てんかんの基本と最新の診断・治療法
てんかんの疫学と原因:最新の知見
てんかんは、世界中で約5000万人、日本では約100万人が罹患している神経学的疾患です。その有病率は一般人口の0.5〜1%と推定されており、3歳以下の幼児期と60歳以上の高齢者で発症率が高いという特徴があります。
てんかんの原因は多岐にわたり、以下のように分類されます。
- 遺伝的要因:特定の遺伝子変異や染色体異常
- 構造的要因:脳梗塞、脳出血、脳腫瘍、外傷性脳損傷
- 代謝性要因:先天性代謝異常、ミトコンドリア疾患
- 免疫学的要因:自己免疫性脳炎、全身性エリテマトーデス
- 感染性要因:髄膜炎、脳炎、神経嚢虫症
- 不明:原因不明(特発性)てんかん
最新の研究では、てんかんの遺伝的背景についての理解が深まっています。例えば、SCN1A遺伝子の変異がドラベ症候群と呼ばれる重症小児てんかんの主要な原因であることが明らかになっています。
また、脳画像技術の進歩により、これまで検出が困難だった微小な皮質形成異常や海馬硬化などの構造的異常が発見されるようになり、原因不明とされていたてんかんの一部が構造的てんかんとして再分類されています。
てんかんの診断:最新技術と精密化
てんかんの診断は、臨床症状の詳細な聴取、神経学的診察、脳波検査、画像検査などを組み合わせて総合的に行われます。近年、診断技術の進歩により、より精密な診断が可能になっています。
- 高解像度MRI。
3テスラ以上の高磁場MRIを用いることで、従来の装置では検出困難だった微小な皮質形成異常や海馬硬化を発見できるようになりました。特に、てんかん専用のプロトコルを用いることで、診断精度が向上しています。
- FDG-PET(フルオロデオキシグルコースを用いたポジトロン断層撮影)。
てんかん焦点の代謝低下を検出し、MRIで異常が見られない症例でも焦点の同定に役立ちます。
- SPECT(単一光子放射断層撮影)。
発作時と発作間欠期のSPECT画像を比較することで、てんかん焦点の血流変化を評価できます。
- 脳磁図(MEG)。
脳の電気活動を磁場として捉えることで、てんかん性放電の発生源をより正確に特定できます。
- ステレオ脳波(SEEG)。
頭蓋内に電極を留置して長時間記録を行うことで、深部や広範囲の脳領域からてんかん性放電を直接記録できます。
- 高密度脳波。
従来の脳波よりも多くの電極(64〜256チャンネル)を用いることで、てんかん性放電の空間的分布をより詳細に評価できます。
これらの技術を組み合わせることで、てんかん焦点のより正確な同定が可能となり、特に外科治療の適応を検討する際に重要な役割を果たしています。
てんかんの薬物療法:新規抗てんかん薬と個別化医療
てんかんの治療の基本は薬物療法であり、適切な抗てんかん薬の選択と用量調整が重要です。近年、新規抗てんかん薬の開発が進み、治療の選択肢が広がっています。
- 新規抗てんかん薬の特徴。
- ラコサミド:電位依存性ナトリウムチャネルの緩徐な不活性化を増強
- ペランパネル:AMPA受容体拮抗薬
- ブリバラセタム:シナプス小胞タンパク2A(SV2A)に結合
これらの新規薬剤は、従来の薬剤と比較して、より特異的な作用機序を持ち、副作用プロファイルの改善が期待されています。
- 個別化医療の進展。
薬物代謝酵素の遺伝子多型に基づいて、個々の患者に適した薬剤選択や用量調整を行う「ファーマコゲノミクス」の研究が進んでいます。例えば、CYP2C9やCYP2C19の遺伝子多型が、フェニトインやカルバマゼピンの代謝に影響を与えることが知られており、これらの情報を治療に活用することで、副作用のリスクを低減し、効果的な治療を行うことが可能になります。
- 薬剤耐性てんかんへの対応。
約30%の患者さんが薬剤耐性てんかんとされていますが、最近の研究では、適切な薬剤選択と用量調整により、この割合を減少させられる可能性が示唆されています。多剤併用療法の最適化や、新規薬剤の導入タイミングの検討など、薬物療法のストラテジーが重要です。
- 副作用マネジメント。
抗てんかん薬の長期使用に伴う副作用(骨密度低下、認知機能障害など)への対策も重要です。定期的な血中濃度モニタリングや副作用スクリーニング、必要に応じた補助療法(ビタミンD補充など)の導入が推奨されます。
てんかんの外科治療:精密手術と新技術
薬物療法で十分な発作抑制が得られない場合、外科治療が検討されます。近年の技術進歩により、より安全で効果的な手術が可能になっています。
- レーザー温熱凝固療法(LITT)。
MRIガイド下で、レーザーファイバーを用いててんかん焦点を熱凝固する低侵襲治療法です。従来の開頭手術と比較して、入院期間の短縮や合併症リスクの低減が期待できます。
- 定位的脳手術。
ガンマナイフやサイバーナイフなどの定位放射線治療を用いて、てんかん焦点を非侵襲的に治療する方法も開発されています。特に、深部脳病変や機能的に重要な領域近傍の病変に対して有用です。
- ロボット支援手術。
ROSA(Robotic Stereotactic Assistance)などのロボットシステムを用いることで、より精密な電極留置や切除が可能になっています。
- 術中マッピング技術の進歩。
術中覚醒下言語マッピングや高周波脳波を用いた機能マッピングにより、重要機能領域を温存しつつ、より広範な切除が可能になっています。
- 神経ネットワークに基づくアプローチ。
てんかん原性ネットワークの概念に基づき、単一の焦点切除だけでなく、ネットワークの遮断や調節を目指した手術戦略が開発されています。
これらの新技術により、従来は手術適応外とされていた症例や、手術リスクが高いとされていた症例に対しても、外科治療の可能性が広がっています。
てんかんの神経調節療法:非薬物的アプローチの進展
薬物療法や外科治療の適応とならない患者さんに対して、神経調節療法が新たな選択肢として注目されています。
- 迷走神経刺激療法(VNS)。
頸部の迷走神経を電気刺激することで、発作を抑制する治療法です。最新のデバイスでは、心拍数の変化を検知して自動的に刺激を行う「自動刺激モード」が搭載され、より効果的な発作抑制が期待できます。
- 応答性神経刺激療法(RNS)。
頭蓋内に留置した電極で脳波を常時モニタリングし、てんかん性放電を検出した際に即座に電気刺激を行うシステムです。てんかん焦点が複数ある場合や、切除不能な部位にある場合に有用です。
- 深部脳刺激療法(DBS)。
視床前核や海馬などの特定の脳深部構造を電気刺激することで、てんかんネットワークを調節する治療法です。特に、側頭葉てんかんや全般てんかんに対する有効性が報告されています。
- 経頭蓋磁気刺激(TMS)。
頭皮上から磁気刺激を与えることで、大脳皮質の興奮性を調節する非侵襲的治療法です。てんかんに対する治療効果の検証が進められています。
- 経頭蓋直流電気刺激(tDCS)。
弱い直流電流を用いて大脳皮質の興奮性を調節する非侵襲的治療法です。てんかんの補助療法としての可能性が研究されています。
これらの神経調節療法は、従来の治療法で十分な効果が得られない患者さんに新たな選択肢を提供するとともに、薬物療法との併用により、より効果的な発作抑制を実現する可能性があります。
てんかん患者のケアと生活の質向上:包括的アプローチ
てんかんの治療は、発作抑制だけでなく、患者さんの生活の質(QOL)の向上を目指す包括的なアプローチが重要です。
- 心理社会的サポート。
てんかん患者さんは、うつや不安などの精神症状を併発するリス