在宅患者訪問薬剤管理指導料の算定要件
在宅医療の需要が高まる中、薬局薬剤師による訪問業務の重要性はますます増しています。その中心となるのが「在宅患者訪問薬剤管理指導料」です。この指導料は、単に患者宅を訪問すれば算定できるものではなく、厚生労働省が定める厳格な算定要件を満たす必要があります。特に2024年度(令和6年度)の診療報酬改定では、麻薬を使用する患者への対応や、医療DXの推進に伴うオンライン服薬指導の要件などが細かく見直されており、正確な知識のアップデートが不可欠です。
参考)https://pharmacist.m3.com/column/chouzai_santei/6113
この指導料の基本的な要件は、「通院が困難な在宅患者」に対して、「医師の指示」に基づき、「薬学的管理指導計画」を作成した上で訪問指導を行うことです。しかし、実務上は「通院困難」の具体的な定義や、同居家族がいる場合の判断、さらには施設入居時における「単一建物診療患者」のカウント方法など、判断に迷うケースが少なくありません。本記事では、算定の基礎から、現場で誤りやすいポイント、そして意外と知られていないレセプト請求時の注意点までを深掘りして解説します。
参考)https://pharmacist.m3.com/column/chouzai_santei/6478
医師の指示と薬学的管理指導計画書の作成
在宅患者訪問薬剤管理指導料を算定する上で、全ての起点となるのが「医師の指示」です。薬剤師が独自の判断で訪問を開始しても、この指導料は算定できません。必ず、保険医(医師)からの訪問指示が必要です。この指示は、通常「在宅患者訪問薬剤管理指導指示書」などの文書形式で受けることが一般的ですが、診療情報提供書の中に指示が含まれているケースや、処方箋の備考欄に「訪問指導依頼」等の記載があるケースも有効とされます。重要なのは、その指示が「訪問診療を行っている医師」または「在宅療養を担う保険医」から発出されているという点です。
医師からの指示を受けた後、薬剤師は「薬学的管理指導計画書」を作成しなければなりません。この計画書は、患者の病状、服薬状況、居住環境などを踏まえ、どのような頻度で訪問し、どのような指導(副作用確認、残薬調整、服薬カレンダーのセットなど)を行うかを具体的に定めたものです。
この計画書は、以下の要件を満たす必要があります。
- 患者または家族の同意: 計画内容について説明し、同意を得ること。
- 医師への報告: 作成した計画(またはその要点)を医師に共有すること。
- 定期的な見直し: 患者の状態変化に応じて、少なくとも月に1回は見直しを行うこと。
特に注意が必要なのは、「訪問後」に計画書を作成する行為は認められないという点です。必ず訪問前に計画が存在し、その計画に基づいて指導を行うというプロセスが必須です。実地指導(監査)においても、指示日と計画作成日、初回訪問日の時系列は厳しくチェックされるポイントですので、日付の整合性には細心の注意を払う必要があります。
参考)在宅訪問薬剤管理指導とは?指導料の算定方法や仕事内容・給与を…
また、訪問回数の上限も計画に盛り込むべき重要な要素です。原則として、在宅患者訪問薬剤管理指導料の算定は「月4回」までとされています。しかし、末期の悪性腫瘍患者や中心静脈栄養法の対象患者については「週2回かつ月8回」まで算定可能という特例があります。これらの特例対象患者に該当するかどうかは、医師の診断や指示内容に依存するため、指示書の内容を正確に読み取ることが求められます。
参考)在宅患者訪問薬剤管理指導料とは?算定要件や同時算定できないも…
単一建物診療患者の人数と算定点数の区分
算定点数を決定する最大の要因であり、かつ最も計算ミスが起きやすいのが「単一建物診療患者」の人数区分です。2024年現在、在宅患者訪問薬剤管理指導料は以下の3つの区分に分かれています。
参考)在宅患者訪問薬剤管理指導料の算定要件と疑義解釈まとめ【令和6…
| 区分 | 対象となる患者の人数 | 算定点数(1回につき) |
|---|---|---|
| 在宅患者訪問薬剤管理指導料1 | 単一建物診療患者が 1人 の場合 | 650点 |
| 在宅患者訪問薬剤管理指導料2 | 単一建物診療患者が 2人〜9人 の場合 | 320点 |
| 在宅患者訪問薬剤管理指導料3 | 単一建物診療患者が 10人以上 の場合 | 290点 |
ここで言う「単一建物診療患者」とは、その薬局が在宅業務を行っている患者のうち、同じ建物に居住している人数を指します。例えば、有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)などの集合住宅に訪問する場合、その施設全体で何人の患者を担当しているかで点数が決まります。
間違いやすいポイントと詳細な定義:
- 「戸」と「棟」の違い: マンションやアパートの場合、同じ住所(番地)にある建物全体を「単一建物」とみなします。隣接する別棟であっても、渡り廊下で繋がっているなど一体的な構造であれば同一建物と判断されることがあります。
- 同居家族の扱い: 夫婦で同居しており、両名とも訪問指導の対象である場合、単一建物診療患者数は「2人」となります。したがって、両名とも「在宅患者訪問薬剤管理指導料2(320点)」を算定することになります。1人目の訪問時に650点、2人目が320点になるわけではなく、両者ともに320点となる点に注意が必要です。
参考)https://www.dietitian.or.jp/assets/data/medical-fee/0000198532_76_77.pdf
- 例外規定(10%ルール等の適用有無): 以前は、戸数の多いマンションなどで患者数が戸数の10%以下の場合などの特例がありましたが、現行の医療保険のルールでは、原則として実人数で区分します。ただし、ユニットケアを行う認知症対応型共同生活介護事業所(グループホーム)などでは、ユニットごとに人数をカウントできる場合があります。施設の形態を正確に把握することが、適正な請求への第一歩です。
また、同一建物内であっても、「訪問日が異なる場合」はどうなるのかという疑問がよく挙がります。この定義は「当該月の処方箋受付回数」や「訪問回数」ではなく、「その建物に居住し、当該薬局が訪問指導を行っている患者の総数」で判断されます。つまり、Aさんは月曜、Bさんは木曜に訪問していたとしても、同じ月に両者を訪問していれば、その建物は「2人」の扱いとなり、それぞれの算定時に320点を適用する必要があります。ここを誤って650点で請求すると、返戻(請求の差し戻し)の対象となります。
参考)https://clinicalsup.jp/jpoc/shinryou.aspx?file=ika_2_2_1%2Fc008.html
麻薬管理指導加算と在宅患者緊急訪問薬剤管理指導料
在宅医療において、がん性疼痛のコントロールなどは非常に重要なテーマです。これに対応するため、「麻薬管理指導加算」や「在宅患者緊急訪問薬剤管理指導料」といった加算・特例が設けられています。これらは専門性が高く、算定要件も複雑ですが、適切に算定することで薬局の収益向上と質の高い医療提供の両立が可能になります。
参考)麻薬管理指導加算とは?算定要件・タイミングや2024年度改定…
麻薬管理指導加算(100点)
麻薬を服用している患者に対し、以下の指導を行った場合に算定できます。
- 保管状況の確認: 金庫や鍵付きの引き出しなど、適切な場所で管理されているか。家族による誤用・流用がないか。
- 残薬の確認と返納: 麻薬の数を確認し、変更や中止によって余った麻薬、あるいは患者死亡時の残存麻薬を適切に回収・廃棄し、都道府県へ届け出ること。
- 副作用と疼痛コントロール: 便秘、眠気などの副作用対策や、レスキュー・ドーズの使用状況確認。
2024年の改定で特筆すべきは、注射による麻薬投与が必要な患者への対応強化です。これまで「月4回」までだった訪問回数の上限が、注射用麻薬を使用する患者については「週2回かつ月8回」まで緩和されました。これにより、頻繁な疼痛コントロールの調整が必要なターミナル期の患者に対し、より手厚い介入が可能になっています。
在宅患者緊急訪問薬剤管理指導料(500点または200点)
これは、計画的な訪問とは別に、患者の容体急変などにより「緊急に」訪問が必要になった場合に算定できるものです。
- 要件: 医師からの具体的な「緊急訪問の依頼(指示)」があること。
- 点数:
- 計画的な訪問指導を行っている患者の急変等:500点
- それ以外の場合:200点
- 注意点: あくまで「緊急」であり、定期訪問のついでに行った場合や、単に薬を届けるだけでは算定できません。また、算定時にはレセプトの摘要欄に「緊急訪問が必要となった理由」や「医師の指示内容・日時」を記載する必要がある場合が多く、記録の整備が重要です。
参考)2117(1) 2024年度診療報酬改定「告示・通知」から…
これらの加算を算定するためには、厚生局への届出が必要な場合があります(麻薬小売業者の免許は必須)。特に緊急訪問に関しては、24時間対応体制や、医師との連携体制が整っていることが前提となるため、薬局全体の体制整備が求められます。
介護保険と医療保険の優先順位と切り分け
在宅業務を行う上で避けて通れないのが、「介護保険」と「医療保険」のどちらを使うべきかという優先順位の問題です。これを誤ると、レセプトが全額返戻されるという重いペナルティを受ける可能性があります。
大原則として、「介護保険の認定を受けている患者(要支援・要介護者)は、介護保険(居宅療養管理指導費)が優先される」というルールがあります。つまり、要介護認定を受けている患者に対しては、原則として医療保険の「在宅患者訪問薬剤管理指導料」は算定できず、介護保険の「居宅療養管理指導費」を算定しなければなりません。
参考)1076 調剤報酬全点数解説(2022年度改定版)「在宅患者…
例外的に医療保険(在宅患者訪問薬剤管理指導料)を使うケース:
介護保険証を持っている患者であっても、以下の特定の条件下では医療保険が適用されます。
- 末期の悪性腫瘍の患者
- 厚生労働大臣が定める疾病(難病等)の患者
- 急性増悪等により一時的に頻回の訪問が必要であると医師が判断し、特別指示書が出された期間
この「切り分け」は非常に複雑です。例えば、普段は介護保険で訪問している患者が、がん末期と診断された翌月からは医療保険に切り替わる、といったケースが発生します。この切り替えのタイミングを見落とすと、誤請求に直結します。
また、「居宅療養管理指導費」と「在宅患者訪問薬剤管理指導料」の違いも理解しておく必要があります。
- 算定回数: 医療保険は原則月4回ですが、介護保険の居宅療養管理指導費は「月4回(がん末期等は除く)」が上限であるものの、ケアプラン(居宅サービス計画)の単位数上限(区分支給限度基準額)の枠外として扱われるため、ケアマネジャーとの調整において「単位数が足りないから訪問できない」ということは基本的に起こりません。
- 点数/単位数: 医療保険の点数と介護保険の単位数は似ていますが、1点=10円に対し、1単位の単価は地域によって異なります(地域区分単価)。
薬局窓口では、患者の保険証確認時に「介護保険被保険者証」の有無と、認定の有効期限、そして「負担割合証」の確認を徹底する必要があります。特に要介護認定の申請中(暫定プラン期間中)などの扱いはケアマネジャーと密に連携を取ることが不可欠です。
レセプト請求で算定不可となる意外なケースと摘要欄
実務において最も恐ろしいのは、一生懸命訪問指導を行ったにもかかわらず、後日レセプト請求で「査定(減点)」や「返戻」を受けることです。要件を満たしているつもりでも、細かい規定やレセプト記載の不備で算定不可となる「落とし穴」が存在します。
独自の視点:算定不可となる意外なケース
- 外来受診と同日の訪問:
原則として、患者が病院の外来を受診した日(往診を受けた日ではない)に、薬局薬剤師が患家を訪問しても、在宅患者訪問薬剤管理指導料は算定できません。「外来に来れるなら通院困難ではない」とみなされるためです。ただし、やむを得ない事情(受診後に容体が急変し、医師の指示で緊急訪問した場合など)がある場合は認められることもありますが、その際はレセプト摘要欄への詳細な理由記載が必須となります。
- 「お薬カレンダーへのセット」だけを行った場合:
指導料はあくまで「薬学的管理指導」に対する対価です。単に薬をカレンダーに入れただけ、薬を届けただけ(配送)では算定要件を満たしません。「残薬の数を確認した結果、コンプライアンス不良が疑われたため、医師に一包化の提案を行った」といったプロセスと指導実績が薬歴に残っていなければ、指導料の算定は不適切とみなされます。
- 他の医療機関・薬局との重複:
1人の患者に対し、在宅患者訪問薬剤管理指導料を算定できるのは、原則として「1つの薬局」に限られます。患者が複数の医療機関から処方を受けており、複数の薬局がそれぞれ訪問しようとした場合、先に訪問して指導料を算定した薬局のみが認められ、後から訪問した薬局は算定できません(または合議により決定)。これを知らずに訪問するとタダ働きになってしまいます。事前に患者やケアマネジャーに「他の薬局の訪問が入っていないか」を確認することが自衛策となります。
- サ高住などの併設医療機関:
サ高住などの施設内に診療所や薬局が併設されている場合、あるいは施設と「特別な関係」にある薬局が訪問する場合、算定点数が大幅に減額される、あるいは算定できない規定があります。特に「構造上、外部を通らずに行き来できる」ような密接な関係にある場合は要注意です。
レセプト摘要欄への記載テクニック
査定を防ぐためには、審査側の疑問を先回りして解消する記載が有効です。
- 緊急訪問時: 「〇月〇日、〇〇医師より患者の疼痛増悪に伴う麻薬調整の緊急指示あり訪問実施」と具体的に。
- 同日再訪問: 一度訪問したが不在で、時間を改めて再訪問した場合などは、実質的な指導が行われた時間を明記。
- 通院困難の理由: 特に軽度の患者の場合、「独歩での通院は可能だが、認知機能低下により服薬管理ができず、家族の付き添いも困難なため」など、なぜ訪問が必要かを補足情報として残しておくと(レセプトには書かずとも薬歴には必須)、照会があった際にスムーズです。
在宅業務は、患者の生活を支えるやりがいのある業務ですが、その対価を正当に受け取るためには、これら「算定要件」と「レセプト」の知識という防具が欠かせません。常に最新の情報をキャッチアップし、多職種と連携しながら、抜け目のない算定管理を行うことが、安定した薬局経営と質の高い在宅医療の提供につながります。
