咳嗽 症状と治療方法
咳嗽の分類と原因疾患の特徴
咳嗽は持続期間によって、急性咳嗽(3週間未満)、遷延性咳嗽(3〜8週間)、慢性咳嗽(8週間以上)に分類されます。また、痰の有無によって乾性咳嗽と湿性咳嗽に分けられます。これらの分類は治療方針を決定する上で重要な指標となります。
慢性咳嗽はさらに「広義の」慢性咳嗽と「狭義の」慢性咳嗽に分類されます。広義の成人遷延性・慢性咳嗽は、呼吸器感染症、悪性疾患、喘息、慢性閉塞性肺疾患(COPD)など、原因が比較的容易に特定できる咳嗽を指します。一方、狭義の成人遷延性・慢性咳嗽は原因が容易に特定できない咳嗽であり、副鼻腔気管支症候群(SBS)、咳喘息、胃食道逆流症(GERD)、アトピー咳嗽/喉頭アレルギー、感染後咳嗽などが主な原因疾患として挙げられます。
日本における慢性咳嗽の三大原因疾患は、副鼻腔気管支症候群、アトピー咳嗽、咳喘息です。これらの疾患は欧米とは異なる特徴を持っており、日本人患者の診療においては特に注意が必要です。
咳嗽の診断基準と診療フローチャート
咳嗽の診断は、問診、身体所見、胸部X線写真などによる原因の特定から始まります。『咳嗽・喀痰の診療ガイドライン2019』では、成人遷延性・慢性咳嗽への対応フローチャートが示されています。
診断のアプローチとしては、まず医療面接、身体所見、胸部X線写真などで原因を推定します。原因が特定できる場合には、広義の慢性咳嗽として各原因疾患の診療ガイドラインに沿って治療を行います。原因が特定できない場合には、狭義の慢性咳嗽として、頻度の高い疾患を想定した治療的診断を進めます。
喀痰がある場合(湿性咳嗽)には、副鼻腔炎などの精査を行い、副鼻腔気管支症候群(SBS)の治療的診断を開始します。一方、喀痰を伴わない場合(乾性咳嗽)には、咳喘息やGERDなどの主要な疾患に焦点を当てた治療的診断を行います。
各疾患の診断基準は以下の通りです。
- 咳喘息(CVA)の診断基準。
- アトピー咳嗽の診断基準。
- 8週間以上の咽喉頭のイガイガ感を伴う乾性咳嗽
- アトピー素因または誘発喀痰中好酸球増加
- 気管支拡張薬が無効
- ヒスタミンH1受容体拮抗薬やステロイド薬が有効
- 胃食道逆流症(GERD)による咳嗽の診断基準。
- 会話、食事、起床、上半身の前屈などに伴う咳の悪化
- 胸やけ等の食道症状、咽喉頭症状を伴う
- PPI、消化管運動機能改善薬による治療が有効
- 副鼻腔気管支症候群(SBS)の診断基準。
- 感染後咳嗽の診断基準。
- 呼吸器感染症(特にかぜ症候群)の後に続く咳嗽
- 胸部X線写真で肺炎などの異常所見を示さない
- 通常、自然に軽快する
咳嗽の薬物療法と治療選択
咳嗽の治療は、原因疾患に対する特異的治療が基本です。特異的治療による効果が不十分な場合や、有効な治療法がなくQOLが低下している場合には、症状緩和を目的とした薬物療法を検討します。
原因疾患別の主な治療薬。
- 咳喘息。
- アトピー咳嗽。
- 第一選択薬:ヒスタミンH1受容体拮抗薬(有効率約60%)
- 効果不十分な場合:吸入ステロイド薬
- 重症例:経口ステロイド薬(プレドニゾロン20〜30mg/日)
- 副鼻腔気管支症候群(SBS)。
- 14・15員環マクロライド系抗菌薬
- 去痰薬(気道粘液調整・粘液正常化薬)
- 胃食道逆流症(GERD)による咳嗽。
- PPI(プロトンポンプ阻害薬)
- H2ブロッカー
- 消化管運動機能改善薬
- 生活習慣の改善(肥満・食生活の改善)
- 感染後咳嗽。
- 中枢性鎮咳薬
- ヒスタミンH1受容体拮抗薬
- 麦門冬湯
- 吸入および内服ステロイド薬
- 吸入抗コリン薬
急性咳嗽の治療は、その原因によって大きく異なります。風邪などのウイルス感染が原因の場合は対症療法が中心となり、細菌感染が原因の場合は抗菌薬を使用します。アレルギーが原因の場合は抗アレルギー薬を使用して治療を行います。
咳を鎮める薬には、中枢性鎮咳薬と末梢性鎮咳薬の2種類があります。中枢性鎮咳薬は脳の咳中枢に直接作用して咳を鎮めますが、眠気や呼吸抑制などの副作用に注意が必要です。末梢性鎮咳薬は気道の知覚神経に作用し、副作用が比較的少ないため安全に使用できます。
咳嗽・喀痰の診かたと薬物療法 – J-Stage(薬物療法の詳細について)
難治性慢性咳嗽の新たな治療アプローチ
原因と考えられる疾患に対する治療を十分に行っても咳嗽が改善しない場合は、難治性の慢性咳嗽の可能性を考慮する必要があります。このような場合には、追加の治療や生活習慣の見直しが重要となります。
最近注目されている新たな治療アプローチとして、P2X3受容体拮抗薬(リフヌア錠)があります。この薬剤は、気道内のATP(アデノシン三リン酸)がP2X3受容体に結合することで生じる咳嗽を抑制する作用があります。せきは、気道内のATPという物質がP2X3受容体に結合することで、受容体が開いて陽イオン(カチオン)が通過し、その刺激が神経を伝わって起きることがあります。リフヌア錠は、P2X3受容体に作用して刺激が伝わるのを防ぐことで、せきを抑える効果があると考えられています。
ただし、この薬剤は咳の原因の根本解決にはならず、気管支吸入ステロイド薬が効くまで待てないほどの辛い咳を一時的に軽減するのに有効かもしれません。また、服用者の65%に味覚異常(味がわからなくなる)という副作用があることも報告されています。
難治性慢性咳嗽の管理には、薬物療法だけでなく、以下のような生活習慣や環境の見直しも重要です。
- 水分補給や鼻呼吸、腹式呼吸の習慣化
- 食事やカフェイン・アルコール摂取量の管理
- せきを我慢する習慣の獲得
- せきの誘因を自覚し可能な範囲で回避
- ストレス管理
その咳、おかしくないですか? | むこうがおかクリニック(P2X3受容体拮抗薬について)
咳嗽の評価方法とPRO(Patient Reported Outcome)
咳嗽の評価には、様々なPRO(Patient Reported Outcome)評価方法が推奨されています。『咳嗽・喀痰の診療ガイドライン2019』では、以下のような評価指標が示されています。
- 咳VAS(Visual Analogue Scale)。
- 患者が自分の咳の程度を「0:まったく気にならない」から「100:耐えられない」までの間で表現する主観的評価法
- 簡便であることから広く使用されている
- レスター咳質問票(LCQ: Leicester Cough Questionnaire)。
- 身体面・精神面・社会面の計19項目の質問
- 各質問について7段階で評価
- スコアが高いほどQOLは良好と判断
- 咳症状スコア。
- 昼間と夜間に分けて咳の頻度、強さ、全体的インパクトを評価
- 咳重症度日誌(CSD: Cough Severity Diary)。
- 7項目からなる簡便な日誌
- 咳の重症度とインパクトを評価
これらの評価方法を用いることで、咳嗽の重症度や治療効果を客観的に評価することができます。特に慢性咳嗽の患者では、治療前後でこれらの評価を行うことで、治療効果を定量的に把握することが可能となります。
診療 – 慢性咳嗽 Library(咳嗽の評価方法について詳細情報)
マイコプラズマ肺炎と感染後咳嗽の特徴
マイコプラズマ肺炎は、慢性咳嗽の原因となることがある重要な感染症です。主な初期症状は発熱や倦怠感、頭痛などで、子どもでは鼻水などの風邪のような症状が3〜5日続いた後にせきが出るのが典型的な経過です。
せきの特徴としては、初期は「コンコン」と乾いていますが、やがてたんが絡んだ「ゴボゴボ」に変わっていきます。進行すると炎症が肺に及んで肺炎になります。特に基礎疾患にぜんそくがある場合は、せきが2週間以上続くこともあります。
治療としては、原因菌に有効な抗菌薬が処方されます。おおむね抗菌薬で改善しますが、抗菌薬への反応が悪いタイプもあるため、治療を始めて2日ほどたっても改善しなければ、抗菌薬の変更などを検討する必要があります。
感染後咳嗽は、「呼吸器感染症(特にかぜ症候群)の後に続く、胸部X線写真で肺炎などの異常所見を示さず、通常、自然に軽快する遷延性ないし慢性咳嗽」と定義されます。診断は臨床的な所見が基本であり、①かぜ症候群が先行していること、②遷延性咳嗽あるいは慢性咳嗽を生じる他疾患が除外できること、③自然軽快傾向がある場合に診断されます。
感染後咳嗽の治療には、中枢性鎮咳薬、ヒスタミンH1受容体拮抗薬、麦門冬湯、吸入および内服ステロイド薬、吸入抗コリン薬などが有効とされています。治療後比較的すみやかに咳嗽が消失(4週間程度を目安)することが特徴です。
感染後の長引く咳に対しては、水分摂取と睡眠を心掛けることも大切です。また、乾燥やほこりを避けるなどの環境調整も症状改善に役立ちます。
せきが長引く例も~マイコプラズマ肺炎(こどもとおとなの医療情報)
咳嗽治療における漢方薬の役割と効果
咳嗽の治療において、西洋医学的ア