タミバロテン多発性嚢胞腎治験の進展状況
白血病治療薬が腎臓病治療に使えるなんて、普通は思いませんよね。
タミバロテン治験の概要と開始時期
リジェネフロ株式会社が実施するタミバロテン(開発コード:RN-014)の前期第二相臨床試験は、2023年12月に開始されました。この治験は常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)患者を対象とし、タミバロテンの有効性、安全性、薬物動態の評価を目的としています。
試験デザインはプラセボ対照単盲検試験です。目標症例数は70名で、PKフェーズとランダム化フェーズの2段階に分けて実施されています。2025年2月には全ての被験者募集が完了し、現在はデータ収集と解析の段階に入っています。
治験薬の用法は、タミバロテン4mgまたはプラセボを1日1回、52週間経口投与する形式です。これは白血病治療で使用される高用量とは大きく異なる設定ですね。
主な有効性評価項目には、総腎容積、総肝容積、推算糸球体濾過量(eGFR)が含まれています。これらの指標によって、嚢胞の増大抑制効果と腎機能保護効果が詳細に測定されます。
治験実施施設は、順天堂大学医学部附属順天堂医院、京都大学医学部附属病院など、国内の複数の主要医療機関で行われました。
タミバロテンのADPKD治療における作用メカニズム
タミバロテンはレチノイン酸受容体(RAR)作動薬として作用します。この薬剤が嚢胞形成を抑制し腎機能を改善する効果は、京都大学iPS細胞研究所の前伸一特定拠点講師と長船健二教授らの研究グループによって発見されました。
研究グループは、iPS細胞から腎集合管オルガノイドを作製し、ADPKDの病態モデルを構築することに成功しました。このモデルを活用して、96種の薬剤を一度にスクリーニングできる評価系を確立し、RAR作動薬が嚢胞形成を強力に抑制することを見出したのです。
トルバプタンとの決定的な違いがここにあります。トルバプタンは腎集合管でアルギニン・バソプレシン2型受容体(AVPR2)を拮抗阻害することで水利尿作用を示すため、1日に多量の飲水が必要になります。一方、タミバロテンは異なる経路で嚢胞形成そのものを抑制するため、多量飲水の負担がありません。
複数のADPKDマウスモデルを用いた前臨床試験では、タミバロテンが嚢胞の増大を抑制し、腎機能の低下を遅らせる効果が確認されています。用量は4mg/日と同定され、この用量での安全性プロファイルも確立されていると考えられました。
RAR作動薬による発現変動遺伝子の解析から、嚢胞細胞の増殖抑制メカニズムも明らかになりつつあります。これは新しい治療戦略の可能性を示唆しています。
多発性嚢胞腎の患者数と疾患特性
常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)は、日本国内で約31,000人の患者がいると推定されています。発症頻度は3,000人から7,000人に1人程度で、遺伝性腎疾患の中では最も頻度が高い疾患です。
ADPKDの原因遺伝子は2つあります。PKD1遺伝子の変異が約85%、PKD2遺伝子の変異が約15%を占めています。PKD1変異の方がPKD2変異よりも一般的に症状が重く、腎容積も大きく、腎機能障害の進行速度も速い傾向があります。
両側の腎臓に多数の嚢胞が次第に発生・増大し、徐々に腎機能障害が進行します。世界の腎不全患者の5~10%をADPKDが占めており、末期腎不全に至る主要な原因疾患の一つです。
腎臓以外にも影響が及びます。肝臓や膵臓にも嚢胞が生じることがあり、全身の血管にも異常があります。高血圧の合併率は高く、脳動脈瘤は家族歴がある場合で約16%、ない場合でも約6%の頻度で認められます。
患者の経過や予後には個人差が大きいのが特徴です。若い頃から腎機能が低下する患者もいれば、中年になって低下する患者、生涯にわたり腎機能が保たれる患者もいます。
Mayoクラス分類という予後予測システムがあります。年齢と身長で補正した総腎容積(HtTKV)から、Class 1A~1Eまで5群に分類され、各グループで末期腎不全に至る時期を予測できます。
タミバロテンの既承認適応症と安全性プロファイル
タミバロテンは、2005年に再発・難治性の急性前骨髄球性白血病(APL)の治療薬として日本で承認され、アムノレイク錠2mgとして販売されています。白血病治療では、分化誘導作用により白血病細胞を正常な細胞に分化させる働きをします。
長期臨床試験を実施するために必要な非臨床毒性試験はすでに実施済みです。APL以外にも多種多様な適応症で臨床試験の実績があります。具体的には、非小細胞肺癌、骨髄異形成症候群、急性骨髄性白血病、膵臓がん、ループス腎炎、クローン病、アルツハイマー病などです。
アルツハイマー型認知症患者を対象とした医師主導臨床試験では、今回のADPKD治験と同じ4mg/日の用量で24週間投与が行われました。結果として、死亡例やタミバロテンとの関連性が否定できない重篤な有害事象は報告されず、忍容性と安全性に問題は認められませんでした。
再発・難治性APL治療においては、高用量のタミバロテンを短期間集中的に投与するため、分化症候群などの重大な副作用が報告されています。しかし、ADPKD治験で使用される4mg/日は低用量であり、APL治療とは投与方法が大きく異なります。
ヒトに対する投与経験が豊富であることから、安全性プロファイルは確立されていると考えられました。このため、医薬品医療機器総合機構(PMDA)との対面助言を経て、追加の第一相臨床試験を新たに実施することなく、前期第二相試験を開始できたのです。
タミバロテン治験の独自の安全対策と今後の展望
ADPKD患者へのタミバロテン投与は今回の臨床試験が初めてであるため、試験計画には厳格な安全対策が組み込まれています。段階的な被験者リクルート、定期的な効果安全性評価委員会による第三者的な安全性モニタリング、治験薬の減量・中止基準の厳格な設定、治験全体の中止基準の設置などです。
2025年6月27日には、タミバロテンが常染色体顕性(優性)多発性嚢胞腎に対する希少疾病用医薬品に指定されました。これは開発支援や審査の迅速化につながる重要なマイルストーンです。
現在、RN-014はADPKD患者を対象とした開発中の薬剤の中で最も開発ステージが進んでいます。トルバプタンの上市以降、世界各国の製薬企業が数多くの新規治療薬の臨床試験を実施してきましたが、ほとんどが開発中止となっており、新たな治療選択肢が強く求められています。
本臨床試験でタミバロテンの有効性と安全性が確認されれば、次のステップはパートナー製薬企業との提携によるグローバル臨床試験への移行です。日本およびグローバルでADPKD治療薬として上市されれば、患者のQuality of Lifeが大幅に改善されることが期待されます。
この治験はiPS創薬の新しい成功事例となる可能性があります。iPS細胞から作製した病態モデルを用いて治療薬を発見し、実際の臨床試験に進むという流れは、今後の創薬研究のモデルケースになるでしょう。
リジェネフロ社は今後も京都大学iPS細胞研究所やパートナー企業と連携しながら、ADPKDをはじめとする腎臓、肝臓、膵臓領域の複数の難病に対するiPS創薬を推進していく方針です。