不随意運動の種類
不随意運動とは、本人の意志とは関係なく身体に生じる異常な運動現象であり、臨床的には意志による抑制が困難な運動障害として定義される 。医学的分類では、運動の出現する部位により大きく3種類に分けられ、さらに運動の性質でいくつかに細分される 。
参考)(症状編) ふるえ、かってに手足や体が動いてしまう|神経内科…
不随意運動の原因疾患は、特発性の疾患(パーキンソン病など)、二次性疾患(脳血管障害、代謝性疾患、薬剤性など)、遺伝性疾患(遺伝性ジストニア、遺伝性パーキンソン病など)、機能性疾患に分類される 。診断には神経学的診察のほか、血液検査、画像診断、電気生理学的検査、場合によってはビデオ撮影などによる症状の詳細な解析が必要となる 。
参考)不随意運動症(本態性振戦、パーキンソン病、ジストニアなど)
不随意運動の振戦と本態性振戦の特徴
振戦は不随意運動の中で最も頻繁にみられる症状であり、四肢、頚部、体幹など全身のどこにでも起こる規則的な震える現象である 。本態性振戦は「原因不明である振戦」という名の通り、明確な原因は未だ解明されていないが、患者の約3割に家族歴があることから遺伝的要因の関与が示唆される 。
参考)第8回「不随意運動」
本態性振戦とパーキンソン病による振戦の鑑別は臨床的に重要である 。本態性振戦は姿勢時や動作時に出現する速い振戦であり、主にふるえのみを症状とする。一方、パーキンソン病では安静時に出現する遅い振戦で、丸薬を丸めるような特徴的な動きを示し、固縮や無動などの他症状も伴う 。
パーキンソン病の場合、ドパミン神経細胞の減少により、中脳黒質の機能障害が起こることで振戦が生じる 。治療においてはレボドパ製剤が有効であるが、長期使用により遅発性ジスキネジアなどの副作用が問題となる場合がある。
不随意運動における舞踏運動とハンチントン病の病態
舞踏運動(chorea)は、四肢遠位部に優位にみられる比較的早く滑らかな、踊っているような不随意運動で、運動パターンも速度も随意運動のような自然さを持つ特徴がある 。全身のあらゆる部位に生じ、リズムはなく不規則で、責任病巣は線状体の障害によることが知られている 。
参考)https://www.igaku-shoin.co.jp/misc/pdf/1402107652.pdf
ハンチントン病は舞踏運動を引き起こす変性疾患として最もよくみられる遺伝性疾患である 。常染色体優性遺伝様式を示し、疾患に関わる遺伝子は50%の確率で子どもに伝わる 。主な症状は舞踏運動を中心とする運動症状と精神症状で、以前はハンチントン舞踏病と呼ばれていたが、症状が舞踏運動だけでないため名称が改められた。
参考)舞踏運動、アテトーゼ、ヘミバリスム – 09. 脳、脊髄、末…
興味深いことに、ハンチントン病では子どもは親に比べて若い年齢で発病する傾向があり、子どもが親より先に発症する例も観察される 。診断には遺伝子検査が保険適用されているが、治療法がない成人発症の遺伝性疾患の遺伝子診断については、十分なカウンセリングと本人の自発的意思確認が必須とされている。
参考)ハンチントン病 – NsPace(ナースペース)-家で「看る…
不随意運動のバリズムとアテトーゼの臨床的特徴
バリズム(ballism)は上肢または下肢を近位部から投げ出すような大きく激しい不随意運動で、数秒に1回程度の頻度で不規則に繰り返し生じる 。多くの場合、片側の上下肢に見られるため片側バリズムと呼ばれ、原因の大部分は脳血管障害で、責任病巣は対側の視床下核または視床下核-淡蒼球路にある 。
参考)http://www.med.akita-u.ac.jp/~seiri1/Japanese/okamoto/med/involuntary.htm
アテトーゼ(athetosis)は、ゆっくり流れるようにうねる連続的な不随意運動で、通常は手足に現れる 。責任病巣は対側の被殻で、四肢遠位筋、顔、躯幹を侵し、運動は遅く規則性がなく、筋緊張は亢進傾向を示す 。
舞踏運動とアテトーゼは同時に起こることがあり、その場合は通常、くねくねと踊るような動きになり、舞踏アテトーゼ(choreoathetosis)として分類される 。これらの不随意運動に対しては、原因疾患の治療とともに抗精神病薬が有用とされている。
不随意運動のジストニアとジスキネジアの鑑別診断
ジストニア(dystonia)は、意図せずに筋肉が持続的に収縮する状態で、体の硬直や痙攣を特徴とする不随意運動である 。責任病巣は対側の被殻で、四肢近位筋や体幹を侵し、運動は遅く、筋緊張は亢進することが多いが、時に低下することもある 。
参考)ジスキネジアとジストニアの違いについて教えてください。 |パ…
ジスキネジア(dyskinesia)は、広い意味では不随意運動全般を指すが、狭い意味では主に不規則に繰り返す運動を示す 。具体的症状として、繰り返し唇をすぼめる、舌を左右に動かす、口をもぐもぐさせる、手が勝手に不規則に動く、体幹がくねくね動いてじっとしていられない等がみられる。
遅発性ジスキネジア(tardive dyskinesia)は、抗精神病薬の長期使用により生じる重要な副作用である 。原因としては、ドパミン受容体が長期間遮断されることで、細胞がドパミンを受け取ろうとしてドパミン受容体の数を増加させ、結果的にドパミン刺激が過剰になることで発症すると考えられている。2022年3月にバルベナジン(ジスバル)が国内初の遅発性ジスキネジア治療薬として承認され、VMAT2阻害によりドパミン放出量を調整する治療が可能となった 。
参考)遅発性ジスキネジアと治療薬バルベナジン(ジスバル)について|…
不随意運動のミオクローヌスとチック症の臨床的意義
ミオクローヌス(myoclonus)は、個々の筋群に生じる非常に速い不随意運動で、ある程度の規則性を持つ特徴がある 。責任病巣は大脳、脊髄、主に小脳であり、筋がピクッと収縮する症状として観察される 。診断には筋電図による記録が有用で、原因検索として脳・脊髄MRI、誘発電位、脳波などが役立つ。
参考)不随意運動 – みやけ内科・循環器科【総合内科のアプローチ】
チック(tic)は、幼少期から小児期にかけて発症する発達障害の一つで、急に出現する不随意運動や音声を繰り返すという特徴がある 。運動チックは顔面や首、肩などの筋が不随意的に収縮を繰り返し、まばたき、顔しかめ、首振り等として現れる 。音声チックは、「ンンン」という声や鼻をすする音として表現される。
トゥレット症候群は、運動チックと音声チックの両方が1年以上みられる場合に診断される最も重症なチック症である 。小児1000人当たり3-8人に発症し、男女比は3:1である。興味深いことに、瀬川病の研究から、チックではドパミン神経の活性が低下しており、受容体の過感受性が生じることで症状が現れると考えられている 。このドパミン神経の不足状態は発達過程で起こるため、脳の発達とともに徐々に改善し自然緩解する傾向がある。
参考)小児と青年におけるトゥレット症候群とその他のチック症 – 2…
これらの不随意運動の多くは睡眠時に止まり、不安や精神的緊張・ストレスで悪化するという共通の特徴を持つ 。正確な診断には、発症時期と様式、家族歴、既往歴の確認とともに、不随意運動の詳細な観察が必要である。治療法としては薬物療法から開始するが、症状が薬物で抑制できない場合や副作用が出現する場合には、脳深部刺激療法(DBS)などの外科的治療が検討される 。
参考)不随意運動
日本神経学会による不随意運動の分類と症状について詳しい解説
医学書院による不随意運動の臨床的分類と診断に関する詳細な資料
神経治療学による不随意運動の診断と鑑別についての専門的論文