有害物質一覧とSDSとPRTR
有害物質一覧の考え方と化学物質リスクアセスメント
医療施設で「有害物質 一覧」を作るとき、よくある失敗は“物質名だけを並べて終わる”ことです。実務で役立つ一覧にするには、少なくとも①どこで(部署/工程)②誰が(職種/委託含む)③どの経路で(吸入・皮膚・眼・経口・針刺し等)④どの程度(頻度・量・濃度・揮発性)曝露しうるか、までを同じ行に入れて管理します。根拠資料としてはSDS(安全データシート)を紐づけ、改訂日も一緒に持つのが鉄則です(古いSDSのまま運用すると注意事項がズレます)。
職場の化学物質管理は「自律的な管理」を軸に変化しており、ラベル表示・SDS交付・リスクアセスメント実施が義務となる“対象物”の考え方が整理されています。たとえば、厚生労働省系の情報では「リスクアセスメント対象物=ラベル表示、SDS交付、リスクアセスメント実施が義務の物質」と説明され、表示対象物・通知対象物のリストが公表されている点が明記されています。つまり、医療現場でも「購入して終わり」ではなく、入庫した時点で“対象物かどうか”を判定し、対象なら手順書(希釈、取り扱い、こぼれ対応、廃棄)まで落とすことが求められます。
一覧は、次のように“現場で回る形”にすると運用が安定します。
・物質名(商品名だけでなく成分名も)
・用途(消毒、滅菌、洗浄、固定、麻酔、病理、研究、設備保守など)
・保管場所(部署、薬品庫、危険物庫)
・曝露経路(揮発、エアロゾル、皮膚付着、眼飛沫)
・主な有害性(発がん性、生殖毒性、感作性、神経毒性など)
・SDSリンク/保管先、改訂日
・必要な保護具(手袋材質、ゴーグル、局排、マスク種)
・こぼれ対応(吸着材、換気、回収容器、連絡系統)
・廃棄区分(感染性/非感染性、産廃区分、回収容器)
「意外な盲点」として、同じ部署でも“使う人”が変わるとリスクが変動します。例えば夜間の清掃、当直帯の応援、派遣職員、学生実習など、教育の粒度が揃いにくいタイミングで曝露事故が起きやすいので、一覧の項目に「教育の要否(初回/年次/臨時)」を追加するだけで事故率が下がることがあります(ヒヤリハットの分析がしやすくなるため)。
有害物質一覧のSDSとGHSラベルの読み方
SDS(安全データシート)は、医療従事者にとって“化学物質版のカルテ”に近い存在です。経済産業省のPRTR制度でもSDS制度が枠組みとして扱われ、現場の情報伝達(ラベルやSDS)が前提になっています。SDSはメーカーが作成する文書ですが、医療現場側は「読めること」より「運用に変換できること」が重要です。
読みどころは、ざっくり次の3点です。
・危険有害性:GHS分類(発がん性、生殖毒性、皮膚腐食/刺激、眼損傷など)
・曝露防止:換気、局所排気、密閉、取り扱い注意(加温・攪拌で揮発が増える等)
・応急措置・漏出時:目に入った、吸った、こぼした、火災時の対応
特に医療現場で効くのが「手袋の選定」です。SDSに“適切な保護手袋”とあっても材質が曖昧なことがあります。ここでの実務のコツは、一覧側に「手袋材質の推奨(ニトリル、ネオプレン等)」を入れ、採用品の規格と突き合わせることです。アルコール類・有機溶剤・消毒薬・現像/固定系の薬品などは、手袋の透過が想像以上に早い場合があるため、作業時間と交換頻度まで決めると安全側に倒せます。
また、ラベルとSDSを「棚卸し」とセットにすると、思わぬ改善が起きます。古い容器への移し替えでラベルが失われていたり、部署独自の希釈ボトルに注意喚起が書かれていなかったりします。医療の現場は“人が入れ替わっても回る”ことが大前提なので、一覧・SDS・ラベルの三点セットで情報伝達を固定化すると、教育コストを抑えつつ事故も減らせます。
有害物質一覧のPRTRと第一種指定化学物質
「有害物質 一覧」を作る際、院内だけの視点で閉じないための“外部の物差し”がPRTRです。経済産業省の説明では、PRTR制度の対象化学物質(第一種指定化学物質)は「人や生態系への有害性(オゾン層破壊性を含む)があり、環境中に継続して広く存在する(暴露可能性がある)と認められる物質」として計515物質が指定され、特に重篤な障害をもたらす等の23物質が「特定第一種指定化学物質」とされています。医療機関でも、研究部門・設備部門・委託清掃/委託洗浄などを含めると、PRTR文脈で語られる物質に触れる可能性があります。
PRTRが役立つ理由は2つあります。
・“世の中で問題になりやすい化学物質群”がまとまっている(行政が指定した枠組み)
・物質のカテゴリ(揮発性炭化水素、有機塩素系、農薬、金属化合物、オゾン層破壊物質等)で俯瞰できる
一覧づくりの手順としては、院内で使っている製品(洗浄剤、溶剤、塗料、接着剤、消毒・滅菌関連、設備用薬品、実験試薬)を「成分ベース」で棚卸しし、PRTRの第一種指定化学物質に該当するかを確認します。該当の有無は「危険だから使ってはいけない」という意味ではありませんが、部署横断で注意喚起すべき“共通言語”になります。
さらに、PRTRページでは「対象商品」の要件として、第一種指定化学物質を一定割合以上含有する製品(原則1質量%以上、特定第一種は0.1質量%以上)が挙げられています。医療機関は製造業ほどの大量取り扱いでない場合が多い一方、少量でも高活性・高毒性のもの(研究・病理・薬剤関連)が混在しやすいので、「量」ではなく「暴露の起こりやすさ(工程)」で優先順位をつけるのが現実的です。
(参考リンク:PRTRの対象化学物質の定義、515物質・特定23物質、カテゴリ例の確認に有用)
有害物質一覧の危険ドラッグとNIOSH
医療従事者向けの「有害物質 一覧」で、一般サイトと差がつきやすいのが“医薬品の有害性(職業曝露)”です。米国NIOSHは「医療現場で取り扱われる危険ドラッグ(hazardous drugs)」のリストを公表しており、これは医療従事者・雇用者が、日常的に取り扱う薬剤のうち危険ドラッグに該当するものを同定するためのツールと説明されています。2024年版(NIOSH Pub No. 2025-103)は、手順に従って作成され、2016年リストから25薬剤を追加し7薬剤を削除したこと、さらに追加情報が更新されていることが示されています。
医療現場の実務に落とすなら、危険ドラッグは「薬剤部だけの話」にしないのが重要です。
・薬剤調製:閉鎖式器具、局所排気、二重手袋、清拭
・看護:投与ルートの取り扱い、接続/外しの飛散、患者排泄物(尿・便・嘔吐物)への曝露
・清掃/リネン:処置室やトイレ、リネン回収時の二次曝露
・廃棄:シャープス、薬剤残液、汚染物の廃棄フロー
「意外なポイント」は、NIOSHの説明ではTable 1が“添付文書に特別な取り扱い情報(MSHI)がある薬剤”を含むことが明記されている点です。つまり、現場の一覧では「NIOSHに載っているか」だけでなく、「添付文書に特別な取り扱い注意があるか」を同列にチェックすると、国内の運用にもつなげやすくなります(メーカー文書を根拠に院内手順書を更新しやすい)。
(参考リンク:NIOSH危険ドラッグリストの目的、2024年版の位置づけ、更新情報の確認に有用)
NIOSH List of Hazardous Drugs in Healthcare Settings, 2024(CDC/NIOSH)
有害物質一覧の独自視点:清掃と設備と“混合”
検索上位で見落とされがちですが、医療現場の有害物質リスクは「単体の化学物質」より「混合」と「工程」で跳ね上がります。特に清掃・設備保守・滅菌関連では、次のような“組み合わせ事故”が起こりやすいです。
・酸性洗浄剤+塩素系漂白剤:刺激性ガスの発生リスク(換気不十分だと急性症状につながる)
・消毒薬の小分け容器:濃度表示が曖昧になり、皮膚障害・眼障害が増える
・加温や噴霧:SDS上は同じ物質でも、曝露形態が変わり吸入リスクが増える
・配管洗浄、ボイラー、冷却塔:設備系薬剤が“臨床エリア外”で使われ、臨床職が存在を知らない
この領域の改善策は、「一覧の対象範囲」を薬剤・試薬だけにしないことです。委託業者の持ち込み薬剤、施設管理の薬剤、さらには緊急時(漏水、感染対策強化、災害時の臨時消毒)に入る臨時資材も、一覧に“仮登録枠”を設けておくと管理が破綻しません。
さらに一段踏み込むなら、一覧に「混合禁止(組み合わせ)」欄を作るのが効果的です。SDSは基本的に単品の情報なので、現場の手順書に“混ぜない・同じ場所に置かない・同じカートに載せない”を明記し、保管棚の配置まで変えると事故が目に見えて減ります。医療は多職種協働で工程が分断されやすいので、「混合禁止」という単純なルールを一覧に埋め込むと、伝達ミスの影響を受けにくくなります。
最後に、一覧を“生きた文書”にする運用のコツです。
・棚卸し頻度:最低でも年1回、感染対策の運用変更時は臨時更新
・更新トリガー:新規採用、製品リニューアル、SDS改訂、ヒヤリハット発生
・責任分界:薬剤部・感染対策・施設・購買・安全衛生が共同で編集できる形(単独部署に寄せない)
・現場導線:QRコードでSDSへ、一覧から手順書へ、手順書から教育資料へ、を一気通貫にする
この「混合」と「工程」の視点を入れると、“ただの有害物質 一覧”から、事故を減らすための実務ツールへ進化します。