下直筋不全麻痺と診断
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下直筋不全麻痺と複視と眼球運動
下直筋不全麻痺を疑う入口は、患者が訴える「突然の複視」と、その複視がどの視方向で増悪するかの情報である。麻痺性斜視では、麻痺筋が作用する方向を見たときに眼位ずれが最大となり複視が強くなる、という“方向依存性”が診察の軸になる。麻痺性斜視は突然の複視を自覚するのが特徴で、複視に気づいたら早期に眼科受診が必要だとされる。以上は麻痺性斜視全般の原則だが、下直筋が関与する場合は下方視や内下方視など、下転を要する条件で症状が表面化しやすい。
外眼筋の機能評価では、9方向眼位(あるいはそれに準ずる眼球運動の観察)で「下転」「内下転」「外下転」の制限の有無と左右差を拾う。特に重要なのは、患者が自覚する“困る場面”を具体化することだ。たとえば階段を降りる、足元の段差を見る、読書やPC作業で視線を下げるときなど、下方視を多用する場面で複視が増悪しやすい。ここで「頭位の工夫で複視を避けている」ことがあれば、麻痺筋が作用する方向を回避しているサインとして有用になる(麻痺性斜視では、麻痺筋の作用方向を避けるように顔を回す・傾けることがある)。
臨床で混乱しやすい点として、「下直筋そのものの麻痺」なのか、「動眼神経麻痺の一部として下直筋を含む複合障害」なのか、「下直筋の拘縮・腫大など筋疾患側の問題」なのかがある。動眼神経は上直筋・下直筋・内直筋・下斜筋など複数の外眼筋を支配するため、動眼神経麻痺では内転・上転・外下転障害や眼瞼下垂、瞳孔異常などが組み合わさり得る。動眼神経麻痺の症状や診断では、複視、眼球運動障害、眼瞼下垂、瞳孔散大などの特徴が出た場合、原因を早急に調べ、必要に応じて緊急でCT/MRIなどを行う必要があるとされる。つまり「下直筋不全麻痺らしい」だけで止めず、神経所見(瞳孔・眼瞼)と時間経過(急性/亜急性/慢性)を必ず同時に読み解くことが、医療従事者にとっての安全設計になる。
箇条書きで、問診・診察で最低限押さえるポイントを整理する。
- 複視の性状:両眼性か、上下か水平か、回旋感はあるか(回旋は斜筋麻痺や複合障害の示唆)。
- 増悪方向:正面・下方視・側方視など、どこで最も辛いか(麻痺筋の作用方向で最大になりやすい)。
- 発症様式:突然か、徐々にか、変動するか(変動があれば重症筋無力症も鑑別に入る)。
- 随伴症状:頭痛、眼瞼下垂、瞳孔異常、外傷歴、最近の全身状態(血管危険因子など)。
この段階で「下直筋不全麻痺“だけ”」と断定するのは危険で、まずは“麻痺性斜視としての危険因子”を先に拾い上げることが、次の検査選択(画像や紹介先)を合理化する。
(参考:麻痺性斜視の特徴と、動眼神経麻痺の診断・画像検査の必要性)
日本弱視斜視学会:麻痺性斜視(複視の特徴、動眼神経麻痺の原因・診断・治療方針の概説)
下直筋不全麻痺と動眼神経麻痺と鑑別
下直筋不全麻痺を「局在」で考えると、少なくとも3つの層に分けて鑑別する必要がある。第一は中枢〜末梢神経(動眼神経核・神経線維〜眼窩先端部)、第二は眼窩内の外眼筋そのもの(炎症・腫大・拘縮・欠損/低形成)、第三は“見かけ上の麻痺”を作る機械的制限(牽引で止まるタイプ)である。動眼神経麻痺では、支配筋の障害により眼球運動障害や眼瞼下垂、瞳孔異常が組み合わさり得て、原因として動脈瘤など生死に直結する病態があり注意が必要だとされる。瞳孔に異常がない場合は糖尿病や高血圧による虚血が多い一方、瞳孔異常を伴う場合には動脈瘤が疑われ、緊急のCT/MRIや脳血管撮影が必要になり得る。したがって「下直筋の動きが弱い」所見があっても、瞳孔・眼瞼下垂・頭痛の有無は、最優先の鑑別スイッチとして機能する。
鑑別の落とし穴として、重症筋無力症(MG)がある。複視や眼瞼下垂が日内変動する場合、MGとの鑑別が必要だと日本弱視斜視学会の解説でも明確に触れられている。MGは外眼筋が疲労で変動し得るため、診察時の一時点の眼球運動だけで「下直筋不全麻痺」と固定化すると、検査・紹介のタイミングを誤る可能性がある。医療従事者側としては、症状の変動性(朝と夕、連続注視後で変わる等)と、遮閉や休息での変化を丁寧に拾うことが重要になる。
さらに、滑車神経麻痺(上斜筋麻痺)との混同にも注意が必要だ。上斜筋麻痺は主に下転・内方回旋作用が障害され、上下・回旋斜視が起こり得るとされる。下直筋不全麻痺を疑う場面でも回旋成分が強いとき、あるいは頭位異常(傾斜)が主となるときには、斜筋麻痺や複合麻痺の可能性を再評価する必要がある。ここは眼位検査(回旋評価を含む)と、病歴(外傷、先天性の頭位、徐々に顕在化など)を合わせて判断する領域になる。
臨床的には「単筋麻痺のように見えるが、実は複合」のケースがあるため、次のような“赤旗”があれば専門的評価を急ぐ。
- 瞳孔異常(散大など)や強い頭痛を伴う。
- 眼瞼下垂が目立つ、または急速に進行する。
- 眼球運動障害が複数方向に及ぶ(下転だけでなく内転・上転も怪しい)。
- 日内変動が強い(MG疑い)。
(参考:動眼神経麻痺の原因・瞳孔所見の重要性、MG鑑別)
日本弱視斜視学会:麻痺性斜視(動眼神経麻痺の危険因子、瞳孔所見、MG鑑別)
下直筋不全麻痺とCTとMRI
下直筋不全麻痺の評価で画像が必要になる場面は、大きく「中枢/血管の緊急除外」と「眼窩内(外眼筋)評価」に分けられる。動眼神経麻痺で脳動脈瘤が疑われる場合には、緊急でCT、MRI、脳血管撮影が必要になることがあるとされるため、まずは神経救急としての導線を確保する。特に瞳孔異常や頭痛を伴う急性発症は、眼科単独で経過観察するより、神経放射線・脳神経外科と連携した安全なルートが重要になる。
一方で、下直筋“そのもの”が原因のこともある。見落としやすい意外なポイントとして、「下直筋の欠損/低形成」があり、これは術中に判明することもあるが、近年はCTやMRIで術前に推定できる場合がある。自治医科大学の報告では、下直筋低形成(あるいは欠損)を疑った症例でCTを行い、下直筋の筋幅が極めて細いことが示され、実際の術中所見では通常部位に下直筋が確認できなかったケースが記載されている。さらに、その報告では「上斜視の中で下転制限のある症例では稀だが下直筋欠損を疑って、牽引試験や画像検査が必要」と明確に述べられている。つまり、臨床像だけで“神経の麻痺”と決め打ちせず、「構造異常や機械的制限」の可能性を画像で裏取りすることが、治療計画(特に手術術式)に直結する。
また、画像は“確定診断の万能鍵”ではない点も重要である。自治医科大学の同報告では、下直筋の形態について「完全欠損」「低形成」「accessory muscleの存在」など多様で、画像所見のみで確定するのは困難かもしれない、と注意喚起している。したがって、画像で筋が見えるから安心、見えないから確定、と単純化せず、眼球運動・牽引試験・術中所見を含めた総合判断が必要になる。医療従事者向けには、画像レポートを読む際に「筋の太さ」「左右差」「付着部近傍の評価」「他筋(水平筋)の異常」など、見るべき観点を共有しておくと診療の再現性が上がる。
箇条書きで、画像依頼の意図を言語化しておく。
- 中枢:動脈瘤、梗塞、腫瘍、脱髄などの除外(急性で危険所見がある場合)。
- 眼窩:外眼筋の腫大/炎症/拘縮、筋の走行や低形成/欠損の評価。
- 術前:単純な麻痺では説明できない下転制限がある場合、術式選択のために筋形態を確認。
(参考:下直筋低形成/欠損のCT所見、下転制限では牽引試験や画像検査が必要という提言)
自治医科大学紀要:下直筋低形成の2例(CT所見、術中に下直筋が確認できなかった例、鑑別と手術戦略)
下直筋不全麻痺と治療と手術
治療は「原因疾患の治療が第一」という原則から始まる。麻痺性斜視の枠組みでは、原因疾患の治療を行い、発症から6か月経過しても麻痺による複視が続く場合に、正面視で複視がなくなるよう斜視手術を検討するが、難しいことが多いとされる。したがって、初期対応としては“すぐ手術”よりも、原因検索・経過観察・複視対策(生活の安全確保)が中心になることが多い。医療従事者としては、患者の困りごと(転倒リスク、運転、仕事の支障)を具体化し、短期的な対症療法と中長期の治療計画を分けて説明できることが重要になる。
下直筋不全麻痺が動眼神経麻痺の一部である場合、治療・管理は原因(動脈瘤、虚血、炎症など)で大きく変わるため、眼科だけで完結しない。日本弱視斜視学会の解説でも、動眼神経麻痺は原因を早急に調べ、動脈瘤が疑われるなら緊急でCT/MRIなどが必要であるとされる。つまり治療の第一手は、プリズムや遮閉といった眼科的対症療法以前に、危険原因の除外・治療という意味での“初期トリアージ”である。
一方、下直筋の欠損/低形成のような構造異常が背景にあると、治療戦略はかなり外科寄りになる。自治医科大学の報告では、下直筋が術中に確認できなかった症例に対して、上直筋切腱や水平筋移動術(外転神経麻痺に対する西田法を応用した術式)などを組み合わせ、術後に眼位改善が得られたことが記載されている。さらに同報告では、下直筋欠損に対する術式として上直筋後転、上直筋切腱、筋移動術などを挙げ、前眼部虚血のリスクなど手術特有の問題も踏まえて術式選択が必要だと述べている。ここは、一般的な“麻痺が落ち着くまで待つ”戦略とは別の軸で、術前画像・術中所見が治療を決める領域である点が意外性として重要だ。
医療従事者向けに、実務で役立つ「治療の分岐」を簡潔に表で整理する。
| 病態の軸 | 初期の優先 | 次の一手 |
|---|---|---|
| 動眼神経麻痺が疑い(危険所見あり) | 原因検索(動脈瘤など) | 緊急画像(CT/MRI等)と専門連携 |
| 麻痺性斜視として経過観察可能 | 原因治療+複視対策 | 6か月以上で複視残存なら手術検討 |
| 下直筋欠損/低形成など構造異常疑い | 眼窩画像+牽引試験の検討 | 術中所見を踏まえた術式選択 |
(参考:麻痺性斜視の治療方針、6か月の目安、原因疾患治療優先)
日本弱視斜視学会:麻痺性斜視(治療・管理、原因疾患治療と手術検討の目安)
下直筋不全麻痺と牽引試験と紹介(独自視点)
検索上位の一般解説では「神経麻痺」「複視」「CT/MRI」「手術の目安(6か月)」が中心になりやすいが、現場で差が出るのは“紹介の質”と“手術に至る前の情報設計”である。下直筋不全麻痺が疑われる患者は、眼科・神経内科・脳外科・内分泌(甲状腺)など複数科にまたがり得るため、最初の医療者が「何を否定し、何を疑っているか」を明確にした紹介状が診療の速度と安全性を左右する。日本弱視斜視学会は、麻痺性斜視には命にかかわる疾患が潜むことがあるため、複視に気づいたらすぐ眼科へ、という強いメッセージを出している。ここを医療側の運用に落とすと、「危険所見がある複視」は紹介を躊躇しない、が第一原則になる。
“意外な情報”として強調したいのは、下転制限=麻痺、とは限らない点である。自治医科大学の報告は、上斜視+下転制限の症例において稀だが下直筋欠損を疑い、牽引試験や画像検査が必要と述べている。牽引試験は、外眼筋の麻痺(神経)と機械的制限(拘縮や構造異常)を分ける発想と相性がよい。もちろん牽引試験の適応や実施は施設・術者の方針によるが、少なくとも“紹介前にどこまで情報を揃えるか”という視点で、牽引試験(あるいは牽引試験が必要そうな所見)を念頭に置くことが、無駄な遠回りを減らす。
紹介・連携で実務的に役立つチェックリストを示す(入れ子にしない)。
- 危険所見:頭痛、瞳孔異常、急速進行、神経症状(あれば緊急性を明記)。
- 眼科所見:9方向眼位の要点、どの方向で複視が最大か、眼瞼下垂の有無。
- 変動性:日内変動や疲労での変化(MG鑑別のため)。
- 外傷・手術歴:頭部外傷、眼窩/副鼻腔関連、最近の処置歴。
- 画像:撮影済みなら「目的(中枢/眼窩)」「所見の要約」「未撮影なら撮影の狙い」。
最後に、患者安全の観点で“待ってよい複視”と“待ってはいけない複視”を言葉にしておくと、チーム内の判断が揃いやすい。麻痺性斜視の背景に危険疾患が潜み得る以上、下直筋不全麻痺が疑われる状況でも、瞳孔異常や頭痛などがあれば「まず原因検索の緊急度を上げる」ことが重要である。逆に、危険所見がなく経過観察が許容される状況では、6か月という一つの目安まで複視対策をしながら経過を見る、という標準的方針が説明しやすい。
(参考:麻痺性斜視は危険疾患が潜む、すぐ受診の重要性/下転制限では牽引試験・画像検査が必要という提言)
日本弱視斜視学会:麻痺性斜視(危険疾患の可能性、受診の重要性)
自治医科大学紀要:下直筋低形成の2例(下転制限では下直筋欠損も念頭、牽引試験や画像検査の必要性)