多系統萎縮症と脊髄小脳変性症の違い

多系統萎縮症と脊髄小脳変性症の違い

この記事で分かること
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疾患の関係性

多系統萎縮症は脊髄小脳変性症の一つの病型であり、孤発性脊髄小脳変性症の約65%を占めます

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遺伝性の違い

多系統萎縮症は非遺伝性の孤発性疾患であるのに対し、脊髄小脳変性症には遺伝性の病型も存在します

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症状の特徴

多系統萎縮症は自律神経障害を含む多彩な症状を呈するのが特徴的です

多系統萎縮症は脊髄小脳変性症の一病型

脊髄小脳変性症は、脊髄と小脳に変性をきたす慢性進行性疾患の総称であり、原因の異なる様々な疾患が含まれています。この脊髄小脳変性症という大きな疾患群の中に、多系統萎縮症が一つの病型として位置づけられています。

参考)https://www.nanbyou.or.jp/wp-content/uploads/kenkyuhan_pdf2014/gaiyo034.pdf


脊髄小脳変性症全体の疾患構成を見ると、孤発性の非遺伝性疾患が67%を占め、優性遺伝性疾患が27%、劣性遺伝性疾患が2%、痙性対麻痺が3%、その他の疾患が1%という割合になっています。孤発性疾患の大部分は成人発症であり、その中でも多系統萎縮症が65%を占め、残りの35%は皮質性小脳萎縮症と臨床診断されています。​
多系統萎縮症は、従来はオリーブ橋小脳萎縮症、線条体黒質変性症、シャイ・ドレーガー症候群という3つの異なる病気と考えられていましたが、進行に伴い各症状が重複し、神経病理学的な検討により共通の病変が見いだされたことから、現在では1つの疾患としてまとめられています。

参考)多系統萎縮症(MSA)


つまり、「脊髄小脳変性症」は疾患の総称であり、「多系統萎縮症」はその中の一つの具体的な病型という関係性になります。

参考)SCD・MSAの病型解説 |【SCD・MSAネット】脊髄小脳…

多系統萎縮症の遺伝性と原因

多系統萎縮症は、基本的に非遺伝性・孤発性の疾患とされており、家族内に同じ病気の方が現れることはほとんどありません。通常は遺伝しないと考えられていますが、極めてまれに血縁者が発症することがあり、このことから、この病気になりやすい体質である遺伝素因があると想定されています。

参考)医療情報


興味深いことに、東京大学医学部附属病院の研究チームによって、稀な家族性発症例のゲノム解析から、COQ2遺伝子が多系統萎縮症の発症と関わることが発見されました。COQ2遺伝子はコエンザイムQ10生合成に必須な酵素をコードする遺伝子であり、この遺伝子の機能低下による電子伝達系の障害や酸化的ストレスへの脆弱性が、多系統萎縮症の発症と関連する可能性が示唆されています。

参考)多系統萎縮症に関与する重要な遺伝的因子を発見


病理学的には、多系統萎縮症で亡くなった方の脳では、グリア細胞と呼ばれる細胞の中に封入体が観察され、その主成分としてα-シヌクレインというタンパク質が確認されています。このα-シヌクレインは不溶化してオリゴデンドログリアの細胞質内に蓄積することが特徴ですが、その発症機序はまだ完全には解明されていません。​
一方、脊髄小脳変性症全体では、遺伝性の病型も含まれており、約30%が遺伝性脊髄小脳変性症とされています。遺伝性脊髄小脳変性症では、30以上の原因となる遺伝子座や遺伝子が知られており、我が国でも多くの症例で原因遺伝子が特定されています。​

多系統萎縮症の症状と自律神経障害

多系統萎縮症は、小脳性運動失調、パーキンソニズム、自律神経障害を三大症候としています。これらの症状の現れ方によって、初発症状は患者によって異なります。​
🔸 小脳症状: 歩行時のふらつき、ろれつがまわらない、手足の運動失調などが特徴的です。中年以降に起立歩行時のふらつきなどの小脳性運動失調で初発することが多く見られます。

参考)多系統萎縮症(1)線条体黒質変性症(指定難病17) href=”https://www.nanbyou.or.jp/entry/221″ target=”_blank”>https://www.nanbyou.or.jp/entry/221amp;#82…


🔸 パーキンソン症状: 手足が震える、関節を動かしにくい、動作が遅くなる、手足が固くこわばるなどの症状が現れます。​
🔸 自律神経症状: これが多系統萎縮症の最も特徴的な点であり、睡眠中の無呼吸、たちくらみ、いびき、排便障害、起立性低血圧尿失禁などが含まれます。​
自律神経障害については、α-シヌクレインの沈着による神経変性が、血圧調節、排尿、消化管、発汗、睡眠時呼吸障害など、多彩な自律神経症状を呈してきます。これらの症状は多系統萎縮症の生命予後と密接に関係しており、自律神経系の適切な評価は患者の治療管理を行う上で重要となります。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/ans/58/1/58_79/_pdf/-char/ja


排尿障害は最も頻度が高い自律神経症状であり、頻尿などが見られます。起立性低血圧による失神や神経因性膀胱による排尿障害、失禁なども重要な合併症です。声帯開大不全や延髄機能障害による呼吸障害で突然死する場合も稀ではありません。

参考)多系統萎縮症 – 独立行政法人国立病院機構 宇多野病院


吸気性喘鳴は多系統萎縮症に特徴的な症状であり、神経変性疾患の中では稀な所見として診断の手がかりとなる可能性があります。

参考)https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/jja2.12939

脊髄小脳変性症の分類と病型の特徴

脊髄小脳変性症は、遺伝性の有無や遺伝の形式、障害された神経系の種類、症状などによって複数の病型に分類されています。​
孤発性脊髄小脳変性症(非遺伝性)は、脊髄小脳変性症全体の約70%を占めており、多系統萎縮症と皮質性小脳萎縮症が含まれます。皮質性小脳萎縮症は、小脳の中枢神経のみが変性し、小脳症状である運動失調のみに終始するのが特徴です。単一の疾患ではなく、主に小脳性運動失調症を呈する疾患の総称と考えられています。​
遺伝性脊髄小脳変性症は、脊髄小脳変性症全体の約30%を占め、遺伝の形式により「常染色体優性遺伝性」と「常染色体劣性遺伝性」に分類されます。常染色体優性遺伝性では、原因遺伝子がわかった順で、脊髄小脳失調症1型(SCA1)、脊髄小脳失調症2型(SCA2)、脊髄小脳失調症3型(SCA3)などに分類され、日本では特にSCA3、SCA6、SCA31が多く見られます。

参考)https://neurology.dept.med.gunma-u.ac.jp/class/kenkyu%20shokai%20yoshio%20ikeda.html


優性遺伝性の脊髄小脳変性症は、症候が小脳症候に限局する純粋小脳型と、パーキンソニズム、末梢神経障害、錐体路症候などを合併する多系統障害型に臨床的に大別されます。

参考)脊髄小脳変性症(多系統萎縮症を除く)(指定難病18) href=”https://www.nanbyou.or.jp/entry/4880″ target=”_blank”>https://www.nanbyou.or.jp/entry/4880amp;#8…


常染色体劣性遺伝性は日本では非常にまれで、フリードライヒ失調症、ビタミンE単独欠乏性失調症などが知られています。​

多系統萎縮症の診断と検査方法

多系統萎縮症を含む脊髄小脳変性症の診断には、複数の検査が組み合わされます。

参考)脊髄小脳変性症(SCD)


画像検査では、脳MRIが重要な役割を果たします。MRIでは、小脳、脳幹の萎縮など脳の形態変化を調べることができます。CT検査では、レントゲンによって頭を輪切り上にした写真を撮影し、構造的変化を評価します。脳血流シンチグラフィーは、アイソトープを使った検査で、脳の血流状態を調べます。

参考)脊髄小脳変性症の診断


病歴の聴取も診断において極めて重要です。脊髄小脳変性症の主症状は小脳失調ですが、他の疾患でも小脳失調を起こす可能性があるため、それらと区別する必要があります。例えば、高血圧や脳梗塞の既往がある場合は、小脳や脳幹に梗塞ができることでも小脳症状が出現するため、病歴の確認が重要です。​
遺伝性脊髄小脳変性症の鑑別のためには、家族の中で脊髄小脳変性症と診断された人がいないかについての情報も重要となります。遺伝子検査は、遺伝性脊髄小脳変性症を確定診断する上で決定的な役割を果たします。

参考)病態・診断に関するご質問|【SCD・MSAネット】脊髄小脳変…


多系統萎縮症の診断は基本的に臨床的に行われ、小脳失調、パーキンソニズム、自律神経障害の組み合わせから総合的に判断されます。初期には皮質性小脳萎縮症との区別が付きにくく、二次性小脳失調症との鑑別が重要です。

参考)多系統萎縮症(MSA) – 07. 神経疾患 – MSDマニ…


発症時の平均年齢は約53歳であり、症状出現からの生存期間は約9~10年とされています。​
難病情報センターによる脊髄小脳変性症・多系統萎縮症の概要解説(疫学、症状、診断基準などの詳細情報)
SCD・MSAネットによる病型解説(遺伝性・孤発性の分類と各病型の特徴)
日本内科学会雑誌による脊髄小脳変性症・多系統萎縮症診療ガイドライン2018(診断と治療の最新情報)