ラクタマーゼ阻害剤の作用機序と臨床応用

ラクタマーゼ阻害剤の作用機序

ラクタマーゼ阻害剤の分類と特徴
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従来型阻害剤

スルバクタム、クラブラン酸、タゾバクタムによる既存の治療法

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新規阻害剤

アビバクタム、レレバクタムなど広範囲β-ラクタマーゼに対応

作用機序

β-ラクタマーゼとの共有結合による不可逆的阻害

ラクタマーゼ阻害剤の基本的作用機序

ラクタマーゼ阻害剤は、細菌が産生するβ-ラクタマーゼという分解酵素を不可逆的に阻害することで、β-ラクタム系抗菌薬の効果を保護します 。β-ラクタマーゼは細菌の耐性機構の中でも特に重要で、β-ラクタム環を構成するアミド結合を加水分解し、抗菌活性を失わせる酵素です 。

参考)β-ラクタマーゼ阻害薬配合抗菌薬

阻害剤は標的酵素と共有結合を形成し、加水分解に対して安定な付加体を形成することにより阻害作用を発揮します 。この作用により、β-ラクタム系抗菌薬はβ-ラクタマーゼによる分解を受けることなく、その作用点であるペニシリン結合蛋白(PBP)に到達し、β-ラクタマーゼ産生菌に対しても抗菌作用を発揮できます 。

参考)作用機序及びアビバクタムのβ‐ラクタマーゼ阻害作用

β-ラクタマーゼは大きく4つのクラス(A、B、C、D)に分類され、各阻害剤はそれぞれ異なるクラスに対して特異的な阻害活性を示します 。

参考)β-ラクタム系 – 13. 感染性疾患 – MSDマニュアル…

ラクタマーゼ阻害剤の種類と特徴

現在臨床で使用されている主要なβ-ラクタマーゼ阻害剤には、従来型阻害剤として以下の3剤があります :

これらの阻害剤は、それぞれ異なる抗菌薬と組み合わせて使用されます。CVA/アモキシリン(AMPC)は市中肺炎と医療・介護関連肺炎の外来患者に、SBT/アンピシリン(ABPC)は入院患者と院内肺炎の軽症患者に、TAZ/ピペラシリン(PIPC)は医療・介護関連肺炎と院内肺炎の中等症と重症患者における第1選択薬として推奨されています 。
特にスルバクタムは、淋菌、Bacteroides fragilis、そして最も重要なものとしてA. baumanii(かなり広範な抗菌薬に耐性を示す可能性がある)など、限られた菌種に対しても抗菌活性を示すという特徴があります 。

ラクタマーゼ阻害剤の新規開発薬剤

近年開発された新規β-ラクタマーゼ阻害剤は、従来型では対応困難な広範囲β-ラクタマーゼに対する活性を示します :

参考)新しいβラクタマーゼ阻害剤 (検査と技術 51巻4号)

  • アビバクタム:クラスA(ESBL、大半のKPC)、クラスC(AmpC)、および一部のクラスD(OXA)のβ-ラクタマーゼを阻害します
  • レレバクタム:クラスAおよびCを阻害しますが、クラスDおよびBは阻害しません
  • バボルバクタム:クラスAおよびCを阻害し、一部のカルバペネマーゼ(KPC、TEM、SHV、CTX)も阻害作用を有します

アビバクタムは非β-ラクタム系β-ラクタマーゼ阻害薬として、セフタジジムと配合したザビセフタ®配合点滴静注用が2024年に本邦で承認されました 。この薬剤は、薬剤耐性菌を含む原因菌による複雑性尿路感染症、複雑性腹腔内感染症、人工呼吸器関連肺炎を含む院内肺炎、ならびにこれらの感染症に関連する菌血症に対する治療薬として使用されます 。

参考)β-ラクタマーゼ阻害剤配合抗生物質製剤「ザビセフタ®配合点滴…

これらの新規阻害薬配合抗菌薬は、カルバペネマーゼ産生菌に対してコリスチンよりも副作用が少なく死亡率を低下させることができる可能性があり、薬剤耐性(AMR)対策の新たな治療選択肢として期待されています 。

ラクタマーゼ阻害剤の耐性機序と限界

ラクタマーゼ阻害剤に対しても、細菌は様々な耐性機序を獲得する可能性があります。特に重要なのは、β-ラクタマーゼの活性部位における単一アミノ酸変異による耐性獲得です 。

参考)301 Moved Permanently

TEM-1やSHV-1などの一般的なクラスAβ-ラクタマーゼでは、Ser-130における変異がクラブラン酸やタゾバクタムに対する耐性をもたらすことが報告されています 。S130は、クラスAβ-ラクタマーゼの阻害において最も重要なアミノ酸とされ、この部位の変異は触媒における重要なプロトン受容体および供与体を除去し、H結合の数を減少させることで阻害効率を低下させます 。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4468741/

興味深いことに、アビバクタムに対する直接的な抗菌活性に対しても、高濃度下では2×10⁻⁶から8×10⁻⁵という頻度で耐性が比較的容易に出現することが報告されています 。これは、より強力な新規ジアザビシクロオクタン系阻害薬(ジデバクタム、ナクバクタム)の開発においても考慮すべき重要な点です。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11463622/

現在の阻害剤の限界として、NDM-1(New Delhi MBL-1)型、VIM(Verona integron-encoded MBL)型、IMP(imipenem)型などのメタロβ-ラクタマーゼ(MBL)に対して活性を示すβ-ラクタマーゼ阻害薬は現時点で存在しないという点があります 。これらMBLは、特にIMP型がアズトレオナムを除く全てのβ-ラクタム系抗菌薬を不活性化できるため、新たな治療戦略の開発が急務となっています 。

ラクタマーゼ阻害剤の臨床的意義と将来展望

ラクタマーゼ阻害剤配合抗菌薬の臨床的出番は多岐に渡り、敗血症、急性胆管炎・胆嚢炎、発熱性好中球減少症および小児肺炎などの治療において重要な役割を果たしています 。
現在開発中の注目すべき新規阻害剤として、OP0595(ナクバクタム)があります 。この薬剤はMeiji Seikaファルマが創出した新規β-ラクタマーゼ阻害剤で、既存β-ラクタム系抗菌薬(セフェピムまたはアズトレオナム)との併用により、カルバペネム耐性腸内細菌目細菌(CRE)などカルバペネム耐性グラム陰性桿菌への有効性が期待されています 。

参考)https://www.meiji-seika-pharma.co.jp/pressrelease/2024/detail/pdf/241128_01.pdf

複雑性尿路感染症/急性単純性腎盂腎炎患者を対象とした国際共同第III相臨床試験では、イミペネム/シラスタチンに対するセフェピム/OP0595の優越性検証およびアズトレオナム/OP0595の非劣性検証を達成しており、今後の臨床応用が期待されます 。

参考)https://www.amed.go.jp/news/seika/files/000140958.pdf

また、レレバクタム水和物を配合したレカルブリオ®配合点滴静注用は、日本初のカルバペネム系抗生物質製剤とβラクタマーゼ阻害剤の配合剤として2021年に発売され、カルバペネム耐性グラム陰性菌による感染症に対する新たな治療選択肢を提供しています 。

参考)日本初のカルバペネム系抗生物質製剤とβラクタマーゼ阻害剤の配…

これらの新規薬剤開発により、多剤耐性菌感染症の治療選択肢は徐々に拡大していますが、適切な薬剤管理(antimicrobial stewardship)と合理的使用が、これらの貴重な治療リソースの有効性を長期的に保持するために不可欠です 。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4545577/