止血用バルーンタンポナーデと産科危機的出血
止血用バルーンタンポナーデの適応とショックインデックス
産科領域で「止血用バルーンタンポナーデ」を語るとき、まず押さえるべきは“導入のタイミング”です。産科危機的出血への対応指針(2022)では、SI:1以上(目安:経腟1L、帝切2L以上)に達した段階で、出血原因の検索・除去、十分な輸液、採血(凝固系を含む)と並行して「子宮腔内バルーンタンポナーデ」やトラネキサム酸投与を実施する流れが明確に示されています。特に弛緩出血では、搬送が必要になりそうな場面でも「搬送の際にも実施しておくことが望ましい」とされ、一次施設ほど“その場でできる確実な一手”として重みがあります。
重要なのは、SIや計測出血量は“判断材料の一部”に過ぎない点です。指針は、外出血量が少なく見えても腹腔内出血・後腹膜出血などで重症化し得ること、そして計測出血量のみにとらわれずバイタル異常、とくにSIに留意することを強調しています。現場では「出血が続く」「子宮収縮薬に反応が鈍い」「凝固が崩れ始めた気配がある」など、時間経過と反応性の悪さが“バルーン導入のサイン”になることが多いでしょう。
一方で、SI:1.5以上や産科DICスコア8点以上、フィブリノゲン150mg/dL未満などに至れば「産科危機的出血」の宣言と、輸血(RBCとFFPを1:1に近く)・外科的止血・IVR等へ一気にギアを上げる段階です。バルーンは「これで終わらせる」道具であると同時に、「次の治療へつなぐ」道具でもあります。バルーン挿入と同時に、輸血管理部門、麻酔科、救急、ICUへの連絡を回し、次の一手(IVR、子宮圧迫縫合、子宮摘出など)を遅らせない体制を取ることが、安全域を押し広げます。
参考:産科危機的出血のフローチャート、SIと初期対応(子宮腔内バルーンタンポナーデ、トラネキサム酸など)がまとまっています。
止血用バルーンタンポナーデの機序と子宮腔内
止血用バルーンタンポナーデの基本原理は「圧迫止血」ですが、臨床的な効き方はもう少し立体的です。子宮腔内にバルーンを留置して膨らませると、出血点の直接圧迫に加えて、子宮腔の“余計な空間”を減らし、血液がだらだら流れ続ける状況を変えます。つまり、バルーンが“空間の設計”を担い、子宮収縮薬・子宮自体の収縮・凝固(血栓形成)が働きやすい環境に整えるイメージです。
ここで見落とされがちなのが、バルーンの目的は「完全に止める」だけではない点です。J-STAGE上の周産期関連資料では、バルーンタンポナーデが止血達成だけでなく、出血の制御(いわゆるダメージコントロール的な位置づけ)としても意味を持つことが述べられています。現実には、バルーンで“勢いを落とす”だけでも、その後の輸血・凝固補正・IVR準備が間に合い、転帰が変わるケースがあります。
また、腟側への滑脱や、子宮口の開大状況によってバルーンの効きが不十分になることもあります。そうしたときは「バルーンが効かない=失敗」と短絡せず、“効きが悪い理由”を分解して考えます。たとえば、裂傷(頸管裂傷・腟壁裂傷)が主因なら腔内圧迫では限界があり、縫合止血やガーゼパッキング、IVRなどへ舵を切る必要があります。逆に弛緩が主因であれば、バルーン+子宮収縮薬+凝固補正の三点セットが効きやすい、という整理が可能です。
参考:バルーンタンポナーデを「止血達成以外の目的(出血制御)」として位置づける視点が得られます。
止血用バルーンタンポナーデの手技とBakri
国内で広く使われる子宮用の止血バルーンとして、Bakri(Cook分娩後バルーン)が挙げられます。厚生労働省の「医療機器の保険適用について」(平成25年4月1日適用開始の一覧)には、子宮用止血バルーンカテーテルとして「Bakri Cook分娩後バルーン」が掲載されており、制度上も標準的な医療材料として位置づけられていることが分かります。いわゆる“やりたいけど材料がない”という状況を減らす意味でも、院内の物品配置(どこに何セットあるか、誰が取りに行くか)は手技と同じくらい重要です。
参考:Bakri Cook分娩後バルーンが「子宮用止血バルーンカテーテル」として掲載されています。
手技の実際は施設で流儀がありますが、医療安全の観点から共通して重視したいポイントを整理します。
- 挿入前に「出血源が子宮腔内主体か」を再評価(弛緩、胎盤遺残、下部子宮の出血など)。
- 超音波(経腹)で位置確認できる環境を確保し、挿入後にバルーンの位置と充填状態を確認。
- 充填量は“目標量”ではなく“止血反応で調整する可変量”として扱い、注入後は出血量とバイタルで効果判定。
- ドレナージ(排液)ルートを確保し、「止血しているのか、貯留しているだけか」を見誤らない。
また、「バルーンを入れたら落ち着く」は半分正しく、半分危険です。指針が示すように、産科出血はDICに進みやすく、赤血球輸血と輸液だけでは希釈性の凝固因子低下で出血傾向が悪化し得ます。バルーンで出血量が減ったように見えても、凝固破綻が進行していれば再出血し得るため、採血(フィブリノゲン含む)と補正の流れは止めないことが実務上のコツです。
止血用バルーンタンポナーデの合併症と抜去
止血用バルーンタンポナーデは“低侵襲で迅速”な一方、万能ではありません。まず、バルーンが効かない状況を見抜くことが合併症予防につながります。たとえば裂傷性出血や子宮破裂、腹腔内出血が主体の場合、腔内圧迫に固執すると時間を失い、結果的に輸血量が増えたり、凝固破綻を深めるリスクがあります。指針でも、計測出血量だけに依らず、バイタル異常(乏尿、末梢循環不全)やSIを重視して判断するよう明示されています。
感染に関しては、バルーン留置そのものがただちに感染を起こすというより、もともとの分娩状況(長時間の破水、腟内操作の多さ、胎盤遺残など)や、止血困難で処置が長引くことがリスクを押し上げます。したがって、留置中は「悪寒戦慄を伴う発熱」「子宮圧痛の増悪」「悪露の性状変化」「頻脈の持続」など、敗血症の早期兆候を“出血が落ち着いた後こそ”丁寧に拾う必要があります。
抜去(減量・抜去)の手順は施設差がありますが、考え方としては「抜去は治療の終了ではなく、再出血リスク評価の最終試験」です。いきなり全抜去するより、段階的に減量し、出血量・バイタル・子宮収縮を見ながら進めるほうが、再出血時にリカバリーしやすい運用になります。再出血が起きた場合は“戻す(再膨張)”判断が可能なように、人員・輸血・IVR連絡の導線を抜去前に再点検しておくのが安全です。
最後に見逃せないのが、低体温の問題です。指針は大量輸液・輸血時には加温し低体温に留意するよう明記しており、これは凝固能の維持に直結します。バルーンで局所を押さえるほど、全身管理(体温、凝固、酸素化、循環)という“土台”の質が成績を左右するため、処置担当者だけでなくチーム全体でモニタリングを共有することが重要です。
止血用バルーンタンポナーデと搬送の独自視点
検索上位の多くは「適応」「手技」「デバイス紹介」に寄りますが、現場で差がつくのは“搬送と情報設計”です。産科危機的出血への対応指針(2022)が示す通り、一次施設ではSI:1の時点で高次施設搬送を考慮し、弛緩出血では搬送の際にも子宮内バルーンタンポナーデを実施しておくことが望ましいとされています。ここから一歩踏み込むと、バルーンは「搬送の安全装置」であると同時に「搬送先での意思決定を速くする情報媒体」にもなります。
具体的には、搬送連絡時に以下を“テンプレ化”すると、受け入れ側の準備が早くなりやすいです(医療者同士の伝達を前提)。
- SIの推移(単発の値ではなく、上がっているのか下がっているのか)。
- 産科DICスコア要素(フィブリノゲン、血小板、PT、FDPなど採血の有無と結果)。
- バルーンの種類(Bakri等)、留置時刻、注入量、排液(ドレーン)での出血量。
- 子宮収縮薬・トラネキサム酸の投与量と投与時刻。
- 追加で疑う出血源(裂傷、胎盤遺残、子宮破裂の懸念など)。
この“情報設計”が効く理由は単純で、受け入れ側がIVR室・手術室・輸血製剤・麻酔科応援を同時並行で手配しやすくなるからです。指針が示すように、危機的出血ではコマンダー中心の指揮命令系統と、救命を最優先した輸血が鍵になります。搬送前の短時間であっても、バルーン挿入だけで満足せず、情報を整え、次の一手の準備を“搬送車が動く前から”始めることが、結果として母体救命の確率を上げます。