肺動脈分岐と血管走行の解剖学的特徴

肺動脈分岐と解剖学的特徴

肺動脈分岐の基本知識
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解剖学的位置

肺動脈は心臓の右心室から始まり、主肺動脈から左右に分岐して各肺葉へ血液を供給します

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分岐パターン

左右の肺動脈は各肺葉・区域に対応して枝分かれし、木の枝のような分岐形態を形成します

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臨床的重要性

肺動脈分岐の解剖学的理解は、肺手術や血管内治療において合併症を防ぐために不可欠です

肺動脈分岐の正常解剖と基本構造

肺動脈は心臓の右心室から始まり、主肺動脈(肺動脈幹)として上行した後、左右の肺動脈に分岐します。この分岐は通常、気管分岐部(Carina)付近で起こり、第4~5胸椎の高さに位置しています。主肺動脈から分岐した左右の肺動脈は、それぞれの肺へと向かい、さらに細かく分枝していきます。

右肺動脈は右主気管支の上を通過し、右肺門に入ります。そこから上葉枝、中間幹を経て中葉枝と下葉枝に分岐します。一方、左肺動脈は左主気管支の上を通過し、左肺門に入った後、上葉枝と下葉枝に分岐します。

肺動脈の分岐パターンは、気管支の分岐に密接に関連しています。気管支鏡検査の所見では、気管を経て左右の主気管支(MB)が分岐する部分を気管分岐部(Carina)と呼び、この構造を理解することが肺動脈分岐を把握する上で重要です。

肺動脈は肺循環の重要な構成要素であり、酸素濃度の低い血液を肺へ運ぶ役割を担っています。肺胞でのガス交換を経て酸素化された血液は、肺静脈を通じて左心房へと戻ります。この循環系の解剖学的理解は、呼吸器疾患循環器疾患の診断・治療において基本となります。

肺動脈分岐の異常パターンと臨床的意義

肺動脈分岐の異常は稀ではありますが、臨床的に重要な意味を持ちます。分岐異常は先天的要因によるものが多く、その発生頻度は全体の0.4~0.6%程度と報告されています。特に左B1+2分岐異常の発生頻度は全気管支分岐異常の0.02~0.2%と非常に稀です。

肺動脈分岐異常の代表的なパターンとしては、以下のようなものがあります。

  1. 縦隔型分岐: 左肺動脈から第1枝として異常な分岐を示すパターン。左A8が左主肺動脈から直接分岐するなどの例があります。
  2. 肺動脈縦隔型下葉枝: A8b+9b+10bが共通幹となって左主肺動脈より分岐する異常パターン。
  3. 肺動脈走行異常: 通常とは異なる経路で肺実質に到達する異常。例えば、左B1+2が左主気管支から直接分岐し肺動脈の背側を走行するなどの特徴があります。

これらの分岐異常は、肺切除術や気管支鏡検査などの侵襲的処置を行う際に重要な意味を持ちます。術前に3D-CTなどで血管走行を詳細に評価しておくことが、手術の安全性を高める上で不可欠です。

また、肺動脈分岐異常は肺癌などの疾患に合併することもあり、その場合は治療戦略に影響を与える可能性があります。例えば、区域切除や葉切除を行う際には、異常血管の処理に特別な注意が必要となります。

肺動脈分岐の画像診断と3D評価法

肺動脈分岐の正確な評価には、高精度の画像診断技術が不可欠です。現在の医療現場では、マルチスライスCT(MSCT)やCT血管造影(CTA)が広く用いられています。特に3次元再構成技術の進歩により、肺動脈分岐の詳細な立体構造を非侵襲的に評価することが可能になりました。

3D-CTによる肺動脈分岐の評価では、以下のような手法が用いられます。

  • MPR(Multi-Planar Reconstruction): 任意の断面での画像再構成が可能で、肺動脈の走行を多方向から観察できます。
  • MIP(Maximum Intensity Projection): 血管構造を強調表示する技術で、肺動脈の分岐パターンを視覚化するのに有用です。
  • VR(Volume Rendering): 3次元的な立体画像を作成し、肺動脈分岐の空間的関係を直感的に理解できます。

これらの技術を組み合わせることで、術前に肺動脈分岐の詳細な情報を得ることができます。特に肺切除術や区域切除術を計画する際には、3D-CTによる血管走行の評価が標準的な術前検査となっています。

例えば、左肺動脈の分岐異常を伴った肺癌症例では、MPR画像およびThree Dimensional CTを用いて術前に詳細な血管走行を評価することで、安全な手術が可能になります。また、カテーテル治療においても、正確な血管解剖の把握は合併症予防に重要です。

肺動脈分岐異常と先天性心疾患の関連性

肺動脈分岐の異常は、しばしば先天性心疾患と関連して発生します。特に重要な関連疾患としては、肺動脈弁閉鎖兼心室中隔欠損症(PA-VSD)があります。この疾患では、主要体肺動脈側副血行路(MAPCA: Major Aorto-Pulmonary Collateral Arteries)という特殊な血管構造が発達することがあります。

MAPCAは、通常の中心肺動脈とは別に、大動脈から直接肺動脈が起始する異常血管です。肺動脈は通常、主肺動脈から左右に分岐し(中心肺動脈)、木の枝のように枝分かれしながら肺全体に分布しますが、MAPCAでは大動脈から直接肺に血液を供給する経路が形成されます。

この病態の特徴として。

  1. 中心肺動脈と主要体肺動脈側副血行路を合わせた肺血流の量によって、チアノーゼの程度が異なります。
  2. 肺への血流路が単一でないため、肺内の血流分布に不均衡が生じます。
  3. 一部の肺区域では過剰な血流により肺高血圧を引き起こす可能性があります。

治療としては、「肺動脈統合手術」が行われます。これは別々の肺への血流路を単一にまとめる手術で、MAPCAの形態によって術式が異なります。単純に結紮するだけでよい場合もあれば、中心肺動脈に吻合(統合)する必要がある場合もあります。

また、完全大血管転換症(TGA)の術後に肺動脈分岐部狭窄を生じることがあり、この場合はカテーテルによるバルーン拡張術などの介入が必要になることもあります。

肺動脈分岐の外科手術における解剖学的注意点

肺の外科手術、特に肺葉切除や区域切除を行う際には、肺動脈分岐の解剖学的特徴を十分に理解することが安全な手術の鍵となります。肺動脈分岐異常を伴う症例では、通常とは異なる血管処理が必要となるため、術前の詳細な評価と術中の慎重な操作が求められます。

肺切除術における肺動脈分岐の注意点としては、以下が挙げられます。

  1. 術前の血管走行評価: 3D-CTなどを用いて肺動脈分岐パターンを詳細に評価することが必須です。特に縦隔型分岐や異常走行を示す血管の同定が重要です。
  2. 葉間からの分枝確認: 肺動脈走行異常がある場合、葉間からの分枝を確認することが重要です。特に不全分葉の症例では注意が必要です。
  3. 異常血管の処理: 縦隔型下葉枝などの異常血管を処理する際には、血管の走行を十分に理解し、適切な結紮・切断を行う必要があります。
  4. 気管支との関係: 肺動脈は気管支と密接な関係を持ちますが、分岐異常例では気管支が肺動脈の背側を走行する場合があるなど、通常とは異なる位置関係を示すことがあります。

例えば、左B1+2分岐異常では気管支が肺動脈の背側を走行する場合があることを念頭に置く必要があります。また、異常分葉肺の血管・気管支の観察も重要で、右副後葉型(右PPL型)や左上前型(LUAF型)などの異常裂がある場合は、通常とは異なる血管・気管支の分岐パターンを示すことがあります。

完全胸腔鏡下手術を安全に完遂するためには、術前3D-CT評価と葉間からの分枝確認が特に重要です。手術時間や出血量を最小限に抑えるためにも、肺動脈分岐の解剖学的特徴を熟知しておくことが求められます。

肺動脈分岐と血管炎症候群の関連性

肺動脈分岐部は、様々な血管炎症候群の影響を受ける可能性がある重要な解剖学的部位です。血管炎症候群は血管壁の炎症を特徴とする疾患群で、肺動脈を含む様々な血管に病変を引き起こします。

肺動脈に関連する主な血管炎症候群

  1. 多発血管炎性肉芽腫症(GPA、旧称:ウェゲナー肉芽腫症: 上気道、肺、腎臓の小・中型血管に肉芽腫性炎症を引き起こす疾患です。肺動脈分岐部を含む肺血管に炎症性変化を生じることがあります。
  2. 好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(EGPA、旧称:チャーグ・ストラウス症候群): 気管支喘息、好酸球増多、小・中型血管の血管炎を特徴とします。肺動脈分岐部にも病変が及ぶことがあります。
  3. 結節性多発動脈炎(PAN): 中型の筋性動脈に影響を与える全身性壊死性血管炎で、肺動脈分岐部にも病変を形成することがあります。

これらの血管炎症候群では、肺動脈分岐部に狭窄や閉塞、動脈瘤形成などの病変を生じることがあり、肺高血圧や肺梗塞などの重篤な合併症につながる可能性があります。

診断には、血液検査(ANCA検査など)、画像検査(CT、血管造影など)、組織生検などが用いられます。特に肺動脈分岐部の評価には、CTアンギオグラフィーやMRアンギオグラフィーが有用です。

治療としては、ステロイドや免疫抑制剤による薬物療法が基本となりますが、重症例では血漿交換療法なども考慮されます。肺動脈分岐部の狭窄が著しい場合には、カテーテル治療(バルーン拡張術やステント留置)が必要となることもあります。

血管炎症候群の診療ガイドラインでは、WHOの科学性およびエビデンスを重視する姿勢が反映されており、エビデンスの体系的な使用を厳格に守ることによって、正当性と専門的権威を獲得しています。

血管炎症候群の診療ガイドライン(2017年改訂版)- 日本循環器学会

肺動脈分岐の解剖学的用語と国際標準分類

肺動脈分岐の解剖学的理解を深めるためには、標準化された用語体系を知ることが重要です。日本および国際的な医学用語集では、肺動脈とその分岐に関する用語が体系的に整理されています。

肺動脈分岐に関する主要な解剖学的用語には以下のようなものがあります。

  • 肺動脈幹(pulmonary trunk): 右心室から出て左右の肺動脈に分岐する前の主幹部分
  • 左右肺動脈(left/right pulmonary artery): 肺動脈幹から分岐し、各肺に向かう主要血管
  • 葉間部肺動脈(interlobar pulmonary artery): 肺葉間を走行する肺動脈
  • 区域枝(segmental branch): 肺区域に分布する肺動脈枝

肺動脈の分岐パターンは、区域枝のレベルでA1からA10までの番号で表記されます。例えば。

  • A1, A2, A3: 上葉の前方区域、後方区域、尖区域への動脈枝
  • A4, A5: 中葉(右肺)または舌区(左肺)への動脈枝
  • A6: 下葉上区への動脈枝
  • A7, A8, A9, A10: 下葉底区の内側底区、前底区、外側底区、後底区への動脈枝

これらの標準的な命名法に加えて、分岐異常のパターンにも特定の用語が用いられます。

  • 縦隔型分岐(mediastinal type): 肺動脈が縦隔内で異常分岐するパターン
  • 葉間型分岐(interlobar type): 葉間部で異常分岐するパターン
  • 混合型分岐(mixed type): 縦隔型と葉間型の特徴を併せ持つ分岐パターン

国際的な医学用語集では、これらの解剖学的構造と変異に関する用語が標準化されており、医療コミュニケーションの正確性を確保するために重要な役割を果たしています。日本循環器学会の用語集では、英語の医学用語とその日本語訳が対応表として整理されており、国際的な医学文献を理解する上で有用なリソースとなっています。

循環器学用語集 – 日本循環器学会

肺動脈分岐の解剖学的用語を正確に理解し使用することは、臨床現場でのコミュニケーション、医学教育、研究論文の執筆など、様々な場面で重要です。特に国際的な医学コミュニケーションにおいては、標準化された用語の使用が不可欠となります。