心臓リハビリテーションと運動療法の重要性
心臓リハビリテーションは、心疾患患者が日常生活および社会生活を可能な限り健康時と同様に送れるようにするための包括的な治療プログラムです。特に心臓病は日本において死亡原因第2位の疾患であり、高齢化に伴い患者数が増加傾向にあることから、その重要性はますます高まっています。
心臓リハビリテーションの中核となるのが「運動療法」です。これは心肺運動負荷検査(CPX)の結果に基づき、心臓および全身に無理な負担をかけることなく、運動による効果を最大限に得るための適切な運動強度(運動処方)に沿って行う運動のことを指します。
日米欧各国のガイドラインにおいても、心臓リハビリテーションは推奨クラスⅠに位置付けられる治療であり、患者の予後や生活の質(Quality of Life:QOL)の改善につながることが科学的に証明されています。
心臓リハビリテーションの対象となる心疾患患者
心臓リハビリテーションの対象となるのは、以下のような心疾患を持ち、症状が安定している患者さんです。
これらの疾患を持つ患者さんは、適切な運動療法を行うことで、心臓の機能改善や再発予防などの効果が期待できます。ただし、急性期の心筋梗塞患者や中程度以上の心不全の方、コントロールされていない心臓病患者、危険な不整脈が出現する患者さんは、まず専門医と最適な運動について相談することが重要です。
心臓リハビリテーションにおける運動療法の効果的な実施方法
運動療法は、入院患者と外来患者で実施方法が異なります。
入院患者の場合:
- 全身状態が良好で、廊下歩行(200m)が問題なくできるようになった時点で心肺運動負荷検査を実施
- 検査結果に基づいて個別の運動処方を作成
- 通常は1日1回約1時間弱の運動療法を実施
- 急性期には運動中の心拍数の変化、不整脈の発生をチェックするために心電図モニターを実施
- 常時スタッフが待機し、血圧などの測定を適宜実施
- 退院時までに身のまわりのことが楽にこなせる程度の運動能力獲得を目標とする
外来患者の場合:
- 対象となる症状を持つ患者は運動療法の適用となる
- 他院で治療を受けていても主治医の了解があれば運動療法を受けることが可能
- 原則として運動療法開始後5ヶ月間は健康保険が適用される
運動療法を効果的に実施するためには、医療者による適切な指導と監視が不可欠です。心臓リハビリテーションを専門とする医療機関では、心臓に負担をかけない範囲で最大限の効果を得られるよう、個別に運動プログラムを作成します。
心臓リハビリテーションがもたらす心機能改善と予後への影響
運動療法を継続することで、以下のような多くの効果が期待できます。
- 心臓機能の改善
- 心臓の筋肉を養う血管の血流が改善
- 心臓のポンプ機能の向上
- 心臓の効率的な働きをサポート
- 不整脈の発作抑制
- 自律神経のバランスが整う
- 不整脈の発生リスクが低減
- 虚血発作の減少
- 冠動脈の血流が改善
- 心筋への酸素供給が増加
- 肺機能の改善
- 呼吸筋の強化
- 酸素取り込み効率の向上
- 筋肉量の改善
- 全身の筋力アップ
- 日常生活動作の改善
- 生活習慣病の改善
これらの効果により、運動能力の改善・維持だけでなく、重篤な心事故(急性心筋梗塞、危険性の高い不整脈など)の予防と生命予後の改善にも有用であることが科学的に証明されています。
最近の研究では、心臓リハビリテーションを受けた患者は、受けなかった患者と比較して、再入院率が20〜30%低下し、死亡リスクも20〜25%減少することが報告されています。
心臓リハビリテーションの遠隔実施と在宅での運動療法の可能性
日本では心臓リハビリテーションの適応のある患者の多くが外来での心臓リハビリテーションを受けられていないという課題があります。その主な理由として、心疾患患者の多くが高齢であり、頻回の通院が困難であることが挙げられます。
この課題を解決するため、近年では遠隔心臓リハビリテーションシステムの開発が進んでいます。大阪大学大学院医学系研究科の坂田泰史教授らの研究グループは、オンラインでのモニタリングを行うリハビリテーションシステム「RH-01」の治験を完了し、薬事承認申請を行っています。
このシステムは、医療者が医療機関からモニタリングしながら、患者が在宅で心臓リハビリテーションを行うことを可能にします。治験では、在宅での遠隔心臓リハビリテーションが通院リハビリテーションと比較して非劣性であることを検証しました。
2018年12月に制定された「脳卒中・循環器病対策基本法」に基づく「脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画」でも、IoTを活用した遠隔心臓リハビリテーションの有効性と安全性の確立が必要とされています。
遠隔心臓リハビリテーションが実現されれば、以下のような効果が期待できます。
- 心臓リハビリテーションの実施率向上
- 患者のQOL向上
- 家族の介護負担軽減
- 再入院率低下による社会保障費の削減
坂田教授は「これからの循環器医療は、病院だけで完結するのではなく、さまざまな場所で得られる情報を活用し、個々の患者に最適な治療を提供する『Hospital@Society』という新しい時代を迎える」と述べています。
心臓リハビリテーションにおける筋肉トレーニングの部位別効果と最適化
心臓リハビリテーションにおける運動療法では、全身の筋肉をバランスよく鍛えることが重要ですが、最近の研究では、筋肉の部位によって運動効果が異なることが明らかになっています。
2024年4月に発表された研究によると、筋肉の大きさや構造の変化は、トレーニング後に部位によって異なることが示されています。この研究では、筋肉の肥大(サイズの増加)が筋肉内の部位や筋肉間で均一ではなく、不均一(heterogeneous)であることが明らかになりました。
例えば、大腿四頭筋(太ももの前面の筋肉)の場合、内側広筋、外側広筋、大腿直筋などの各部位で、トレーニング効果の現れ方が異なります。また、筋肉の構造的変化(筋束長や羽状角など)も部位特異的であることが示されています。
このことから、心臓リハビリテーションにおける運動療法では、単一部位の測定だけでは運動効果を適切に評価できない可能性があり、複数の筋肉部位を評価することが重要であると考えられます。
心臓リハビリテーションでは、特に以下の筋肉群に注目して運動プログラムを組むことが効果的です。
- 下肢筋群(大腿四頭筋、ハムストリングス、下腿三頭筋など)
- 歩行や日常生活動作の改善に直結
- 全身持久力の向上に寄与
- 体幹筋群(腹筋群、背筋群など)
- 姿勢の安定化
- 呼吸機能のサポート
- 上肢筋群(三角筋、上腕二頭筋、上腕三頭筋など)
- 日常生活での物の持ち上げなどの動作改善
- 上半身の血流改善
各筋肉群に対して、適切な負荷と頻度でトレーニングを行うことで、心臓への負担を最小限に抑えながら、効果的な筋力向上が期待できます。
心臓リハビリテーションを自宅で実践するための”心臓守る君”体操の活用法
新型コロナウイルスの影響による外出自粛や、通院の困難さから、自宅で実施できる心臓リハビリテーションの需要が高まっています。心臓血管研究所では、心臓リハビリの経験・ノウハウを活かした”心臓守る君”体操を開発しました。
この体操は、「立って!」と「座って!」の2種類があり、それぞれ3分余りで自宅や職場などでの空いた時間を使って実施できる特徴があります。特に「日頃使っていない筋肉を動かす」ことを重視し、効率的・効果的に血液循環を良くする工夫がされています。
“心臓守る君”体操の特徴。
- 短時間で効果的
- わずか3分程度で実施可能
- 忙しい日常の中でも継続しやすい
- 立位版と座位版の2種類
- 体力や状況に応じて選択可能
- デスクワーク中でも実施できる座位版
- 全身の血液循環を促進
- 普段使わない筋肉を意識的に動かす
- 心肺機能の改善効果
- 脳への刺激効果
- 左右非対称の動きによる脳の活性化
- 認知機能維持にも寄与
- 心理的な解放感
- ストレス軽減効果
- リラックス効果
この体操は、医療機関での本格的な心臓リハビリテーションの代替ではなく、補完的なものとして位置づけられています。特に、通院が難しい時期や、医療機関での心臓リハビリテーション終了後の維持期において、自宅での継続的な運動として活用することが推奨されています。
ただし、急性期の心筋梗塞患者や中程度以上の心不全の方、コントロールされていない心臓病患者、危険な不整脈が出現する患者さんは、まず専門医と相談した上で実施することが重要です。
自宅での心臓リハビリテーションを安全に実施するためのポイント。
- 体調の良い時に行う
- 無理をせず、疲労感や息切れを感じたら休む
- 水分をこまめに摂取する
- 食後すぐの運動は避ける
- 室温が高すぎたり低すぎたりする環境での運動は避ける
- 胸痛や強い息切れ、めまいなどの症状が出たら直ちに中止し、必要に応じて医療機関に相談する
心臓リハビリテーションは、医療機関での専門的な指導と自宅での継続的な実践を組み合わせることで、最大の効果を発揮します。自分の状態に合った運動方法を医療者と相談しながら、無理なく続けていくことが大切です。