下斜筋不全麻痺と診断
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下斜筋不全麻痺の複視と回旋
下斜筋は外方回旋・上転・外転に関与し、障害されると眼位の上下・回旋のバランスが崩れ、両眼視での複視(特に上下成分+回旋成分の混在)を訴えやすくなります。
ただし「不全麻痺」では、患者が自然に頭位(顔の回旋や傾斜)で代償してしまい、問診だけでは複視の方向や強い視線方向が曖昧なことがあります。
医療者側は、訴えを「二重に見える」で止めず、①上下どちらにずれるか、②像が傾く(回旋)か、③どの視線方向で増悪するか、④片眼遮閉で消える“両眼性”か、を短い定型質問で拾うと整理が早くなります(神経麻痺の複視は片眼遮閉で消える説明が典型です)。
臨床で意外に落とし穴になるのは、「患者は“横に二重”と表現するのに、実際は上下+回旋が主で、脳が水平ずれとして再解釈している」ケースです。
とくに高齢者では、微小循環障害などで眼球運動神経麻痺が混在しやすく、純粋な単筋の見立てが難しくなるため、最初から“単一の筋に決め打ちしない”姿勢が安全です(症状と眼球運動の系統的評価が重要という一般論とも整合します)。
下斜筋不全麻痺の診断とParks3段階法
上下偏位の原因筋を系統的に絞り込む枠組みとして、Parks-Bielschowsky three-step test(Parksの3段階法)は今も定番です。
やり方の要点は、①第一眼位でどちらが上斜視か、②右方視/左方視どちらで上下偏位が増えるか、③頭部傾斜試験でどちらへの傾斜で増えるか、の3点を組み合わせて候補筋を削ることです。
ただしthree-step testは形態学的に上斜筋麻痺と確認された症例でも全条件を満たすのが約70%にとどまる、という指摘があり、検査結果が“きれいに揃わない”こと自体は珍しくありません。
下斜筋不全麻痺を疑う場面では、9方向向き眼位で「内転位での上転が弱い」「外方回旋の出方がいつもと違う」といった“質的な違和感”をメモし、three-step testは結論を出す道具というより「矛盾を見つける道具」として使うと実戦的です。
さらに固視交代(どちらの眼で固視しているか)で見かけの上下偏位が変わることがあり、検査時の固視眼を意識して記録しないと、後から所見の整合性が取れなくなります(固視交代がある場合の注意は図示されることが多いです)。
下斜筋不全麻痺とBielschowsky head tilt test
Bielschowsky head tilt test(頭部傾斜試験)は、上下斜視が斜筋由来か直筋由来かの鑑別に有用とされます。
古典的には、上斜筋麻痺で診断的価値が高いとされ、患側への頭部傾斜時に上下偏位が増える(麻痺眼の上転が目立つ)という説明が広く知られています。
一方で、臨床では“理屈通りに出ない”例もあり、頭部傾斜試験で非傾斜側眼が上転する報告も存在します。
下斜筋不全麻痺の評価でも同様で、頭部傾斜試験の所見は「決め手」ではなく「追加情報」として扱うのが安全です。
特に、末梢前庭障害などで生じるocular tilt reaction(眼傾斜反応)がParksの3ステップテストで下斜筋麻痺所見を呈しうる、という報告があり、斜視=外眼筋麻痺と短絡しない鑑別姿勢が重要です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jser/78/4/78_256/_pdf
つまり、頭部傾斜試験で“下斜筋っぽい”結果が出たとしても、眼球運動だけでなく、めまい・平衡感覚・神経症状の併存を確認する価値があります。
参考:Bielschowsky head tilt testの目的(斜筋麻痺と直筋麻痺の鑑別)
Medical*Online Video:Bielschowsky head tilt test
下斜筋不全麻痺の治療と斜視手術
麻痺性斜視の治療は、原因治療(外傷・血管性・ウイルス性など)を進めつつ、複視の回避(プリズム眼鏡など)と、一定期間の経過観察を組み合わせ、残存する複視が固定した場合に斜視手術を検討する、という流れが一般的です。
日本弱視斜視学会の一般向け解説でも、後天性の滑車神経麻痺では自然治癒傾向がある原因(外傷や血管性、ウイルス性など)に触れつつ、プリズムで複視を避け、6か月待っても複視が続けば斜視手術を考える、という考え方が示されています。
下斜筋不全麻痺そのものは頻度として多く語られにくい一方、臨床では「上下斜視」「回旋複視」「斜筋のアンバランス」として手術適応を検討する場面があり、下斜筋・上斜筋・上下直筋のどこを調整するかが論点になります。
一般の眼科手術説明でも、上下斜視では上直筋・下直筋の後転/短縮や、下斜筋の切除といった術式が挙げられています。
また、下斜筋過動に対して下斜筋後転術を行う、という整理を示す施設情報もあり、斜筋への介入は“過動/代償の抑制”として語られることが多いです。
参考)斜視・弱視
回旋成分が強い症例では、術中に回旋偏位を測定し術量を調整した報告もあり、「上下偏位だけ整えても、回旋複視が残る」リスクを意識した評価設計(回旋の定量)が一段上の実装になります。
参考)Cyclophorometerを用いて斜視手術中に回旋偏位の…
下斜筋不全麻痺の独自視点:眼傾斜反応と鑑別
検索上位の一般的な解説は「外眼筋麻痺→Parks3段階法→頭部傾斜試験→プリズム/手術」という一直線の流れになりがちですが、現場では“似た所見を作る別機序”が混ざると難易度が跳ね上がります。
その代表が、前庭系や脳幹などの障害で生じるocular tilt reaction(OTR)で、斜偏視や頭部傾斜・回旋の要素が絡み、Parksの3ステップテストで下斜筋麻痺所見を呈する可能性が示されています。
つまり「所見が下斜筋不全麻痺っぽい」=「下斜筋の末梢神経麻痺」と確定する前に、神経耳科的背景(めまい、歩行時ふらつき、急性発症など)や中枢徴候の有無を点検するだけで、見落としを減らせます。
もう一つの実務的ポイントは、患者が代償頭位を取っていると、外来の短い診察では眼位が“軽く見える”ことです。
このとき、診察室で「楽な頭位」を崩してもらい、正面頭位での複視の出方を確認するだけで、訴えと所見のギャップが埋まりやすくなります(頭位で複視を補う概念は、眼性頭位異常として説明されます)。
下斜筋不全麻痺を診るというより、「下斜筋不全麻痺に見える病態」を幅広く拾う、という構えが、医療従事者向けには実用的です。