セレキシパグの作用機序とIP受容体選択性
セレキシパグは単独投与でも副作用が出る
セレキシパグの非プロスタノイド構造とIP受容体選択性
セレキシパグ(商品名:ウプトラビ)は、2016年に国内で承認された肺動脈性肺高血圧症治療薬です。本剤の最大の特徴は、世界初の非プロスタノイド骨格を持つプロスタサイクリン(PGI2)受容体作動薬であることです。
従来のプロスタサイクリン製剤であるエポプロステノールやベラプロストは、プロスタノイド構造を有していました。これに対してセレキシパグは、プロスタグランジンの構造を持たない独自の化学構造を有しながら、IP受容体に対して高い選択性を示します。この構造的特性により、従来製剤で課題となっていた半減期の短さや他のプロスタノイド受容体への非特異的作用が改善されました。
つまり化学構造が違います。
セレキシパグおよびその活性代謝物MRE-269は、ヒトIP受容体に選択的な結合能を有します。in vitro試験において、他のプロスタノイド受容体(EP、DP、FP、TP受容体など)に対する親和性は極めて低いことが確認されています。この高い選択性により、目的とする肺血管拡張作用を効率的に発揮しつつ、他の受容体を介した不要な副作用を最小限に抑えることが可能となっています。
日本新薬の製品情報ページでは、セレキシパグの作用機序について詳細な解説が提供されています。IP受容体選択性に関する基礎データを確認する際の参考資料として有用です。
セレキシパグのプロドラッグ特性と活性代謝物MRE-269の役割
セレキシパグは経口投与後、速やかに吸収され、体内で加水分解を受けて活性代謝物であるMRE-269に変換されます。この変換にはカルボキシルエステラーゼ1(CES1)が主として関与しており、プロドラッグとしての特性を有しています。
活性代謝物MRE-269こそが実際の薬理作用を担う本体です。
MRE-269の消失半減期は約6.2~13.5時間と比較的長く、セレキシパグ本体の半減期(0.8~2.5時間)と比較して著しく長いことが特徴です。この長い半減期により、1日2回の投与で安定した血中濃度を維持することができ、持続的な治療効果が期待できます。従来のベラプロストナトリウムが1日3回投与を必要としていたことと比較すると、服薬アドヒアランスの改善につながる大きな利点といえます。
血中濃度の推移を見ると、MRE-269は投与後3~4時間で最高血中濃度に達し、その後緩やかに減少していきます。このような薬物動態プロファイルにより、投与間隔を通じて治療域を維持できる設計となっています。
プロドラッグ型のメリットは明確です。本体であるセレキシパグは速やかに代謝され、活性体であるMRE-269として長時間作用することで、薬効の持続性と安全性のバランスが最適化されています。
セレキシパグのIP受容体刺激とcAMP産生増加機序
セレキシパグの活性代謝物MRE-269は、肺動脈平滑筋細胞や血小板上に存在するIP受容体に結合します。IP受容体はGタンパク質共役型受容体であり、受容体刺激によりアデニル酸シクラーゼが活性化されます。
この酵素活性化により、細胞内のサイクリックAMP(cAMP)濃度が濃度依存的に増加します。セレキシパグおよびMRE-269は、ヒトIP受容体に対してアゴニスト作用を示し、cAMP生成量を用量依存的に増加させることが確認されています。
cAMP増加が重要な鍵です。
細胞内cAMP濃度の上昇は、複数の下流シグナル伝達経路を活性化します。主な経路としてプロテインキナーゼA(PKA)の活性化があり、これにより平滑筋細胞内のカルシウムイオン濃度が低下し、筋弛緩が生じます。また、cAMPは細胞増殖に関わるシグナル経路も抑制することで、肺動脈平滑筋細胞のリモデリングを抑制する効果を発揮します。
さらに血小板においても、cAMP増加は血小板凝集を抑制する方向に働きます。これにより血栓形成リスクが軽減され、肺血管内の微小血栓による血流障害を予防する効果が期待されます。このように、cAMP増加を介した多面的な作用が、セレキシパグの治療効果の基盤となっています。
肺動脈性肺高血圧症の病態では、内因性プロスタサイクリンの産生低下や、その作用の減弱が認められます。セレキシパグはこの欠乏を補い、さらに従来のプロスタサイクリン製剤よりも安定した作用を提供することで、病態の進行を抑制します。
セレキシパグの代謝経路とCYP関連薬物相互作用
セレキシパグの代謝には、複数の酵素系が関与しています。まず経口投与後、カルボン酸アミド部位が加水分解され、活性代謝物MRE-269が生成されます。その後、MRE-269はさらに酸化的代謝やグルクロン酸抱合を受けて不活性代謝物となり、主に糞便中(約93%)および尿中(約12%)に排泄されます。
酸化的代謝にはCYP2C8とCYP3A4が主として関与しています。特にCYP2C8の寄与が大きく、この酵素を強く阻害する薬剤との併用時には注意が必要です。代表的な例として、ゲムフィブロジルとの併用により、MRE-269の血中濃度が大幅に上昇することが報告されています。
併用薬に注意が必要です。
クロピドグレルとの相互作用は特に重要な臨床課題です。当初、クロピドグレルが米国の薬物相互作用ガイドラインにおいてCYP2C8の強い阻害剤とされていたため、両剤の併用は禁忌とされていました。しかし、その後実施された薬物相互作用試験において、クロピドグレルのCYP2C8阻害作用は中等度であることが判明しました。
2020年6月、この新たな知見に基づき添付文書が改訂され、クロピドグレルとセレキシパグの併用は禁忌から併用注意へと変更されました。現在では、併用する場合にはセレキシパグの投与量を減量することで、安全に併用可能とされています。具体的には、クロピドグレル投与中にセレキシパグを開始する際は、1日1回投与から開始するなどの減量を考慮します。
心血管疾患を合併する肺高血圧症患者では、抗血小板薬の併用が必要となる場面が少なくありません。このような臨床状況において、適切な用量調整により両剤を併用できるようになったことは、治療選択肢の拡大という点で大きな意義があります。
グルクロン酸抱合にはUGT1A3およびUGT2B7が主に関与しています。また、セレキシパグとMRE-269はOATP1B1、OATP1B3、P糖タンパク質の基質でもあるため、これらのトランスポーターを阻害する薬剤との併用時にも血中濃度が上昇する可能性があります。
PMDAの審査報告書には、セレキシパグの詳細な薬物動態データと代謝経路に関する情報が掲載されています。薬物相互作用を評価する際の信頼性の高い情報源として参照できます。
セレキシパグの肺動脈平滑筋弛緩と血管リモデリング抑制作用
セレキシパグによるIP受容体刺激は、肺動脈において複数の有益な作用をもたらします。最も直接的な効果は血管平滑筋の弛緩作用です。前述のcAMP増加によりPKAが活性化されると、平滑筋細胞内のカルシウムイオンの細胞外への排出や、細胞内貯蔵部位への取り込みが促進されます。
カルシウムイオン濃度の低下は、ミオシン軽鎖の脱リン酸化を引き起こし、アクチン-ミオシン相互作用が解除されることで筋弛緩が生じます。これにより肺動脈が拡張し、肺血管抵抗が低下することで、右室後負荷が軽減されます。
血管拡張だけではありません。
肺動脈性肺高血圧症の病態において、肺動脈平滑筋細胞の異常増殖は重要な病態機序の一つです。血管の内腔が細胞増殖により狭小化し、血流抵抗が増大します。セレキシパグは、この病的リモデリングに対しても抑制作用を示します。
in vitro試験において、MRE-269は血小板由来増殖因子(PDGF)で刺激したヒト肺動脈平滑筋細胞の増殖を濃度依存的に抑制することが確認されています。具体的には、細胞周期の進行を停止させ、DNAの合成とチミジンの取り込みを抑制することで、細胞増殖が阻害されます。
動物実験においても、セレキシパグ投与により肺動脈の肥厚が抑制され、血管壁の構造的変化が改善することが報告されています。モノクロタリン誘発肺高血圧ラットモデルでは、セレキシパグ投与群において肺動脈中膜の肥厚が有意に抑制され、肺血管のリモデリングが改善しました。
このような血管リモデリング抑制作用は、急性的な血管拡張作用とは異なり、長期的な治療効果に寄与します。肺動脈性肺高血圧症は進行性の疾患であり、病態の進行を抑制することが予後改善につながります。セレキシパグの持続的投与により、血管構造の病的変化を遅延させることが期待されます。
臨床試験であるGRIPHON試験では、セレキシパグ投与により病態悪化イベント(死亡、入院、疾患進行)のリスクが約40%低減することが示されました。この結果は、血管拡張作用に加えて、抗リモデリング作用が臨床アウトカムの改善に貢献していることを示唆しています。
肺動脈性肺高血圧症の治療では、エンドセリン受容体拮抗薬やPDE5阻害薬など、異なる作用機序を持つ薬剤との併用療法が推奨されています。セレキシパグをこれらの薬剤と併用することで、相加的あるいは相乗的な治療効果が期待でき、より包括的な病態制御が可能となります。