脂肪乳剤一覧と特徴・投与方法・代謝

脂肪乳剤一覧と特徴

脂肪乳剤の基本情報
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主成分

大豆油由来の長鎖脂肪酸トリグリセリド(LCT)

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乳化剤

精製卵黄レシチンを使用

エネルギー密度

高い非蛋白質熱量(9kcal/g)を提供

脂肪乳剤の歴史と開発経緯

脂肪乳剤の開発は、1929年に東北大学内科の山川章太郎教授によって世界で初めて成功しました。当時開発された「Yanol」は、肝油とバターを脂肪源とし、ドイツ・カールバム社製のレシチンを乳化剤として使用した6%脂肪乳剤でした。山川教授の「Ya」と野村利治博士の「no」を組み合わせて命名されたこの製剤は、現在の静注用脂肪乳剤の原則を確立した世界的な業績と評価されています。

その後、三共薬品が品川工場で製造を開始し、1箱(20アンプル)すべてにロット番号を付け、最初の1本で副作用が出現した場合は箱全体を破棄するという慎重な品質管理体制を敷いていました。

🏥 日本独自の技術開発

  • 「Fatgen」:京都大学で開発された製剤で、粒子径の小ささで注目
  • 「Intrafat」:木村信良先生らが開発に努力したが、スウェーデンからのIntralipid輸入許可と重複

現在使用されている脂肪乳剤の種類

現在日本で市販されている脂肪乳剤は、すべて大豆油由来となっています。主要な製剤には以下があります。

イントラリポス輸液

  • 10%製剤:250mL中に精製大豆油25g含有、約275kcal
  • 20%製剤:複数の容量規格(50mL、100mL、250mL)
    • 50mL:精製大豆油10g、約100kcal
    • 100mL:精製大豆油20g、約200kcal
    • 250mL:精製大豆油50g、約500kcal

    各製剤には精製卵黄レシチンが乳化剤として添加され、濃グリセリンによる浸透圧調整が行われています。10%製剤、20%製剤ともに浸透圧比は約1、pHは6.5-8.5に調製されています。

    💡 注目すべき特徴

    • 原料のダイズ油に由来する微量のビタミンK1を含有
    • 生体のカイロミクロンに似た構造の人工脂肪粒子が溶液内に浮遊

    エネフリード輸液

    脂肪乳剤も含有した新しいタイプの製剤として、最近多くの医療機関で採用が進んでいます。従来のビーフリードに脂肪乳剤が加わった形の製剤として位置づけられています。

    脂肪乳剤の投与速度と代謝

    脂肪乳剤の投与において最も重要な点は、適切な投与速度の設定です。添付文書では「10%液500mL・20%液250mLを3時間以上かけて点滴静注する」と記載されていますが、これは体重50kgで換算すると約0.33g/kg/hr以下となります。

    しかし、脂肪の代謝を考慮した場合、より緩徐な0.1g/kg/hr以下の投与速度が望ましいとされており、これが静脈経腸栄養ガイドラインでも推奨されています。

    ⚖️ 代謝メカニズム

    脂肪がエネルギーとして利用されるためには、以下のプロセスが必要です。

    • 血中に入った脂肪乳剤粒子がHDL(高比重リポ蛋白)から脂肪分解酵素(リポ蛋白リパーゼ)を獲得
    • 加水分解されて脂肪酸となる
    • 組織で代謝される

    投与速度が速すぎると、この代謝プロセスが追いつかず、血中脂質の増加や脂肪利用効率の低下を招きます。

    脂肪乳剤の有害事象と注意点

    脂肪乳剤の急速投与により以下の有害事象が起こり得ます。

    🚨 主な有害事象

    • 脂肪利用効率の低下
    • 血中脂質の増加:血清脂質濃度の上昇
    • 免疫能の低下
    • 悪心、嘔吐、顔面潮紅
    • 熱感、発熱
    • 頻脈、頻呼吸、胸部圧迫感
    • 静脈塞栓・静脈炎・血管痛

    感染患者への投与における注意

    感染している患者に対する脂肪乳剤投与については、投与しにくいという文献報告があるため、感染状態を考慮した慎重な判断が必要です。

    トリグリセリド値の監視

    脂肪乳剤の投与速度が早い場合、血中トリグリセリド(TG)値が上昇するため、定期的な検査による監視が重要です。

    脂肪乳剤の新規開発動向と将来展望

    海外での新しい脂肪乳剤開発

    ヨーロッパでは、従来の大豆油系から発展した様々な脂肪乳剤が開発されています。

    🌍 欧州で市販されている新世代脂肪乳剤

    • MCT/LCT脂肪乳剤:中鎖脂肪酸を添加し、炎症性プロスタグランディン産生を抑制
    • オリーブ油系製剤:ω-9系一価不飽和脂肪酸を含有
    • 魚油系製剤:ω-3系脂肪酸として術後侵襲軽減や感染予防効果を期待
    • Structured lipids製剤:人工的に構造を調整した脂肪酸

    日本での課題と今後の展望

    日本では、魚油系脂肪乳剤の普及が遅れている理由として、魚を原料とするため季節による抽出量の変動があり、日本の厳格な薬事承認基準に対応することの困難さが挙げられます。海外では一定の幅を持たせた許可が下りるのに対し、日本では正確な規格設定が求められるためです。

    必須脂肪酸バランスの重要性

    現在の脂肪乳剤開発では、n-6系とn-3系多価不飽和脂肪酸の適切な比率が重要視されています。必須脂肪酸欠乏症(EFAD)を予防しつつ、生体の炎症反応や免疫能に悪影響を与えない脂肪酸組成の実現が求められています。

    皮膚投与による新たな可能性

    興味深い研究として、EPAやDHAなどの高度不飽和脂肪酸は静注でなくても皮膚に塗布するだけで吸収され、血中濃度が上昇することが確認されています。この発見により、従来の静脈投与に代わる新しい投与法の可能性が示唆されています。

    東北大学病院による脂肪乳剤の代謝と投与速度に関する解説資料
    NPO法人PDNによる脂肪乳剤の種類と特徴に関する専門的解説