舌骨上筋と舌骨下筋の役割と嚥下機能

舌骨上筋と舌骨下筋の解剖と機能

舌骨周囲の筋肉の概要
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舌骨上筋群

舌骨より上方に位置し、舌骨と喉頭を挙上させる4つの筋肉から構成される

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舌骨下筋群

舌骨より下方に位置し、舌骨と喉頭を引き下げて固定する4つの筋肉から構成される

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相互作用

上下の筋群が協調して働くことで、嚥下や発声時の舌骨の適切な位置を保つ


舌骨は、喉の前面にある小さなU字型の骨で、のどぼとけの上に位置します。この舌骨を中心として、上下に配置された筋肉群が嚥下(飲み込み)、開口、発声などの重要な機能を担っています。舌骨上筋群と舌骨下筋群は、お互いに引っ張り合うことで舌骨と喉頭の位置を調整しており、どちらか一方に機能障害があれば、もう一方にも影響を及ぼします。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/orltokyo/53/4/53_4_246/_pdf


舌骨には他の骨と直接連結する関節がなく、周囲の筋肉によってのみ支えられています。そのため、舌骨上筋群と舌骨下筋群のバランスが崩れると、舌骨の位置異常や運動制限が生じ、嚥下障害や顎の発育不全などの問題を引き起こす可能性があります。

参考)基本的知識を知る|守口市の歯医者|プリベンチャル守口駅前歯科

舌骨上筋群の種類と特徴

舌骨上筋群は、舌骨と下顎骨を連結する4種類の筋肉の総称です。具体的には、オトガイ舌骨筋、顎舌骨筋、顎二腹筋、茎突舌骨筋で構成されています。

参考)嚥下に関与する『舌骨上筋群・舌骨下筋群』の基本的な概要と解剖…


オトガイ舌骨筋は、下顎骨のオトガイ棘から起始し、舌骨に停止する筋肉で、顎舌骨筋のより深層に位置します。舌骨を前方へ引く作用があり、舌骨が固定されている場合には下顎を下げる働きもします。神経支配は第1・2頚神経前枝が担当しています。

参考)筋肉動画図鑑


顎舌骨筋は、下顎骨から起始して舌骨に停止し、口底と舌の挙上に働きます。舌骨が固定されている時は下顎を下げる作用もあり、三叉神経の下顎枝によって支配されています。口腔底を形成する重要な筋肉で、嚥下時には舌骨を引き上げる役割を果たします。

参考)http://www.hoku-iryo-u.ac.jp/~yasaka/H20rinkiso-kin.pdf


顎二腹筋は、前腹と後腹の2つの筋腹からなる特徴的な構造を持つ筋肉です。後腹は側頭骨の乳突切痕から起始し、前腹は下顎骨に停止します。下顎骨が固定されている時は舌骨を挙上し、舌骨が固定されている時は下顎骨を下制します。前腹は三叉神経、後腹は顔面神経によって支配されており、異なる鰓弓から発生した筋肉が融合したものです。

参考)筋肉動画図鑑


茎突舌骨筋は、側頭骨の茎状突起から起始して舌骨に停止し、舌骨を挙上する作用を持ちます。顔面神経によって支配されており、嚥下時の舌骨挙上に貢献します。

参考)http://www.swallow-web.com/n-engeriha/pdf/2017teirei1-1_mechanism.pdf


これらの舌骨上筋群は、速筋線維の割合が多く、嚥下時の咽頭期における舌骨喉頭挙上には短時間に強い運動が要求されるため、瞬発的な筋力発揮の特性を有しています。

参考)https://www.dysarthrias.com/wp/wp-content/uploads/2023/10/Vol.8-No.1-pp130-133_compressed.pdf

舌骨下筋群の種類と特徴

舌骨下筋群は、舌骨に付着して舌骨より下方に走行する4種類の筋肉の総称です。具体的には、胸骨舌骨筋、肩甲舌骨筋、甲状舌骨筋、胸骨甲状筋で構成されています。

参考)舌骨下筋群


胸骨舌骨筋は、胸骨柄、胸鎖関節包、鎖骨の胸骨端、第1肋骨から起始し、舌骨体に停止します。舌骨を引き下げる作用を持ち、上位頚神経(頸神経ワナ)によって支配されています。​
肩甲舌骨筋は、下腹と上腹の2つの部分からなり、下腹は肩甲骨の上縁から起始して中間腱として終わり、上腹が中間腱から起始して舌骨体下縁の外側部に停止します。舌骨を下後方へ引く働きをし、上位頚神経によって支配されています。嚥下機能においては、肩甲骨の位置や肩関節の位置が嚥下機能に影響を与えるため、肩甲舌骨筋は特に重要な筋肉とされています。​
甲状舌骨筋は、甲状軟骨の斜線部から起始し、舌骨体および舌骨大角の後面に停止します。舌骨を咽頭に近づける作用があり、舌骨が固定されている場合には甲状軟骨を引き上げる働きもします。上位頚神経によって支配され、嚥下時には舌骨の前上方移動に追従するように喉頭を挙上する重要な役割を担います。​
胸骨甲状筋は、胸骨柄後面と第1肋軟骨から起始し、甲状軟骨の斜線部に停止する筋肉で、甲状軟骨を引き下げる働きをします。上位頚神経によって支配されています。​
舌骨下筋群の重要な役割は、舌骨を固定することであり、その結果、嚥下や咀嚼などの機能が円滑に行えるよう下顎運動に間接的に関与しています。また、舌骨下筋群は肩甲骨、鎖骨、胸骨といった体幹の骨に付着しているため、体幹機能が低く姿勢コントロールがうまくできない場合には、舌骨下筋群の筋の長さや筋緊張が変化し、正常な運動が妨げられます。

参考)嚥下理学療法② 解剖(舌骨上下筋群、舌筋)

舌骨上筋と舌骨下筋の協調作用

舌骨上筋群と舌骨下筋群は、相互に協調して働くことで舌骨と喉頭の位置を調整しています。舌骨下筋群が舌骨を下方に固定することで、舌骨上筋群は効率的に下顎を引き下げることができます。​
嚥下時には、舌骨上筋群が舌骨と喉頭を引き上げ、舌骨下筋群はその動きを制御してブレーキをかける役割(遠心性収縮)を果たします。この協調作用により、嚥下時に必要な舌圧を高めることができ、喉頭も適切に閉鎖されます。

参考)『舌骨下筋群』の機能解剖からの治療アプローチ|小西弘晃/理学…


しかし、舌骨下筋群が機能不全に陥ると、舌骨上筋群が舌骨と喉頭を引き上げようとしても、舌骨下筋群と綱引き状態になるため、正常な挙上が妨げられてしまいます。特に、舌骨下筋群が短縮している場合や、舌骨下筋群と筋連結を持っている胸郭が硬い場合には、舌骨や甲状軟骨を下に引き下げている力が強くなり、嚥下障害の原因となります。​
このように、舌骨上筋群と舌骨下筋群のバランスが保たれていることが、正常な嚥下機能や開口運動にとって極めて重要です。​

舌骨上筋と舌骨下筋の嚥下における役割

嚥下は、食物や液体を口腔から胃へ運ぶ複雑な運動プロセスであり、舌骨上筋群と舌骨下筋群はこの過程で中心的な役割を果たしています。

参考)https://ir.tdc.ac.jp/irucaa/bitstream/10130/1670/1/109_324.pdf


舌骨上筋群は、嚥下の咽頭期において舌骨と喉頭を前上方へ挙上させます。この挙上運動により、気道が保護され、食道入口部が開大することで、食物が安全に食道へ送り込まれます。舌骨の挙上は、誤嚥を防ぐための重要なメカニズムの一つです。

参考)「開口力と嚥下障害の関連を解明」


一方、舌骨下筋群は、嚥下時に以下の3つの重要な役割を果たします。第一に、開口時に舌骨を固定することで、舌骨上筋群が効率的に下顎を引き下げることができます。第二に、嚥下反射時に甲状軟骨(喉頭)を挙上させます。第三に、嚥下後に舌骨を元の状態に戻すブレーキとしての役割(遠心性収縮)を担います。​
舌骨と喉頭の挙上が妨げられると、嚥下の際に舌圧を高めることができず、喉頭も閉鎖できないため、誤嚥のリスクが高くなります。また、舌骨の位置と運動は、嚥下反射のタイミングや嚥下音のタイミングとも密接に関連しています。

参考)https://www.gerodontology.jp/file/guideline/guideline.pdf


さらに、舌骨上筋群と舌骨下筋群は、舌の運動とも密接に関係しています。舌骨舌筋やオトガイ舌筋などの外舌筋は舌骨に付着しており、舌骨の位置が変化することで舌の動きにも影響を与えます。

参考)摂食嚥下における舌の役割と評価・トレーニングの方法

舌骨筋群と顎の発育・歯列不正の関係

舌骨上筋群と舌骨下筋群の緊張状態は、顎の発育や歯列の形成にも大きな影響を与えます。​
舌骨上筋群の過緊張がある場合、下顎を後方に常に引っ張る力が加わり、下顎が前方に成長しにくくなります。その結果、小下顎(一般的に「顎がない」と言われる状態)が生じることがあります。​
一方、舌骨下筋群の緊張がある場合、間接的に下顎が下方に引き下げられ、顔が長くなったり、開咬(上下の前歯がかみ合わない状態)などのさまざまな歯列不正や顎骨位置異常が起きます。​
また、口呼吸、低位舌、異常嚥下といった異常習癖があると、舌骨上筋群と舌骨下筋群が過緊張を起こし、さまざまな歯列不正や顎骨位置異常を引き起こします。舌骨は嚥下、開口、呼吸時に果たす役割が大きいため、これらの機能異常が舌骨周囲の筋肉に影響を与え、結果として顎顔面の発育に悪影響を及ぼすのです。​
このため、小児期における口腔機能の評価と適切な介入が重要であり、口腔筋機能療法(オロフェイシャル・マイオファンクショナル・セラピー)と機能的矯正装置を組み合わせた治療が効果的とされています。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9733194/

舌骨上筋と舌骨下筋のトレーニング方法

嚥下障害のリハビリテーションにおいて、舌骨上筋群と舌骨下筋群のトレーニングは重要な位置を占めています。

参考)自宅でできる嚥下訓練「舌骨上筋群のトレーニング」

舌骨上筋群のトレーニング方法には、以下のようなものがあります。

💪 最大開口訓練:舌骨上筋群は開口筋としても作用するため、大きく開口する運動によって負荷を加えることができます。最大の開口位を指示し、その状態で10秒間保持する方法が推奨されています。

参考)摂食嚥下における舌の役割と評価・トレーニングの方法|口腔ケア…


💪 Shaker運動:仰臥位で足の先を見るように頭を上げることで、舌骨上筋群と喉頭挙上筋群の筋力強化を図ります。この運動は、嚥下に必要な喉頭挙上を促す効果があります。​
💪 CTAR運動(Chin Tuck Against Resistance):顎を引いた状態で抵抗に対抗する運動で、舌骨上筋群の選択的な収縮を促すことができます。多方向のCTAR運動(md-CTAR)は、舌圧や舌骨上筋の活動を高める効果が報告されています。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11615205/


💪 舌圧トレーニング:舌を口蓋に押し付ける運動で、舌骨上筋群の筋力を強化できる可能性があります。50%の強度で舌圧発揮を行うと、舌骨上筋群の筋力を強化できることが示唆されています。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsdr/25/1/25_3/_pdf/-char/ja


一方、舌骨下筋群に対しては、ストレッチが効果的です。首の前屈、後屈、側屈、回旋などの運動により、舌骨下筋群を伸ばすことができます。特に、首の側屈と腕伸ばしを組み合わせた運動や、猫背姿勢改善のエクササイズが推奨されています。​
また、姿勢の改善も重要です。円背姿勢を改善することで、舌骨下筋群の過緊張を軽減し、嚥下機能を向上させることができます。ポールエクササイズを用いた方法も提案されており、不良な姿勢に伴う嚥下機能の低下を予防・改善する効果が期待されています。

参考)https://intern.pub/nihonkai/066-082.pdf


これらのトレーニングを実施する際には、個々の患者の状態に応じて適切な運動負荷量(持続時間や頻度)を設定することが重要です。また、舌骨上筋群だけでなく、舌骨下筋群の状態も評価し、両者のバランスを考慮したアプローチが必要です。​

舌骨上筋群と舌骨下筋群は、嚥下、発声、呼吸、開口など、生命維持に不可欠な機能を支える重要な筋肉群です。これらの筋肉の解剖学的特徴と機能を理解し、適切な評価とトレーニングを行うことで、嚥下障害の予防と改善、さらには顎顔面の正常な発育を促すことができます。