食道静脈瘤の治療と薬物療法による門脈圧低下

食道静脈瘤の治療と薬

食道静脈瘤治療の主な選択肢
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内視鏡的治療

EIS(硬化療法)とEVL(結紮術)が主流で、出血時や予防的に実施

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薬物療法

非選択性β遮断薬やオクトレオチドなどで門脈圧を低下させる

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IVRと外科的治療

カテーテルを用いたBRTOや外科的手術は選択的に実施

食道静脈瘤の病態と診断方法

食道静脈瘤は、門脈圧亢進症に伴って発生する重篤な合併症です。肝硬変などの慢性肝疾患が背景にあることが多く、門脈内の圧力上昇により側副血行路として食道静脈が拡張し、瘤状に膨らんだ状態を指します。

門脈圧亢進症の主な原因としては、以下が挙げられます。

  • C型肝炎やB型肝炎による慢性肝炎から進行した肝硬変
  • アルコール性肝障害
  • 非アルコール性脂肪肝炎(NASH)
  • 自己免疫性肝炎
  • 原発性胆汁性胆管

診断は主に内視鏡検査によって行われ、食道静脈瘤の大きさや形態、発赤所見(red color sign)の有無などが評価されます。これらの所見は、静脈瘤破裂のリスク評価や治療方針の決定に重要です。

食道静脈瘤は無症状のことも多いですが、破裂すると吐血や黒色便といった消化管出血の症状を呈し、緊急処置が必要となる生命を脅かす状態となります。そのため、適切な診断と予防的治療が重要です。

日本消化器病学会による門脈圧亢進症診療ガイドライン(詳細な診断基準と治療アルゴリズムを確認できます)

食道静脈瘤に対する内視鏡的治療法の実際

食道静脈瘤の内視鏡的治療には、主に内視鏡的静脈瘤硬化療法(EIS)と内視鏡的静脈瘤結紮術(EVL)の2種類があります。これらは現在の食道静脈瘤治療の中心的役割を担っています。

内視鏡的静脈瘤硬化療法(EIS)の実際

EISでは、内視鏡を通して静脈瘤に直接針を刺し、硬化剤を注入します。使用される主な硬化剤は以下の通りです。

  1. モノエタノールアミンオレイン酸塩(EO):血管内注入法に使用
  2. ポリドカノール:血管外注入法に使用

治療手順としては、まず静脈瘤を確認後、特殊な穿刺針を用いて静脈瘤に硬化剤を注入します。注入後は針を抜くと出血するため、内視鏡先端のバルーンで圧迫止血を行います。この処置を複数回繰り返し、1回の治療が終了します。

EISの特徴として、静脈瘤をより確実に潰すことができるため再発率が低い一方で、技術的難易度が高く、合併症のリスクもやや高いことが挙げられます。

内視鏡的静脈瘤結紮術(EVL)の実際

EVLでは、内視鏡の先端に装着した特殊なデバイスを用いて、静脈瘤を吸引し小さな輪ゴム(Oリング)でしばります。しばられた静脈瘤は血流が遮断され、壊死して脱落します。

EVLの特徴として、比較的簡便で安全に実施できる一方、EISに比べて再発率が高い傾向があります。そのため、出血リスクの高い大きな静脈瘤に対する初期治療や緊急止血処置として選択されることが多いです。

両治療法の比較。

治療法 メリット デメリット 適応
EIS 再発率が低い静脈瘤を確実に潰せる 技術的難易度が高い合併症リスクがやや高い 再発予防小〜中程度の静脈瘤
EVL 簡便で安全短時間で実施可能 再発率が高い複数回の治療が必要なことも 緊急止血大きな静脈瘤

治療は通常入院して行われ、静脈瘤の状態によって週1回のペースで2〜3回の治療を要することが一般的です。治療後は胸痛、嚥下障害、発熱などの症状が現れることがありますが、多くは一過性です。

食道静脈瘤治療における薬物療法の役割と選択

食道静脈瘤の薬物療法は、門脈圧を低下させることで静脈瘤の形成や破裂リスクを軽減することを目的としています。主に以下の薬剤が使用されます。

非選択性β遮断薬

門脈圧亢進症に対する第一選択薬として広く使用されています。

  • プロプラノロール:β1およびβ2受容体を遮断し、心拍出量の減少と内臓血管の収縮により門脈圧を低下させます。
  • ナドロール:プロプラノロールと同様の作用機序を持ちますが、半減期が長いため1日1〜2回の服用で効果が持続します。

これらの薬剤は通常、低用量から開始し、徐々に増量していきます。効果が現れるまでには2〜4週間程度必要で、その後も継続的な服用が必要です。主な副作用として徐脈、低血圧、疲労感、めまいなどがあります。

血管作動性薬剤

急性出血時や出血予防に使用される薬剤です。

  • オクトレオチド酢酸塩:ソマトスタチンのアナログで、内臓血管を収縮させ門脈血流を減少させます。急性出血時に静脈内投与で使用されることが多いです。
  • ソマトスタチン:オクトレオチドと同様の作用を持ちますが、半減期が短いため持続静注が必要です。

研究によると、ソマトスタチンアナログ(オクトレオチド)はソマトスタチンに比べ、門脈圧および門脈血流減少作用が強度で長時間作用し、投与中止後のリバウンド様作用が少ないことが示されています。また、全身血行動態への影響も比較的少ないため、臨床的に有用性が高いとされています。

その他の薬剤

  • 一硝酸イソソルビド:血管拡張作用により門脈圧を低下させる効果があります。
  • バソプレシン:内臓血管を収縮させる作用がありますが、全身性の副作用が強いため現在はあまり使用されません。

薬物療法の位置づけとしては、内視鏡的治療の補助療法、または内視鏡的治療が困難な患者の代替療法として重要です。特に非選択性β遮断薬は、静脈瘤出血の一次予防および二次予防に有効であることが多くの研究で示されています。

日本消化器病学会による最新の薬物療法ガイドライン(詳細な投与方法や推奨グレードを確認できます)

食道静脈瘤治療におけるIVRと外科的アプローチ

内視鏡的治療や薬物療法で効果が不十分な場合、あるいは特定の状況下では、IVR(Interventional Radiology:画像下治療)や外科的治療が選択されることがあります。

バルーン下逆行性経静脈的静脈瘤塞栓術(BRTO)

BRTOは主に胃静脈瘤に対して行われる治療法ですが、食道胃静脈瘤の場合にも適応となることがあります。この手技では、バルーンカテーテルを用いて胃腎シャントを一時的に閉塞し、硬化剤を静脈瘤内に注入して塞栓します。

BRTOの特徴。

  • 低侵襲で比較的安全に実施可能
  • 胃静脈瘤に対する高い治療効果
  • 肝性脳症の改善効果も期待できる
  • 門脈圧が上昇するため、食道静脈瘤が悪化する可能性がある

経頸静脈的肝内門脈大循環短絡術(TIPS)

TIPSは肝内に門脈と肝静脈の間にシャントを作成し、門脈圧を下げる治療法です。主に内視鏡的治療で止血困難な症例や、繰り返し出血を起こす症例に対して実施されます。

TIPSの特徴。

  • 門脈圧を効果的に低下させる
  • 静脈瘤出血の再発予防効果が高い
  • 肝性脳症のリスクが増加する
  • シャント閉塞のリスクがある

外科的治療

外科的治療は現在では限られた症例に対してのみ実施されますが、以下のような手技があります。

  1. 食道離断術:食道の下部を切断し再吻合する手術
  2. 血行郭清術:食道・胃周囲の側副血行路を外科的に切除する手術
  3. 脾摘術:脾臓を摘出し、脾静脈からの血流を減少させる手術

これらの外科的治療は侵襲性が高く、現在では内視鏡的治療やIVRで対応困難な症例に限って検討されます。

治療法の選択は、患者の全身状態、肝予備能、静脈瘤の状態、出血の有無などを総合的に評価して決定されます。特に肝予備能が低下している患者では、侵襲性の高い治療は慎重に検討する必要があります。

食道静脈瘤治療における最新の薬物療法研究動向

食道静脈瘤治療の分野では、従来の治療法に加えて新たな薬物療法の研究が進んでいます。ここでは最新の研究動向について解説します。

門脈圧亢進症に対する新規薬剤の開発

門脈圧亢進症の病態メカニズムの理解が深まるにつれ、より特異的に作用する薬剤の開発が進んでいます。

  1. 選択的α1アドレナリン受容体拮抗薬
    • プラゾシンなどの選択的α1拮抗薬は、内臓血管抵抗を選択的に減少させることで、非選択性β遮断薬と比較して全身への副作用が少ない可能性があります。
    • 特に腎機能障害を伴う患者での使用が研究されています。
  2. 血管新生阻害薬
    • 門脈圧亢進症では血管新生因子(VEGF等)の過剰発現が認められており、これを標的とした治療法の研究が進んでいます。
    • ソラフェニブなどのチロシンキナーゼ阻害薬が実験的に検討されています。
  3. 一酸化窒素(NO)系を標的とした薬剤
    • 門脈圧亢進症では一酸化窒素(NO)の過剰産生が関与しているとされ、NOの合成を阻害する薬剤の研究が行われています。
    • 一方で、肝内ではNOの産生低下が認められるため、肝内選択的なNOドナーの開発も進んでいます。

既存薬の新たな使用法

既存の薬剤についても、食道静脈瘤治療における新たな使用法が研究されています。

  1. カルベジロール
    • 非選択性β遮断作用に加えて、α1遮断作用も有するカルベジロールは、従来のプロプラノロールよりも門脈圧低下効果が強いことが示されています。
    • 最近のメタ解析では、カルベジロールが静脈瘤出血の予防において従来のβ遮断薬よりも優れている可能性が示唆されています。
  2. スタチン
    • 脂質低下薬として知られるスタチンが、肝内血管抵抗を減少させ門脈圧を低下させる効果があることが報告されています。
    • 肝硬変患者におけるスタチン使用は、門脈圧低下だけでなく、肝線維化の改善や肝癌発生リスクの低減にも関連する可能性があります。
  3. アンジオテンシンII受容体拮抗薬ARB
    • ARBは肝線維化を抑制する効果があり、門脈圧亢進症の根本的な原因に対するアプローチとして注目されています。
    • 非選択性β遮断薬との併用療法の有効性も検討されています。

薬物療法と内視鏡治療の併用アプローチ

最新の研究では、薬物療法と内視鏡治療を組み合わせた併用療法の有効性が注目されています。

  • 非選択性β遮断薬とEVLの併用は、単独治療よりも静脈瘤出血の再発予防効果が高いことが複数の研究で示されています。
  • オクトレオチドの短期投与と内視鏡治療の併用は、急性出血時の初期止血率を向上させる可能性があります。

これらの新しい薬物療法アプローチは、従来の治療法と組み合わせることで、食道静脈瘤治療の成績向上に寄与することが期待されています。ただし、多くはまだ研究段階であり、臨床応用には更なるエビデンスの蓄積が必要です。

日本肝臓学会誌に掲載された門脈圧亢進症の薬物療法に関する最新レビュー(新規治療薬の詳細な作用機序と臨床試験結果を確認できます)

食道静脈瘤治療後の経過観察と再発予防戦略

食道静脈瘤治療後の適切な経過観察と再発予防は、長期的な治療成功のために極めて重要です。ここでは、治療後のフォローアップと再発予防のための戦略について解説します。

治療後の経過観察スケジュール

食道静脈瘤は根本的な原因(多くは肝硬変)が持続する限り再発のリスクがあるため、定期的な経過観察が必須です。

  • 内視鏡検査:治療後1〜3ヶ月以内に初回フォローアップ内視鏡を行い、その後は静脈瘤の状態に応じて6〜12ヶ月ごとに実施します。
  • 血液検査:肝機能検査、血球計数、凝固能などを定期的に評価し、肝予備能の変化を監視します。
  • 画像検査:腹部超音波検査やCTを定期的に実施し、門脈血流や肝臓の状態を評価します。

再発予防のための薬物療法

内視鏡的治療後の再発予防には、継続的な薬物療法が重要な役割を果たします。

  1. 非選択性β遮断薬の継続
    • 内視鏡的治療後も非選択性β遮断薬(プロプラノロール、ナドロールなど)の継続が推奨されます。
    • 用量は脈拍数や血圧に応じて調整し、安静時脈拍が55〜60回/分程度を目標とします。
    • 禁忌や副作用がない限り、長期間(年単位)の継続が望ましいとされています。
  2. 併用療法の検討
    • 非選択性β遮断薬に一硝酸イソソルビドを併用することで、より効果的な門脈圧低下が期待できる場合があります。
    • 肝機能障害の進行を抑制するための抗ウイルス療法(B型・C型肝炎の場合)や、肝保護薬の併用も重要です。

生活指導と基礎疾患の管理

再発予防には薬物療法だけでなく、適切な生活指導と基礎疾患の管理も重要です。

  • 禁酒:アルコールは門脈圧を上昇させ、静脈瘤出血のリスクを高めるため、完全な禁酒が推奨されます。
  • 食事指導:塩分制限(1日5〜7g程度)は腹水コントロールに有効で、間接的に門脈圧にも影響します。
  • 体重管理:肥満は非アルコール性脂肪肝炎(NASH)を悪化させる可能性があり、適正体重の維持が重要です。
  • 薬剤回避:NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)は腎血流を減少させ、門脈圧を上昇させる可能性があるため、使用を避けるべきです。

緊急時の対応指導

患者と家族には、静脈瘤出血の兆候と緊急時の対応について十分に説明しておくことが重要です。

  • 吐血や黒色便が見られた場合は、直ちに医療機関を受診するよう指導します。
  • めまいや立ちくらみなどの貧血症状も出血の兆候である可能性を説明します。
  • 緊急連絡先や最寄りの救急医療機関の情報を提供しておきます。

治療効果の評価と治療戦略の見直し

定期的な経過観察の結果に基づいて、治療効果を評価し、必要に応じて治療戦略を見直します。

  • 静脈瘤の再発や増悪が認められた場合は、再度内視鏡的治療を検討します。
  • 薬物療法の効果が不十分な場合は、薬剤の変更や増量、併用療法の検討を行います。
  • 内視鏡的治療や薬物療法で十分な効果が得られない場合は、TIPSなどのIVR治療や外科的治療の適応を検討します。

食道静脈瘤治療後の経過観察と再発予防は、患者の予後を大きく左右する重要な要素です。個々の患者の状態に応じたきめ細かな管理が求められます。

日本消化器内視鏡学会による食道静脈瘤治療後のフォローアップに関するガイドライン(具体的な経過観察スケジュールと再発時の対応について詳細に記載されています)