前立腺癌の悪性度について
前立腺癌の悪性度を示すグリーソンスコアとは
前立腺癌の悪性度を評価する上で最も重要な指標がグリーソンスコア(Gleason score)です。このスコアリングシステムは、米国の病理学者ドナルド・グリーソン博士によって1960年代に提唱された前立腺癌特有の組織異型度分類法です。
グリーソンスコアの特徴は、同一の前立腺内に悪性度の異なる癌が混在することが多いという前立腺癌の特性を反映している点にあります。生検で採取した前立腺組織を顕微鏡で観察し、癌細胞の構造パターンを評価します。
評価方法は以下の通りです。
- 最も面積の大きい組織パターン(第1パターン)を特定
- 2番目に面積の大きい組織パターン(第2パターン)を特定
- それぞれのパターンをグレード1〜5で評価(数字が大きいほど悪性度が高い)
- 2つのグレードを合計してグリーソンスコアを算出
例えば、最も多いパターンがグレード3、2番目に多いパターンがグレード4の場合、グリーソンスコアは「3+4=7」となります。
現在の臨床では、グレード1および2は廃止されており、実質的な最低スコアは「3+3=6」、最高スコアは「5+5=10」となっています。このため、グリーソンスコアは6〜10の範囲で評価されることになります。
前立腺癌のグリーソンスコアによる悪性度分類の基準
グリーソンスコアは前立腺癌の悪性度を以下のように分類します。
- グリーソンスコア6(3+3):悪性度が低い
- グリーソンスコア7(3+4または4+3):中程度の悪性度
- 3+4:比較的予後が良好
- 4+3:比較的予後が不良
- グリーソンスコア8〜10(4+4、4+5、5+4、5+5):悪性度が高い
ここで重要なのは、同じグリーソンスコア7でも「3+4=7」と「4+3=7」では臨床的な意味が異なる点です。第1パターン(最も優勢なパターン)が悪性度の高いグレード4である「4+3=7」の方が、「3+4=7」よりも予後が不良とされています。
2016年には、世界保健機関(WHO)によって新たな「グレードグループ」という分類システムが採用されました。これは患者さんにもわかりやすく伝えるための分類で、以下のように定義されています。
グレードグループ | グリーソンスコア | 悪性度 |
---|---|---|
1 | 3+3=6 | 最も低い |
2 | 3+4=7 | 低〜中程度 |
3 | 4+3=7 | 中程度 |
4 | 8(4+4、3+5、5+3) | 高い |
5 | 9〜10(4+5、5+4、5+5) | 最も高い |
この新しい分類により、従来の「2〜10」のスケールでは最低スコアが「6」となり患者さんに誤解を与えやすかった問題が解消されました。グレードグループ1は最も悪性度が低いことが明確に伝わるようになっています。
前立腺癌の悪性度評価におけるTNM分類の役割
前立腺癌の悪性度を総合的に評価するためには、グリーソンスコアだけでなく、TNM分類による病期(ステージ)評価も重要です。TNM分類は以下の3つの要素から構成されています。
- T(Tumor):原発腫瘍の大きさや浸潤の程度
- N(Node):所属リンパ節への転移の有無
- M(Metastasis):遠隔転移の有無
前立腺癌のT分類は以下のように定義されます。
- T1:触診や画像検査では検出できない臨床的に明らかでない腫瘍
- T1a:組織学的検査で偶然発見された腫瘍(組織の5%以下)
- T1b:組織学的検査で偶然発見された腫瘍(組織の5%超)
- T1c:針生検で発見された腫瘍(PSA値上昇に伴う生検)
- T2:前立腺内に限局する腫瘍
- T2a:片葉の1/2以下に限局する腫瘍
- T2b:片葉の1/2を超えるが片葉に限局する腫瘍
- T2c:両葉に及ぶ腫瘍
- T3:前立腺被膜を超えて進展する腫瘍
- T3a:被膜外進展(片側または両側)
- T3b:精嚢浸潤
- T4:精嚢以外の隣接組織(膀胱頸部、外括約筋、直腸、骨盤壁など)に固定または浸潤する腫瘍
N分類(リンパ節転移)とM分類(遠隔転移)は以下のように定義されます。
- N0:所属リンパ節転移なし
- N1:所属リンパ節転移あり
- M0:遠隔転移なし
- M1:遠隔転移あり(骨、肺、肝臓など)
TNM分類とグリーソンスコアを組み合わせることで、より正確な病期診断と予後予測が可能になります。
前立腺癌の悪性度とPSA値の関連性について
前立腺特異抗原(PSA)値は、前立腺癌の診断、悪性度評価、治療効果判定において重要な腫瘍マーカーです。PSA値と前立腺癌の悪性度には一定の相関関係があります。
一般的に、PSA値が高いほど前立腺癌の悪性度が高く、進行した病期である可能性が高まります。ただし、PSA値だけで悪性度を判断することはできず、グリーソンスコアやTNM分類と組み合わせて総合的に評価する必要があります。
PSA値と悪性度の関連性。
- PSA値10ng/mL未満:低〜中リスク群に多い
- PSA値10〜20ng/mL:中リスク群に多い
- PSA値20ng/mL以上:高リスク群に多い
PSA値が20ng/mL以上の場合、またはグリーソンスコアが8以上の場合は、骨シンチグラフィーなどによる転移検索が推奨されます。これは、PSA値が高値を示す前立腺癌では、骨転移などの遠隔転移のリスクが高まるためです。
また、PSA値の上昇速度(PSA velocity)や、前立腺体積あたりのPSA密度(PSA density)も、前立腺癌の悪性度評価に役立つ指標とされています。
前立腺癌の悪性度に基づくリスク分類と治療戦略
前立腺癌の治療方針を決定する際には、TNM分類、グリーソンスコア、PSA値を組み合わせたリスク分類が重要な役割を果たします。代表的なリスク分類としては、NCCN(National Comprehensive Cancer Network)リスク分類があります。
NCCN分類による前立腺癌のリスク群。
- 超低リスク群
- T1c、グレードグループ1(グリーソンスコア≤6)
- PSA値<10ng/mL
- 陽性生検コア1本以下、各コアの癌占有率50%以下
- PSA密度<0.15ng/mL/g
- 低リスク群
- T1〜T2a、グレードグループ1(グリーソンスコア≤6)
- PSA値<10ng/mL
- 中間リスク群
- T2b〜T2c、または
- グレードグループ2〜3(グリーソンスコア7)、または
- PSA値10〜20ng/mL
- 高リスク群
- T3a、または
- グレードグループ4〜5(グリーソンスコア8〜10)、または
- PSA値>20ng/mL
- 超高リスク群(局所進行癌)
- T3b〜T4、または
- 第1グリーソンパターンが5、または
- 5カ所以上の生検でグリーソンスコア8〜10
このリスク分類に基づいて、以下のような治療戦略が検討されます。
- 超低リスク群・低リスク群。
- 積極的監視療法(AS)
- 根治的前立腺全摘除術
- 放射線療法(外照射または小線源療法)
- 中間リスク群。
- 根治的前立腺全摘除術
- 放射線療法(必要に応じてホルモン療法を併用)
- 一部の症例では積極的監視療法も選択肢
- 高リスク群・超高リスク群。
- 根治的前立腺全摘除術+リンパ節郭清
- 放射線療法+ホルモン療法
- 場合によっては三重併用療法(放射線療法+ホルモン療法+化学療法)
前立腺癌の悪性度が低い場合、特に高齢者では「ラテントがん」と呼ばれる臨床的に意義のないがんである可能性があります。解剖学的研究によると、70歳を超えた男性の20〜30%、80歳を超えた男性の30〜40%に前立腺癌が存在するとされていますが、その多くは生命予後に影響を与えないおとなしい高分化腺癌です。
このような場合、過剰診断・過剰治療を避けるために、積極的監視療法(Active Surveillance)が選択されることがあります。これは定期的なPSA検査や再生検を行いながら、癌の進行がみられた場合に根治的治療に移行するという戦略です。
一方、悪性度の高い前立腺癌では、早期から積極的な治療介入が必要となります。特にグリーソンスコア8〜10の高悪性度前立腺癌では、局所治療だけでなく全身治療も含めた集学的アプローチが重要です。
前立腺癌の悪性度評価は、個々の患者さんに最適な治療戦略を選択するための基盤となる重要な情報です。グリーソンスコア、TNM分類、PSA値などの複数の指標を組み合わせることで、より精度の高いリスク評価が可能となり、過剰治療を避けつつ適切な治療介入のタイミングを見極めることができます。
前立腺癌の悪性度評価における最新の動向と課題
前立腺癌の悪性度評価は、従来のグリーソンスコアやTNM分類に加え、近年では分子生物学的マーカーや画像診断技術の進歩により、さらに精緻化されつつあります。
最新の動向として注目されているのが、前立腺特異的膜抗原(PSMA)PETやフルシクロビン(18F)PETなどの新しい画像診断技術です。これらは従来のCTやMRIよりも高感度で前立腺癌の局所進展や転移を検出できる可能性があり、特に生化学的再発(手術後にPSA値が再上昇する状態)の患者さんにおける再発部位の同定に有用とされています。
また、分子生物学的マーカーとしては、循環腫瘍細胞(CTC)の検出や、前立腺癌関連遺伝子変異(BRCA1/2、ATM、CHEK2など)の解析が進んでいます。特にBRCA2遺伝子変異を持つ前立腺癌は悪性度が高く、早期から転移する傾向があることが知られています。
グリーソンスコア自体にも課題があります。同じ病理標本でも病理医によって評価が異なることがあり(評価者間変動)、特にグレード3と4の境界領域では判断が難しい場合があります。この問題を解決するため、人工知能(AI)を用いた病理画像解析の研究も進んでいます。
さらに、前立腺癌の悪性度評価における課題として、MRI標的生検の普及に伴う生検方法の変化があります。従来の系統的生検(前立腺全体から無作為に組織を採取する方法)に比べ、MRI標的生検では悪性度の高い領域を狙って生検するため、グリーソンスコアが上方修正される傾向があります。
前立腺癌の悪性度評価は、単一の指標ではなく、臨床的・病理学的・分子生物学的な複数の因子を統合した「総合的リスク評価」へと進化しています。今後は、個々の患者さんの遺伝的背景や腫瘍の分子生物学的特性を考慮した「精密医療(Precision Medicine)」の実現が期待されています。
このような最新の評価法を臨床現場に取り入れることで、前立腺癌患者さんの予後予測の精度向上や、より個別化された治療戦略の立案が可能になると考えられています。