髄膜炎菌のグラム染色診断
髄膜炎菌のグラム染色所見と形態学的特徴
髄膜炎菌(Neisseria meningitidis)は、グラム染色において特徴的な所見を示すグラム陰性双球菌です 。大きさは0.6〜0.8μmで、腎臓型の双球菌として観察されます 。グラム染色では赤色に染色され、二つの球が連なった特徴的な形状を呈します 。
参考)https://www2.pref.iwate.jp/~hp1353/kansen/hanasi/416.pdf
髄液検体のグラム染色では、髄膜炎菌は好中球に貪食された状態で観察されることが多く、これが診断上の重要な手がかりとなります 。髄液のグラム染色でグラム陽性双球菌(原文ママ)を認めた場合、髄膜炎菌感染症を強く疑う必要があります 。しかし、実際にはグラム陰性双球菌であり、この記載は誤りと考えられます。
参考)https://h-crisis.niph.go.jp/bt/other/38detail/
髄膜炎菌は通常、莢膜と呼ばれる膜に包まれており、この莢膜にある抗原の種類によって12の血清群に分けられています 。日本では特にY群による症例が近年多く報告されており、以前はB群が主流でした 。
髄膜炎菌感染症の早期診断における課題
髄膜炎菌感染症は発症後短時間で症状が進行し、致死率が約10%と高い疾患です 。早期診断の重要性は高いものの、初期症状が発熱、頭痛、嘔吐など風邪症状に類似するため、診断が困難です 。
参考)https://www.know-vpd.jp/vpdlist/zuimakuenkin_kansen.htm
グラム染色による診断には技術的な限界があります。細菌をグラム染色で確実に同定するには、10⁵/mLの菌数が必要とされています 。偽陰性の原因として以下が挙げられます:
- 髄液の不適切な取り扱い
- 沈殿後の細菌の不十分な再懸濁
- 脱色やスライド解釈の誤り
髄膜炎菌は寒冷条件で死滅しやすい特性があるため、検体はすみやかに検査室へ提出し、冷蔵保存ではなく常温保存が重要です 。この特性により、培養検査での検出率も低下する可能性があります。
髄膜炎菌の血清群型別と疫学的意義
髄膜炎菌の血清群型別は疫学上極めて重要です 。髄膜炎菌の莢膜多糖体がワクチンの抗原として使用されており、流行している血清群と同一のワクチンを使用しなければ防御効果が期待できません 。
参考)https://www.niid.jihs.go.jp/images/plan/kisyo/3_takahashi.pdf
現在、A、B、C、X、Y、W群が侵襲性髄膜炎菌感染症の主要な原因となっています 。日本国内の分離株では、B群およびY群が多い傾向が認められますが、約半数の症例では血清群が不明となっています 。
PCR法による血清群の同定が可能であり、以下のプライマーセットが使用されています。
- A群:orf2プライマー
- B群:siaD(B)プライマー
- C群:siaD(C)プライマー
国内分離株の遺伝子解析では、海外由来株と国内株の混在が確認されており、グローバル化に伴う感染拡大のリスクが示唆されています 。
髄膜炎菌感染症の検査法と診断精度
髄膜炎菌感染症の確定診断には複数の検査法を組み合わせることが重要です。髄液、血液から分離培養を行い、グラム染色による検鏡および生化学的性状により髄膜炎菌であることを確定します 。
参考)https://id-info.jihs.go.jp/diseases/sa/bac-megingitis/020/neisseria-meningitidis.html
近年、FilmArray® 髄膜炎・脳炎パネル(FA-M/E)が保険適用となり、迅速診断に有用性が示されています 。従来の髄液検査のみでは診断・起因菌同定が困難な症例でも、FA-M/Eにより同定が可能な場合があります。これは特に以下の状況で有効です:
参考)https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/jja2.12980
- 髄液のグラム染色・培養検査が陰性の症例
- 細胞数増多や髄液糖低下を伴わない症例
- 抗菌薬前投与により培養陰性となった症例
PCR法やリアルタイムRT-PCR法による遺伝子検出は、急性期の咽頭ぬぐい液、血液、尿等から髄膜炎菌遺伝子を検出する方法として最も早期診断に有用です 。
参考)https://idsc.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/assets/diseases/rubella/info-medical.pdf?20181225
髄膜炎菌グラム染色の臨床応用と限界
実際の臨床現場では、髄膜炎菌のグラム染色診断にはいくつかの特殊な考慮事項があります。髄液検査前に抗菌薬投与が行われていた場合やグラム染色陰性例では、細菌抗原検査の実施が推奨されます 。
参考)https://www.neurology-jp.org/guidelinem/pdf/zuimaku_guide_2014_05.pdf
山形県で報告された髄膜炎菌性髄膜炎の症例では、グラム染色でグラム陰性双球菌をわずかに認め、その形状からNeisseria meningitidisが推定されました 。この症例では、基本的な検査である髄液のグラム染色が起因菌検索において非常に有用であったことが報告されています。
参考)https://idsc.niid.go.jp/iasr/27/320/kj3204.html
しかし、先に抗菌薬療法が開始された場合、グラム染色および培養による診断率は著しく低下します 。このような状況では、PCR法やラテックス凝集法などの補助検査が特に重要となります。
グラム染色の技術的な注意点として、以下が挙げられます。
- 標本作製時の適切な固定
- 染色手順の正確な実行
- 判読時の系統的な観察
医療従事者は、髄膜炎菌感染症の可能性を常に念頭に置き、適切な検体採取と迅速な検査実施を心がける必要があります。特にマス・ギャザリングの機会やアウトブレイクのリスクが高い状況では、より一層の注意が求められます 。
参考)https://www.radionikkei.jp/kansenshotoday/__a__/kansenshotoday_pdf/kansenshotoday-190724.pdf