ST合剤 トリメトプリム・スルファメトキサゾールの作用機序と副作用

ST合剤 トリメトプリム・スルファメトキサゾールの特徴と使用法

ST合剤の基本情報
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成分構成

トリメトプリムとスルファメトキサゾールを1:5の比率で配合した合剤

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作用機序

細菌の葉酸合成を2段階で阻害し、相乗効果で抗菌作用を発揮

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主な適応症

尿路感染症、ニューモシスチス肺炎、腸管感染症など

ST合剤は、トリメトプリム(TMP)とスルファメトキサゾール(SMX)という2種類の抗菌薬を組み合わせた薬剤です。この組み合わせにより、細菌の増殖に必須な葉酸合成を効果的に阻害することができます。日本では「バクタ」や「バクトラミン」などの商品名で知られており、様々な細菌感染症の治療に用いられています。

ST合剤の特徴は、2つの抗菌薬が相乗効果を発揮することで、単独使用よりも強力な抗菌作用を示すことです。また、耐性菌の出現を抑制する効果も期待できます。

ST合剤 トリメトプリムとスルファメトキサゾールの作用機序

ST合剤の抗菌作用は、細菌の葉酸代謝経路を連続した2カ所で阻害することによって発揮されます。この2段階阻害が相乗効果を生み出す鍵となっています。

スルファメトキサゾール(SMX)は、細菌のジヒドロプテロイン酸シンターゼという酵素を阻害します。この酵素は、パラアミノ安息香酸からジヒドロプテロイン酸への変換を触媒するもので、SMXはパラアミノ安息香酸のアナログとして作用し、競合的に酵素を阻害します。

一方、トリメトプリム(TMP)は、ジヒドロ葉酸レダクターゼという酵素を阻害します。この酵素はジヒドロ葉酸をテトラヒドロ葉酸に変換する役割を担っています。テトラヒドロ葉酸は、DNA合成に必須のプリンやチミジンの合成に関わる重要な補酵素です。

この2段階阻害により、細菌のDNA合成とRNA合成が効果的に妨げられ、結果として細菌の増殖が抑制されます。特筆すべきは、ジヒドロプテロイン酸シンターゼが細菌には存在するがヒトには存在しないため、選択毒性が高いという点です。

阻害部位 作用薬剤 役割
ジヒドロプテロイン酸シンターゼ スルファメトキサゾール パラアミノ安息香酸からジヒドロプテロイン酸への変換を阻害
ジヒドロ葉酸レダクターゼ トリメトプリム ジヒドロ葉酸からテトラヒドロ葉酸への変換を阻害

この相乗効果により、ST合剤は単独使用よりも低濃度で効果を発揮し、殺菌的に作用することが可能になります。

ST合剤 トリメトプリム・スルファメトキサゾールの適応症と投与方法

ST合剤は幅広い細菌感染症に効果を示しますが、特に以下の感染症に対して高い有効性が認められています。

  1. 尿路感染症:単純性膀胱炎や慢性細菌性前立腺炎の治療に用いられます。特に慢性細菌性前立腺炎では、数少ない効果的な薬剤の一つとされています。
  2. ニューモシスチス肺炎:HIV/AIDS患者やがん患者におけるニューモシスチス肺炎の治療と予防に第一選択薬として使用されます。
  3. 腸管感染症:赤痢菌、大腸菌、ビブリオ属などによる腸管感染症に効果を示しますが、近年は耐性率の上昇により有用性が限られています。
  4. 再発性尿路感染症の予防:女性や小児の再発性尿路感染症の予防に用いられ、毎晩または2晩ごと、あるいは性交後に服用することがあります。
  5. ノカルジア感染症:ノカルジア属菌による感染症の治療に有効です。

投与方法は感染症の種類や重症度によって異なりますが、一般的には以下のような用法・用量が設定されています。

  • 通常用量:成人には1回2錠(トリメトプリム160mg、スルファメトキサゾール800mg)を1日2回経口投与
  • ニューモシスチス肺炎の治療:体重に応じて増量することがあり、トリメトプリムとして15-20mg/kg/日を3-4回に分けて投与
  • 予防投与:HIV患者などでは、ニューモシスチス肺炎の予防のために低用量を継続的に投与することがあります

腎機能障害がある患者では、クレアチニンクリアランスに応じて用量調整が必要です。また、透析患者では透析によって薬剤が除去されるため、透析後に補充投与が必要となることがあります。

ST合剤の副作用と安全性モニタリング

ST合剤は有効な抗菌薬である一方で、様々な副作用が報告されています。主な副作用には以下のようなものがあります。

  1. 皮膚障害:発疹、蕁麻疹、光線過敏症などが報告されており、副作用の中でも発現頻度が高いとされています(約3〜4%)。特にHIV患者では皮疹の発症頻度が高いことが知られています。稀に重篤な皮膚障害(スティーブンス・ジョンソン症候群や中毒性表皮壊死症)に進展することがあります。
  2. 消化器障害:悪心、嘔吐、食欲不振、下痢などが生じることがあります。
  3. 血液障害:白血球減少、血小板減少、貧血などの造血障害が起こることがあります。これは葉酸代謝阻害による影響と考えられています。
  4. 電解質異常:トリメトプリムは尿細管からのカリウム排泄を低下させるため、高カリウム血症を引き起こす可能性があります。特に腎機能障害がある患者や、カリウム保持性利尿薬(スピロノラクトンなど)を併用している患者では注意が必要です。また、低ナトリウム血症も報告されています。
  5. 腎機能障害:間質性腎炎や尿細管壊死を引き起こし、腎不全に至ることがあります。また、トリメトプリムはクレアチニンの尿細管排泄を阻害するため、実際の腎機能低下がなくても血清クレアチニン値が上昇することがあります。
  6. 肝機能障害肝機能検査値の上昇や、稀に重症の肝壊死が報告されています。

安全に使用するためには、以下のようなモニタリングが重要です。

  • 投与開始後早期(特に1〜2日目)からの皮膚症状の観察
  • 定期的な血液検査(血球数、電解質、肝機能、腎機能)
  • 特に3日を超える使用では副作用のリスクが高まるため、より慎重な観察

副作用の多くは投与開始から5〜14日目に検出されることが多いため、この期間の検査が特に重要です。

ST合剤 トリメトプリム・スルファメトキサゾールの薬物相互作用

ST合剤は多くの薬剤と相互作用を示すため、併用する際には注意が必要です。主な相互作用には以下のようなものがあります。

  1. メトトレキサート:メトトレキサートもジヒドロ葉酸レダクターゼを阻害するため、ST合剤との併用で作用が増強され、骨髄抑制などの副作用リスクが高まります。可能な限り併用を避けるべきです。
  2. ワルファリン:スルファメトキサゾールはCYP2C9を阻害し、ワルファリンの代謝を阻害することで、抗凝固作用を増強させる可能性があります。併用する場合はINR値を頻回にモニタリングする必要があります。
  3. 経口糖尿病薬(スルホニル尿素系):スルファメトキサゾールとの併用により、血糖降下作用が増強され、低血糖を引き起こすリスクが高まります。
  4. フェニトイン:スルファメトキサゾールはフェニトインの代謝を阻害し、血中濃度を上昇させることがあります。
  5. カリウム保持性利尿薬(スピロノラクトンなど):トリメトプリムによるカリウム排泄低下作用と相まって、重篤な高カリウム血症を引き起こす可能性があります。
  6. ACE阻害薬ARB:これらの薬剤もカリウム排泄を低下させるため、ST合剤との併用で高カリウム血症のリスクが高まります。
  7. シクロスポリン:腎機能障害のリスクが高まる可能性があります。

トリメトプリムはOCT2(有機カチオントランスポーター2)を阻害することも知られており、このトランスポーターを介して排泄される薬剤(メトホルミンなど)との相互作用にも注意が必要です。

ST合剤 トリメトプリム・スルファメトキサゾールの耐性菌問題と適正使用

ST合剤は広域スペクトラムの抗菌薬として有用ですが、不適切な使用による耐性菌の出現が問題となっています。耐性獲得のメカニズムには以下のようなものがあります。

  1. 標的酵素の変異:ジヒドロプテロイン酸シンターゼやジヒドロ葉酸レダクターゼの変異により、薬剤との親和性が低下する
  2. 薬剤排出ポンプの過剰発現:細菌が薬剤を細胞外に排出するポンプを過剰に発現させることで、細胞内薬剤濃度を低下させる
  3. 代謝経路の変化:葉酸代謝経路の変化により、阻害されても生存できるようになる

特に大腸菌や赤痢菌などの腸内細菌では、ST合剤に対する耐性率が上昇傾向にあります。地域によっては尿路感染症の原因菌の15%以上がST合剤耐性を示す地域もあり、そのような地域では経験的治療薬としての価値が低下しています。

ST合剤の適正使用のためには、以下のような点に注意する必要があります。

  • 適応を厳密に判断する:現在のST合剤の主な適応はニューモシスチス肺炎の治療・予防と、感受性が確認された細菌による感染症に限定すべきです
  • 投与期間を適切に設定する:不必要に長期間の投与は避け、症状改善後は速やかに中止することが望ましい
  • 感受性試験の実施:可能な限り原因菌を分離し、感受性を確認してから使用する
  • 代替薬の検討:耐性率が高い地域では、他の抗菌薬の使用を優先的に検討する

ST合剤は特にニューモシスチス肺炎の治療・予防において依然として重要な薬剤であり、耐性菌の出現を最小限に抑えるための適正使用が求められています。

医療機関では、地域の耐性パターンを把握し、ガイドラインに基づいた適切な抗菌薬選択を行うことが重要です。また、患者に対しては処方された用法・用量を守り、自己判断での中止や残薬の使用を避けるよう指導することも耐性菌対策として重要です。

ST合剤の使用に際しては、その有効性と安全性のバランスを常に考慮し、個々の患者の状態に応じた慎重な判断が必要です。特に高齢者や腎機能障害患者では、副作用のリスクが高まるため、より慎重な投与量調整とモニタリングが求められます。

以上のように、ST合剤は適切に使用すれば非常に有用な抗菌薬ですが、その特性と限界を理解し、適正に使用することが重要です。特に副作用のモニタリングと耐性菌対策を念頭に置いた処方が求められています。