耐性菌一覧と感染制御
耐性菌の高リスク群と特徴
医療現場において最も警戒すべき薬剤耐性菌には、カルバペネマーゼ産生腸内細菌科細菌(CPE)、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)、多剤耐性アシネトバクター(MDRA)、多剤耐性緑膿菌(MDRP)が挙げられます。これらの菌群は、多くの抗菌薬に対して耐性を示し、治療選択肢が極めて限定的となることから、感染制御上の最優先課題として位置づけられています。
参考)https://www.hosp.med.osaka-u.ac.jp/home/hp-infect/file/manual/e-1.pdf
CPEは、カルバペネム系抗菌薬を分解する酵素を産生する腸内細菌科細菌であり、プラスミド上に存在する耐性遺伝子が接合により他の菌種へ水平伝播する特徴を持ちます。この特徴により、菌株や菌種を超えた耐性拡散が起こりやすく、院内感染制御において特に注意が必要です。VREは1986年にイギリスで初めて確認された耐性菌で、バンコマイシンが腸球菌感染症の唯一の治療手段であったため、その出現は「治療の手立てがない」状況を意味していました。
参考)特集:今、何故、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)に注目せね…
MDRAは、カルバペネム系、フルオロキノロン系、アミノグリコシド系の3系統の抗菌薬に対して同時に耐性を示すアシネトバクター属菌です。集中治療室などの重症患者において、呼吸器感染、尿路感染、カテーテル関連血流感染、敗血症などを引き起こす医療関連感染の重要な原因菌となっています。
薬剤耐性菌のリスク分類(厚生労働省基準)
リスクレベル | 菌名 | 主な特徴 |
---|---|---|
★★★(高) | CPE | カルバペネマーゼ産生、水平伝播 |
★★★(高) | VRE | バンコマイシン耐性、治療困難 |
★★★(高) | MDRA | 3系統薬剤耐性、重症感染 |
★★★(高) | MDRP | 多剤耐性、免疫低下者に危険 |
耐性菌の中リスク群とESBL産生菌
中リスク群の薬剤耐性菌として、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)、基質拡張型βラクタマーゼ(ESBL)産生菌が重要な位置を占めています。これらの菌群は高リスク群ほど深刻ではありませんが、医療現場での感染制御において継続的な監視と対策が必要な菌群です。
ESBL産生菌は、主に大腸菌と肺炎桿菌が代表的で、その他セラチア、エンテロバクターなどの腸内細菌科細菌も含まれます。ESBLという抗菌薬を分解する酵素を産生することで、第3世代セフェム系薬剤やペニシリン系薬剤に対して耐性を示します。興味深いことに、健康な人の腸管内からも2%程度の保菌率で検出されており、必ずしも病的意義を持つものではありません。
参考)ESBL(extended-spectrum β-lacta…
ESBL産生菌の感染対策において重要なのは、その伝播様式が手指または医療器具による接触感染であることです。特に吸痰、陰部清拭、尿路カテーテル処置、排泄介助時には徹底した対策が必要となります。医療機関では、カテーテル留置患者に抗菌薬耐性菌が定着するケースが多く、尿の取り扱い等に十分な予防策を講じる必要があります。
参考)https://www.inazawa-hospital.jp/media/ESBL_r6.5.16.pdf
MRSAは1970年代から院内感染の原因菌として問題となり、現在は市中にも広がっています。黄色ブドウ球菌がメチシリン耐性を獲得したものですが、実際には多種多様の抗菌薬に耐性を持っており、MRSA治療に特化した抗菌薬の使用が必要となります。見た目や菌の性格は普通の黄色ブドウ球菌と同じため、感染症の治療時に最初からMRSAが原因だと判断することは困難で、抗菌薬治療が失敗する大きな原因となっています。
参考)各種耐性菌の話
耐性菌の分類と薬剤感受性パターン
薬剤耐性菌の分類において、特定の抗菌薬に対する感受性パターンが重要な判定基準となります。大腸菌(E.coli)を例にとると、CAZ耐性、ESBL産生型、フルオロキノロン(FQ)耐性など、複数の耐性パターンが存在し、それぞれ異なる治療戦略が必要となります。
参考)https://www.crc-group.co.jp/crc/ff/pdf/dr_201901-12.pdf
肺炎桿菌(Klebsiella pneumoniae)についても、CAZ耐性やESBL産生型など類似の耐性パターンが認められ、腸内細菌科細菌全般において共通の耐性メカニズムが関与していることが示されています。Enterobacter cloacaeでは、カルバペネム耐性腸内細菌として分類される株も確認されており、より高度な耐性を獲得した株の存在が明らかになっています。
緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)は、もともと多くの薬剤耐性を持ち合わせている菌であり、カルバペネム系、フルオロキノロン系、アミノグリコシド系の3剤全てに耐性を持つ株がMDRPと定義されます。緑膿菌感染症にはもともと使用できる薬剤が少ないことから、薬剤耐性は治療上の大きな問題となります。
興味深いことに、2025年4月から薬剤耐性菌の判定基準が更新され、国際基準との統一や検出精度の向上が図られています。これにより、より正確な耐性菌の同定と適切な感染制御対策の実施が可能となっています。最新の分離状況データによると、様々な検体から多様な薬剤耐性菌が検出されており、継続的な監視体制の重要性が示されています。
耐性菌による感染症の臨床的特徴
薬剤耐性菌による感染症は、免疫機能が低下した患者や高齢者において特に重篤化しやすい特徴があります。抗菌薬が効きにくい、あるいは全く効かないことにより、治療薬が限られたり治療期間が長期化したりし、感受性菌による感染症と比較して明らかに予後が悪化する傾向が認められています。
参考)薬剤耐性菌感染症|国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サ…
血液疾患患者における細菌性血流感染の解析では、86.9%が悪性血液病患者であり、76.7%が粒細胞欠乏期にあることが示されています。これらの患者では、肺炎桿菌(22.5%)、大腸菌(20.8%)、緑膿菌(15.0%)、腸球菌(5.5%)が主要な起炎菌として同定されており、多くが薬剤耐性を示す株でした。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11579750/
ESBL産生菌による感染では、健康な人では通常無症状ですが、免疫力が低下している患者では敗血症、髄膜炎、肺炎、創部感染症、尿路感染症などの重篤な感染症を引き起こす可能性があります。特に高齢者介護施設では、ESBL産生菌への感染防止が重要な課題となっています。
参考)ESBL産生菌|介護現場の用語集|花王プロフェッショナル 業…
VREの特筆すべき問題点は、確実な除菌方法が存在しないことです。現時点では保菌者を隔離し、VRE感染のハイリスク患者への伝播を防ぐことしかできません。さらに、VREのバンコマイシン耐性遺伝子は、Streptococcus bovis、Arcanobacterium haemolyticum、Listeria monocytogenes、さらにはStaphylococcus aureusにまで水平伝播することが確認されており、最悪のシナリオとしてVRSA(バンコマイシン耐性MRSA)の出現も現実のものとなっています。
治療面では、多剤耐性菌に対して使用可能な抗菌薬が極めて限定的であることが大きな課題となっています。ESBL産生菌では、カルバペネム系抗菌薬やタゾバクタム/ピペラシリンが治療選択肢となりますが、早期の適切な診断と抗菌薬選択が治療成功の鍵となります。
耐性菌感染制御の実践的対策方法
薬剤耐性菌の制御には、大きく分けて2つの対策アプローチが重要となります。第一は「耐性菌を保菌・感染した患者から保菌していない患者へ拡げない対策」であり、第二は「患者への抗菌薬の使用を適切に管理する対策」です。
参考)チームで取り組む感染対策・抗菌薬の適正使用 感染制御と抗菌薬…
感染制御チーム(ICT)による対策では、院内環境ラウンド、手指衛生の徹底、医療関連感染サーベイランスなどの活動を通して耐性菌の拡大防止に取り組んでいます。特に手指衛生の遵守状況と薬剤耐性菌の拡散状況には高い関連性があるため、平時からの標準予防策の徹底が特に重要です。
抗菌薬適正使用支援チーム(AST)による対策では、薬剤師を中心として抗菌薬の適正使用推進に力を入れています。不適切な抗菌薬使用は耐性菌の選択圧となり、耐性菌の出現・拡散を促進するため、個々の臨床医による抗菌薬適正使用が薬剤耐性菌抑制において重要な効果を発揮します。
参考)https://amr-onehealth-platform.jihs.go.jp/file/UpdateData202503.pdf
医療機関における海外からの高度薬剤耐性菌持ち込み対策も重要な課題となっています。海外での手術歴が薬剤耐性菌(VRE、MDRA、CREを含む)検出の独立したリスク因子であることが示されており、高度耐性菌の蔓延している地域での医療行為後の患者については、特別な注意が必要です。
参考)https://dcc.jihs.go.jp/prevention/resource/resource05.pdf
環境整備と器具管理においては、ESBL産生菌の例では、尿路カテーテル処置、排泄介助、陰部清拭、吸痰時の対策徹底が重要です。これらの処置時には、標準予防策に加えて接触予防策を実施し、適切な個人防護具の使用と手指衛生の徹底が求められます。
歩行可能なESBL産生菌保菌者の管理では、標準予防策に加えて接触予防策を実施しながら、患者のQOLを配慮した感染制御対策の検討が必要となります。健常人における保菌率も高いことから、過度な隔離措置ではなく、適切なリスク評価に基づいた対策の実施が重要です。
継続的な監視システムとして、薬剤耐性菌の分離状況を定期的にモニタリングし、院内での拡散状況を把握することが不可欠です。2025年の最新データでは、様々な薬剤耐性菌が継続的に検出されており、感染制御対策の効果判定と改善点の検討に活用されています。