常在菌一覧と部位別分類
常在菌の基本的な分類と定義
常在菌とは、ヒトの身体に存在する微生物(細菌)のうち、多くの人に共通してみられ、病原性を示さないものを指す。現在までに人体から分離された常在菌は2,776種に達し、11の異なる門に分類されており、その大部分はFirmicutes門(1,716種)とProteobacteria門(508種)に属する。これらの常在菌は「健康な身体にも存在する菌」であるが「全ての人間が持っている菌」という意味ではなく、地域、環境、生活習慣により多様性を示す。
常在菌叢は善玉菌(約20%)、悪玉菌(約10%)、日和見菌(約70%)の3つのグループに分類される。善玉菌には乳酸菌やビフィズス菌などが含まれ、腸内を弱酸性に保つ機能を持つ。悪玉菌にはウェルシュ菌や病原性大腸菌が含まれ、毒性物質を産生して腸内をアルカリ性にする傾向がある。日和見菌はバクテロイデスや非病原性大腸菌などが含まれ、優勢な菌(善玉菌または悪玉菌)に従って働く特徴を持つ。
皮膚常在菌一覧と特徴的な菌種
皮膚は人体最大の排泄臓器であり、その表層には主として好気性菌が、毛包や皮脂腺には嫌気性菌が常在菌として生息している。皮膚常在菌は1平方cmあたり10万個以上存在し、全身で約1兆個という膨大な数に達する。皮膚に常在する細菌叢は腸内に次いで多く、1,000種相当の菌種が棲んでいると報告されている。
参考)https://www.sasappa.co.jp/online/abstract/jsasem/1/049/html/1110490301.html
代表的な皮膚常在菌として、表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)が挙げられる。この菌は「美肌菌」とも呼ばれ、皮脂や汗を分解してグリセリンや脂肪酸を産生する。脂肪酸は皮膚を弱酸性に保ち、抗菌ペプチドを産生することで黄色ブドウ球菌の増殖を抑制する重要な機能を担う。
アクネ菌(Cutibacterium acnes、旧称Propionibacterium acnes)は酸素を嫌う嫌気性細菌として毛穴に住み、プロピオン酸や乳酸などの脂肪酸を産生して皮膚を弱酸性に保つ。通常は表皮ブドウ球菌が繁殖しやすい環境作りに役立つが、毛穴が閉塞すると嫌気性環境となり、キャンプファクターという毒素を産生してニキビの原因となる日和見菌的性質を持つ。
参考)ニキビの発症メカニズムと治療について|青山ヒフ科クリニック
黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)は皮膚に常在するが、その割合や検出頻度は非常に低い。通常は表皮ブドウ球菌など他の常在菌や免疫系が抑え込んでいるため問題を起こさないが、常在菌が減少したり免疫が弱ったりするとその数を増やし、アトピー性皮膚炎などの増悪因子となる。
参考)「美肌菌」とは? もしかしてその肌荒れの原因は「美肌菌」のバ…
皮膚常在菌叢の部位別多様性に関する詳細な研究データ(脇の下や顔など部位による菌叢の違い)
口腔常在菌一覧と生態学的特徴
口腔内には700種類・1000億個以上の細菌などの微生物が生息していると推計されており、この数値は消化管全体の微生物数に匹敵する規模である。口腔内の常在菌は、ほとんどがグラム陽性のレンサ球菌属(Streptococcus)で、その種類は数種類に及ぶ。
参考)「口腔内フローラ」を知っていますか?お口の健康が全身の健康に…
健康な口腔内では、Streptococcus、Neisseria、Prevotella、Haemophilus、Rothiaが高い頻度で検出される。特にStreptococcusは口腔粘膜組織において最も豊富な属であり、硬口蓋、口腔粘膜、角化歯肉の微生物叢の44-66%を占める。歯肉縁下の微生物叢では、Halomonas、Streptococcus、その他の嫌気性菌が主要な構成菌となる。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11696714/
口腔内の常在菌は約770の細菌種から構成されており、これらの菌は唾液を介して口腔内各部位間で伝播する。唾液は各種口腔内表面から剥離した微生物群集を含む生物学的流体であり、歯面、歯肉溝、舌背、頬粘膜などの付着性微生物群集の情報を反映している。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4764907/
口腔常在菌の一部は異所性に腸管に定着すると免疫を活性化させることが近年明らかとなっており、口腔と腸管の微生物軸(oral-gastric microbial axis)という概念が注目されている。この現象は、口腔衛生状態と胃癌リスクとの関連性を示す疫学的証拠とも一致する。
参考)口腔常在菌の中には、異所性に腸管に定着すると免疫を活性化する…
腸内常在菌一覧と機能的分類
腸内細菌は人体で最も多くの常在菌が存在する部位であり、その細胞数は体細胞全体のそれを超えると考えられている。腸内細菌叢を構成しているのは主としてFirmicutes、Bacteroidetes、Actinobacteria、Proteobacteriaの4つの門に属する菌であり、この4門が腸内細菌叢の大部分を占める。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jim/30/1/30_5/_pdf
最も優勢なFirmicutes門は、Clostridium cluster XIVとIVからなり付着細菌の60%を占める。Clostridium clusterは16S rRNAの塩基配列に基づき分子系統的に分類したもので、cluster IVにはC. leptumが含まれ、subcluster XIVaの代表がC. cocoidesである。Bacteroidetes門は付着細菌の約20%を占める重要な構成菌群である。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/104/1/104_29/_pdf
腸内細菌は好気性菌と嫌気性菌(通性嫌気性菌と偏性嫌気性菌)に細分される。乳酸桿菌は通性嫌気性菌であるため、酸素分圧の高い上部小腸でも生育可能であるが、ビフィズス菌は偏性嫌気性菌であるため、嫌気度の高い大腸で生菌数が高くなる特徴を持つ。
現在まで人体消化管から1,057種の腸管内細菌種が同定されており、その内訳は真核生物92種、古細菌8種、細菌957種となっている。これらの腸内細菌は腸内フローラまたは腸内細菌叢と呼ばれる生態系を形成し、個人によって異なるパターンを示すが、その原型は3歳までに形成され、生涯にわたって基本的なパターンが維持される。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4262072/
常在菌の日和見感染と病原性発現メカニズム
常在菌による日和見感染は、体内(鼻腔、口腔、大腸、膣など)や皮膚表面に常在する微生物が、宿主の抵抗力低下時に異常増殖して病気を引き起こす現象である。健康な状態では、これらの微生物に対する抵抗力が身体に備わっているため病気になることはないが、身体の抵抗力が低下すると日和見感染が発生する。
参考)診療案内|Yamazaki Dental Clinic
日和見感染を引き起こす原因として、広域抗生物質の連用による菌交代現象、薬剤(抗がん剤、免疫抑制薬、副腎皮質ホルモン薬など)使用による免疫力の低下、エイズ、重症糖尿病、腎不全、肝不全、脳血管障害などの身体の抵抗力が低下する病気、がんなどによる衰弱、放射線療法の副反応による骨髄障害、高年齢などが挙げられる。
皮膚における日和見感染では、角皮層による微生物の侵入抑制、乾燥環境による好気性グラム陰性桿菌やカンジダの成長抑制、皮膚常在菌叢による病原菌の定着抑制という3つの防御機構が重要である。正常な免疫機能を持っていても、これらのいずれかが破綻をきたすと感染を起こすことがあり、例として火傷による皮膚の欠如や点滴カニューレによる皮膚の損傷などが感染を起こしやすい状況として知られている。
参考)皮膚にみられる日和見感染症 (medicina 22巻3号)…
日和見感染の病原体となるのは、細菌・真菌・原虫・ウイルスなど広い範囲の微生物であり、いずれも身近に存在する菌種である。また、多くの抗生物質にも死なない耐性を持つ黄色ブドウ球菌などの多剤耐性菌による感染も増加傾向にあり、医療関連感染の原因として重要視されている。
参考)おすすめコラム