水素結合と共有結合の違い
水素結合と共有結合の基本的な仕組み
共有結合とは、各原子が電子を出し合って電子対をつくり、その電子対を共有することによってできる結合です。水素原子の電子軌道には1個の電子が入っており、酸素原子1個に水素原子2個が結合し水分子H₂Oをつくる場合、それぞれの水素原子は電子1個を酸素の電子軌道に供与するかわりに、酸素からも自分の電子軌道に電子1個を供与してもらい、互いにしっかりと結び付きます。これが共有結合と呼ばれる水素2個と酸素1個の強い結び付きです。
参考)http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/research_highlights/no_54/
一方、水素結合は電気陰性度の大きい窒素・酸素・フッ素等と共有結合している水素原子が、他の分子にある陰性の原子との間につくる結合のことです。水素原子をなかだちとして、隣接する分子どうしが引き合う結合であり、ファンデルワールス力よりも強い力で結びつきます。水素原子は他の原子と比べると質量が非常に小さいために、他の陰性の原子の共有結合に関わっていない電子対(非共有電子対)に引き寄せられ異常に接近することができます。
参考)http://www.osakac.ac.jp/labs/matsuura/japanese/lecture/semicondic/ka/ka013.pdf
水素結合と共有結合の強さの違い
化学結合の強さは一般的に次のような順序になります。共有結合>イオン結合>金属結合>水素結合>ファンデルワールス結合という関係性があり、共有結合が最も強い結合です。水素結合を切るのに必要なエネルギーは20kJ/mol程度にすぎず、これは化学結合の結合エネルギーに比べて圧倒的に低い値です。たとえば、水分子H₂OのO-Hを切るエネルギーは490kJ/molであり、共有結合は水素結合の約20倍以上のエネルギーを持ちます。
参考)https://www-it.jwes.or.jp/qa/details.jsp?pg_no=0050020020
典型的な水素結合(5~30 kJ/mol)は、ファンデルワールス力より10倍程度強いですが、共有結合やイオン結合よりはるかに弱い性質を持ちます。水素結合は共有結合の10分の1程度の強さしかないため、DNAの二重らせんが容易にくっついたり、離れたりできるわけです。この適度な弱さが、生体分子の機能発現において重要な役割を果たしています。
結合の種類 | 結合エネルギー(kJ/mol) | 特徴 |
---|---|---|
共有結合(O-H) | 約490 | 原子間で電子を共有する強固な結合 |
水素結合 | 5~30(約20) | 水素原子を介した分子間の引力 |
ファンデルワールス力 | 約2~5 | 全ての分子間に働く弱い力 |
生体分子における水素結合の重要性
生体分子の機能を発現する高次構造は水素結合で保持されています。DNAは二重らせん構造を持っており、2本の長い高分子が水素結合によって絡み合うことで形成されています。水素結合は脂質やタンパク質、DNAなど生体分子の高次構造、集合体構築に不可欠な非共有結合作用です。タンパク質の立体構造もアミノ酸残基間の水素結合によって維持されており、α-ヘリックスやβ-シート構造などの二次構造形成に重要な役割を果たしています。
参考)TSUKUBA FUTURE #129:超分子が開く新世界
水素結合の可逆性は生命活動において極めて重要です。共有結合であるリン酸ジエステル結合を、非共有結合性の相互作用である水素結合に置き換えることで、自由かつ可逆な構造変化が可能になります。この性質により、DNAの複製やタンパク質の折りたたみなど、生命現象の基本的なプロセスが実現されています。リン酸はアデノシン三リン酸(ATP)やDNAなどにも含まれる構造で、生命活動にも深く関係しています。
参考)http://www.ecosci.jp/bond/hb02.html
生体分子と水素結合 – DNAやtRNAの構造における水素結合の詳細な解説
共有結合の電子配置と極性分子
共有結合では原子の電気陰性度が大きい方に共有電子対が引きつけられ、電気的な偏りが生じることがあります。このような分子を極性分子といい、水分子はその代表例です。水分子はHとOから構成されており、Hはプラス、Oはマイナスの電荷をわずかに帯びています。この分極により、水分子中の水素原子の電子は酸素との共有結合部分に引き寄せられます。
酸素原子の外側の電子軌道には6個の電子が入っており、水素原子の電子軌道には1個の電子が入っています。水素原子はその電子軌道に2個、酸素原子は外側の軌道に8個の電子が入った状態になると安定する特別な性質があるため、共有結合と呼ばれる強い結び付きが起こります。相互に電子を貸し借りし、帳尻の合う密な関係を形成しているわけです。
💡 共有結合の種類
- 単結合:塩素Cl₂のように共有電子対1組による共有結合
- 二重結合:酸素O₂のように共有電子対2組による共有結合
- 三重結合:窒素N₂のように共有電子対3組による共有結合
医療分野での水素結合と共有結合の応用
水素結合を利用した医療技術の開発が進んでいます。水中で特定の分子を認識して捕まえる技術では、水素結合が活用されています。シクロデキストリンにアミド基(-CO-NH-)という化学構造をたくさん付け加えることで、リン酸イオンを選択的に捕まえられるようになりました。アミド基には水素結合をもたらす水素、窒素、酸素の各原子が含まれており、アミド基部分が水分子ともリン酸イオンとも水素結合することで、特異的な分子認識が可能になります。
参考)https://www.ims.tsukuba.ac.jp/~kanbara_lab/TKanbara/HsnaDNA.htm
タンパク質とDNAの相互作用、及びその認識機構の解明においても、水素結合の理解が不可欠です。生体分子表面の水分子の滞在時間や水素結合ダイナミクスは、生体分子の機能を理解する上で重要な要素となっています。また、水素結合性分子を対象としたテラヘルツ電磁波を用いた研究も行われており、タンパク質の時間分解分光などの新たな生体計測技術の開発につながっています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/945b7a6b32b82a32391dbc8213a8db40e3e9ef98
水素結合を利用したDNA模倣分子の開発 – 筑波大学の研究成果
タンパク質、DNAの水和構造 – 原子力機構による水素結合の詳細な構造解析
🔬 医療における応用例
- 薬物分子設計:標的タンパク質との水素結合を考慮した創薬研究
- 核酸医薬:DNA模倣分子の開発による遺伝子治療への応用
- バイオセンサー:水素結合を利用した選択的分子認識技術
- 構造解析:X線結晶構造解析による生体分子の水素結合パターンの解明