食道胃接合部バルーンと内視鏡的バルーン拡張術
食道胃接合部バルーンの適応と食道アカラシア
食道胃接合部(EGJ)は平時は閉じ、嚥下時に弛緩して内容物を胃へ通しますが、食道アカラシアではこの弛緩がうまくいかず、蠕動も障害されるため「通りが悪い」状態になります。
その結果として、食後の胸のつかえ感、嘔吐、胸焼け様症状などを呈し、胃食道逆流症として治療されている中にアカラシアが潜むことがある点は臨床上の落とし穴です。
このEGJの通過障害に対し、内視鏡で部位を確認しながら「狭くなっている食道胃接合部にバルーン(風船)を留置して拡張する」治療が、ここでいう食道胃接合部バルーン(=内視鏡的バルーン拡張術の要素)です。
現場でまず明確にしたいのは、「食道胃接合部バルーン」という言葉が、①アカラシア等の拡張目的のバルーン、②静脈瘤出血などで用いる圧迫止血(SBチューブ等)の“胃バルーンがEGJに接する”状況、の両方を連想させ得ることです。
参考)https://www.top-tokyo.co.jp/app/uploads/2022/03/4021-3.pdf
例えばSBチューブの手技説明では、胃バルーンに空気(200~250mL)を注入して膨らませ、牽引して胃バルーンが胃食道接合部に接したところで固定する、といった記載があります。
拡張術と圧迫止血は、適応疾患・目標・合併症(圧迫壊死や誤嚥など)・管理が根本的に異なるため、申し送りやオーダー上の用語は「アカラシアに対する内視鏡的バルーン拡張」「SBチューブによるバルーンタンポナーデ」など、目的が分かる表現に寄せると事故予防に直結します。
食道胃接合部バルーン拡張の検査とシカゴ分類
バルーン拡張の“前段”で重要なのは、症状だけで決め打ちせず、内視鏡・造影・内圧検査を組み合わせて通過障害の実像を掴むことです。
慶應義塾大学病院の解説では、上部消化管内視鏡で食道拡張や貯留、EGJ通過困難をみることがある一方、初期では所見が乏しいこともあり得る、とされています。
そこで高解像度食道内圧測定(HRM)が効いてきて、シカゴ分類に基づいてアカラシアをtype1~3に分類し、治療戦略を練る上で重要な情報になる、という位置づけが示されています。
臨床的に“意外に効く”視点として、症状が強いのに内視鏡所見が決め手に欠けるケースほど、HRMで初めて診断がつく可能性がある点が挙げられます。
また、胸焼け・げっぷといった逆流様症状が前景に出ると、PPI反応不良のGERDとして長期化しやすく、検査のタイミングを逃しやすい点はチームで共有したいポイントです。
医療従事者向けの説明では、「内視鏡が通る/通らない」だけでなく、「EGJ弛緩不全+蠕動障害」という病態の二本柱を言語化しておくと、拡張術後の経過(再狭窄、逆流)を理解してもらいやすくなります。
食道胃接合部バルーンと内視鏡的バルーン拡張術の手技
内視鏡的バルーン拡張術は、内視鏡で狭窄部を観察し、鉗子チャンネルから造影剤を注入して狭窄部位・長さ・径などの情報をX線で得たうえで、適切サイズの拡張用バルーンカテーテルで拡張します。
バルーン径、拡張圧、拡張時間は狭窄の径・長さ・硬さで変わり、基本は狭窄径より小さいサイズから徐々に加圧する、という考え方が示されています。
手技時間は5~10分程度で、通常は入院を要しない一方、合併症が起きた場合は緊急入院が必要になり得る、という整理は患者説明の骨格になります。
デバイス観点では、アカラシア用のバルーンとしてBoston ScientificのRigiflex II(単回使用)があり、中央のダブルマーカと両側のシングルマーカで正確なポジショニングを支援する、とされています。
参考)https://www.bostonscientific.com/jp-JP/products/endoscopy_catheter-balloon/Rigiflex2.html
この「マーカがある」こと自体は地味ですが、EGJは呼吸性変動や食道の伸展で位置ズレが起きやすく、透視・内視鏡双方で“今どこを拡げているか”をチームで共有する助けになります。
また、狭窄が硬く痛みが強い場合や高齢で繰り返し治療が難しい場合に、経鼻栄養や胃ろうなど栄養投与法を併用することがある、という説明は、拡張だけで完結しない症例の現実を示します。
食道胃接合部バルーン拡張の合併症と穿孔
バルーン拡張術の重要合併症は穿孔で、まれではあるが起こり得る、という説明が一般向け医療情報でも明確に述べられています。
学術的には、川崎医学会誌の検討で「内視鏡的バルーン拡張術の合併症として食道穿孔の発生頻度は1~13%と報告」と記載されています。
幅のある数字に見えますが、症例背景(癌浸潤や術後狭窄の混在)、バルーンサイズ、拡張手技、定義(微小穿孔を含むか)で変動し得るため、現場では「ゼロではない・早期発見が重要」というメッセージに落とし込むのが実務的です。
穿孔の早期察知は、術後の胸痛、発熱、呼吸器症状、皮下気腫など“典型”を知っていても、鎮静後の訴えにくさで遅れ得る点が難所です。
Boston Scientificの解説でも、拡張により食道壁が裂ける穿孔が起こる可能性があり、穿孔には炎症や感染を伴うことがあり、咳・発熱・胸痛などが出る、とされています。
したがって看護・リカバリー室での観察は「バイタル安定」だけで終わらせず、疼痛の質(嚥下痛、胸背部痛)、呼吸状態、発熱の立ち上がり、訴えの変化を短い間隔で確認する運用が重要になります。
もう一つの現実的な合併症が「治療後の逆流」です。
アカラシア治療はEGJの抵抗を下げるほど通過は改善しますが、同時に逆流防御も弱まる方向に働くため、胸焼けが“新規に出る/増える”可能性を術前同意で明示し、症状出現時の受診目安を決めておくとトラブルが減ります。
とくに「もともと逆流っぽい症状で受診していた患者」に治療後逆流が重なると、患者側は“悪化した”と捉えやすいので、病態の説明順序(通過障害→治療目的→逆流リスク)を整えるのがコツです。
食道胃接合部バルーンと独自視点:説明同意と術後フォロー設計
検索上位の解説は「手技の流れ」「治療選択肢」「合併症」を端的に示しますが、現場で差が出るのは“説明の設計”と“フォローの設計”です。
慶應義塾大学病院の情報では、治療として薬物療法、内視鏡的バルーン拡張術、筋層切開術(Heller-Dor手術、POEM)が挙げられ、海外研究で「2年以内に再治療を必要とする確率はPOEMの方が低い(=効果が持続する)」と説明されています。
この一文は患者説明に強い一方、医療者側は「バルーン拡張=繰り返しの可能性」「POEM=逆流含めた長期管理」のように、治療“後”の運用(定期受診頻度、症状日誌、栄養指導、夜間症状への対応)まで含めてセットにすると、結果的に医療安全にもつながります。
独自視点として提案したいのは、術後フォローを“症状の二軸”で組むことです。
- 軸A(通過障害):つかえ感、食後嘔吐、食事にかかる時間、体重推移。
- 軸B(逆流):胸焼け、呑酸、夜間咳、咽喉頭違和感、PPI反応。
アカラシアは食道がん(扁平上皮がん)の危険因子と考えられている、という説明もあるため、長期の経過観察が必要になり得る点を“必要以上に煽らず”に触れておくと、受診中断を防ぎやすくなります。
さらに、現場で意外に効果があるのが「誤解の芽」を先に摘むことです。
- 「バルーンで広げた=根治」ではなく、病態・型・治療選択で再治療の可能性がある。
- 「胸焼け=治療失敗」ではなく、通過改善の裏返しとして逆流が出ることがある。
- 「内視鏡が通る=軽症」ではなく、初期は内視鏡所見が乏しいことがあるため、必要ならHRMなど追加検査がある。
(参考:食道アカラシアの概要・診断(高解像度食道内圧測定、シカゴ分類)・治療(バルーン拡張、POEM等)の整理に有用)
(参考:内視鏡的バルーン拡張術の具体的な流れ(造影、サイズ選択、段階的加圧、所要時間、入院の考え方)がまとまっている)
Boston Scientific:内視鏡による食道バルーン拡張術の実際
(参考:アカラシア用バルーン(Rigiflex II)の特徴(マーカ、ワイヤーガイド、先端形状など)を確認できる)
Boston Scientific:Rigiflex II Single-Use Achalasia Balloon Dilator