昇圧薬一覧と特徴
昇圧薬の基本的作用機序と受容体
昇圧薬は血管作動薬の一種であり、血管収縮作用や強心作用により血圧を上昇させる薬剤として定義されます。これらの薬剤は主にアドレナリン受容体(α受容体、β受容体)に作用し、交感神経系を刺激することで循環動態を改善します。
アドレナリン受容体の分類と作用。
- α1受容体:血管平滑筋収縮→血管収縮→昇圧
- α2受容体:中枢性交感神経抑制、末梢血管収縮
- β1受容体:心収縮力増強、心拍数増加
- β2受容体:血管拡張、気管支拡張
昇圧薬の選択は、患者の病態、ショックの種類、循環動態の評価に基づいて決定されます。循環血液量減少性ショックでは輸液による前負荷増加が第一選択であり、昇圧薬は補助的な役割を担います。
昇圧薬の代表的薬剤一覧と特性
1. アドレナリン(エピネフリン)
- 製剤:1mg/1mL アンプル
- 作用:α、β1、β2受容体すべてに作用
- 特徴:即効性があり、強力な昇圧・強心作用
- 適応:心肺停止、アナフィラキシーショック、重症気管支喘息
- 投与量:0.01-0.1μg/kg/分(持続静注)
2. ノルアドレナリン(ノルエピネフリン)
- 製剤:1mg/1mL アンプル
- 作用:主にα1受容体、軽度β1受容体刺激
- 特徴:強力な血管収縮作用、昇圧効果が高い
- 適応:血管拡張性ショック、敗血症性ショック
- 投与量:0.05-0.5μg/kg/分
3. ドパミン
- 製剤:150mg/50mL(0.3%製剤)
- 作用:用量依存性で作用が変化
- 低用量(1-3μg/kg/分):ドパミン受容体刺激→腎血流増加
- 中等量(3-10μg/kg/分):β1受容体刺激→強心作用
- 高用量(10μg/kg/分以上):α受容体刺激→血管収縮
- 適応:心原性ショック、腎血流改善目的
4. ドブタミン
- 製剤:150mg/50mL(0.3%製剤)
- 作用:主にβ1受容体刺激薬
- 特徴:心収縮力・心拍出量増加、末梢血管拡張
- 適応:心不全、心原性ショック
- 投与量:2.5-15μg/kg/分
5. イソプロテレノール
昇圧薬の適切な投与量と使用法
昇圧薬の投与では、患者の循環動態を継続的にモニタリングしながら、最小有効量での使用を心がけることが重要です。投与開始時は低用量から開始し、血圧、心拍数、尿量、意識レベルなどの臨床指標を評価しながら漸増します。
投与時の基本原則:
- 中心静脈ライン確保:末梢血管外漏出による組織壊死予防
- 連続モニタリング:血圧、心電図、動脈血ガス分析
- 段階的増量:15-30分毎に効果判定して調整
- 併用療法:輸液、強心薬、血管拡張薬との組み合わせ
用量調整の指標:
- 収縮期血圧90mmHg以上の維持
- 平均動脈圧65mmHg以上
- 尿量0.5mL/kg/時以上
- 意識レベルの改善
- 乳酸値の正常化
特に高齢者や基礎疾患のある患者では、昇圧薬に対する感受性が高く、不整脈や虚血性合併症のリスクが増加するため、より慎重な投与量調整が必要です。
昇圧薬の副作用と安全な使用のための注意点
昇圧薬は強力な循環作用を有するため、適切な使用を怠ると重篤な副作用を引き起こす可能性があります。
主な副作用:
- 頻脈性不整脈:特にβ受容体刺激薬で高頻度
- 虚血性合併症:冠動脈、腎動脈、腸間膜動脈の血流低下
- 組織壊死:血管外漏出による局所血流障害
- 代謝異常:血糖上昇、乳酸アシドーシス
- 血小板減少:特にドパミン長期使用時
安全使用のための対策:
- 投与前の十分な輸液:循環血液量の適正化
- 中心静脈ライン使用:末梢投与による合併症予防
- 定期的な心電図評価:不整脈の早期発見
- 末梢循環の観察:四肢冷感、皮膚色調変化の監視
- 適切な離脱:急激な中止による反跳性低血圧の予防
昇圧薬投与中は、医師、看護師、薬剤師の連携による継続的な監視体制の構築が不可欠です。また、患者・家族への説明と同意取得も重要な要素となります。
昇圧薬選択における個別化医療の新展開
従来の昇圧薬選択は主にショックの分類に基づいて行われてきましたが、近年では患者個々の遺伝的背景、薬物代謝能、併存疾患を考慮した個別化医療が注目されています。
薬物遺伝学的アプローチ:
カテコールアミンの代謝に関わる酵素(COMT、MAO)の遺伝子多型は、昇圧薬の効果や副作用に影響を与えます。特に日本人に多いCOMT遺伝子多型は、ドパミンやノルアドレナリンの代謝速度を変化させ、個人差の大きな要因となっています。
バイオマーカーを用いた最適化:
- 血漿ノルアドレナリン濃度:内因性カテコールアミンの評価
- B型ナトリウム利尿ペプチド(BNP):心機能評価指標
- 乳酸/ピルビン酸比:組織酸素化状態の評価
- 中心静脈酸素飽和度(ScvO2):循環動態の包括的評価
人工知能を活用した投与量最適化:
機械学習アルゴリズムを用いた昇圧薬投与量の予測モデルが開発されており、患者の生理学的パラメータから最適な薬剤選択と投与量を提案するシステムが実用化段階にあります。
precision medicine時代の昇圧薬治療:
今後は患者の遺伝的背景、腸内細菌叢、エピゲノム情報を統合したオミクス解析により、より精密な昇圧薬選択が可能になると期待されています。これにより、効果最大化と副作用最小化を両立した個別化治療の実現が目指されています。
日本薬学会薬学用語解説 – 個別化医療に関する最新の薬学的知見
医学書院 – 強心薬・昇圧薬の使いかた詳細解説
昇圧薬は救急・集中治療における重要な治療手段ですが、適切な知識と経験に基づいた使用が患者の予後を大きく左右します。継続的な学習と臨床経験の蓄積により、より安全で効果的な昇圧薬療法の実践を目指しましょう。