神経性大食症とは
神経性大食症とは 過食 代償行動の定義と中核症状
神経性大食症は、現在は「神経性過食症(bulimia nervosa)」として扱われる摂食障害で、食のコントロール困難により頻繁な過食が生じ、体重増加を打ち消すための代償行動(自己誘発性嘔吐、下剤乱用など)を伴うことが多い疾患です。
なお「神経性大食症」という訳語はDSM-IV-TRまでの日本語版で用いられ、DSM-5日本語版では神経性過食症の名称が一般的になっています。
臨床で押さえるべき中核は、①短時間に詰め込むような過食(「むちゃ食い」「気晴らし食い」と説明されることがある)、②体重増加を防ぐための排出行為・代償行動、③肥満恐怖、④体重・体型に左右される低い自己評価、のセットです。
特に「過食の最中は他のことが考えられない」「一時的な逃避・回避行動の側面がある」といった語りは、問診で本人が言語化しやすく、病態理解の糸口になります。
一方で体重は過食と代償行動のバランスで決まるため正常体重のこともあり、周囲が気づきにくく、本人も隠して長期化する点が診療上の難しさです。
神経性大食症とは 診断基準と鑑別(むちゃ食い症・神経性やせ症)
神経性大食症では「むちゃ食い」に加えて、体重増加を防ぐための反復する不適切な代償行動(嘔吐、下剤・利尿薬乱用、絶食、過剰運動など)が焦点になります。
DSM-5では、過食(および関連症状の頻度)に関する基準がDSM-IV-TRより緩和され、「週1回以上」の枠組みとなり、より軽症例も診断の射程に入りました。
鑑別で頻出なのは、むちゃ食いを繰り返しても代償行動を欠く「過食性障害(BED)」で、BNと異なり嘔吐や下剤使用などを伴わない点が決定的です。
また神経性やせ症(AN)の経過中に過食嘔吐が出現し、病像がBNに近づくこともあり、病歴(制限→反動、体重変動、月経、低栄養所見)を時間軸で整理することが実務的です。
「排出行為が全くない場合でも、むちゃ食いの過食があれば神経性過食症と診断される」とする説明も見かけますが、現場では診断体系(DSM/ICD)と施設の運用で表現が揺れやすいため、初診時は“行動”(嘔吐・下剤・絶食・運動)を具体的頻度で記録しておくと後の再評価が安定します。
神経性大食症とは 合併症(低K血症 不整脈 歯のエナメル質)と検査
神経性大食症は正常体重であることがあり得る一方で、過食嘔吐や下剤乱用に伴う身体合併症は起こり得るため、「体重が保たれている=安全」とは言えません。
嘔吐や下痢(下剤乱用)でカリウムが失われ低K血症となり、不整脈を生じることがあるため、血液検査と心電図検査は重要です。
嘔吐が続くと唾液腺炎、さらに歯のエナメル質が溶ける(酸蝕)など、内科・精神科だけでは拾いにくい問題が出るため、歯科連携を含む多職種対応が実装上のポイントになります。
夜間の過食嘔吐による疲労、過食経費の増大、登校・出勤困難など、生活破綻が先行して受診につながることもあり、身体評価と同時に社会機能の評価(就労・家計・同居状況)を短時間で行う設計が望まれます。
精神疾患併存として抑うつ障害、パニック症、物質使用障害、境界性パーソナリティ障害などが挙げられ、症状が置き換わる(過食は減るが飲酒量が増える等)可能性も踏まえて全体像を追う必要があります。
神経性大食症とは 治療(認知行動療法 SSRI 支持的精神療法)の組み立て
治療目標は、過食嘔吐の軽減、心理面の改善、学校や職場での適応支援などを並行して進めることで、症状が重く生活が破綻している場合は、まず症状コントロールを優先してから心理的援助に移るという順序づけが現実的です。
心理療法として認知行動療法(CBT)や対人関係療法の効果が示され、ガイドラインでは初期段階として生活の規則化や症状モニタリングを患者が行うガイデッドセルフヘルプが推奨される、という整理がなされています。
薬物療法ではSSRIなど抗うつ薬に症状軽減のエビデンスが示されている一方で、長期効果は不明であり、薬物投与だけでなく心理面・生活面の援助を同時に行う必要があるとされています。
実務では、(1)食行動(過食のトリガー、食事パターン、代償行動)を“日誌”で可視化、(2)安全管理(電解質・心電図・歯科・消化器症状の整理)、(3)併存症(うつ、不安、依存、衝動性)の優先度づけ、を同じ診療計画書に落とすとチーム内共有が速くなります。
外来治療が基本ですが、生活リズムが改善できない、重症の身体合併症がある、抑うつ感が強く安全な薬物調整や閉鎖病棟対応が必要、などでは入院治療も選択されます。
神経性大食症とは 独自視点:正常体重で見逃される「検査のスキマ」と声かけ
神経性大食症は「正常体重のこともあるため周囲に気付かれにくい」という性質があり、健診や一般外来では“体重”に依存したスクリーニングだと取りこぼしが起こりやすいのが落とし穴です。
見逃されやすい入り口は、反復する歯科トラブル(酸蝕・知覚過敏)、原因不明の倦怠感、動悸、便通異常(下剤乱用)、唾液腺腫脹など「嘔吐・下痢・脱水」に整合する身体所見で、ここから食行動に橋を架ける問診が有効です。
声かけは“意志の弱さ”と結びつけず、「体重は保てていても、嘔吐や下剤で電解質が乱れると不整脈が起きることがあるので、体の安全確認として採血と心電図をしたい」という医療者側の目的を先に置くと、病識が揺れる患者でも同意が得やすくなります。
また、本人が「過食嘔吐を止めたい」と来る場合と「対人関係を何とかしてほしい」と来る場合があるため、主訴の言葉を治療計画の入口に据えると中断リスクを下げやすい、という示唆が整理されています。
“意外に見えるが重要”な点として、治療を受けなくても一時的に軽快することがあり、そこから再発も起こり得るため、症状の波を前提にしたフォロー設計(再燃サインの共有、連絡手段の確認)が必要です。
(疫学や国内データの背景/疾患の全体像の根拠)
摂食障害全国支援センター:摂食障害の概説と疫学(神経性過食症の症状・経過・治療、正常体重でも気づかれにくい点、合併症の記載)
(一般向けだが、臨床説明に転用しやすい中核症状・原因モデルの整理)
日本内分泌学会:神経性過食症(中核症状、原因の多次元モデル、外来中心の治療などの概説)

摂食障害の病態と栄養指導: 神経性食欲不振症・大食症 (食品・栄養・健康ニューガイドシリーズ)