シェーグレン症候群と症状
シェーグレン症候群は、1933年にスウェーデンの眼科医ヘンリック・シェーグレンによって初めて報告された自己免疫疾患です。この疾患は、涙腺や唾液腺などの外分泌腺に慢性的な炎症が生じることで、涙や唾液の分泌が低下し、特徴的な乾燥症状を引き起こします。
厚生労働省の患者調査によると、日本国内で1年間に病院を受診したシェーグレン症候群の患者数は約3万人とされていますが、実際の潜在患者数はその数倍から10倍程度と推定されており、約10万人に達すると考えられています。特に中年女性に多く発症し、男女比は1:14〜17と圧倒的に女性に多い疾患です。発症年齢は50代にピークがありますが、子供から高齢者まで幅広い年齢層で発症する可能性があります。
シェーグレン症候群は国の「指定難病」に認定されており、現在のところ完全に治癒させる方法はなく、症状を緩和・改善させる対症療法が中心となります。一般的に生命を脅かすような症状は少ないものの、慢性的な経過をたどることで生活の質が著しく低下したり、全身性の症状が出現したりすることもあるため、長期的な経過観察が重要な疾患です。
シェーグレン症候群の乾燥症状とドライアイの特徴
シェーグレン症候群の最も特徴的な症状は、涙腺や唾液腺などの外分泌腺の機能低下による「乾燥症状」です。患者さんの約45%に見られるこれらの症状は、日常生活に大きな支障をきたすことがあります。
ドライアイの症状としては、以下のようなものが挙げられます。
- 目がゴロゴロする、ショボショボする感覚
- 目が疲れやすい、充血しやすい
- 異物感や痛みを感じる
- 光に対して過敏になる(まぶしさを強く感じる)
- 長時間の読書やパソコン作業が困難になる
重症化すると、角膜に傷がついて「乾燥性角結膜炎」や「表層性角膜びらん」などの合併症を引き起こすこともあります。これらの症状は、単なる目の疲れとは異なり、持続的で日常生活に支障をきたすレベルであることが特徴です。
ドライアイの診断には、シルマーテスト(涙の分泌量を測定する検査)やローズベンガル染色(角膜や結膜の障害を評価する検査)などが用いられます。これらの検査結果と臨床症状を総合的に評価することで、シェーグレン症候群に関連するドライアイかどうかを判断します。
治療としては、人工涙液(マイティア®、ソフトサンティア®など)の点眼が基本となります。また、水分保持効果のあるジクアス点眼®や粘液産生細胞を増やすムコスタ点眼®なども使用されます。さらに、ドライアイ眼鏡の着用や、涙の排出口である涙点をふさいで涙の排出を抑える「涙点プラグ」や「涙点縫合」といった方法も効果的です。
シェーグレン症候群のドライマウスと唾液腺の関係
シェーグレン症候群におけるドライマウス(口腔乾燥)は、唾液腺に対する自己免疫反応によって唾液の分泌が減少することで生じます。唾液には口腔内を湿潤に保ち、食物の消化を助け、口腔内の細菌増殖を抑制するなど重要な役割があるため、その減少は様々な問題を引き起こします。
ドライマウスの主な症状には以下のようなものがあります。
- 口の中が乾燥する感覚
- クラッカーやパンなどの乾いた食品が食べにくい
- 食事中に水分を多く摂取する必要がある
- 長時間話すと声がかれる
- 味覚障害
- 虫歯や歯周病のリスク増加
唾液腺の機能を評価するための検査としては、ガムテスト(一定時間ガムを噛んで分泌される唾液量を測定)や唾液腺シンチグラフィー(放射性同位元素を用いて唾液腺の機能を評価)などが行われます。また、確定診断のためには唾液腺生検が行われることもあります。
治療としては、水分摂取やうがいの励行が基本ですが、その効果は一時的であるため、人工唾液(サリベート®)や保湿成分が含まれたジェルなどが用いられます。また、唾液分泌を促進する薬剤として、塩酸セビメリン(エボザック®、サリグレン®)やピロカルピン塩酸塩(サラジェン®)などが処方されます。これらの薬剤は個人差があり、消化器症状や発汗などの副作用が見られることもあるため、症状に応じて使用されます。
唾液分泌促進効果のある漢方薬や去痰薬が使用されることもあります。日常生活では、こまめな水分補給、口腔内の清潔維持、砂糖を含む食品の摂取制限、乾燥食品や刺激物の摂取を控えるなどの工夫が重要です。
シェーグレン症候群の関節痛と全身症状の特徴
シェーグレン症候群は単なる乾燥症状だけでなく、全身性の自己免疫疾患として様々な全身症状を引き起こします。患者さんの約50%に何らかの全身症状や臓器障害が現れるとされています。
関節痛・関節炎はシェーグレン症候群の代表的な全身症状の一つです。主に手指や手首、膝などの小〜中関節に対称性の痛みや腫れが生じることが特徴です。関節リウマチほど破壊性ではないことが多いものの、日常生活に支障をきたすほどの痛みを伴うこともあります。関節リウマチ患者の約20%にシェーグレン症候群が合併するとも言われています。
その他の主な全身症状には以下のようなものがあります。
- 全身倦怠感・易疲労感(最も頻度が高い症状の一つ)
- 微熱
- 筋肉痛
- 末梢神経障害(手足のしびれや痛み)
- レイノー現象(寒冷刺激で指先が蒼白になる)
- 皮膚症状(紫斑、紅斑など)
- リンパ節腫脹
- 唾液腺腫脹(耳下腺や顎下腺の腫れ)
さらに重要な臓器障害としては、以下のようなものが挙げられます。
特に注意すべき合併症として、悪性リンパ腫(特にMALTリンパ腫)の発症リスクが一般人口と比較して15〜20倍高いとされています。また、原発性マクログロブリン血症などの血液疾患を合併することもあります。
これらの全身症状に対する治療は、症状の程度に応じて異なります。軽度の関節痛には非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)が使用されますが、より重症の場合や他の臓器障害を伴う場合には、副腎皮質ステロイドや免疫抑制薬が使用されることもあります。ただし、これらの薬剤は副作用のリスクもあるため、効果と副作用のバランスを考慮した治療が重要です。
シェーグレン症候群の診断基準と検査方法
シェーグレン症候群の診断は、特徴的な臨床症状と複数の検査結果を総合的に評価して行われます。日本では厚生労働省研究班による診療ガイドラインに基づいた診断基準が用いられています。
診断のための主な検査項目は以下の4つのカテゴリーに分類されます。
- 生理病理組織検査
- 唾液腺生検:小唾液腺(通常は下唇)から組織を採取し、リンパ球浸潤の程度を評価
- 唾液腺造影:唾液腺の導管の異常を評価
- 口腔検査
- ガムテスト:10分間ガムを噛んで分泌される唾液量を測定
- サクソンテスト:乾燥重量を測定したガーゼを2分間噛んで、増加した重量を測定
- 唾液腺シンチグラフィー:放射性同位元素を用いて唾液腺の機能を評価
- 眼科検査
- シルマーテスト:5分間で分泌される涙の量を測定
- ローズベンガル染色:角膜や結膜の障害を評価
- フルオレセイン染色:角膜の障害を評価
- 涙液層破壊時間(BUT):涙の安定性を評価
- 血液検査
これらの検査項目のうち、2つ以上のカテゴリーで陽性所見が認められれば、シェーグレン症候群と診断されます。また、他の膠原病の合併の有無により、「一次性シェーグレン症候群」(単独で発症)と「二次性シェーグレン症候群」(他の膠原病に合併)に分類されます。
さらに、病変の範囲によって「腺型」(外分泌腺のみに病変がある)と「腺外型」(全身の臓器にも病変がある)に分類されることもあります。
重症度の評価には、国際的な評価基準であるESSPRI(EULAR Sjögren’s Syndrome Patient Reported Index)とESSDAI(EULAR Sjögren’s Syndrome Disease Activity Index)が用いられます。これらの指標を用いることで、症状の活動性や治療効果を客観的に評価することができます。
シェーグレン症候群のaquaporin-5と水分泌機能の関連性
シェーグレン症候群の病態メカニズムを理解する上で、近年注目されているのが「アクアポリン-5(aquaporin-5、AQP5)」と呼ばれる水チャネルタンパク質です。これは、唾液腺や涙腺などの外分泌腺において水分の輸送に重要な役割を果たしています。
アクアポリン-5は、唾液腺腺房細胞の頂端膜(管腔側)に局在し、水分子を選択的に透過させることで唾液の分泌に寄与しています。シェーグレン症候群患者では、このアクアポリン-5の発現や局在に異常が生じていることが報告されています。
具体的には、正常な唾液腺では刺激に応じてアクアポリン-5が細胞質から頂端膜へと移動(トランスロケーション)することで水分泌が促進されますが、シェーグレン症候群患者ではこのトランスロケーションが障害されていることが示唆されています。また、アクアポリン-5の発現量自体が減少しているという報告もあります。
さらに興味深いことに、シェーグレン症候群患者の唾液腺では、matrix metalloproteinase-9(MMP-9)という酵素の発現が増加していることが報告されています。MMP-9は細胞外マトリックスを分解する酵素であり、炎症や組織リモデリングに関与しています。研究によれば、MMP-9の過剰発現がアクアポリン-5の機能障害と関連している可能性が示唆されています。
この知見は、シェーグレン症候群の新たな治療標的としてアクアポリン-5やMMP-9に注目した研究が進められる契機となっています。例えば、MMP-9の阻害剤やアクアポリン-5の発現・機能を促進する薬剤の開発が期待されています。
また、唾液腺導管細胞におけるアクアポリン-5の誘導機構を解明することで、シェーグレン症候群の唾液腺水分泌機能の再生を目指す研究も進められています。これらの研究は、現在の対症療法中心の治療から一歩進んだ、病態に基づいた根本的な治療法の開発につながる可能性を秘めています。
唾液腺腺房細胞におけるmatrix metalloproteinase-9抑制と導管細胞におけるaquaporin-5誘導機構に関する研究
このような分子レベルでの病態解明は、シェーグレン症候群の診断マーカーの開発や、より効果的な治療法の確立に寄与することが期待され