神経線維腫症の症状と診断
神経線維腫症I型(NF1)は、約3,000人に1人の割合で発症する遺伝性疾患で、17番染色体の変異が原因とされています。日本では約40,000人の患者さんがいると推定され、人種差や男女差はなく、患者さんの半数以上は両親に同疾患がない状態で新たに発症しています。この病気はレックリングハウゼン病とも呼ばれ、1882年にドイツの病理学者レックリングハウゼン氏により初めて報告されました。神経線維腫症II型(NF2)とは全く別の病気であり、原因や症状も異なります。
参考)神経線維腫症Ⅰ型(指定難病34) href=”https://www.nanbyou.or.jp/entry/3991″ target=”_blank”>https://www.nanbyou.or.jp/entry/3991amp;#8211; 難病情報セ…
神経線維腫症の初期症状とカフェオレ斑
カフェオレ斑は神経線維腫症I型の最も特徴的な初期症状で、淡いミルクコーヒー色から濃い褐色まで様々な色調を呈する色素斑です。生まれた時からみられることが多く、遅くても2歳までにはほとんどの患者さんで確認されます。形は長円形のものが多く、丸みを帯びた滑らかな輪郭を持ち、平らで盛り上がりのない扁平な斑として現れます。診断基準では、思春期前の小児では直径5mm以上のものが6個以上、思春期以降では直径15mm以上のものが6個以上認められる場合に神経線維腫症I型の可能性が高くなります。カフェオレ斑を6個以上認めた場合、その95%は後にNF1と診断されますが、疑い例では時期をおいて再度確認する必要があります。
参考)どんな症状があらわれますか?|神経線維腫症1型(NF1、レッ…
わきや足の付け根には雀卵斑様色素斑と呼ばれる小さな色素斑が現れることがあり、これは1歳頃から小学校入学前の幼児期に約95%の患者さんでみられます。この症状は診断基準の重要な項目の一つとなっています。まれに大きな色素斑ができる場合もあり、徐々にその部分がふくらんでくることが多いです。
参考)レックリングハウゼン病の診断基準 href=”https://angelsmile.scuel.me/034_seisa/” target=”_blank”>https://angelsmile.scuel.me/034_seisa/amp;#8211; 指定難病・…
神経線維腫の種類と症状の特徴
神経線維腫は神経を包んでいる細胞が無秩序に増えるために発生する良性腫瘍で、皮膚の神経線維腫と叢状神経線維腫の大きく2つに分けられます。皮膚の神経線維腫は生まれた時にはありませんが、思春期ごろから少しずつできてきて、約95%の患者さんにみられます。ドーム状の軟らかい腫瘍で、肌と同じ色や薄い赤色、直径1~2cm程度のものが多く、できる数には個人差があります。
叢状神経線維腫は体の内部にできた神経線維腫が大きなかたまりとなり、体の表面が盛り上がるなどの症状が起こるもので、痛みを引き起こすことが多いのが特徴です。「神経の神経線維腫」と呼ばれる神経に沿ってできるタイプと、「びまん性神経線維腫」と呼ばれる徐々に大きくなるタイプが含まれます。びまん性神経線維腫は生まれつきある大きな色素斑の下にできることが多く、徐々に大きくなって垂れ下がってくる傾向があります。良性腫瘍ではありますが、悪性腫瘍(がん)に変化するものもあるため注意が必要です。
神経線維腫症の診断基準と検査方法
神経線維腫症I型の診断は通常、臨床症状により行われます。診断基準は7項目あり、そのうち2項目以上を満たす場合に神経線維腫症I型と診断されます。具体的には、①直径1.5cm以上のカフェオレ斑が6個以上、②2個以上の神経線維腫またはびまん性神経線維腫、③腋窩あるいは鼠径部の雀卵斑様色素斑、④視神経膠腫、⑤2個以上の虹彩小結節(リッシュ結節)、⑥特徴的な骨病変の存在(脊柱・胸郭の変形、四肢骨変形、頭蓋骨・顔面骨の骨欠損)、⑦家系内に同症、の7項目です。
虹彩小結節は眼の虹彩に現れる小さな粒のようなもので、0歳から18歳くらいまでの小児期に約80%の患者さんにみられ、この病気に特徴的な症状として診断の手がかりになります。ほとんどの場合、視力への影響はありません。検査としては、脳MRIまたは頭部CTによる画像診断が重要で、特に視神経膠腫や骨病変の確認に有用です。複数のカフェオレ斑がある小児では、NF1の他の特徴や家族歴がなくてもNF1を疑ってモニタリングすべきとされています。
参考)神経線維腫症 – 19. 小児科 – MSDマニュアル プロ…
日本皮膚科学会の診断基準および治療ガイドラインでは、小児例(pretumorous stage)においてカフェオレ斑が6個以上あれば本症が疑われ、家族歴その他の症候を参考にして診断するとされています。ただし、両親ともに正常のことも多いため、注意深い経過観察が必要です。
参考)https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/202111050A-buntan3.pdf
参考:日本皮膚科学会の神経線維腫症I型診断基準および治療ガイドライン
神経線維腫症の眼症状と視神経膠腫
神経線維腫症I型では、眼に様々な症状が現れることがあります。視神経膠腫は視神経にできる腫瘍で、視力の低下や左右の目の視線がそろわない、無意識に眼球が揺れる(眼振)などの症状がみられる場合があります。無症状の場合や自然に消える場合もありますが、失明につながる可能性もあるため、定期的な眼科検査が重要です。
虹彩小結節(リッシュ結節)は、前述のとおり診断基準の一つとして重要な所見です。近年、眼底検査で確認される過色素斑(hyperpigmented spots)が新しい眼症状として注目されており、これは従来知られていなかった神経線維腫症I型の眼科的所見です。また、脈絡膜異常(choroidal abnormalities)や網膜血管異常(retinal vascular abnormalities)も報告されており、多様な眼科的画像診断により神経線維腫症I型の眼症状の理解が深まっています。
参考)https://www.mdpi.com/1422-0067/24/17/13481/pdf?version=1693448449
神経線維腫症の骨病変と合併症
神経線維腫症I型では、様々な骨の異常が認められることがあります。特徴的な骨病変として、脊柱側弯症などの脊柱・胸郭の変形、四肢骨の変形、頭蓋骨・顔面骨の骨欠損などが挙げられます。生まれつき骨に異常がある場合や、徐々に背骨が曲がってくる場合があり、これらは診断基準の項目にも含まれています。
神経線維腫症I型では、悪性腫瘍を合併する割合が健常人と比べてやや高いことが知られています。叢状神経線維腫のある方で腫瘍が急に大きくなった場合、悪性末梢神経鞘腫瘍という悪性腫瘍の可能性があります。悪性末梢神経鞘腫瘍は皮膚にできた神経線維腫から生じることはまれで、神経の神経線維腫やびまん性神経線維腫から生じることが多いです。
乳がんのリスクも健常人と比べて4~5倍高く、特に50歳以下の女性で顕著であることが報告されています。神経線維腫症I型に乳癌を合併した症例では、若年発症例が多いことが知られており、定期的な乳がん検診が推奨されます。その他、白血病などの悪性腫瘍を合併する割合も高い傾向にあります。てんかんを合併する可能性は約6~14%といわれています。
参考)神経線維腫症1型に乳癌を合併した2症例とサーベイランスの重要…
神経線維腫症の治療法と最新の薬物療法
現時点では神経線維腫症I型の発症を未然に抑える根本的な治療法はなく、出てきた症状に応じた対症療法が行われています。皮膚の色素斑はあまり目立ちませんが、希望があればレーザー治療などを行うことがあります。ただし、いったん色が薄くなっても再発することが多く、逆に色が濃くなってしまうこともあるため注意が必要です。
皮膚の神経線維腫は気にならなければ無理に治療する必要はありませんが、気になる場合は手術で切除することができます。数が少なければ局所麻酔で、多ければ全身麻酔のもとで手術が行われます。皮下から深部の叢状神経線維腫は症状がある場合で切除可能であれば手術が行われますが、完全切除が困難な場合も多く、慎重な判断が必要です。
参考)神経線維腫
最近になり、日本でもセルメチニブ(コセルゴカプセル®)というMEK阻害薬が承認されました。これは3歳以上18歳以下の小児の、症状がある根治切除不能な叢状神経線維腫に対して使用可能な薬剤です。この薬が使用できるかどうかについては専門の医師に相談する必要があります。放射線療法やリハビリテーションも症状や進行具合に応じて行われることがあります。
参考)神経線維腫症の場合、主にどのような治療をしますか? |神経線…
参考:神経線維腫症1型の症状チェックリスト(診断の参考となる症状の確認に有用)
神経線維腫症患者の日常生活での注意点
神経線維腫症I型の患者さんは、症状の変化に注意しながら定期的な受診を心がけることが大切です。子供であれば半年~1年に1回程度、大人であれば1年から数年に1回程度の定期受診が推奨されます。急に大きくなる固いしこりができたときには、悪性末梢神経鞘腫瘍の可能性があるため、速やかに専門の医療機関に相談する必要があります。
叢状神経線維腫のある方で腫瘍が急に大きくなった場合、悪性化の可能性に加えて、軽い打撲による刺激などで腫瘍の内部に出血が起こっている可能性もあるため、様子をみないで速やかにかかりつけの医療機関を受診することが重要です。前述のとおり、神経線維腫症I型では乳がんのリスクが高いため、特に女性患者さんは定期的な乳がん検診を受けることが推奨されます。
この病気は症状に個人差が大きく、家族内であっても症状は全く同じではありません。ほとんどの患者さんに色素斑と神経線維腫が現れ、多くの患者さんが外見上の問題で悩んでおられますが、治療については主治医とよく相談することが大切です。約50%には学習障害がみられるため、幼児期から学童期にかけて注意力が続かない、コミュニケーションがうまくとれない、学習につまずきがあるなどの特徴がみられる場合には、適切な支援を受けることが重要です。
参考:難病情報センターの神経線維腫症I型情報ページ(患者向けの詳細な情報が掲載)
📊 神経線維腫症I型の主な症状と出現時期の比較表
症状 | 出現時期 | 頻度 | 特徴 |
---|---|---|---|
カフェオレ斑 | 出生時~2歳まで | ほぼ全例 | ミルクコーヒー色の色素斑、6個以上が診断基準 |
雀卵斑様色素斑 | 1歳~小学校入学前 | 約95% | わきの下や脚の付け根のそばかす状斑点 |
虹彩小結節 | 0歳~18歳 | 約80% | 眼の虹彩に現れる診断に有用な所見 |
皮膚の神経線維腫 | 思春期以降 | 約95% | ドーム状の軟らかい良性腫瘍 |
叢状神経線維腫 | 様々 | 一部の患者 | 痛みを伴うことが多く、悪性化の可能性あり |
視神経膠腫 | 小児期 | 一部の患者 | 視力障害を引き起こす可能性 |
学習障害 | 幼児期~学童期 | 約50% | 注意力、コミュニケーション、学習面での困難 |
🩺 神経線維腫症I型の診断基準(7項目中2項目以上で診断)
項目 | 内容 |
---|---|
1 | 直径1.5cm以上のカフェオレ斑が6個以上 |
2 | 2個以上の神経線維腫またはびまん性神経線維腫 |
3 | 腋窩あるいは鼠径部の雀卵斑様色素斑 |
4 | 視神経膠腫 |
5 | 2個以上の虹彩小結節(リッシュ結節) |
6 | 特徴的な骨病変(脊柱・胸郭の変形、四肢骨変形、頭蓋骨・顔面骨の骨欠損) |
7 | 家系内に同症 |
💊 神経線維腫症I型の治療選択肢
治療法 | 対象 | 内容 |
---|---|---|
経過観察 | 軽度の症状 | 定期的な受診とモニタリング(子供は半年~1年に1回、大人は1年~数年に1回) |
外科的切除 | 皮膚の神経線維腫 | 局所麻酔または全身麻酔下での手術 |
レーザー治療 | カフェオレ斑 | 希望に応じて実施、再発や色素沈着のリスクあり |
セルメチニブ | 根治切除不能な叢状神経線維腫 | 3歳以上18歳以下の小児が対象、MEK阻害薬 |
放射線療法 | 一部の腫瘍 | 症状や進行具合に応じて実施 |
⚠️ 神経線維腫症I型で注意すべき合併症とリスク
- 悪性末梢神経鞘腫瘍:叢状神経線維腫から発生する可能性があり、急に大きくなる固いしこりに注意
- 乳がん:健常人の4~5倍のリスク、特に50歳以下の女性で高リスク、定期検診が重要
- 白血病:合併する割合が高い傾向
- てんかん:約6~14%の患者さんで合併
- 学習障害・発達障害:約50%の患者さんにみられ、適切な支援が必要
この病気は遺伝性疾患で、常染色体顕性遺伝(優性遺伝)の形式をとり、浸透率はほぼ100%です。両親のどちらかが神経線維腫症I型の場合、子供に遺伝する確率は常に50%となりますが、患者さんの半数以上は家族歴がなく新規変異として発症しています。原因遺伝子は17番染色体にあり、その遺伝子産物であるニューロフィブロミンは細胞の増殖を抑制する作用を持つため、この遺伝子に変異が起こると増殖シグナルが活性化され、様々な病変を生じると考えられています。
神経線維腫症I型は多彩な症状を呈する疾患であり、年齢によっても注意すべき症状が異なります。重い症状を合併する患者さんの割合はそれほど高くありませんが、様々な合併症の可能性を理解し、定期的な医療機関への受診と適切な管理が重要です。各領域の専門医と連携しながら、症状に応じた最適な治療を選択していくことが求められます。