先天鎌状網膜剥離と診断と治療
<% index %>
先天鎌状網膜剥離の網膜ひだと病態
先天鎌状網膜剥離は、古典的には「congenital retinal fold(先天性網膜襞)」として記載され、臨床的には“乳頭から末梢へ向かう索状隆起(ひだ)+牽引性の網膜剥離成分”として遭遇することが多い。
近年の小児硝子体網膜領域では、この「網膜ひだ」は特定疾患名というより、胎内〜周産期に成立した増殖・牽引の結果としての形態(表現型)として位置づける考え方が強い。実際、家族性滲出性硝子体網膜症(FEVR)などでも「網膜ひだ(鎌状剥離型)」が診断基準の随伴所見に含まれ、原因疾患が一つに限られないことが示唆される。
病態を理解するうえで重要なのは、単純な“網膜が剥がれた”ではなく、「網膜が短縮し、折り畳まれるように牽引される」点である。日眼会誌のFEVR手引きでも、線維血管増殖組織の収縮・牽引が高度になると、網膜は周辺へ強く牽引されつつ円周方向に束ねられ、乳頭から線維血管増殖組織へ索状に見える「網膜ひだ」を形成すると説明されている。
この視点に立つと、診察では“ひだの起点・終点、ひだに巻き込まれる後極(黄斑の有無・偏位)、牽引乳頭、周辺部無血管領域の有無”など、形態を構造化して記載しやすくなる。
また、患者説明では「網膜の一部が引っ張られて折れ曲がり、膜のような組織が絡んでいる状態」と言語化すると、保護者にも“裂け目(裂孔)だけを塞げば治る”タイプと違うことが伝わりやすい。
加えて、ひだが残存しても病勢(活動性)が鎮静化し、剥離進行が止まることが治療目標になり得る点を、早期から共有しておくと、長期フォローでの期待値調整にも役立つ。
先天鎌状網膜剥離の鑑別とPFVとFEVR
先天鎌状網膜剥離(網膜ひだ)を見たとき、実務で最も重要なのは「原因疾患を一段上のレイヤーで絞る」ことで、代表がPFV(persistence of fetal vasculature:硝子体血管系遺残)とFEVR(網膜血管形成不全)である。日眼会誌のFEVR手引きでも、網膜ひだの解釈はPFVとの鑑別で議論があったが、現在は“FEVRは網膜血管形成不全、PFVは硝子体血管の遺残を手掛かりに鑑別できる”と整理されている。
鑑別の第一歩は、周辺部の血管形成(無血管領域や血管先端異常)の有無を確認することだ。FEVRでは「網膜周辺部無血管領域」「血管先端の多分枝・異常吻合」「境界部の線維血管増殖瘢痕」が軸所見となり、蛍光眼底造影(広画角)が有用とされる。さらに、FEVRは家族内・左右眼で表現型が多彩で、片眼にひだや剥離を見たら僚眼精査が必須、という注意点も手引きに明記されている。
一方、PFVでは“硝子体内のヒアロイド血管系が退縮せず、視神経乳頭から水晶体後面へ向かう茎(stalk)や牽引、網膜ひだ、網膜剥離を伴う”という構図で理解すると整理しやすい。臨床的には小眼球、白内障、後極の牽引所見、超音波での索状エコーなどが手掛かりになりやすい。
ここで落とし穴になりがちなのが、「網膜ひだ=FEVR」と短絡すること、逆に「白色索状物=全部PFV」と決めつけることである。胎内環境(虚血・感染)や他の先天異常でも網膜血管形成不全様所見やひだが生じ得ることが、FEVR手引きの鑑別章でも触れられている。
実践的には、次のように“決め手”を分けると判断がぶれにくい。
- FEVR側の決め手:周辺部無血管領域、血管先端異常、家族歴・遺伝背景(ただし孤発例も多い)。
- PFV側の決め手:硝子体血管遺残(乳頭〜水晶体後面への茎)、小眼球、前眼部異常(症例により)。
- 共通の注意:どちらも牽引・剥離・出血・白内障・緑内障など合併が起こり得るため、「今どこが活動性で、何が視機能を決めているか」を分解して評価する。
参考:FEVRの疾患概念・鑑別(PFVとの整理、網膜ひだの位置づけ、診断・治療・定期検査)
https://www.nichigan.or.jp/Portals/0/resources/member/guideline/fevr.pdf
先天鎌状網膜剥離の診断とOCTと超音波
診断は「眼底で見えるひだ」を起点にしつつ、画像で“牽引の向き・深さ・合併所見”を立体的に詰めると、治療選択の精度が上がる。小児では散瞳眼底検査に加え、必要に応じて広画角の蛍光眼底造影、Bモード超音波、(可能なら)OCTが組み合わされる。FEVR手引きでも、診断はまず眼底検査でほぼ可能で、FAで無血管領域や異常吻合、線維血管増殖からの漏出(活動性)評価ができる、とされている。
OCTは乳幼児では撮像条件が制限されるが、撮れた場合のメリットは大きい。網膜ひだは“折り畳まれた牽引性剥離”であり、黄斑が巻き込まれているか、後極構造(黄斑形成の有無、網膜層構造)が残っているかが視力予後と直結する。FEVR手引きでも、黄斑の障害程度や「黄斑が存在しない」表現型が重症化の指標として整理され、ひだに黄斑が巻き込まれる場合は視力が不良になりやすいと記載されている。
超音波は、混濁(白内障、硝子体出血)で眼底が見えにくいときの“全剥離か、限局か、索状牽引がどこからどこへ走るか”の確認に役立つ。PFVが疑わしい場合には、乳頭側から水晶体後面方向へ伸びる索状構造や、局所的な牽引・隆起を捉えられることがある。
また、画像評価の実務上のポイントは「剥離の型」を言い当てることより、「裂孔原性成分が疑わしいか(裂孔形成リスクがある状況か)」を拾うことだ。FEVRでは無血管領域や線維血管増殖瘢痕の麓に裂孔が形成され、裂孔の発見が難しいことがある、と手引きで注意喚起されている。
診断の型を固めるための所見チェック(外来メモ用)
- 眼底:乳頭起点の索状隆起、牽引乳頭、黄斑偏位、後極の巻き込み、周辺部の無血管領域、滲出の有無。
- FA:無血管領域の範囲、血管先端の多分枝・吻合、漏出(活動性)、新生血管の有無。
- OCT:黄斑構造、ひだ内部の層構造の破綻、牽引方向、網膜下液の分布。
- 超音波:混濁例の剥離範囲、索状構造、全剥離の有無。
先天鎌状網膜剥離の治療と硝子体手術
治療は、(1)活動性(進行している牽引・滲出・新生血管)への介入、(2)裂孔原性網膜剥離の合併対応、(3)視機能を規定する後極の保護、の3本立てで考えると破綻しにくい。FEVR手引きでは、活動性や再燃がある場合は無血管領域への汎網膜光凝固を行い、牽引の除去や血管新生因子の洗浄に硝子体手術が有効になり得る一方、線維血管増殖組織と網膜の癒着が強く除去が難しい点が強調されている。
また、先天鎌状網膜剥離(網膜ひだ)を「外壁(強膜)と網膜面積の不均衡」という発想で捉えると、手術戦略が変わる場合がある。日眼会誌の難治性網膜剥離の講演では、先天性網膜襞(PFVに関連する状況)などで網膜短縮が強いケースでは、網膜切開を安易に主手段にせず、強膜短縮(切除短縮)やバックリングなど“外壁側の調整”が適応になり得る、という治療原理が述べられている。
特に、網膜ひだに裂孔が合併している場合、裂孔が「ひだ(鎌状剥離)の襞に沿って生じることが多い」という記載があり、ひだに沿った強膜切除短縮や子午線方向バックル+硝子体手術といった組み合わせが提示されている。
ここが臨床での重要ポイントで、ひだを“切って伸ばす(網膜切開)”戦略は、網膜短縮と増殖を助長し、かえって裂孔が巨大化したり、ひだ部分が復位しない事態を招き得る、と同講演で警鐘が鳴らされている。つまり、先天鎌状網膜剥離の文脈では「何を切るか」より「何を切らないか」が転帰を左右することがある。
もちろん、現実には症例ごとに病態が混在し、硝子体手術が必要な場面は少なくない。FEVR手引きでも、裂孔原性網膜剥離では牽引が関与する場合に硝子体手術、場合により強膜バックリングが有効とされ、広い凝固が望ましいなど、併用戦略が示されている。
治療を組み立てるときの実務的な分岐(医療者向け)
- 活動性が強い(滲出・漏出・血管拡張蛇行など):無血管領域への凝固+必要なら硝子体手術(牽引解除)を検討。
- 進行する牽引で黄斑が脅かされる:手術適応を早めに検討し、術式は“癒着が強い前提”で計画。
- 裂孔原性成分が疑わしい:裂孔探索困難を前提に、周辺の形成不全領域も含めた治療計画(凝固範囲、バックル併用)を検討。
- 先天的短縮が主体に見える(網膜ひだが強固、外壁不均衡が疑わしい):網膜切開を短絡せず、強膜短縮・バックル等の外壁側戦略も選択肢に入れる。
参考:難治性網膜剥離(PFV/FEVR/ROPなどの網膜ひだ・鎌状剥離に対する手術原理、強膜短縮と網膜切開回避の考え方)
https://www.nichigan.or.jp/Portals/0/JJOS_PDF/107_768.pdf
先天鎌状網膜剥離の長期フォローと独自視点の説明設計
先天鎌状網膜剥離(網膜ひだ)を長期で診るとき、医療者が陥りやすいのは「先天だから固定」とみなすことだ。FEVR手引きでは、疾患の多くは胎内で活動期が終了していても、出生後に活動が続く例や、成長期に再燃する例があり、再燃は10代後半まで起こり得るとされ、定期検査の必要性が明記されている。
さらに、裂孔原性網膜剥離、白内障、緑内障などの晩期合併症が生涯にわたり起こり得るため、停止性疾患と考えずフォローする、という姿勢が重要になる。
ここからが“検索上位に出にくいが現場では効く”独自視点で、長期フォローを成立させる鍵は「説明設計(コミュニケーションの設計)」にある。
小児疾患のフォロー中断の理由は、単に通院負担だけでなく、保護者が「手術してもひだは残る」「視力がすぐには上がらない」「左右差が大きい」などの情報を断片的に受け取り、期待値が崩れてしまうことが多い。そこで初期説明の時点で、次の3点を“医学的に正確な範囲で”明文化しておくと、通院継続率が上がりやすい。
説明設計のポイント(独自視点:医療安全とアドヒアランスの橋渡し)
- ゴールの二層化。
- 第1ゴール:進行(剥離拡大・再燃・出血)を止める。
- 第2ゴール:可能なら視機能を伸ばす(弱視対応や屈折管理を含む)。
- 「残る所見」を先に言う:ひだの形態が残っても病勢が落ち着けば成功、という言葉を最初に出す。FEVR手引きでも、ひだを伴う重症度・黄斑の巻き込みが視力に影響する整理があり、形態が予後を規定し得る点を踏まえて説明する。
- 再燃のサインを共有:滲出・出血・斜視の変化など、保護者が気づけるサインを具体化し、受診トリガーにする(「様子見」の期間を短縮できる)。
フォローで押さえる合併症(チェックリスト)
- 再燃:FAで漏出、眼底で滲出、血管拡張蛇行。
- 裂孔原性網膜剥離:無血管領域や瘢痕の麓の裂孔(発見困難になり得る)。
- 前眼部合併:白内障、浅前房・閉塞隅角緑内障(病態により)。
- 生活の節目:就学・進学で通院が切れやすいので、その前に次回予約の意味付けを再提示する。
このように、先天鎌状網膜剥離は「診断名」だけで完結せず、PFV/FEVRなど背景疾患の鑑別、活動性の見極め、外壁側の発想を含む術式選択、そして再燃・晩期合併症を見据えた説明設計まで含めて初めて、臨床の質が安定する。