神経性無食欲症の症状
神経性無食欲症(anorexia nervosa)は、神経性やせ症や拒食症とも呼ばれる摂食障害の一つです。この疾患では必ずしも患者の食欲が低下しているわけではなく、肥満恐怖のために食事が食べられない状態が本質的な特徴となります。従来の神経性無食欲症や神経性食思不振症という病名は疾患の本態を現していないとの指摘から、DSM-5の日本語版では神経性やせ症という新しい病名が採用されました。
参考)摂食障害の概説と疫学
神経性無食欲症における精神症状の特徴
神経性無食欲症の患者は、体重や体型への強いとらわれと不安を抱えています。体重増加に対する強い恐怖があり、自尊心の基準が痩せているかどうかにあるため、少しでも体重が増えると自制ができなかったと考えて激しく拒食や排出行為を行います。極端に痩せた状態であっても太っていると主張するボディイメージの歪みが特徴的であり、拒食が問題であることを認めない病識の欠如が見られます。
参考)神経性やせ症/神経性過食症の疾患と解説 なかおメンタルクリニ…
精神症状としては、飢餓の影響で抑うつや不安、強迫性が増強します。また根底には自尊心の低下が存在しており、生きている価値がないと思ったり、他人を見ると自分よりも細いかどうか気になったりする傾向があります。精神的な苦痛や情緒不安定、気分の浮き沈みの変化が大きくなり、こだわりが強くイライラするなど、体重次第で自己評価が変わる特徴があります。孤独感が強くなり、カッとしやすく生きていることをつらく感じるといった症状も報告されています。
参考)MYメディカルクリニック
周りの人は心配するものの、自分が病気とは思っていない点が治療を困難にする要因となります。病識がないため親や医療者との関係が悪化することがあり、治療を拒否することが多いのも特徴です。
神経性無食欲症の身体症状と合併症
神経性無食欲症では極端な低体重と極端にやせた外見が最も顕著な身体症状です。標準体重のー20%以上のやせが診断基準の一つとされています。栄養失調状態により、やせすぎ、貧血、低血圧、徐脈、低体温、疲れやすい、寒がりといった症状が現れます。
参考)https://www.nanbyou.or.jp/wp-content/uploads/pdf2/072_l.pdf
女性では月経が止まる無月経や月経不順が特徴的な症状として知られており、胃もたれ(肝臓・腎臓・胃腸の障害)、腹部不快感、便秘、むくみやすい、しびれなどの症状も見られます。自己誘発性嘔吐を繰り返す患者では、手の甲に吐きだこができることが特徴的な所見となります。
重篤な身体合併症として低血糖による意識障害、肝機能障害、腎機能障害、造血能低下のための貧血、血小板減少症、リフーディング症候群などが報告されています。これらの重篤な身体合併症の場合、集中的な身体管理が必要となり、身体状態の回復にもかなりの時間を要します。糖尿病のように直接栄養状態に影響する疾患でなくても、慢性疾患が存在した場合、食行動異常出現のリスクを高め予後も不良であることが指摘されています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjghp/26/2/26_161/_pdf
体力低下に伴い学業や仕事の能率の低下もみられるようになり、日常生活にも支障が生じます。過食症患者で見られる虫歯、口内炎、食道裂孔、胃けいれんなどの症状も、排出型の神経性無食欲症では出現することがあります。
神経性無食欲症における食行動の異常
神経性無食欲症の患者は極端な拒食を示し、その反動としての過食が見られることもあります。食行動の異常には不食、大食、隠れ食いなどが含まれ、多様なパターンを示します。体重を減らすための排出行為として自己誘発嘔吐、下剤や利尿剤の乱用、絶食や過剰な運動などの代償行為が特徴的です。
食べもののことばかり考える傾向があり、食べ物のカロリーばかり気になる状態が続きます。絶食または食の量やカロリーを制限し、食欲がないわけではないのに食べられないという矛盾した状態に陥ります。嫌なことやストレスがあると大量に食べてしまい、自分ではコントロールできなくなることもあります。
自己誘発性嘔吐や緩下剤・利尿剤などの反復的使用の有無により、過食・排出型と摂食制限型に区別されます。経過は複雑で、神経性やせ症の摂食制限型はしばしば過食排出型や神経性過食症に移行します。節食・不食からむちゃ食い(過食)をするようになったり、体重増加を回避するために代償行為をするようになることもあります。
過活動傾向も特徴的な症状の一つであり、体重が増えないように過剰な運動を行います。これは痩せた状態であるにもかかわらず、さらに体重を減らそうとする強迫的な行動として現れます。
神経性無食欲症の診断基準とBMI評価
神経性無食欲症の診断基準には、標準体重のー20%以上のやせ、食行動の異常(不食、大食、隠れ食いなど)、体重や体型についての歪んだ認識(体重増加に対する極端な恐怖など)が含まれます。拒食症の診断にはBMI(体重kg÷身長mの2乗)が17.5以下であることが一つの目安となります。
より詳細な診断基準として、年齢不相応の体重か、極端なカロリー制限をしているか、体重増加への恐怖心がある、自身の状態に対する認識が欠如しているか、といった項目が評価されます。BMIによる重症度判定では、BMI15未満になると最重度の低体重と診断されます。必要とされるカロリー摂取を抑え、健康的であるために必要な体重よりも有意に低い状態(正常の下限を下回り、子どもまたは青年の場合は期待される最低体重を下回る)が診断の重要なポイントです。
参考)摂食障害
Body Mass Index (BMI)で17 kg/m²未満の場合、重症度が高いと判断されることが多く、BMI14未満または標準体重の70%以下では入院治療の適応となります。望ましい体重より20%以上少ない場合は入院治療が推奨されます。標準体重より20%以上痩せている状態が3ヶ月以上続く場合、神経性無食欲症の可能性が高まります。
患者は明らかな低体重・低栄養状態にも関わらず、その重篤さを認識できないボディイメージのゆがみがみられます。患者の自己評価は体型・体重に大いに依存しており、体重が増えることを極端に恐れたり、さらに減量しようとしたりする行動が特徴的です。
神経性無食欲症の早期発見と治療介入のタイミング
神経性無食欲症は発症後早期に発見し、エビデンスのある治療を行うことが、低体重からの回復や食行動異常の改善の可能性を高め、死亡や自殺のリスクを下げ、後遺症を防ぐ上で極めて重要です。患者は病識に乏しく受診が遅れがちで、極端な体重低下のみならず、全身倦怠感、無月経、便秘などで非専門医を受診することも多いのが現状です。
参考)https://edcenter.ncnp.go.jp/edportal_pro/pdf/medical_cooperation_02.pdf
治療困難例として、治療への抵抗がある患者、治療への反応は良いが再発と入院を繰り返す患者、身体合併症のある患者、他の精神疾患を併存する患者などがあげられます。治療困難例ほど強い治療構造が必要であり、重症度が高い患者ほど病態が重いほど、治療体制の確立が重要です。神経性無食欲症はさまざまな要因からなり、多職種チーム医療が推奨されており、主治医1名だけでは治療困難です。
国立精神・神経医療研究センターによる摂食障害の早期介入ガイドライン
精神科への入院治療では、一般的に行動管理的取り組み、個人精神療法、家族教育および家族療法、場合によっては向精神薬投与の組み合わせが用いられます。入院初期は低栄養、脱水、電解質異常等を認めることが多く、輸液療法が必要となることがあります。再栄養治療中は心拍モニタリングを行い、リフーディング症候群に注意しながら徐々に心理面への対応も開始します。
参考)https://dept.dokkyomed.ac.jp/dep-k/ccdpm/documents/shounikaReaflet2017.pdf
国内における調査によると、初診後4~10年経過した患者の転帰は、全快が47%、部分回復が10%、慢性化が36%、死亡率が7%という報告があります。予後に良好に影響する因子としては「良い親子関係」や「演技性パーソナリティ」などが挙げられ、不良因子としては「嘔吐」や「大食・下剤乱用などの不適切な代償行為」「病気の慢性化」などです。不適切な代償行為のある神経性無食欲症の患者の退院5年以上の調査では、死亡率が15%を超えたという調査報告もあり、早期発見と早期介入の重要性が強調されています。
矯正医療における行動障害の総じて犯罪予防・再犯防止の観点からも、摂食障害の早期発見、早期介入は極めて重要であると言えます。周囲の理解とサポートも回復への大きな助けとなるため、医療従事者は患者だけでなく家族への教育と支援も重要な役割として認識する必要があります。
参考)https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/activity/an_20240117.pdf