精巣腫瘍の症状と診断から治療まで
精巣腫瘍は、男性特有の臓器である精巣(睾丸)から発生する腫瘍です。発生率は人口10万人あたり1~2人と比較的まれですが、15~35歳の若年男性においては最も多い悪性腫瘍として知られています。精巣腫瘍の約90%以上が悪性であり、早期発見と適切な治療が非常に重要です。
精巣腫瘍の発症年齢は、乳幼児期と20~30歳代にかけて2つのピークがあり、40歳未満の罹患が全体の約3分の2を占めています。若年層に多いがんであるため、症状に気づいても受診をためらうケースが少なくありません。しかし、早期に治療を行うことで予後が大きく改善するため、異変を感じたら速やかに泌尿器科を受診することが推奨されます。
精巣腫瘍の主な症状と早期発見のポイント
精巣腫瘍の最も一般的な初発症状は、無痛性の精巣のしこりや腫れです。特徴的なのは、痛みや発熱を伴わないことが多いという点です。このため、小さな腫瘍の段階では気づきにくく、自己検診の重要性が強調されています。
精巣腫瘍は比較的短期間で増殖し、他の臓器に転移することがあります。転移が進行すると、以下のような症状が現れることがあります。
- リンパ節転移:腹部や首のリンパ節の腫れ
- 肺転移:咳、息切れ、血痰
- その他の臓器への転移による様々な全身症状
精巣腫瘍の早期発見には、定期的な自己検診が効果的です。入浴時などに陰嚢内の精巣を触診し、硬いしこりや腫れ、重さの変化などがないかを確認することが推奨されます。異常を感じた場合は、恥ずかしがらずに速やかに泌尿器科を受診しましょう。
精巣腫瘍は若年層に多いがんであるため、健康診断などでは見つかりにくいという特徴があります。自己検診の習慣化が早期発見の鍵となります。
精巣腫瘍の診断方法と鑑別診断のポイント
精巣腫瘍の診断は、以下のような検査を組み合わせて行われます。
- 触診:医師による精巣の触診で、腫瘍の有無や性状を確認します。
- 腫瘍マーカー検査:血液検査でAFP(アルファフェトプロテイン)、hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)、LDHなどの腫瘍マーカーを測定します。これらのマーカーが上昇していると、腫瘍の存在や量を推定することができます。
- 超音波検査:精巣内部の状態を詳細に観察し、腫瘍の有無や大きさを確認します。非侵襲的で痛みを伴わない検査です。
- CT検査・MRI検査:腫瘍の転移の有無や範囲を調べるために行われます。特に腹部リンパ節や肺への転移の有無を確認することが重要です。
- PET検査:より詳細な転移巣の検索に用いられることがあります。
精巣腫瘍の確定診断は、高位精巣摘除術で摘出した組織の病理学的検査によって行われます。この手術は診断と治療を兼ねており、腫瘍が疑われる精巣を鼠径部から摘出します。
精巣腫瘍と鑑別すべき疾患としては、以下のようなものがあります。
- 精巣上体炎:感染症による炎症で、急性期には痛みや発熱を伴うことが多いですが、慢性期には鑑別が難しい場合があります。
- 精巣炎:おたふく風邪などに伴って起こることが多く、精巣の痛みと腫れが特徴です。
- 陰嚢水腫・精液瘤:超音波検査で比較的容易に鑑別可能です。
- 精索静脈瘤:精巣静脈の拡張により、立位で増大する腫れが特徴です。
これらの疾患との鑑別は重要ですが、確定診断には専門医による総合的な判断が必要です。疑わしい症状がある場合は、自己判断せずに泌尿器科専門医に相談することが推奨されます。
精巣腫瘍の組織型とステージ分類について
精巣腫瘍の約95%は、精子を作るもとになる精母細胞(胚細胞)から発生します。そのため、精巣腫瘍は胚細胞腫瘍とも呼ばれています。組織型は大きく分けて「セミノーマ」と「非セミノーマ」の2種類に分類されます。
セミノーマ。
- 精巣腫瘍の約50~70%を占める最も一般的な組織型
- 比較的増殖速度が遅く、診断時に約80%がステージⅠ(精巣に限局)
- 放射線療法に対する感受性が高い
- 一般的に予後が良好
非セミノーマ。
- 胎児性がん、卵黄嚢腫瘍、絨毛がん、奇形腫などが含まれる
- セミノーマと比較して増殖や転移が早い傾向がある
- 放射線療法の効果が限定的
- セミノーマ細胞と非セミノーマ細胞の両方を含む混合型腫瘍は、非セミノーマとして治療される
精巣腫瘍のステージ(病期)分類には、日本泌尿器科学会病期分類、TNM分類、IGCCC分類などが用いられます。日本泌尿器科学会の病期分類では、以下のように分類されます。
- ステージⅠ:腫瘍が精巣に限局している(転移がない)
- ステージⅡ:横隔膜以下のリンパ節にのみ転移している
- ステージⅢ:遠隔転移がある
また、進行性精巣腫瘍に対しては、International Germ Cell Cancer Collaborative Group(IGCCCG)による予後分類も重要です。この分類では、腫瘍マーカーの値や転移部位などに基づいて、予後良好群、中間予後群、予後不良群の3つに分類されます。
これらの組織型とステージ分類は、治療方針の決定に重要な役割を果たします。精巣腫瘍は組織型やステージによって治療アプローチが大きく異なるため、正確な診断が治療成功の鍵となります。
精巣腫瘍の治療方針と予後について
精巣腫瘍の治療は、組織型とステージによって異なりますが、基本的にはすべての症例で高位精巣摘除術が行われます。この手術は診断と治療を兼ねており、腫瘍のある精巣を鼠径部から摘出します。手術時間は約1時間程度、入院期間は通常1週間以内です。
摘出した精巣の病理検査結果と、各種画像検査の結果に基づいて、以下のような追加治療が検討されます。
ステージⅠ(転移なし)の場合。
- セミノーマ:経過観察または予防的な放射線治療・化学療法(カルボプラチン単剤)
- 非セミノーマ:経過観察、後腹膜リンパ節郭清術、または予防的化学療法
ステージⅡ(リンパ節転移あり)の場合。
- セミノーマ:放射線治療または化学療法
- 非セミノーマ:化学療法、場合によっては後腹膜リンパ節郭清術
ステージⅢ(遠隔転移あり)の場合。
- 化学療法が主体(BEP療法:ブレオマイシン、エトポシド、シスプラチンの併用)
- 化学療法後の残存腫瘍に対する外科的切除
精巣腫瘍の予後は、一般的に他のがんと比較して良好です。特に早期発見された場合の治癒率は非常に高いとされています。ステージⅠの5年生存率はほぼ100%、ステージⅡでも70~90%、ステージⅢでも70~80%程度と報告されています。
精巣腫瘍の特徴として、抗がん剤による化学療法が非常に効果的であることが挙げられます。転移を有する進行性精巣腫瘍であっても、適切な化学療法によって約80%の症例で治癒が期待できます。特に、シスプラチンを含む化学療法の導入により、進行性精巣腫瘍の治療成績は劇的に向上しました。
治療後は定期的な経過観察が重要です。再発のリスクは治療後2年以内が最も高いため、この期間は特に注意深い観察が必要です。経過観察では、腫瘍マーカー検査、胸腹部CT検査などが定期的に行われます。
精巣腫瘍患者の生活の質と精巣温存の可能性
精巣腫瘍の治療では、片側の精巣を摘出することが一般的ですが、これによって生じる身体的・心理的影響について考慮することも重要です。
片側精巣摘除後の生活への影響。
- 片側の精巣のみの摘出であれば、残った精巣が正常に機能している限り、男性ホルモンの分泌や生殖機能は維持されます。
- 外見上の変化については、必要に応じて精巣プロテーゼ(人工精巣)の挿入も検討できます。
- 両側の精巣を摘出する場合は、男性ホルモン補充療法が必要となります。
妊孕性(生殖能力)の保存。
- 精巣腫瘍の治療、特に化学療法や放射線治療は、精子形成に影響を与える可能性があります。
- 治療開始前の精子凍結保存(スペルムバンキング)を検討することが推奨されます。
- 治療後も定期的に精液検査を行い、必要に応じて生殖医療専門家への相談が勧められます。
精巣温存手術の可能性。
近年、特定の条件を満たす症例では、精巣全摘出ではなく、腫瘍部分のみを切除する精巣温存手術(部分切除術)の可能性も検討されています。この手術は以下のような場合に考慮されることがあります。
- 両側精巣腫瘍の場合
- 単一精巣の小さな腫瘍
- 良性腫瘍が強く疑われる場合
ただし、精巣温存手術は慎重な症例選択が必要であり、すべての患者に適用できるわけではありません。また、術中迅速病理診断や術後の厳密な経過観察が必要となります。
精巣腫瘍の治療においては、がんの根治性を最優先としながらも、患者のQOL(生活の質)を考慮した総合的なアプローチが重要です。治療前には、担当医と十分に相談し、治療による影響や対応策について理解しておくことが望ましいでしょう。
精巣腫瘍は若年男性に多いがんであるため、長期的な生活への影響を考慮した治療計画が特に重要となります。治療後の生活や将来の妊娠・出産についての不安がある場合は、遠慮なく医療チームに相談することをお勧めします。
精巣腫瘍は早期発見と適切な治療により、高い確率で治癒が期待できるがんです。症状に気づいたら早めに専門医を受診し、正確な診断と最適な治療を受けることが重要です。また、治療後の生活の質を維持するための様々な選択肢についても、医療チームと相談しながら検討していくことをお勧めします。
精巣腫瘍の治療は日々進歩しており、より効果的で副作用の少ない治療法の開発が続けられています。最新の治療情報を得るためにも、専門医との連携が大切です。