SLCO1B1遺伝子とスタチン誘発性ミオパチーの関連性について

SLCO1B1遺伝子と薬物代謝の関係

SLCO1B1遺伝子の重要性
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肝臓での薬物取り込み

SLCO1B1遺伝子は肝細胞の基底膜側に発現するOATP1B1トランスポーターをコードし、多くの薬剤の肝臓への取り込みを制御します

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スタチン系薬剤への影響

特にスタチン系薬剤の体内動態に大きく影響し、遺伝子変異によって血中濃度が上昇し副作用リスクが高まることがあります

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個別化医療への応用

SLCO1B1遺伝子多型の検査により、薬剤の効果や副作用リスクを予測し、患者ごとに最適な治療法を選択できる可能性があります

SLCO1B1遺伝子の基本構造と機能

SLCO1B1遺伝子は、有機アニオントランスポーターポリペプチド1B1(OATP1B1)をコードする遺伝子です。このトランスポーターは肝細胞の基底膜側(血液側)に特異的に発現し、血液から肝細胞内への薬物の取り込みに重要な役割を担っています。

OATP1B1は、以下のような特徴を持っています。

  • 肝臓特異的に発現するトランスポーター
  • 多くの薬物の肝取り込みを制御
  • 薬物の体内動態に大きく影響

SLCO1B1遺伝子上には複数の一塩基多型(SNPs)が存在し、特に重要なのは388A>G(Asn130Asp)と521T>C(Val174Ala)の変異です。これらの変異は、OATP1B1の輸送活性に影響を与えることが知られています。

特に521T>C変異を持つSLCO1B15(521T>Cのみ)とSLCO1B115(521T>Cと388A>Gを同一アレルに持つ)では、輸送活性が著しく低下することが報告されています。これにより、肝臓への薬物取り込みが減少し、血中濃度が上昇するリスクが高まります。

SLCO1B1遺伝子多型とスタチン系薬剤の関連

スタチン系薬剤(HMG-CoA還元酵素阻害剤)は、高脂血症治療の第一選択薬として広く使用されていますが、SLCO1B1遺伝子の変異によって、その体内動態や副作用リスクが大きく影響を受けることが明らかになっています。

SLCO1B1*15を保有する患者では、プラバスタチンの肝取り込みが低下し、全身クリアランスが減少するため、血中プラバスタチン濃度が著しく上昇します。同様の現象は、ロスバスタチンやピタバスタチンなど、代謝をほとんど受けないスタチン系薬剤でも報告されています。

また、CYPによる肝代謝が主排泄経路であるシンバスタチンやアトルバスタチンでも、521T>C変異によって血中濃度が上昇することが確認されています。

特に注目すべき研究結果として、SEARCH Collaborative Groupによるゲノムワイド関連解析があります。この研究では、SLCO1B1遺伝子の521T>C変異が高用量(80mg/日)のシンバスタチン投与を受けている患者のミオパチー発生に強く関連していることが示されました。

具体的には。

  • 521Cアレルを1コピー持つ患者では、ミオパチーのリスクが4.5倍
  • 521Cアレルをホモ型(CCホモ接合体)で持つ患者では、野生型(TTホモ接合体)と比較してミオパチーのリスクが16.9倍

この研究結果は、SLCO1B1遺伝子多型がスタチン誘発性ミオパチーの重要な予測因子となることを示しています。

SLCO1B1遺伝子多型の人種差と臨床的意義

SLCO1B1遺伝子の変異頻度には明確な人種差が存在し、これが薬物療法の効果や副作用の出現頻度に影響を与える可能性があります。

日本人におけるアレル頻度は以下のようになっています。

  • SLCO1B1*1a:33〜35%
  • SLCO1B1*1b:46〜54%
  • SLCO1B1*15:10〜15%

これらの頻度は白人や黒人とは異なり、日本人や他のアジア人ではSLCO1B1*1bの頻度が高い傾向にあります。このような人種差は、薬物療法の効果や副作用の出現頻度に影響を与える可能性があるため、臨床的に重要な意味を持ちます。

特に日本人を含むアジア人では、欧米人と比較して低用量のスタチンでも十分な効果が得られることが多いですが、これにはSLCO1B1遺伝子多型の分布の違いも関係している可能性があります。

臨床的には、SLCO1B1*15を持つ患者では、スタチン系薬剤の血中濃度が上昇しやすく、ミオパチーなどの副作用リスクが高まる可能性があるため、投与量の調整や慎重なモニタリングが必要となります。

SLCO1B1遺伝子と抗がん剤イリノテカンの相互作用

SLCO1B1遺伝子の多型は、スタチン系薬剤だけでなく、抗がん剤イリノテカンの体内動態にも影響を与えることが明らかになっています。

イリノテカンは体内でSN-38という活性代謝物に変換され、このSN-38がOATP1B1の基質となります。SLCO1B1*15を持つ患者では、SN-38の肝取り込みが低下し、血中濃度が上昇することで、好中球減少などの重篤な副作用リスクが高まる可能性があります。

実際の臨床例として、UGT1A1遺伝子に変異がなくSLCO1B1*15をホモ型で保有していた患者で、イリノテカン投与後に重篤な好中球減少(グレード4)と遅発性下痢があらわれた症例が報告されています。

さらに、UGT1A1*6/28とSLCO1B115/*15を同時に保有していた症例では、イリノテカンを含む併用療法後に重篤な好中球減少と遅発性下痢(ともにグレード4)があらわれたことも報告されています。

これらの報告から、イリノテカン治療においては、UGT1A1遺伝子だけでなくSLCO1B1遺伝子の多型診断も、重篤な副作用を回避する上で有用である可能性が示唆されています。

SLCO1B1遺伝子多型検査と個別化医療への応用

薬物療法における個別化医療の実現に向けて、SLCO1B1遺伝子多型検査は重要な役割を果たす可能性があります。特にスタチン系薬剤やイリノテカンなど、OATP1B1の基質となる薬剤を使用する際には、事前にSLCO1B1遺伝子多型を検査することで、より安全で効果的な治療が可能になると考えられます。

個別化医療における応用例。

  1. スタチン系薬剤の投与量調整
    • SLCO1B1*15保有者には低用量から開始
    • 定期的な筋症状のモニタリング
    • 必要に応じて代替薬への変更
  2. 抗がん剤治療の最適化
    • イリノテカン投与前のSLCO1B1遺伝子多型検査
    • リスク評価に基づく投与量調整
    • 副作用モニタリング計画の立案
  3. 薬物相互作用の予測
    • OATP1B1を介した薬物相互作用リスクの評価
    • 併用薬の選択や投与量調整

現在、日本ではSLCO1B1遺伝子多型検査は保険適用されていませんが、将来的には臨床検査として普及する可能性があります。特に、高用量のスタチン療法や抗がん剤治療を受ける患者では、事前にSLCO1B1遺伝子多型を検査することで、重篤な副作用を回避できる可能性があります。

薬物動態学的相互作用に関する情報(PMDA)

米国では、Clinical Pharmacogenetics Implementation Consortium(CPIC)がシンバスタチン処方に関するSLCO1B1遺伝子型に基づくガイドラインを発表しており、521T>C変異(rs4149056)を持つ患者には、低用量のシンバスタチンを処方するか、プラバスタチンやロスバスタチンなどの代替薬を検討することを推奨しています。

SLCO1B1遺伝子多型と葉酸代謝拮抗剤の関連性

SLCO1B1遺伝子の多型は、葉酸代謝拮抗剤であるメトトレキサート(MTX)の体内動態にも影響を与えることが報告されています。MTXは急性リンパ性白血病や関節リウマチなどの治療に広く使用されていますが、高用量投与時には重篤な副作用が問題となることがあります。

MTXはOATP1B1の基質となることが知られており、SLCO1B1遺伝子の変異によってMTXの肝取り込みが低下し、血中濃度が上昇する可能性があります。特に、高用量MTX療法を受ける患者では、SLCO1B1遺伝子多型によって副作用リスクが増加する可能性があり、注意が必要です。

研究によれば、SLCO1B1*15を持つ患者では、MTXのクリアランスが低下し、血中濃度が上昇することが報告されています。これにより、骨髄抑制や肝機能障害、粘膜炎などの副作用リスクが高まる可能性があります。

小児急性リンパ性白血病患者を対象とした研究では、SLCO1B1遺伝子多型がMTXの体内動態や毒性と関連することが示されており、特に高用量MTX療法を受ける患者では、SLCO1B1遺伝子多型に基づく投与量調整や副作用モニタリングが重要である可能性が示唆されています。

このように、SLCO1B1遺伝子多型は、スタチン系薬剤やイリノテカンだけでなく、MTXなどの葉酸代謝拮抗剤の体内動態にも影響を与える可能性があり、様々な薬物療法における個別化医療の実現に向けて重要な遺伝的マーカーとなる可能性があります。

今後の研究により、SLCO1B1遺伝子多型に基づく薬物療法の最適化が進み、より安全で効果的な治療が可能になることが期待されます。

薬物の体内動態に及ぼすSLCO1B1遺伝子多型の影響と臨床的意義に関する詳細情報