四塩化炭素の分子の形
四塩化炭素が正四面体構造をとる理由
四塩化炭素(CCl4)は、中心の炭素原子に4つの塩素原子が結合した分子で、その立体構造は正四面体型です。この構造が形成される根本的な理由は、炭素原子の価電子配置と混成軌道にあります。
参考)四塩化炭素(CCl4)の分子の形が正四面体となる理由 結合角…
炭素原子の価電子数は4個であり、塩素原子の価電子数は7個です。CCl4の電子式を描くと、炭素原子は4つの塩素原子とそれぞれ共有結合を形成し、非共有電子対は存在しません。つまり、中心元素である炭素から伸びる「手」の数は4本であり、余剰の非共有電子対がない状態となります。
原子の手の数が4本のとき、炭素原子はsp3混成軌道という構造をとることが知られています。sp3混成軌道では、s軌道1つとp軌道3つ(px、py、pz)が混ざり合って、4本の等価な混成軌道が形成されます。これらの軌道は空間的に最も離れた配置をとろうとするため、正四面体の頂点方向に向かって伸びる形となります。
四塩化炭素の結合角とVSEPR理論
正四面体構造において、中心の炭素原子から各塩素原子へ向かう結合の間の角度、すなわち結合角は幾何学的に109.5度となります。この角度は、4つの結合が空間的に最も離れた位置を占める際の最適な配置です。
参考)VSEPR則による占有度2から7の立体構造の予想と考え方 ~…
分子の形を予測する際には、VSEPR理論(原子価殻電子対反発則)が有効です。この理論では、中心原子の周りの電子対が互いに反発し合い、できるだけ離れた位置を占めようとすると考えます。四塩化炭素の場合、中心炭素の周りには4組の共有電子対があり、非共有電子対はありません。
電子対が4組存在する場合、それらが最も離れた配置をとるためには正四面体構造が最適となります。メタン(CH4)も同様にsp3混成軌道による正四面体構造をとり、結合角は109.4度です。ただし、アンモニア(NH3)のように非共有電子対が存在する分子では、孤立電子対の反発により結合角が約107度に縮小します。
四塩化炭素の極性と対称性の関係
四塩化炭素は化学式CCl4で表され、無極性分子として分類されます。これは一見すると矛盾しているように見えます。なぜなら、炭素(C)と塩素(Cl)の間には電気陰性度の差があり、各C-Cl結合自体は極性を持つからです。
しかし、四塩化炭素が無極性となる理由は、その完全な対称構造にあります。4つの塩素原子は正四面体の各頂点に対称的に配置されており、それぞれの結合が中心の炭素原子から等距離・等角度で伸びています。この結果、各C-Cl結合の双極子モーメントがベクトル的に完全に打ち消し合い、分子全体としての双極子モーメントはゼロになります。
参考)この問題の極性の有無についてなんですが、極性の打ち消しがいま…
もし4つの塩素原子の代わりに異なる原子が配置されていた場合、例えばクロロホルム(CHCl3)のように対称性が崩れると、双極子モーメントが完全に打ち消されず、分子は極性を持つようになります。したがって、正四面体という対称的な分子構造が、四塩化炭素の無極性という化学的性質を決定している重要な要因です。
参考)正四面体構造(せいしめんたいこうぞう)とは? 意味や使い方 …
四塩化炭素の電子式と構造式の表現
四塩化炭素の化学式はCCl4であり、分子式と組成式は同一です。別名としてテトラクロロメタン(四つの塩素を持つメタン)とも呼ばれます。
参考)四塩化炭素(CCl4)の化学式・分子式・組成式・電子式・構造…
電子式では、中心の炭素原子の周りに4つの塩素原子が配置され、各塩素原子は炭素と1対の電子を共有しています。炭素原子の最外殻には4個の価電子があり、それぞれが1個の塩素原子の価電子と対を作ることで、炭素は8個の電子(オクテット)を満たします。一方、各塩素原子も共有結合によって最外殻に8個の電子を持つ安定な電子配置となります。
参考)https://www.t.soka.ac.jp/~itomasa/GrandPrix/problem/probs.html
構造式は電子式を簡略化したもので、共有結合を線で表現します。四塩化炭素の分子量は、炭素(原子量12)と塩素4個(原子量35.5×4)の合計から154と計算されます。この分子量の値は、物質の物理的性質や化学反応における量的関係を理解する上で重要です。
四塩化炭素の用途と健康・環境への影響
四塩化炭素は、かつて20世紀前半にドライクリーニングの溶剤、冷却材、消火器の薬剤として広く使用されていました。その優れた溶解力を活かし、機械器具の脱脂、オーディオの接点復活剤、テープレコーダーヘッドの清掃溶剤としても利用されてきました。また、フロンの原料としても大量に消費されていた時期があります。
参考)https://www.weblio.jp/wkpja/content/%E5%9B%9B%E5%A1%A9%E5%8C%96%E7%82%AD%E7%B4%A0_%E5%88%A9%E7%94%A8
しかし、四塩化炭素には深刻な健康被害と環境への悪影響が明らかになってきました。ヒトへのばく露により、嘔吐、めまい、眠気、頭痛、昏睡などの中枢神経系への影響、肝機能低下や肝臓の小葉中心性壊死、腎不全や尿細管壊死といった肝臓・腎臓への重篤な障害が報告されています。動物実験でも同様の肝臓・腎臓への毒性が確認されており、特定標的臓器毒性物質として分類されています。
参考)https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/56-23-5.html
環境面では、四塩化炭素はオゾン層破壊物質として問題視されています。成層圏に達した四塩化炭素は強い紫外線により分解され、生成した塩素原子がオゾンと反応してオゾン層を破壊します。そのオゾン層破壊能力はCFC-11(特定フロンの一種)とほぼ同等とされています。大気中での寿命は約26年と計算されており、長期間にわたって環境中に残留します。
参考)四塩化炭素について|土壌汚染対策法について|株式会社セロリ
このような健康・環境リスクから、モントリオール議定書に基づき、日本やアメリカなどの先進国では1996年までに生産が全廃されました。現在では、試験研究用や分析用途など特定の目的に限って使用が認められています。例えば、IRスペクトル(赤外分光測定)では特定波長域でシグナルを持たない便利な溶媒として、またニュートリノ検出やアッペル反応の塩素源として限定的に利用されています。医療や産業分野においても、四塩化炭素の毒性と環境影響を理解した上で、代替物質への転換が進められています。
四塩化炭素の正四面体構造とsp3混成軌道の詳細な解説(健康情報サイト)
環境省によるオゾン層破壊物質と温室効果ガスの関係資料(PDF)
厚生労働省 職場のあんぜんサイト:四塩化炭素の安全データシート