単純ヘルペス脳炎ガイドラインと診断治療

単純ヘルペス脳炎ガイドラインと診断治療

単純ヘルペス脳炎診療の概要
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急性ウイルス性脳炎

成人の急性ウイルス性脳炎の中で最も頻度が高い疾患で、年間100万人あたり3.5〜3.9人が発症

緊急対応疾患

neurological emergencyとして位置づけられ、6時間以内のアシクロビル投与開始が推奨

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ガイドライン準拠

2017年版診療ガイドラインに基づく標準的な診断・治療アプローチを実施

単純ヘルペス脳炎の診断基準とガイドライン

単純ヘルペス脳炎の診断は、2017年に改訂された日本神経感染症学会・日本神経学会・日本神経治療学会合同の診療ガイドラインに基づいて行われます 。この診療ガイドラインは、evidence-based medicineの考え方に基づき、Q&A形式で記述されており、エビデンスレベルに基づく推奨のグレードを示しています 。

参考)https://www.neurology-jp.org/guidelinem/herpes_simplex_2017.html

診断基準では、急性脳炎を示唆する症状・症候を呈し、神経放射線学的所見にて側頭葉・前頭葉などに病巣を検出することが重要です 。頭部CTやMRIでは、主として側頭葉内側面・前頭葉眼窩・島回皮質・角回を中心とした病変が認められます 。脳波検査では、ほぼ全例で異常を認め、局在性の異常は多くの症例で見られますが、特徴的とされる周期性一側てんかん型放電(PLEDS)は約30%の症例でしか認められません 。

参考)http://www.neuroinfection.jp/guideline003.html

髄液検査は診断において非常に重要で、通常、髄液圧の上昇、リンパ球優位の細胞増多、蛋白の上昇を示します 。糖濃度は正常であることが多く、赤血球やキサントクロミーを認める場合もあります 。最も重要なのは髄液HSV DNA高感度PCR検査で、これにより確定診断が可能になります 。

参考)https://id-info.jihs.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/8950-472r09.html

単純ヘルペス脳炎の症状と臨床経過

単純ヘルペス脳炎の症状は多彩で、発熱や頭痛、上気道感染症状(咳、鼻汁など)で発症し、数日後に意識障害や痙攣、異常言動などの多彩な高次脳機能障害を呈する経過をたどるのが一般的です 。成人では主に発熱、頭痛などの風邪症状に始まり、その後、意識障害、けいれん、言動の異常などの症状が現れます 。

参考)https://www.neurology-jp.org/guidelinem/hse/herpes_simplex_2017_03.pdf

初発症状として最も多いのは発熱(43例中)で、次いで頭痛、高次脳機能障害、意識障害、痙攣発作の順になります 。しかし、病初期に発熱や頭痛がない非典型例も存在することに注意が必要です 。実際に、初診時に37℃未満で発熱を認めなかった症例も4例報告されており、早期診断が遅れる原因となり得ます 。

参考)https://medicalnote.jp/diseases/%E5%8D%98%E7%B4%94%E3%83%98%E3%83%AB%E3%83%9A%E3%82%B9%E8%84%B3%E7%82%8E

高次脳機能障害は本症の特徴的な症状で、異常言動などの病初期から見られる精神症状と、意識障害や痙攣発作などが改善した後に顕在化する記銘力障害を中心とした高次脳機能障害に大別されます 。前者では幻視、妄想、異常行動、性格変化、多動多弁、見当識障害などが報告されています 。後者については記銘力障害が中心で、一般的に前向健忘の重症度の方が逆行健忘の重症度より高いとされています 。

単純ヘルペス脳炎の治療指針とアシクロビル投与

単純ヘルペス脳炎の治療において、アシクロビルが第1選択薬として推奨されています 。アシクロビル10mg/kg、1日3回点滴静注し、免疫正常例では14〜21日間、免疫不全例では21日間の投与を行い、髄液HSV DNA高感度PCRの陰性化を確認して終了します 。

参考)https://kobe-kishida-clinic.com/infectious/infectious-disease/herpes-simplex-encephalitis/

早期治療開始が極めて重要で、「ウイルス性脳炎が疑われるすべての患者」に対して、PCRの確定診断を待つことなくアシクロビルを投与開始することが推奨されています 。医療機関受診からアシクロビル開始までの時間は「6時間以内」が望ましいとされています 。この早期投与により、患者の救命率を上げ後遺症を軽減することができます 。
治療抵抗性の場合には、アシクロビルに追加してビダラビン15mg/kg、1日1回点滴静注、またはホスカルネット40mg/kg、1日3回点滴静注(保険未承認)を併用することが推奨されます 。副腎皮質ステロイド薬の併用については、成人では確立されていませんが、ウイルス感染時の宿主免疫反応による細胞傷害性を伴う炎症反応を抑制すると考えられ、一定の医学的根拠もあり勧められています 。

単純ヘルペス脳炎の治療期間と効果判定

単純ヘルペス脳炎の治療期間は、通常2〜3週間とされていますが、患者の症状や検査結果に応じて、治療期間を延長する必要がある場合もあります 。治療効果の判定は、髄液HSV DNA高感度PCRの検査結果に基づいて行われ、7日毎に再検し、2回連続陰性であることを確認してアシクロビル投与を終了します 。
アシクロビルの無作為試験における治療期間は当初10日間でしたが、10日間治療後の再発が報告されたため、現在では免疫正常例では14〜21日間、免疫不全状態を有する例では21日間と投薬期間の延長が推奨されています 。治療終了時の髄液HSV DNA PCRが陰性であった場合に良好な転帰であったことから、この検査による効果判定が重要視されています 。
治療開始の遅れは予後に大きく影響し、入院から治療開始までが2日よりも短かった患者は、転帰良好群で75%、不良群で30%という結果が報告されています 。このデータからも、早期のアシクロビル投与が予後改善において極めて重要であることが分かります 。

単純ヘルペス脳炎の予後と後遺症の医学的管理

現在の単純ヘルペス脳炎の死亡率は10〜15%まで改善していますが、生存者の約25%に寝たきり状態または高度の後遺症を認め、完全回復あるいは後遺症が軽度で社会復帰できる患者は約半数にとどまります 。後遺症の内訳では記憶障害と人格障害の頻度が高く、それぞれ53.8〜69%、30.8〜80%に見られます 。

参考)https://www.neurology-jp.org/guidelinem/hse/herpes_simplex_2017_02.pdf

記憶障害は最も頻度の高い後遺症で、前向性健忘(新しいことを覚えられない)の重症度が逆行性健忘(過去の記憶を思い出せない)よりも高い傾向があります 。人格障害・行動異常も高頻度で認められ、患者の社会復帰に大きな影響を与えます 。その他、てんかん(24〜30.8%)、見当識障害(14〜38.5%)、運動障害(15.4〜20%)などが続きます 。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrmc/53/4/53_287/_pdf

転帰不良因子として、高齢者やアシクロビル治療開始時の高度意識障害、アシクロビル治療開始の遅れ(入院から治療開始が2日以上)が挙げられます 。免疫抑制状態にある易感染性宿主では単純ヘルペス脳炎の転帰が不良になることも報告されており、こうした患者では特に注意深い管理が必要です 。興味深いことに、アシクロビルと副腎皮質ステロイド薬の併用はアシクロビル単独治療に比べて予後が良好であったとの報告もあり、今後の治療戦略において重要な知見となっています 。

医療従事者向け参考リンク(日本神経感染症学会の単純ヘルペス脳炎診療ガイドラインの詳細情報)。

単純ヘルペス脳炎診療ガイドライン2017

国立感染症研究所による単純ヘルペス脳炎の診療指針(疫学的データと治療方針の解説)。

単純ヘルペス脳炎の診療 – 国立感染症研究所