側頭葉障害による症状
側頭葉は大脳皮質の4つの主要領域の一つであり、記憶、聴覚、言語理解において中核的な役割を担っています 。側頭葉が損傷を受けると、その機能に応じて多様な症状が現れ、患者の日常生活に重大な影響を及ぼします 。
側頭葉は外側溝(シルヴィウス溝)の下に位置し、新皮質全体の22%を占める大きな脳領域です 。この領域には海馬、海馬傍回、扁桃体などの重要な構造が含まれ、それぞれが記憶や感情処理に特化した機能を持っています 。
参考)【2022年度版】側頭葉の機能・MRI画像・症状・てんかん・…
側頭葉障害の記憶機能低下
側頭葉の内側部、特に海馬は記憶の中枢として機能し、新しい記憶の形成と保持に重要な役割を果たします 。側頭葉が損傷されると、前進性健忘(新しいことを覚えられない)や逆行性健忘(事故以前の記憶を失う)の両方の症状が現れることがあります 。
参考)https://www.neurology-jp.org/Journal/public_pdf/064070453.pdf
記憶障害の特徴は、短期記憶よりも長期記憶により深刻な影響を及ぼすことです 。患者は電話番号を一時的に記憶することはできても、その情報を長期記憶として定着させることが困難になります 。この症状により、日付や約束を覚える、新しい物事を学習するといった日常生活の基本的な機能に支障をきたします 。
参考)側頭葉の損傷と傷害
側頭葉てんかんにおける記憶障害は、神経心理検査で異常を認める海馬性健忘と、一般的な検査では検出できない加速的長期健忘や自伝的記憶障害に分類されます 。これらの記憶障害は脳の構造的異常、発作間欠期てんかん性放電、薬剤や心理状態などが複合的に関与していると考えられています 。
側頭葉損傷による言語理解障害
左側頭葉の損傷は、特に言語機能に重大な影響を与えます 。左側頭葉の後上部にはWernicke言語中枢が存在し、聞いた言語や書かれた文字の理解を司っています 。この部位が損傷されると、流暢性失語(Wernicke失語)が生じます 。
参考)側頭葉の脳梗塞で何が変わる?記憶や言語に影響するその理由|同…
流暢性失語では、話す速度は正常でリズムや抑揚に乱れはないものの、口から出る言葉が意味不明になります 。患者は単語を流暢に発話できますが、相手の言葉の意味を理解できないため、会話が成り立たなくなります 。
言語障害の具体的な症状として以下が挙げられます。
- 簡単な単語が出てこない
- 本が読めない
- 外部からの情報は受け取れるが、適切な返事ができない
- 連想した物と似ている発音の単語を言ってしまう
- 連想した物とは別の意味の単語を言ってしまう
これらの症状は深刻なコミュニケーション能力の欠如につながり、患者の社会復帰に大きな障壁となります 。
側頭葉てんかんの発作症状
側頭葉てんかんは、側頭葉内の海馬や扁桃体を含む内側側頭葉で発作を起こす疾患です 。発作の特徴は前兆、意識減損、動作停止、自動症、時として二次性全般化という経過をたどります 。
参考)【2025年版】側頭葉内側部の解剖とリハビリ:MMSE評価か…
前兆症状として、上腹部不快感、吐き気、気分不良、恐怖感、既視感(デジャヴ)などが現れます 。この段階では意識は保たれており、海馬や扁桃体に発作が限局した状態を示します 。
参考)内側側頭葉てんかん
複雑部分発作では、意識が混濁し、自分で自分をコントロールできなくなります 。患者は一点を見つめ(一点凝視)、片方の手は固まった状態(ジストニア肢位)、反対側の手はもぞもぞと動かす自動症を示します 。口をもぐもぐぺちゃくちゃと動かす口部自動症もしばしば伴います 。
感覚症状として以下のようなものが現れます :
- 嗅覚:実際にない匂いを感じる
- 味覚:金属のような味がする
- 聴覚:耳鳴りや異音を聞く
これらの感覚異常は発作の前兆として現れることが多く、現実感が失われるような離人感も認められます 。
側頭葉障害の視覚・空間認知への影響
右側頭葉の損傷は、視覚情報処理と空間認知に特徴的な障害をもたらします 。右側頭葉は視覚情報を処理する後頭葉と密接に連携し、視覚的な認識や統合を行っているため、この部位の損傷により視野欠損や物体・人の顔を認識する能力の低下が生じます 。
相貌失認(プロソパグノシア)は右側頭葉損傷の特徴的な症状で、家族や知人の顔を見ても誰かわからないという状態になります 。この症状は患者の社会生活に重大な影響を与え、人間関係の維持に困難をもたらします 。
参考)なぜ右側頭葉脳梗塞の後遺症で認知機能や感覚に影響が出るのか?…
視覚・空間認知障害の具体的な症状。
- 視野欠損(同名上1/4盲など)
- 物体認識困難
- 空間ナビゲーション能力の低下
- 視覚的記憶の障害
- 顔面認識の困難
これらの症状は、側頭葉内の側脳室の前外側を覆うように走行する視神経の損傷や、視覚情報処理に関わる皮質領域の機能低下によって生じます 。
側頭葉障害による感情・行動変化
側頭葉、特に扁桃体を含む辺縁系の損傷は、感情処理や行動制御に重大な影響を与えます 。前頭側頭葉変性症では、側頭葉の変性により特徴的な行動障害が現れることが知られています 。
参考)前頭側頭葉変性症 (ぜんとうそくとうがたにんちしょう)とは
感情・行動変化の主な症状。
- 社会的に不適切な言動
- 突然の立ち去り行動
- 同じことに固執する常同行動
- 過食・異食傾向
- 共感や感情移入の困難
- 自発性の低下
- 易怒性や攻撃性
これらの行動障害は、前頭葉と側頭葉の連携により制御されている社会的認知機能の低下に起因します 。患者は他の人からどう思われるかを気にしなくなり、自己本位的な行動や時として反社会的行動を示すことがあります 。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/44ec49a04057a77c8698635d113fa352b3e1b97e
感情の不安定性も側頭葉障害の特徴的な症状で、不安、うつ、易怒性、情動の平板化などが認められます 。これらの症状は患者の生活の質を著しく低下させ、介護者にとっても大きな負担となります 。