神経鞘腫の症状と発生部位
神経鞘腫は、末梢神経を覆うシュワン細胞から発生する良性の腫瘍です。全身のあらゆる神経に発生する可能性がありますが、特に脊髄周辺、首(頚部)、腰部、手足の末梢神経、後腹膜などに多く見られます。脳腫瘍の9%、脊髄腫瘍の30%が神経鞘腫によるものとされており、決して珍しい疾患ではありません。
神経鞘腫は一般的に成人に見られる疾患で、発症する性別に差はありません。頭頸部領域では全体の25~45%が発生し、その中でも脳神経に生じるものが多く見られます。特に脳の聴神経に発生する前庭神経鞘腫(聴神経腫瘍)は、神経鞘腫の中でも最も頻度が高く、脳腫瘍全体の約6%を占めています。
参考)https://medicalnote.jp/diseases/%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E9%9E%98%E8%85%AB/contents/200824-003-QB
腫瘍は通常、ゆっくりと成長し、症状も徐々に進行することが特徴です。そのため、早期には無症状のまま経過し、偶然の画像検査で発見されることもあります。しかし、腫瘍が大きくなるにつれて、発生した神経の機能障害や周囲組織への圧迫による症状が出現してきます。
参考)神経鞘腫
神経鞘腫による部位別の症状の違い
神経鞘腫の症状は、腫瘍が発生した部位によって大きく異なります。脊髄、首、腰に発生した場合には、手足のしびれや痛み、筋力の低下、動かしにくさなどの症状が現れます。これらの症状は、腫瘍が神経根や脊髄を圧迫することによって引き起こされます。
腕、手首、指に発生した神経鞘腫では、部分的なしびれ感や運動困難、指や手の細かい動きができなくなるなどの症状が見られます。足に発生した場合は、歩く際の違和感や歩行困難、足の痛みやしびれ、感覚が鈍るなどの症状が現れます。末梢神経に発生した神経鞘腫では、腫瘤を触れた際にその神経支配領域にピリピリとした痛みが放散するTinel’s sign(ティネル徴候)が陽性となることがあります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4009466/
舌や咽頭部(のど)に発生した場合は、飲み込みにくさ、喉の違和感、声の変化などの症状が出現します。後腹膜やお腹の奥に発生した神経鞘腫では、腹部の鈍い痛みや圧迫感、胃の不快感、食欲不振などの症状が現れることがあります。皮膚表面に発生した場合は、通常は痛みを伴わず、触れるとわかる硬めのしこりとして自覚されます。
神経鞘腫が聴神経に発生した場合の症状
聴神経に発生する前庭神経鞘腫は、神経鞘腫の中で最も頻度が高い病型です。正確には聴力を司る蝸牛神経ではなく、バランスを司る前庭神経から発生するため、「前庭神経鞘腫」と呼ばれます。聴神経腫瘍全体の90~95%は前庭神経から発生しています。
主な症状としては、片側の聴力低下(突然あるいはゆっくりと聞こえが悪くなる)、耳鳴り、めまい(時には発作性の激しいめまい)、ふらつきなどが挙げられます。これらの症状で耳鼻咽喉科を受診され、画像検査によって発見されることが多いです。腫瘍がさらに大きくなると、三叉神経を圧迫して顔面の知覚低下やしびれ、顔面神経麻痺などの症状が現れることがあります。
参考)https://shiga-neurosurgery.com/treatment/disease-discription/brain-tumor/brain-tumor04/
さらに腫瘍が進展して小脳や脳幹まで影響を及ぼすと、振戦(ふるえ)、ふらつき、手足の麻痺などの症状も生じる可能性があります。ほとんどの症例は中年以降に一側性の進行性難聴で発病します。近年ではCT、MRIなどの画像診断が進歩したため、聴力の低下や耳鳴りなど早期の症状を示す段階で診断されるようになっています。
神経鞘腫の三叉神経発生時の特徴的症状
三叉神経に神経鞘腫が発生すると、顔面の痛みやしびれ、知覚低下などの症状が現れます。三叉神経は顔面の感覚を司る重要な神経であり、この神経に腫瘍が発生すると、顔面の感覚異常が主な症状となります。
三叉神経鞘腫は聴神経鞘腫に次いで頻度が高い脳神経の神経鞘腫です。腫瘍が小さい段階では症状が軽微で気づかれにくいことがありますが、腫瘍が増大するにつれて顔面の感覚障害が明確になってきます。また、腫瘍の位置や大きさによっては、周囲の脳神経や脳組織を圧迫し、複数の神経症状を呈することもあります。
発生する神経の神経障害と、増大した腫瘍によって圧迫を受けた神経の障害、そして圧迫を受けた脳の症状が重なって出現することが特徴です。このため、三叉神経鞘腫では顔面の知覚異常だけでなく、隣接する構造物への影響による多彩な症状が見られることがあります。
神経鞘腫の末梢神経発生による運動・感覚障害
四肢の末梢神経に発生した神経鞘腫では、その神経が支配する部位のしびれや痛み、運動障害が出現します。末梢神経の神経鞘腫は、皮下組織や筋肉内などの軟部組織に発生することが多く、触診で腫瘤として触知できることがあります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/nishiseisai/68/3/68_456/_pdf
正中神経に発生した神経鞘腫では、腫瘤部を軽く叩くと前腕や手に放散する痛みやしびれ感(Tinel’s sign陽性)が見られることがあります。坐骨神経に発生した場合は、太ももの後面の痛みや腫脹、膝を曲げた際に目立つ腫瘤などの症状が現れます。これらの症状は、腫瘍の増大に伴ってゆっくりと進行することが一般的です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11338858/
筋肉内に発生した神経鞘腫は、長期間無症状で経過することもあり、20年以上前から存在していた症例も報告されています。末梢神経の神経鞘腫では、通常、腫瘍が発生した神経の運動機能や感覚機能は保たれていることが多いですが、腫瘍が大きくなると神経機能障害が顕在化してきます。
神経鞘腫の悪性化リスクと鑑別すべき疾患
神経鞘腫はほぼ良性腫瘍ですが、まれに悪性の神経鞘腫である悪性末梢神経鞘腫(MPNST: Malignant Peripheral Nerve Sheath Tumor)が発生することがあります。悪性末梢神経鞘腫は再発を繰り返したり、遠くの臓器に転移したりする可能性がある予後不良な腫瘍です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10506041/
悪性末梢神経鞘腫の5年生存率は12.8~52%と報告されており、悪性軟部腫瘍の中でも予後が不良です。特に神経線維腫症1型(NF-1)に合併する悪性末梢神経鞘腫は予後不良因子とされています。組織学的に良性と診断された神経鞘腫であっても、まれに転移例や悪性化例の報告もあります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11965776/
画像上の鑑別診断としては、神経線維腫、悪性末梢神経鞘腫、傍神経節腫、Morton神経腫などが挙げられます。良性と悪性の腫瘍の鑑別は画像検査だけでは困難なことがあり、最終的には病理学的検査による確定診断が重要です。急速に増大する腫瘤、不規則な辺縁、周囲組織への浸潤像などは悪性を疑う所見となります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3483600/
神経鞘腫の診断方法とMRI・CT検査の特徴
神経鞘腫の診断には、MRI検査が最も重要な役割を果たします。MRIでは軟部組織のコントラストを詳細に描出できるため、神経鞘腫の位置や大きさ、神経との関係が明確にわかります。典型的には、神経繊維を圧排する紡錘状の被膜性腫瘤として描出されます。
参考)神経鞘腫
MRI検査では、T1強調画像で等信号ないし低信号、T2強調画像では高信号を呈することが特徴的です。造影MRIでは腫瘍内部の血流状態を把握でき、均一に強い造影効果を示すこともあります。また、Low signal margin(低信号の辺縁)、Fascicular sign(束状構造)、Target sign(標的様所見)、Hyperintense rim(高信号の辺縁)などの特徴的な所見が認められることがあり、これらは神経鞘腫の診断に有用です。
CT検査は骨組織の評価が得意であり、脊椎周辺の骨変化や骨変形、骨棘などを確認する際に有効です。腫瘍の石灰化や骨との関連性を調べる場合にも有用で、MRIと併用することでさらに詳細な診断が可能となります。エコー検査(超音波検査)は、特に皮膚の下など浅い部分の腫瘍を評価する際に便利で、リアルタイムで腫瘍の状態を確認できます。
病理診断では、摘出した腫瘍や組織の一部を顕微鏡で詳しく観察し、その細胞の性質や構造を調べます。腫瘍が良性(普通の神経鞘腫)なのか、稀に存在する悪性の腫瘍(悪性末梢神経鞘腫)なのかを判断し、治療方針を決定します。免疫組織化学的検査では、S-100蛋白陽性が神経鞘腫の診断に有用な所見となります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7884141/
<参考>日本医科大学付属病院の聴神経腫瘍に関する詳細な情報
聴神経腫瘍|日本医科大学付属病院
神経鞘腫の治療選択肢と経過観察
神経鞘腫は良性腫瘍であるため、発見後は症状、腫瘍の大きさによって治療方法が分かれます。主な治療選択肢としては、①定期的な画像経過観察、②手術による摘出、③定位放射線治療、④手術と定位放射線治療の組み合わせの4つがあります。
腫瘍のサイズが小さく(3cm以下)、症状がない場合や、手術治療による症状悪化のリスクが懸念される場合には、経過観察の方針を選択することが多いです。定期的にMRI検査を行い、腫瘍の大きさが変わらなければ様子を見ます。しかし、経過観察中に腫瘍の成長が早いと判断された場合には、手術治療もしくは定位放射線治療の導入を検討する必要があります。
参考)https://medicalnote.jp/diseases/%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E9%9E%98%E8%85%AB
定位放射線治療は手術による摘出と比較して侵襲性が低く、神経機能の温存率(特に顔面神経麻痺の回避)は良好であり、腫瘍の制御(小さくなる、もしくは大きくならない)成績も手術と同等との報告があります。ただし、この治療の選択は直径約3cmを超えない腫瘍に限定されます。3cmを超える場合は手術による摘出を行いますが、顔面神経機能温存が可能であれば全摘出を目指し、腫瘍と神経の癒着などにより機能温存が困難な場合には可能な限り摘出を行い、残存腫瘍については画像経過観察を行いながら増大時に定位放射線治療を追加選択する方針が取られます。
参考)https://www.jsnp.jp/shikkan/cerebral_7.htm
近年では、脳外科での開頭手術よりも放射線治療のほうが圧倒的に多くなっています。良性腫瘍ですから治療を急ぐ必要はなく、個々の患者さんの年齢や聴力、生活状況などをすべて含めて慎重に治療方針を決定することが重要です。
神経鞘腫の手術と予後・合併症
神経鞘腫の手術の目的は腫瘍の摘出で、通常は全身麻酔で行われます。腫瘍の部位や大きさ、患者の状態などによって手術のアプローチが異なりますが、脳の神経鞘腫では主に後頭部の外側や耳の上、耳の後ろあたりを開頭して腫瘍を摘出します。腫瘍を摘出する過程で神経に直接操作が加わるため、顕微鏡下で微細な操作を行って摘出します。
参考)https://medicalnote.jp/diseases/%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E9%9E%98%E8%85%AB/contents/200703-001-PN
手術時間は人によって異なりますが、脳の神経鞘腫の場合は小さな腫瘍でも4~8時間かかることが多く、大きな腫瘍では12時間以上かかることもあります。末梢神経の神経鞘腫では、ルーペ拡大下や顕微鏡下で神経を保護しながら腫瘍を摘出する手技が用いられます。
神経鞘腫は通常良性腫瘍であるため、手術によって完全に摘出できれば根治し再発の心配もありません。しかし、神経の周囲を包む髄鞘が腫瘍化しているため、摘出する際に神経を損傷するリスクがあります。術後の合併症としては、顔面神経麻痺、聴力障害、体性感覚障害などが報告されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11522531/
もし手術で後遺症が残った場合、現状ではリハビリテーションなどが主な治療法ですが、完全に根治することは困難なケースが多いです。近年では、神経再生医療やリハビリテーションを組み合わせた新しい治療アプローチも研究されています。多モーダルな術中神経モニタリング技術を用いることで、手術の安全性を高め、合併症を減少させる試みも行われています。
<参考>慶應義塾大学病院脳神経外科の神経鞘腫に関する専門情報
神経鞘腫(聴神経腫瘍、三叉神経鞘腫 など)
<参考>滋賀医科大学脳神経外科の神経鞘腫治療に関する詳細
https://shiga-neurosurgery.com/treatment/disease-discription/brain-tumor/brain-tumor04/