ざ瘡ガイドラインと治療選択

ざ瘡ガイドラインと治療法

📋 この記事のポイント
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ガイドラインの位置づけ

日本皮膚科学会が2023年に改訂した「尋常性痤瘡・酒皶治療ガイドライン2023」は、本邦における標準的な治療法を示す重要な指針です

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治療期の分類

急性炎症期(最大3カ月)と維持期に分けられ、それぞれに適した薬剤選択が推奨されています

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耐性菌対策

抗菌薬の長期使用を避け、過酸化ベンゾイルやアダパレンによる維持療法を重視した治療体系が確立されています

ざ瘡ガイドラインの背景と目的

尋常性ざ瘡は日本人の90%以上が経験する疾患でありながら、長らく「青春のシンボル」として軽視されてきました。しかし、軽症でも瘢痕を残す可能性があり、患者のQOL(生活の質)を著しく低下させることが明らかになっています。日本皮膚科学会は2008年に初版を発表し、2016年、2017年、そして2023年と改訂を重ねてきました。最新版では酒皶に関する記載も充実し、症候別の治療法が詳細に示されています。

参考)https://www.dermatol.or.jp/dermatol/wp-content/uploads/xoops/files/guideline/zasou2023.pdf


ガイドラインの策定背景には、美容皮膚科領域への参入増加に伴う治療の混乱防止と、エビデンスに基づく標準治療の普及があります。2008年のアダパレン導入により面皰治療が保険診療で可能となり、さらに過酸化ベンゾイルの登場で薬剤耐性菌対策が強化されました。これらの新規薬剤により、従来の抗菌薬中心の治療から、病態に応じた多角的アプローチへと大きく変化しています。

参考)ざ瘡の治療


ガイドラインはランダム化比較試験(RCT)を中心としたエビデンスレベル分類と推奨度決定基準を採用しており、推奨度はA(強く推奨)からD(行わないよう推奨)まで段階的に設定されています。本邦で適用可能な医薬品・施術のみを対象とし、未承認薬や保険適用外の治療法については慎重な立場をとっています。

参考)蟆句クク諤ァ逞、逖。繝サ驟堤垳豐サ逋ゅぎ繧、繝峨Λ繧、繝ウ2…

ざ瘡の急性炎症期における治療アプローチ

急性炎症期とは炎症性皮疹を主体とし面皰を伴う時期で、治療期間は最大3カ月間を目安としています。この時期の治療目標は炎症の速やかな鎮静化と新たな皮疹形成の予防です。重症度は日本痤瘡研究会の基準により、片顔の炎症性皮疹数で軽症(5個以下)、中等症(6~20個)、重症(21~50個)、最重症(51個以上)に分類されます。​
外用療法では、クリンダマイシン1%/過酸化ベンゾイル3%配合ゲルとアダパレン0.1%/過酸化ベンゾイル2.5%配合ゲルが中等症から重症の炎症性皮疹に推奨度Aで強く推奨されています。これらの配合剤は複数の作用機序を持ち、単剤よりも高い効果が期待できますが、皮膚刺激症状の頻度が増えるため、添付文書では各単剤による治療を先に考慮することが記載されています。

参考)にきび治療総論:日本と国際ガイドラインをふまえて


単剤ではアダパレン0.1%ゲルと過酸化ベンゾイル2.5%ゲルがそれぞれ推奨度Aで、前者は軽症から重症まで幅広く使用可能です。アダパレンは表皮角化細胞の分化を抑制し、毛穴の角化異常を正常化させることで面皰形成を阻害し、直接的な抗炎症作用も持ちます。過酸化ベンゾイルは強い酸化作用により痤瘡桿菌に殺菌的に作用し、現時点で耐性菌は報告されていません。

参考)ニキビはなぜ病院で治療できるようになったのか


中等症以上の炎症性皮疹には内服抗菌薬の併用が推奨されます。ドキシサイクリンが推奨度Aで最も強く推奨され、ミノサイクリンは副作用を考慮して推奨度A*となっています。ロキシスロマイシンとファロペネムは推奨度Bです。内服抗菌薬の投与期間は原則3カ月までとし、6~8週目に再評価して継続の可否を判断することが推奨されています。これは薬剤耐性痤瘡桿菌の出現を防ぐためであり、単独療法や外用抗菌薬との併用は避け、過酸化ベンゾイルやアダパレンとの併用が推奨されています。

参考)https://www.dermatol.or.jp/dermatol/wp-content/uploads/xoops/files/acne_guideline2017.pdf


日本皮膚科学会ガイドライン詳細:https://www.dermatol.or.jp/dermatol/wp-content/uploads/xoops/files/guideline/zasou2023.pdf

ざ瘡の維持期治療と寛解維持戦略

維持期とは炎症性皮疹軽快後の時期で、面皰や微小面皰を主体とし、軽微な炎症を伴うことがある段階です。微小面皰とは臨床的に目視できない病理組織学的変化で、毛包漏斗部が閉塞し皮脂が貯留している状態を指します。この微小面皰が新たな炎症性皮疹の源となるため、継続的な治療が不可欠です。​
維持期の外用療法では、アダパレン0.1%ゲル、過酸化ベンゾイル2.5%ゲル、アダパレン0.1%/過酸化ベンゾイル2.5%配合ゲルのいずれも推奨度Aで強く推奨されています。これらの薬剤は面皰と微小面皰の形成を抑制し、再発を防ぎます。本邦でのRCTにより、維持療法により瘢痕形成が軽減されることも示されており、維持療法の継続が痤瘡跡予防に重要であることが明らかになっています。

参考)ニキビ治療薬 |ディフェリンゲル0.1%(アダパレン) |塗…


注目すべき点は、維持期において抗菌薬の長期使用が推奨されていないことです。ガイドラインでは炎症軽快後の面皰や微小面皰に対しては抗菌薬ではなくアダパレンまたは過酸化ベンゾイルのみの使用を推奨しています。これは抗菌薬の長期使用による耐性菌獲得を避けるためであり、実臨床では医師が安易に抗菌薬を処方する現状があるため、適正使用の徹底が求められています。

参考)https://amr.jihs.go.jp/pdf/20220127_press.pdf


維持療法の期間については明確な終了時期の設定はありませんが、少なくとも急性炎症期治療後数カ月から半年以上の継続が望ましいとされています。24週間の維持療法により萎縮性瘢痕の改善が認められたという報告もあり、長期的な視点での治療継続が推奨されます。

参考)https://onlinelibrary.wiley.com/doi/pdfdirect/10.1111/1346-8138.16942

ざ瘡治療における抗菌薬の適正使用

抗菌薬の適正使用は現代のざ瘡治療における最重要課題の一つです。世界中で薬剤耐性痤瘡桿菌の出現と増加が報告されており、マクロライド系薬は1970年代から使用されていますが、アメリカでは1979年に早くも耐性菌が報告されています。本邦でも耐性菌の検出率が上昇しており、適正使用の徹底が急務となっています。

参考)https://www.thcu.ac.jp/uploads/imgs/20210420091120.pdf


ガイドラインでは抗菌薬治療の適正化対策として、以下の原則を明示しています:①投与期間は最大3カ月まで、②対象は中等症以上の炎症性皮疹、③単独療法を避け過酸化ベンゾイルやアダパレンとの併用、④維持期には使用しない。これらの原則はGlobal Allianceの推奨にも準拠しており、国際的なコンセンサスとなっています。​
内服抗菌薬の選択においては、ドキシサイクリンが第一選択として推奨されます。ミノサイクリンと効果は同等ですが、ドキシサイクリンの方が副作用プロファイルが良好です。ミノサイクリンにはめまい、色素沈着自己免疫疾患薬剤性過敏症症候群などの重篤な副作用のリスクがあり、欧米のガイドラインでもドキシサイクリンが優先されています。

参考)ニキビ治療 海外と日本のガイドライン比較


外用抗菌薬についても長期連用は推奨されません。クリンダマイシンナジフロキサシン、オゼノキサシンが推奨されていますが、いずれも急性炎症期の短期使用に限定すべきです。維持期には面皰に対する効果がなく、耐性菌誘導のリスクがあるため使用を避けるべきとされています。​
マルホ医療関係者向けサイト(ざ瘡治療情報):ざ瘡の治療

ざ瘡患者に推奨されるスキンケアと日常生活指導

ざ瘡治療の基本は外用療法および日常生活の改善です。薬物療法だけでなく、適切なスキンケアと生活習慣の改善が治療効果を高め、再発を防ぐために不可欠です。ガイドラインではスキンケアに関する複数のClinical Questionが設けられています。​
洗顔については1日2回の洗顔が推奨度C1で推奨されています。過度な洗顔は皮膚バリア機能を損なう可能性があるため、適度な頻度が重要です。低刺激性の洗顔料を使用し、ゴシゴシこすらず優しく洗うことが推奨されます。洗顔後は清潔なタオルで軽く押さえるように水分を取ります。​
痤瘡用基礎化粧品の使用も推奨度C1で選択肢の一つとして推奨されています。ただし、低刺激性でノンコメドジェニック(面皰を作りにくい)な製品を選択することが重要です。痤瘡患者への使用試験が報告されている製品を選ぶべきとされています。保湿は特に外用レチノイド使用時の皮膚刺激軽減に有効であり、治療継続率を向上させます。

参考)302 Found


女性患者に対しては、QOL改善を目的とした化粧(メイクアップ)指導が推奨度C1で推奨されています。適切なメイクアップは心理的負担を軽減し、治療アドヒアランスの向上につながります。ここでも低刺激性でノンコメドジェニックな化粧品の選択が重要です。​
食事指導については、特定の食べ物を一律に制限することは推奨されていません(推奨度C2)。個々の患者で特定の食物摂取とざ瘡の経過との関連性を十分に検討して対応することが望まれます。ただし、規則正しい生活習慣、栄養バランスの良い食事、便通の改善などは一般的に推奨されています。​

ざ瘡瘢痕と合併症への対応

ざ瘡瘢痕は炎症性皮疹が軽快した後に生じる皮膚の陥凹(萎縮性瘢痕)、隆起(肥厚性瘢痕ケロイド)、色素沈着を指します。瘢痕は患者のQOLに長期的な影響を与えるため、予防が最も重要ですが、形成された瘢痕に対する治療選択肢も限られながら存在します。​
肥厚性瘢痕やケロイドに対しては、ステロイド局所注射が推奨度C1で選択肢の一つとして推奨されています。トラニラスト内服は推奨度C2で、行ってもよいが推奨はしないとされています。外科的切除や冷凍凝固療法も推奨度C2です。​
萎縮性瘢痕に対しては、トリクロロ酢酸や高濃度グリコール酸を用いたケミカルピーリングが推奨度C2で記載されていますが、保険適用外であることに配慮が必要です。充填剤注射(コラーゲンヒアルロン酸)も推奨度C2です。近年ではアダパレン0.3%ゲルの萎縮性瘢痕への効果を示す海外の研究もありますが、本邦では適応外です。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6002315/


最も効果的な瘢痕対策は早期治療による予防です。軽症でも瘢痕を残す可能性があり、早期の積極的治療と維持療法の継続が瘢痕形成を防ぐことが示されています。炎症を速やかに鎮静化させ、新たな炎症性皮疹の発生を抑制することが、長期的な良好な結果につながります。​
炎症を伴う囊腫や硬結に対しては、囊腫内へのステロイド局所注射が推奨度Bで推奨されています。これらの重症病変は瘢痕形成リスクが高いため、迅速な対応が求められます。内服抗菌薬も推奨度C1で選択肢の一つとされています。​
ざ瘡治療に関する総合情報(m3.com):https://ph-lab.m3.com/categories/clinical/series/featured/articles/91

海外ガイドラインとの比較から見る本邦の特徴

日本のざ瘡治療ガイドラインは保険診療制度に基づいているため、海外のガイドラインと比較すると使用可能な薬剤に違いがあります。この違いを理解することは、本邦のガイドラインの位置づけと限界を知る上で重要です。​
最も大きな違いは、イソトレチノイン(アキュテイン等)の取り扱いです。米国皮膚科学会やヨーロッパのガイドラインでは重症ざ瘡に対してイソトレチノインが強く推奨されていますが、日本では未承認であり使用できません。イソトレチノインは皮脂腺の働きを抑制し、ざ瘡の原因を根本的に治療する効果がありますが、催奇形性などの重篤な副作用があるため、厳格な管理下での使用が必要です。

参考)『ニキビ治療』について皮膚科専門医が解説しました!|各疾患の…


ホルモン療法についても違いがあります。海外ではスピロノラクトン経口避妊薬(ピル)が成人女性のざ瘡治療に広く使用され、ガイドラインでも明確に推奨されています。日本のガイドラインでは経口避妊薬は推奨度C2で「使用してもよいが推奨しない」とされ、スピロノラクトンは「推奨しない」とされています。これらは本邦では痤瘡に対して未承認の治療法であり、使用する場合は十分なインフォームドコンセントが必要です。​
外用薬では、アゼライン酸やダプソンゲルが海外で使用されていますが、日本では保険適用がありません。アゼライン酸は抗菌・抗炎症・角質調整作用を併せ持ち、色素沈着しやすい肌質に適していますが、本邦では自費診療でのみ入手可能です。日本のガイドラインでもアゼライン酸外用は推奨度C1で選択肢の一つとして推奨されていますが、保険適用外であることへの配慮が明記されています。​
一方、共通する推奨事項として、すべてのガイドラインで抗菌薬単独使用は推奨されておらず、ピーリング系薬剤(アダパレン、過酸化ベンゾイル等)による維持療法の重要性が強調されています。また、ケミカルピーリングやレーザー治療などの物理的治療は、エビデンスが限定的として慎重な位置づけとなっている点も共通しています。​
海外と日本のガイドライン比較(西宮皮膚科):https://nishinomiya-hifuka.com/ニキビ治療_海外と日本のガイドライン比較

項目 日本 米国 ヨーロッパ
イソトレチノイン 未承認・使用不可 重症例に強く推奨 重症例に強く推奨
スピロノラクトン 推奨度C2 成人女性に推奨 成人女性に推奨
アゼライン酸外用 推奨度C1(保険適用外) 条件付き推奨 推奨
抗菌薬単独使用 推奨しない 推奨しない 推奨しない
維持療法 強く推奨 強く推奨 強く推奨

日本のガイドラインは保険診療という枠組みの中で、エビデンスに基づいた最適な治療選択肢を提示しています。一方で、重症例や難治例に対する治療選択肢が限られているという課題も認識されており、今後の制度改正や新薬承認により、治療の幅が広がることが期待されています。