノール類には、カテキン、アントシアニン、クルクミン、レスベラトロールなどがあり、強力な抗酸化作用を示す 。緑茶、赤ワイン、ブルーベリー、ゴマなどに豊富に含まれる 。
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食事管理では、緑黄色野菜と果物を中心とした抗酸化物質を多く含む食品を1日10品目摂取する「食トレ」が推奨される 。一方、高カロリー食品、加工食品、揚げ物、過度の飲酒は酸化ストレスを増加させるため制限が必要である 。
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運動習慣も抗酸化能向上に重要である。適度な有酸素運動により体内の抗酸化酵素活性が高まり、活性酸素を中和する働きが強化される 。週3回以上、1日30分-1時間程度のウォーキングやジョギングが理想的とされる 。ただし、過度な運動は活性酸素の産生を増加させるため、適度な強度を維持することが重要である 。
ストレス管理と質の良い睡眠も酸化ストレス対策の重要な要素である 。慢性的なストレスや睡眠不足は活性酸素の産生を促進するため、リラクゼーション技法の習得や規則正しい生活リズムの維持が推奨される 。