アトロピン 効果と副作用の特徴と注意点

アトロピン 効果と副作用

アトロピンの基本情報
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薬理作用

ムスカリン受容体に結合して副交感神経の伝達を遮断し、散瞳・調節麻痺・分泌抑制などの効果をもたらします

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主な用途

眼科検査、迷走神経反射時、心肺蘇生時、有機リン中毒の治療、近視進行抑制など

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注意すべき副作用

口渇、悪心・嘔吐、排尿障害、散瞳による羞明、緑内障リスク増加など

アトロピンは、ナス科植物に含まれるベラドンナアルカロイドの一種で、強力な副交感神経遮断薬抗コリン薬)として知られています。医療現場では様々な用途で使用されており、その効果と副作用について正しく理解することが重要です。本記事では、アトロピンの薬理作用から臨床応用、副作用とその対策まで詳しく解説します。

アトロピンの薬理作用と分泌抑制効果

アトロピンは、ムスカリン受容体に競合的に結合することで副交感神経の伝達を遮断します。この作用により、以下のような薬理効果が生じます。

  1. 分泌抑制作用:唾液、気管支分泌液、胃液などの分泌を抑制します
  2. 平滑筋弛緩作用:消化管、気管支、胆管、尿管などの平滑筋を弛緩させます
  3. 心臓への作用:心拍数を増加させ、房室伝導を促進します
  4. 眼への作用:瞳孔散大(散瞳)と調節麻痺を引き起こします

特に分泌抑制作用は、手術前の前投薬として気道分泌物を減少させる目的や、胃・十二指腸潰瘍における胃酸分泌抑制の補助療法として利用されています。アトロピンは唾液腺に対して特に強い抑制作用を示すため、口渇は最も早期に現れる副作用の一つとなっています。

アトロピンの作用発現は比較的速やかで、静脈内投与後2~4分、筋肉内投与後15~30分、皮下投与後30分程度で効果が現れます。作用持続時間は投与経路や用量によって異なりますが、一般的に4~6時間程度とされています。

アトロピン 散瞳と調節麻痺の眼科的応用

眼科領域では、アトロピンの散瞳・調節麻痺作用が診断や治療に広く応用されています。アトロピンは瞳孔括約筋(副交感神経支配)を弛緩させることで散瞳を引き起こし、毛様体筋を弛緩させることで調節麻痺を生じさせます。

眼科での主な用途は以下の通りです。

  • 眼底検査:散瞳により網膜や視神経乳頭などの眼底の詳細な観察が可能になります
  • 屈折検査:調節麻痺により、調節力による影響を除外した正確な屈折状態の評価ができます
  • ぶどう膜炎の治療:虹彩と水晶体の癒着(後癒着)を予防します

アトロピンによる散瞳効果は30~40分で最大となり、12日間程度継続します。調節麻痺効果は2~3時間で最大となり、7~14日間持続するという特徴があります。この長時間作用が診断的価値がある一方で、日常生活への影響も大きいという側面もあります。

1%アトロピン点眼液は強力な散瞳・調節麻痺作用を示しますが、近年では0.01~0.05%の低濃度アトロピン点眼液が近視進行抑制治療として注目されています。低濃度であれば散瞳・調節麻痺作用が弱く、日常生活への影響が少ないという利点があります。

アトロピンの副作用と心臓への影響

アトロピンは有用な薬剤である一方、様々な副作用を引き起こす可能性があります。主な副作用は抗コリン作用に関連したものであり、以下のようなものがあります。

頻度の高い副作用

  • 口渇(最も早期に出現する症状)
  • 悪心・嘔吐
  • 便秘
  • 排尿障害(特に前立腺肥大のある患者で問題となる)
  • 散瞳による羞明や視調節障害
  • 頭痛・頭重感

重大な副作用

  • ショック、アナフィラキシー様症状
  • 心室頻脈、心室細動(特に心疾患のある患者)
  • 中毒性巨大結腸(潰瘍性大腸炎の患者)

特に心臓への影響は注意が必要です。アトロピンは迷走神経の心臓抑制作用を遮断することで心拍数を増加させますが、この作用は用量依存的に変化します。低用量(0.5mg未満)では逆に徐脈を引き起こすことがあり、これは中枢性の迷走神経刺激作用によるものと考えられています。一方、通常量以上では頻脈を生じます。

心筋梗塞に伴う徐脈や房室伝導障害に対してアトロピンを使用する場合、過度の迷走神経遮断効果として心室頻脈や心室細動を引き起こす可能性があるため、心電図モニタリング下での慎重な投与が必要です。

うっ血性心不全のある患者では、心拍数増加により心臓に過負荷をかけることがあるため、症状を悪化させるおそれがあります。また、甲状腺機能亢進症の患者では、頻脈や体温上昇などの交感神経興奮様症状が増強する可能性があります。

アトロピン 近視進行抑制効果の最新研究

近年、アトロピンの新たな応用として、小児の近視進行抑制効果が注目されています。シンガポールで行われた研究(ATOM: Atropine for the Treatment of Myopia)を皮切りに、世界各地で低濃度アトロピン点眼液の近視進行抑制効果が検証されています。

ATOM1研究(2006年報告)

1%アトロピン点眼液による2年間の近視進行抑制率は屈折値変化量で77%と報告され、強力な抑制効果が示されました。しかし、強い散瞳・調節麻痺作用による羞明や近見障害などの副作用が強く、日常的な使用は困難でした。また、治療中止後に急激なリバウンド(近視の急速な進行)が認められました。

ATOM2研究(2012~2016年報告)

0.5%、0.1%、0.01%の低濃度アトロピン点眼液の効果を比較した結果、0.01%アトロピン点眼液は2年間の近視進行抑制率が59%で、羞明や近見障害をほとんど認めず、治療中止後のリバウンドも認められませんでした。この結果から、0.01%アトロピン点眼液が世界的に注目されるようになりました。

LAMP研究(2019年報告)

二重盲検ランダム化比較試験として、0.05%、0.025%、0.01%の低濃度アトロピン点眼液とプラセボを比較した結果、1年間の近視進行抑制率はそれぞれ67%、43%、27%と濃度依存性の効果が確認されました。この研究では、0.01%アトロピン点眼液の効果はATOM2研究で報告された59%よりも低い結果となりました。

LAMP研究第3報(2021年報告)

治療中止後のリバウンド効果についても検討され、0.05%、0.025%、0.01%のいずれも濃度依存性にリバウンドが認められましたが、ATOM2研究における0.5%、0.1%のように効果が完全に逆転するほどではなく、許容範囲内と判断されました。

これらの研究結果から、0.025%アトロピン点眼液が近視進行抑制効果と副作用およびリバウンドとのバランスが最も取れた濃度であると考えられています。ただし、日本人を対象とした研究では、0.01%アトロピン点眼液の効果が弱いか、あるいは認められないという報告もあり、人種差や環境要因の影響も考慮する必要があります。

アトロピンが近視進行を抑制する正確な機序は未だ明らかではありませんが、調節を介する機序ではなく、眼軸長を制御する網膜や脈絡膜のムスカリン受容体を直接ブロックするという仮説が支持されています。

アトロピンの禁忌と特定患者への注意点

アトロピンは多くの臨床場面で有用ですが、特定の患者には禁忌または慎重投与とされています。医療従事者はこれらの注意点を十分に理解した上で使用する必要があります。

禁忌となる患者

  • 緑内障の患者(特に閉塞隅角緑内障):眼圧上昇を引き起こす可能性があります
  • 前立腺肥大による排尿障害のある患者:排尿困難を悪化させるおそれがあります
  • 麻痺性イレウスの患者:消化管運動をさらに低下させます
  • 本剤の成分に対して過敏症の既往歴のある患者:アレルギー反応のリスクがあります

慎重投与が必要な患者

  1. 前立腺肥大のある患者(排尿障害のない場合):膀胱平滑筋の弛緩と括約筋の緊張により排尿困難を悪化させる可能性があります
  2. うっ血性心不全のある患者:心拍数増加により心臓に過負荷をかけることがあります
  3. 重篤な心疾患のある患者:心室頻脈や心室細動を引き起こすリスクがあります
  4. 潰瘍性大腸炎の患者:中毒性巨大結腸を引き起こす可能性があります
  5. 甲状腺機能亢進症の患者:交感神経興奮様症状が増強するおそれがあります
  6. 高温環境にある患者:発汗抑制により体温調節障害を起こす可能性があります

また、高齢者では一般に抗コリン作用による副作用が出やすいため、慎重な投与が必要です。緑内障、記銘障害、口渇、排尿困難、便秘などの副作用に特に注意が必要です。

妊婦や授乳婦への投与については、胎児や新生児に頻脈などを起こす可能性があるため、投与しないことが望ましいとされています。また、授乳中の場合は乳汁分泌が抑制されることもあります。

小児への投与については、安全性が確立していないため慎重に行う必要があります。特に新生児や乳児では、中枢神経系の興奮、発熱、皮膚の紅潮などの副作用が現れやすいとされています。

アトロピン過量投与時の症状と対処法

アトロピンの過量投与(アトロピン中毒)は、重篤な症状を引き起こす可能性があるため、迅速な対応が求められます。過量投与の症状は、通常の副作用が増強された形で現れることが多く、中枢神経系症状と末梢症状に分けられます。

中枢神経系症状

  • 興奮、不安、錯乱
  • 幻覚、妄想
  • 協調運動障害
  • けいれん
  • 意識障害(重症例)

末梢症状

  • 著明な散瞳と対光反射の消失
  • 重度の口渇と嚥下困難
  • 皮膚の紅潮と乾燥
  • 体温上昇
  • 頻脈、血圧上昇
  • 腸蠕動の低下または消失
  • 尿閉

アトロピン中毒の対処法としては、以下のような治療が行われます。

  1. 胃洗浄と活性炭投与:経口摂取後早期であれば、胃内容物の排除と吸収阻害を目的として実施します
  2. フィゾスチグミンの投与アセチルコリンエステラーゼ阻害薬であるフィゾスチグミンは、血液脳関門を通過して中枢神経系症状にも効果があります(0.5~2mgを緩徐に静注)
  3. 対症療法
    • 興奮、けいれんに対してはジアゼパムなどの鎮静薬
    • 高熱に対しては冷却
    • 尿閉に対しては導尿
    • 循環動態の管理

フィゾスチグミンは特に中枢神経系症状に有効ですが、徐脈や気管支痙攣などの副作用があるため、心伝導障害のある患者では禁忌とされています。また、効果は一時的であるため、症状に応じて反復投与が必要となることがあります。

アトロピン中毒の予防としては、適正な用量の遵守が最も重要です。特に小児や高齢者では、体重あたりの用量や腎機能に応じた調整が必要となります。また、アトロピンを含む薬剤は誤飲事故の原因となることがあるため、適切な管理と保管が求められます。

医療現場では、アトロピンの投与前に患者の既往歴や併用薬を確認し、禁忌や注意すべき状態がないかを十分に評価することが重要です。また、投与後は副作用の発現に注意し、異常が認められた場合には速やかに適切な処置を行うことが求められます。

アトロピンによる近視研究の詳細についてはこちらの論文が参考になります
日本麻酔科学会のガイドラインでは、アトロピンの適正使用について詳しく解説されています

アトロピンは100年以上にわたり臨床で使用されてきた薬剤ですが、今なお新たな応用が研究されています。その効果を最大限に活かし、副作用を最小限に抑えるためには、薬理作用と適応、禁忌、注意点を十分に理解することが不可欠です。特に近年注目されている近視進行抑制効果については、さらなる研究が進められており、今後の発展が期待されています。

医療従事者は、アトロピンの特性を理解した上で、個々の患者の状態に応じた適切な使用を心がけることが重要です。また、患者や家族に対しては、期待される効果だけでなく、起こりうる副作用とその対処法についても十分な説明を行い、安全な薬物療法を実践することが求められます。