肺塞栓症と血栓による肺循環障害の診断と治療

肺塞栓症と血栓塞栓性疾患

肺塞栓症の基本情報
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疾患の定義

静脈内で形成された血栓が肺動脈を閉塞し、肺循環障害を引き起こす致死性疾患

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主な症状

突然の呼吸困難、胸痛、頻脈、低酸素血症、失神など

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疫学データ

日本では年間10万人あたり約3人が発症、死亡率は約8%(発症後10日以内)

肺塞栓症は、静脈内で形成された血栓(血の塊)が肺動脈やその分枝を閉塞することにより生じる肺循環障害です。この疾患は突然の胸痛や呼吸困難を主症状とし、重症例ではショック状態から突然死に至ることもある致命的な循環器疾患として知られています。

かつては欧米に多い疾患とされていましたが、日本人の生活習慣の欧米化に伴い、近年では国内での発症頻度も増加傾向にあります。日本における発症率は年間10万人あたり約3人、死亡数は10万人あたり0.8人程度と報告されています。発症後10日以内の死亡率は約8%とされており、早期診断と適切な治療が生命予後を左右する重要な因子となっています。

肺塞栓症の病態と塞栓子の種類

肺塞栓症の病態は、肺動脈内に塞栓子が詰まることで肺血管床が減少し、右室後負荷が増大するとともに、換気血流比の不均等による低酸素血症が生じることです。塞栓子の約90%は下肢や骨盤内の深部静脈で形成された血栓が原因ですが、それ以外にも様々な物質が塞栓子となり得ます。

塞栓子の種類。

  • 血栓(最も一般的)
  • 脂肪(長管骨骨折後など)
  • 空気(中心静脈カテーテル操作時など)
  • 腫瘍細胞(進行がん患者)
  • 羊水(分娩時)
  • 異物(薬物注射など)

血栓による肺塞栓症の場合、その発症には深部静脈血栓症(DVT)が密接に関連しています。DVTで形成された血栓が血流に乗って心臓を通過し、肺動脈に到達することで肺塞栓症を引き起こします。このため、肺塞栓症とDVTは一連の病態として「静脈血栓塞栓症(VTE)」と総称されることもあります。

肺血管床の閉塞程度によって臨床像は大きく異なり、小さな血栓塞栓子の場合は症状が乏しく、造影CTなどで偶発的に診断されることもあります。一方、大量の血栓が肺動脈を閉塞した場合は、急激な右心不全から循環虚脱を来し、致命的な経過をたどることがあります。

肺塞栓症のリスク因子と予防法

肺塞栓症の発症には様々なリスク因子が関与しています。これらのリスク因子を理解し、適切な予防策を講じることが重要です。

主なリスク因子。

  1. 長時間の不動状態
    • 長時間のフライト(エコノミークラス症候群)
    • 長期臥床
    • 麻痺
  2. 手術・外傷
    • 整形外科手術(特に下肢の手術)
    • 骨盤・腹部手術
    • 外傷(特に下肢や骨盤の骨折)
  3. 血液凝固能亢進状態
    • 悪性腫瘍
    • 妊娠・産褥期
    • 経口避妊薬・ホルモン補充療法
    • 先天性血栓性素因(プロテインC欠損症など)
  4. その他
    • 肥満(BMI≧30)
    • 高齢
    • 喫煙
    • 静脈瘤
    • 中心静脈カテーテル留置

予防法としては、リスク因子に応じた対策が重要です。長時間のフライトでは、定期的な歩行や足首の運動、十分な水分摂取が推奨されます。手術患者や長期臥床患者では、早期離床、弾性ストッキングの着用、間欠的空気圧迫法などの物理的予防法や、ヘパリンやDOACなどによる薬物的予防法が用いられます。

特に整形外科手術や悪性腫瘍患者など高リスク群では、積極的な予防策が推奨されています。また、過去に静脈血栓塞栓症の既往がある患者では再発リスクが高いため、より慎重な管理が必要です。

肺塞栓症の臨床症状と診断アプローチ

肺塞栓症の臨床症状は非特異的であることが多く、診断の遅れにつながることがあります。しかし、以下のような症状がある場合には本疾患を疑う必要があります。

主な臨床症状。

  • 呼吸困難(最も一般的な症状)
  • 胸痛(胸膜刺激性、または狭心症様)
  • 頻呼吸
  • 頻脈
  • 失神
  • 咳嗽(時に血痰を伴う)
  • 発熱(軽度)
  • 下肢の腫脹・疼痛(深部静脈血栓症の合併時)

診断アプローチとしては、まず臨床的疑いを持つことが重要です。Wells scoreやGeneva scoreなどの臨床予測ルールを用いて、肺塞栓症の可能性を評価します。

検査としては以下が有用です。

  1. D-dimer測定
    • 陰性(500μg/L以下)であれば肺塞栓症を除外できる
    • ただし、陽性の場合は特異性が低いため確定診断には不十分
  2. 動脈血ガス分析
    • 低酸素血症と低二酸化炭素血症が特徴的
    • A-aDO2(肺胞-動脈血酸素分圧較差)の開大
  3. 心電図
    • 急性期:右脚ブロック、V1-3のST上昇、不整脈
    • 経過後:右軸偏位、SⅠQⅢTⅢ波形、V1-3の陰性T波
  4. 胸部X線
    • 多くの場合正常所見
    • Knuckle sign(肺動脈の局所的拡大)
    • Westermark sign(肺血管影の減少)
    • Hampton’s hump(楔状の肺浸潤影、肺梗塞時)
  5. 造影CT(CTPA)
    • 現在の第一選択の画像診断法
    • 肺動脈内の造影欠損として血栓を確認
    • 右心系の拡大など二次的所見も評価可能
  6. 心エコー検査
    • 右心負荷所見(右室拡大、心室中隔の奇異性運動)
    • 三尖弁逆流、肺動脈圧上昇
    • 重症例では右室機能不全の評価に有用
  7. 肺換気血流シンチグラフィ
    • 楔型の血流欠損が特徴的
    • CTが使用できない場合の代替法
  8. 肺動脈造影
    • かつてのゴールドスタンダード
    • 現在は侵襲的検査のため限定的使用

診断の流れとしては、臨床的疑いに基づいてD-dimerを測定し、陽性であれば造影CTを行うというアルゴリズムが一般的です。ショック状態など重症例では、迅速に心エコー検査を行い、右心負荷所見があれば治療を開始することもあります。

肺塞栓症の重症度評価と治療戦略

肺塞栓症の治療は、重症度評価に基づいて選択されます。重症度は主に血行動態の安定性と右心機能に基づいて分類されます。

重症度分類。

  1. 高リスク(massive):ショック状態または持続性低血圧
  2. 中等度リスク(submassive):血行動態は安定しているが右心機能障害あり
  3. 低リスク(non-massive):血行動態安定かつ右心機能正常

治療戦略。

  1. 抗凝固療法(全ての肺塞栓症患者に適応)
    • 急性期:未分画ヘパリンまたは低分子量ヘパリン
    • 維持期:ワルファリンまたはDOAC(直接経口抗凝固薬
    • 治療期間:一般的に3-6ヶ月(リスク因子や再発リスクに応じて調整)
  2. 血栓溶解療法
    • 高リスク患者に適応
    • 中等度リスク患者では、出血リスクが低い場合に考慮
    • 使用薬剤:t-PA(アルテプラーゼ)、ウロキナーゼなど
    • 禁忌:活動性出血、最近の手術、脳血管障害の既往など
  3. カテーテル治療
    • 血栓溶解療法が禁忌の高リスク患者
    • カテーテル血栓吸引、超音波支援血栓溶解療法など
  4. 外科的血栓摘除術
    • 血栓溶解療法が禁忌の高リスク患者
    • 右心内や肺動脈主幹部の血栓
  5. 下大静脈フィルター
    • 抗凝固療法が禁忌の場合
    • 抗凝固療法中の再発例
    • 可能であれば一時的フィルターが望ましい
  6. 支持療法
    • 酸素投与
    • 循環作動薬(ショック時)
    • 鎮痛薬(胸痛時)

治療の実際では、まず患者の重症度を評価し、適切な治療法を選択します。高リスク患者では迅速な再灌流療法(血栓溶解療法、カテーテル治療、外科的血栓摘除術)が生命予後を改善します。一方、低リスク患者では抗凝固療法のみで十分な場合が多いです。

治療効果のモニタリングとして、臨床症状の改善、酸素化の改善、右心機能の回復などを評価します。また、治療中の出血合併症にも注意が必要です。

肺塞栓症と慢性血栓塞栓性肺高血圧症の関連

急性肺塞栓症の患者の一部(約3.8%)は、適切な治療にもかかわらず慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)へと進展することがあります。CTEPHは、器質化した血栓により肺動脈が慢性的に閉塞し、肺高血圧症を来す疾患です。

CTEPHの特徴。

  • 労作時息切れの進行性悪化
  • 右心不全症状(下腿浮腫、頸静脈怒張など)
  • 肺動脈圧の持続的上昇(平均肺動脈圧≧25mmHg)
  • 肺血管抵抗の上昇
  • 器質化血栓による肺動脈閉塞

CTEPHのリスク因子。

CTEPHの診断には、肺換気血流シンチグラフィ、胸部造影CT、右心カテーテル検査が必要です。特に肺換気血流シンチグラフィでは、複数の区域にわたる楔型の血流欠損が特徴的です。

治療としては、肺動脈内膜摘除術(PEA)が根治的治療として確立されています。しかし、末梢型のCTEPHや手術リスクの高い患者では、バルーン肺動脈形成術(BPA)が有効な代替治療となります。また、リオシグアトなどの薬物療法も補助的に用いられます。

CTEPHは厚生労働省の指定難病(指定難病88)に指定されており、専門的な管理が必要です。肺塞栓症の治療後も、労作時息切れの持続や再増悪がある場合には、CTEPHの可能性を考慮し、専門施設への紹介を検討すべきです。

肺塞栓症の画像診断技術の進歩

肺塞栓症の診断において、画像診断技術の進歩は目覚ましく、診断精度の向上に大きく貢献しています。特にマルチディテクターCT(MDCT)の登場により、肺動脈主幹部から区域枝レベルまでの血栓の描出が可能となりました。

現在の画像診断技術の特徴。

  1. 造影CT(CTPA)
    • 感度90-95%、特異度90-95%と高精度
    • 急性期の血栓は肺動脈内で浮遊しているように見える
    • 慢性期の血栓は肺動脈壁と鈍角を成す三日月状の造影欠損として描出
    • 右心負荷の評価も可能(右室/左室比>1.0は予後不良因子)
    • 肺塞栓症以外の胸部疾患の除外診断も同時に可能
  2. Dual-energy CT
    • ヨードマップによる肺灌流血液量(lung PBV)の評価が可能
    • 肺塞栓部位の灌流低下を視覚的に評価できる
    • 小さな末梢塞栓の検出感度が向上
  3. MRI
    • 放射線被曝がなく、腎機能障害患者にも使用可能
    • 感度は造影CTに劣るが、特異度は同等
    • 右心機能評価に優れる
  4. 心エコー検査
    • ベッドサイドで迅速に施行可能
    • 右心負荷所見(右室拡大、