先天性胆汁酸代謝異常症治療薬一覧
先天性胆汁酸代謝異常症の病態と治療の必要性
先天性胆汁酸代謝異常症は、肝臓においてコレステロールから胆汁酸への生合成経路に関与する酵素のいずれかが遺伝的に欠損することで発症する希少疾患です。この疾患では、胆汁酸生合成過程の中間代謝物(異常胆汁酸または胆汁アルコール)が肝細胞内に蓄積し、進行性の肝機能障害を引き起こします。
この疾患の特徴として、以下の病態が挙げられます。
- 毒性のある中間代謝物の肝細胞内蓄積
- 必要不可欠な胆汁酸を自ら生合成できない
- 重篤な胆汁うっ滞性肝疾患(通常は乳児期に発症)
- 小児後期または成人期に発症する進行性の神経系疾患
- 脂溶性ビタミン欠乏症
適切な治療を行わなければ、肝硬変や肝不全により死亡に至るケースも少なくありません。そのため、早期診断と適切な治療介入が極めて重要です。患者数は非常に少なく、原因不明の胆汁うっ滞症のおよそ1~2.5%、または5%程度と言われています。
先天性胆汁酸代謝異常症は小児慢性特定疾病の対象疾病(38)に指定されており、医療費助成の対象となっています。
先天性胆汁酸代謝異常症治療薬オファコルの特徴と作用機序
オファコルカプセル50mg(一般名:コール酸)は、2023年3月27日に日本で製造販売承認を取得し、同年6月19日より販売が開始された先天性胆汁酸代謝異常症治療薬です。株式会社レクメドが製造販売を行っており、日本で初めて先天性胆汁酸代謝異常症に対する適応を取得した薬剤として注目されています。
【オファコルの基本情報】
- 製品名:オファコルカプセル50mg
- 一般名:コール酸
- 製造販売:株式会社レクメド
- 薬価:12,596円/カプセル
- 規制区分:処方箋医薬品
- 希少疾病用医薬品指定:指定番号(R2薬)第481号
【作用機序】
コール酸はヒトの肝臓で生合成される一次胆汁酸の主要成分です。先天性胆汁酸代謝異常症患者では、以下の3つの主要な作用機序により治療効果を発揮します。
- 胆汁酸合成を促進する酵素であるコレステロール7α-ヒドロキシラーゼ(CYP7A1)の発現を抑制することで、異常な胆汁酸の産生を抑制します。
- 胆汁の流れを賦活化し、異常な胆汁酸やビリルビンを含む毒性物質の肝クリアランスを促進することにより、生化学的および組織学的異常を回復させ、肝機能を改善します。
- 脂溶性ビタミンと脂肪の吸収を促進することにより、成長阻害を改善します。
【用法・用量】
通常、1日量5~15mg/kgを1回または数回に分けて食事中に経口投与します。患者の状態に応じて適宜増減することが可能です。
臨床試験では、3β-HSD欠損症およびΔ4-3-oxoR欠損症の患者において、血清中のトランスアミナーゼ(AST、ALT)の改善や尿中・血清中の異常代謝産物の減少が確認されています。
先天性胆汁酸代謝異常症治療薬リブマーリの効能効果と用法用量
リブマーリ内用液10mg/mL(一般名:マラリキシバット塩化物)は、2025年3月に武田薬品工業株式会社により承認が了承された新規の胆汁酸トランスポーター(IBAT)阻害薬です。アラジール症候群および進行性家族性肝内胆汁うっ滞症における胆汁うっ滞に伴うそう痒を適応症としています。
【リブマーリの基本情報】
- 製品名:リブマーリ内用液10mg/mL
- 一般名:マラリキシバット塩化物
- 製造販売:武田薬品工業株式会社
- 製品名の由来:海外に準じた
【作用機序】
マラリキシバットは胆汁酸トランスポーター(IBAT)阻害薬に分類されます。IBATは回腸末端部に発現するトランスポーターで、腸管内の胆汁酸を再吸収する役割を担っています。マラリキシバットはこのIBATを阻害することで、胆汁酸の再吸収を抑制し、糞便中への排泄を促進します。これにより、体内の胆汁酸プールを減少させ、胆汁うっ滞に伴うそう痒などの症状を改善します。
類薬としては、慢性便秘症に使用されるグーフィス(エロビキシバット)があります。
【用法・用量】
〈アラジール症候群〉
通常、マラリキシバット塩化物として、200μg/kgを1日1回食前に経口投与します。1週間後、400μg/kg 1日1回に増量します。
〈進行性家族性肝内胆汁うっ滞症〉
通常、マラリキシバット塩化物として、300μg/kgを1日1回食前に経口投与します。1週間後、1回300μg/kg 1日2回に増量します。さらに、1週間後、1回600μg/kg 1日2回に増量します。
リブマーリは、オファコルとは異なり、胆汁酸の補充ではなく、胆汁酸の体内循環を調節することで効果を発揮する薬剤です。特に胆汁うっ滞に伴うそう痒感の緩和に焦点を当てた治療薬として位置づけられています。
先天性胆汁酸代謝異常症治療薬の相互作用と注意点
先天性胆汁酸代謝異常症の治療薬は、他の薬剤との相互作用や使用上の注意点を理解することが重要です。特にオファコル(コール酸)を中心に、臨床上重要な相互作用と注意点を解説します。
【薬物相互作用】
- フェノバルビタール(フェノバール等)、プリミドン
- 肝毒性のある胆汁酸異常代謝産物が増加し、肝トランスアミナーゼの上昇が認められることがあります
- これらの薬剤は内因性の一次胆汁酸のプールサイズおよび合成速度を増加させ、原疾患を悪化させるおそれがあります
- 治療上の有益性が危険性を上回る場合のみ併用を検討します
- シクロスポリン
- 胆汁酸の肝臓取込みおよび肝胆汁分泌を阻害することから、コール酸の薬物動態を変化させるおそれがあります
- 投与する場合は、総胆汁酸濃度を慎重にモニタリングし、必要に応じて用量を調整します
- 血清または尿中における各胆汁酸(コール酸や胆汁酸異常代謝産物を含む)の濃度も確認することが推奨されます
- コレスチラミン、コレスチミド
- 陰イオン交換樹脂であるこれらの薬剤はコール酸を吸着するため、吸収が阻害されるおそれがあります
- 可能な限り間隔をあけて投与することが推奨されます
- 制酸剤(水酸化アルミニウムゲル等)
- アルミニウムを含有する制酸剤はコール酸を吸着するため、吸収が阻害されるおそれがあります
- 可能な限り間隔をあけて投与することが推奨されます
- ウルソデオキシコール酸
- コール酸およびウルソデオキシコール酸の吸収が競合するおそれがあります
- 可能な限り間隔をあけて投与することが推奨されます
- エロビキシバット
- 回腸末端部に発現する胆汁酸トランスポーター(IBAT)阻害作用により、コール酸の吸収が阻害されるおそれがあります
- コール酸の効果が減弱する可能性があります
【副作用】
オファコル(コール酸)の主な副作用には以下のものがあります。
リブマーリ(マラリキシバット)については、IBAT阻害薬としての特性から、下痢などの消化器症状に注意が必要です。
治療薬の使用にあたっては、定期的な肝機能検査や胆汁酸プロファイルの評価が重要であり、異常が認められた場合は用量調整や治療方針の見直しを検討する必要があります。
先天性胆汁酸代謝異常症治療薬の診断と早期介入の重要性
先天性胆汁酸代謝異常症の治療において、早期診断と適切な治療介入は予後を大きく左右します。診断から治療までのプロセスと早期介入の重要性について解説します。
【診断プロセス】
先天性胆汁酸代謝異常症の診断は、以下のステップで行われます。
- 臨床症状の評価
- 新生児・乳児期の胆汁うっ滞
- 肝機能障害(トランスアミナーゼ上昇、ビリルビン上昇)
- 脂溶性ビタミン欠乏症状
- 成長障害
- 生化学的検査
- 血清総胆汁酸濃度の測定
- 尿中胆汁酸プロファイルの分析
- 異常胆汁酸または胆汁アルコールの検出
- 遺伝子解析
- 胆汁酸生合成に関わる酵素遺伝子の変異解析
- 3β-Hydroxy-Δ5-C27-steroid oxidoreductase(3β-HSD)欠損
- Δ4-3-Oxosteroid-5β-reductase(Δ4-3-oxoR)欠損
- Sterol 27-hydroxylase欠損(脳腱黄色腫症として発症)
- 2-methylacyl-CoA racemase(AMACR)欠損
- Cholesterol 7α-hydroxylase(CYP7A1)欠損
【早期介入の重要性】
先天性胆汁酸代謝異常症は進行性の疾患であり、早期に適切な治療を開始することで以下の効果が期待できます。
- 肝機能障害の進行抑制
- 肝硬変・肝不全への進展予防
- 神経学的合併症の予防
- 成長発達の促進
- 生活の質(QOL)の向上
- 長期生存率の改善
臨床研究では、診断から治療開始までの期間が短いほど、肝機能の改善率が高く、長期予後が良好であることが報告されています。特に乳児期に発症した症例では、早期の治療介入により肝移植を回避できる可能性が高まります。
【治療効果のモニタリング】
治療開始後は、以下の項目を定期的にモニタリングすることが重要です。
- 肝機能検査(AST、ALT、γ-GTP、ビリルビン)
- 血清総胆汁酸濃度
- 尿中・血清中の異常胆汁酸プロファイル
- 脂溶性ビタミン(A、D、E、K)の血中濃度
- 成長発達の評価
臨床試験では、オファコル(コール酸)による治療開始後26週および74週で、尿中・血清中の異常代謝産物の減少と肝機能検査値の改善が確認されています。
先天性胆汁酸代謝異常症は超希少疾患であるため、診断が遅れることも少なくありません。原因不明の胆汁うっ滞や肝機能障害を呈する小児では、本疾患の可能性を考慮し、専門施設での精査を検討することが重要です。
先天性胆汁酸代謝異常症治療薬の国際的動向と今後の展望
先天性胆汁酸代謝異常症の治療薬に関する国際的な動向と、今後の治療展望について考察します。
【国際的な治療ガイドラインと承認状況】
先天性胆汁酸代謝異常症に対する治療アプローチは、国や地域によって異なります。
- 欧州。
- 2013年にOrphacolとして最初にコール酸が承認
- 3β-HSD欠損症およびΔ4-3-oxoR欠損症が適応
- 後にKolbamとして他の胆汁酸代謝異常症にも適応拡大
- 米国。
- 2015年にCholicaとしてコール酸が承認
- 単一酵素欠損による先天性胆汁酸代謝異常症全般が適応
- 日本。
- 2023年6月にオファコルとして初めてコール酸が承認・販売開始
- 2025年3月にリブマーリ(マラリキシバット)が承認了承
欧米では、コール酸製剤は長年にわたる臨床研究と使用実績に基づき、先天性胆汁酸代謝異常症の標準的治療法として確立されています。日本では、医療上の必要性の高い未承認薬として開発企業の募集が行われ、株式会社レクメドがフランスのLaboratoires CTRS社(現THERAVIA社)との共同開発により国内第3相試験を実施し、承認を取得しました。
【治療薬の選択と個別化医療】
先天性胆汁酸代謝異常症は、欠損している酵素の種類によって病態が異なるため、治療アプローチも個別化する必要があります。
- 3β-HSD欠損症およびΔ4-3-oxoR欠損症。
- コール酸(オファコル)が第一選択
- 胆汁酸生合成の最終段階の酵素欠損のため、コール酸補充が効果的
- Sterol 27-hydroxylase欠損症(脳腱黄色腫症)。
- コール酸とケノデオキシコール酸の併用が有効な場合も
- 神経学的症状に対する早期介入が重要
- 2-methylacyl-CoA racemase欠損症。
- コール酸による治療が基本
- 神経学的症状への対応も必要
- Cholesterol 7α-hydroxylase欠損症。
- コール酸による治療が基本
- 高コレステロール血症への対応も必要
【今後の研究開発の方向性】
先天性胆汁酸代謝異常症の治療に関する今後の研究開発の方向性としては、以下のような取り組みが期待されます。
- 新規治療薬の開発
- より特異的な作用機序を持つ胆汁酸アナログの開発
- 胆汁酸シグナル伝達を標的とした治療薬の研究
- 診断技術の向上
- 質量分析法を用いた高感度な胆汁酸プロファイリング技術の普及
- 新生児マススクリーニングへの導入検討
- 遺伝子治療の可能性
- 欠損酵素の遺伝子導入による根本的治療法の研究
- CRISPR-Cas9などのゲノム編集技術の応用
- 長期予後の評価
- 治療介入による長期的な効果と安全性の評価
- レジストリ研究による希少疾患データの蓄積
日本では、オファコルの承認条件として「国内での治験症例が極めて限られていることから、製造販売後、一定数の症例に係るデータが集積されるまでの間は、全症例を対象に使用成績調査を実施することにより、本剤使用患者の背景情報を把握するとともに、本剤の安全性及び有効性に関するデータを早期に収集し、本剤の適正使用に必要な措置を講じること」が付されており、今後の使用経験の蓄積により、日本人患者における有効性・安全性データが集積されることが期待されています。
先天性胆汁酸代謝異常症は超希少疾患であるため、国際的な協力体制のもとでの研究推進が重要です。患者レジストリの構築や治療ガイドラインの国際標準化により、診断・治療の質の向上が期待されます。