スプライシングと選択的スプライシングの違い

スプライシングと選択的スプライシングの違い

この記事のポイント
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スプライシングの基本機能

イントロンを切り取りエキソンを繋げてmRNAを作る基本プロセス

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選択的スプライシングの多様性

1つの遺伝子から複数のタンパク質を作り出す応用メカニズム

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疾患との関連性

スプライシング異常が引き起こす様々な疾患とその治療可能性

スプライシングの基本メカニズムとエキソン・イントロンの役割

スプライシングは、真核生物の遺伝子発現において必須の過程であり、転写されたpre-mRNA(前駆mRNA)からイントロンを切り出し、エキソンを連結して成熟mRNAを形成する反応です。真核生物の遺伝子は、タンパク質のアミノ酸配列に対応するエキソン部分が、対応しないイントロン部分によって分断されている構造を持っています。このスプライシング反応は、U1、U2、U5、U6などの核内低分子RNA(snRNA)とタンパク質から構成されるスプライソソームと呼ばれる巨大な複合体によって実行されます。

参考)RNAスプライシング


スプライシング反応は2段階で進行します。第1段階では、イントロンの5’末端が切断され、イントロンの分岐点のアデニル酸残基の2′-OH基がイントロンの5’末端のリン酸を攻撃することで、ラリアット構造と呼ばれる投げ縄状の中間体が形成されます。第2段階では、遊離した5’側エキソンの3’末端の3′-OH基が3’スプライス部位を攻撃し、2つのエキソンが連結されると同時にイントロンが切り出されます。この精密な反応により、正確な遺伝情報がタンパク質合成のためのmRNAに伝えられます。

参考)https://www.wdb.com/kenq/dictionary/intron-and-exon


スプライシングは正常な遺伝子発現に不可欠であり、U6 snRNAのN6-メチルアデノシン(m6A)修飾などの化学修飾によってその正確性と効率が制御されています。METTL16という酵素によるU6 snRNAのm6A修飾が欠失すると、スプライシング異常が引き起こされることが明らかになっており、これは疾患の分子基盤の理解に重要な知見となっています。

参考)正確なmRNAスプライシングを制御するU6 snRNAのm⁶…

選択的スプライシングの種類とタンパク質多様性への貢献

選択的スプライシング(alternative splicing)は、単一の遺伝子から複数の異なるmRNAバリアントを生成するメカニズムで、タンパク質の多様性を生み出す原動力となっています。この過程では、どのエキソンをmRNAに含めるか、またはどのイントロンを除去するかが選択的に決定され、その結果、同一遺伝子から配列が一部異なる複数のmRNA(スプライシングバリアント)が産生されます。

参考)スプライシングと選択的スプライシングの違いがよく分かりません…


選択的スプライシングには5つの基本的な形式が存在します。

参考)スプライシング暗号とは

  • カセットエクソン型(エクソンスキッピング): 特定のエキソンがmRNAに含まれたり除去されたりする形式で、哺乳類では最も一般的なパターンです
  • 相互排他的エクソン型: 2つ以上のエクソンのうち1つだけがmRNAに保持され、両方が同時に含まれることはありません
  • 選択的5’スプライス部位型: 異なる5’スプライスジャンクション(供与部位)が選択され、上流エキソンの3’側境界が変化します
  • 選択的3’スプライス部位型: 異なる3’スプライスジャンクション(受容部位)が選択され、下流エキソンの5’側境界が変化します
  • イントロン保持型: ある配列がイントロンとして除去されるか、そのまま保持されるかが決定されます。哺乳類では最も稀な形式ですが、植物では比較的頻繁に観察されます

選択的スプライシングにより、ヒトでは約2万個の遺伝子から数十万種類ものタンパク質が産生されると推定されています。極端な例として、ショウジョウバエの細胞接着分子をコードするDscam遺伝子では、4組の相互排他的エクソンの組み合わせにより、理論上38,016通りものmRNAとタンパク質が生成されることが知られています。この驚異的な多様性生成メカニズムは、限られた遺伝子数で複雑な生命現象を実現する上で極めて重要な役割を果たしています。

参考)【高校生物】「選択的スプライシング」

スプライシング制御機構と選択的スプライシングの生物学的意義

選択的スプライシングの制御は、組織特異性や発生段階に応じた遺伝子発現の調節において重要な役割を担っています。この制御機構は、転写調節に勝るとも劣らない生物学的意義を持つと考えられており、細胞の分化、発生、環境応答など様々な生理的プロセスで機能しています。

参考)Journal of Japanese Biochemica…


スプライシング制御を担う因子として、SR(serine/arginine-rich)タンパク質やhnRNP(heterogeneous nuclear ribonucleoprotein)ファミリーなどのトランス作用因子が重要です。これらの因子は、pre-mRNA上の特定の配列(シス制御配列)を認識し、スプライソソームの構成要素と相互作用することで、スプライシングパターンを制御します。さらに、CLK1などのリン酸化酵素によるSRタンパク質のリン酸化が、選択的スプライシングパターンを変化させることが明らかになっており、細胞シグナル伝達経路とスプライシング制御の連携が示されています。

参考)https://www.anat1dadb.med.kyoto-u.ac.jp/overview/overview_02/


インスリンシグナルによる選択的スプライシング制御の研究では、PI3K→Akt/PKB→Clk→SRp40というリン酸化カスケードが存在することが明らかになりました。このような外界シグナルによる制御機構の解明は、選択的スプライシングを標的とした新たな治療法開発の理論基盤となっています。

参考)KAKEN href=”https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-16390074/” target=”_blank”>https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-16390074/amp;mdash; 研究課題をさがす


体細胞の初期化過程においても、選択的スプライシングパターンが大きく変化することがゲノム全体の解析により示されています。ES細胞や多能性幹細胞では、分化した細胞とは異なる特異的なスプライシングパターンが観察され、これが細胞の運命決定や再生能力に関与していることが示唆されています。

参考)https://www.jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2015/07/86-06-16.pdf

スプライシング異常と関連疾患の分子メカニズム

スプライシング異常、特に選択的スプライシングの制御異常は、様々な遺伝病やがんなどの疾患の原因となることが明らかになっています。これらの疾患は「RNA病」と総称され、スプライシングのシス制御配列の変異やトランス制御因子の異常によって引き起こされます。​
代表的な例として、家族性自律神経失調症(Familial Dysautonomia; FD)があります。この疾患では、IKBKAP遺伝子の20番目のエキソン下流のイントロンで、6番目の塩基がTからCに変異(IVS20 + 6 T>C)することで、U1 snRNPによる認識が抑制され、20番目のエキソンがスキッピングを受けます。その結果、遺伝子産物であるIKAPタンパク質の発現量が低下し、tRNA修飾に異常が生じることで疾患が発症します。​
他にも、脊髄性筋萎縮症(SMA)や前頭側頭型痴呆・パーキンソニズム(FTDP-17)など、選択的スプライシング異常に起因する遺伝性疾患の報告が増加しています。がんにおいても、CLK1の異常な高発現が選択的スプライシングパターンを変化させ、がんの悪性度に影響することが示されています。

参考)Journal of Japanese Biochemica…


スプライシング異常を標的とした治療法の開発も進んでいます。低分子化合物によるスプライシング制御の修正や、アンチセンスオリゴヌクレオチドを用いたエキソンスキッピング誘導などの治療戦略が研究されており、一部は臨床応用段階に達しています。遺伝子多型によるスプライシング異常(スプライシングQTL)を同定する手法も開発されており、個別化医療への応用が期待されています。

参考)「タンパク質構造を変化させる遺伝子多型を同定する手法を開発」…


京都大学医学研究科のRNA病研究:選択的スプライシング異常と疾患の関連について詳しい解説

スプライシングと選択的スプライシングの産業応用と研究展望

スプライシングと選択的スプライシングの理解は、基礎研究だけでなく創薬や産業応用においても重要な意義を持っています。近年、スプライシング制御を標的とした創薬が注目を集めており、mRNAスプライシング制御の研究成果が治療薬開発に応用されています。​
選択的スプライシングの可視化技術の発展により、生体内でのスプライシングパターンの変化をリアルタイムで観察することが可能になっています。線虫などのモデル生物を用いた研究では、生体内選択的スプライシング可視化技術と遺伝学的解析を組み合わせることで、進化的に保存された選択的スプライシング制御機構が明らかになってきました。

参考)https://www.jst.go.jp/kisoken/presto/evaluation/posteriori/H23p2721.pdf


植物分野では、選択的スプライシングが環境ストレスへの応答や器官再生能力に関与することが示されています。シロイヌナズナのpre-mRNAスプライシングに関わるRID1遺伝子は、植物特有の高い再生能力の基礎となる脱分化や器官再生に加えて発生にも重要な役割を果たしています。マガキなどの海洋生物においても、選択的スプライシングがストレス適応に寄与することが全ゲノム解析により明らかになっており、環境適応における選択的スプライシングの普遍的な重要性が示されています。

参考)https://bsj.or.jp/jpn/general/bsj-review/BSJ-review_8B6%2080_98.pdf


HIV-1などのウイルス感染においても、ウイルスRNAの選択的スプライシングが感染機構で重要な役割を果たすことが見出されており、抗ウイルス薬開発の新たなターゲットとして注目されています。選択的スプライシングマイクロアレイなどの網羅的解析技術の開発により、哺乳類の多くの遺伝子で選択的スプライシングが起こっていることが明らかになり、その機能解析が急速に進展しています。

参考)https://www.jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2013/10/82-05-07.pdf


将来的には、スプライシング暗号(splicing code)と呼ばれる、スプライス部位認識の規則性の完全な解明が期待されています。この理解が進めば、遺伝子配列からスプライシングパターンを予測し、さらには人工的にスプライシングを制御することで、望ましいタンパク質を産生させる技術開発につながる可能性があります。​
生化学誌の特集:mRNAスプライシング制御の最前線と創薬への応用についての専門的な解説
Science Tokyo(旧・東京医科歯科大学)のスプライシング暗号研究:選択的スプライシングの分類と複雑性についての詳細