生物学的製剤はなぜ高い?薬価と開発費、製造コストの仕組みを解説

生物学的製剤はなぜ高いのか

この記事でわかること
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巨額な研究開発費

10年以上の歳月と数千億円もの費用を要する、創薬の長く険しい道のりについて解説します。

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複雑な製造とコスト

生物由来だからこそ求められる、高度な製造技術と厳格な品質管理の実態を明らかにします。

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薬価算定の仕組み

日本の公定価格である「薬価」が、原価計算方式や類似薬効比較方式によってどう決まるのかを説明します。

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バイオシミラーとの違い

後続品であるバイオシミラーはなぜ安いのか、開発プロセスや薬価設定の違いから解説します。

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患者さんの自己負担

高額な治療費をサポートする高額療養費制度の仕組みと活用法について紹介します。

生物学的製剤の巨額な研究開発費と長い期間

 

生物学的製剤が高額である第一の理由は、その研究開発(R&D)に要する莫大な費用と長い期間にあります 。一つの新薬が患者さんの元に届くまでには、一般的に10年から15年以上の歳月と、数百億円から数千億円もの投資が必要とされています 。特に生物学的製剤は、低分子医薬品と比較して開発コストがさらに高騰する傾向にあります 。

創薬のプロセスは、基礎研究から始まり、非臨床試験(動物実験など)、そして3つのフェーズに分かれる臨床試験(治験)を経て、国の承認審査を通過するという、非常に長く険しい道のりです 。このプロセスの成功確率は極めて低く、研究開発の対象となった化合物のうち、最終的に医薬品として承認されるのは約2万5000分の1とも言われています。企業は、成功した一つの医薬品の費用だけでなく、開発途中で中止に至った数多くの「失敗」プロジェクトのコストも回収しなければなりません 。2020年のJAMAに掲載された研究では、新薬1剤あたりの研究開発投資額の中央値が約9億8530万ドル(当時のレートで約1080億円)に上ると推定されています 。この巨額な投資と高いリスクが、薬価に反映されているのです。

意外に知られていない点として、開発の後期段階、特に第Ⅲ相臨床試験では、数千人規模の患者を対象に長期間の有効性・安全性を検証するため、コストが飛躍的に増大します。また、生物学的製剤はターゲットとする疾患が複雑であることが多く、バイオマーカーの探索など、個別化医療に向けた追加の研究開発が必要となるケースも少なくありません。こうした要因が、開発費をさらに押し上げる一因となっています 。

以下の参考リンクは、医薬品開発のコストに関する包括的なレビュー論文です。研究開発費用の構成要素や、近年のコスト上昇の要因について詳細に分析されています。

R&D Costs of New Medicines: A Landscape Analysis

生物学的製剤の複雑な製造工程と厳しい品質管理がもたらすコスト

第二の理由は、化学合成で製造される低分子医薬品とは全く異なる、生物学的製剤特有の複雑な製造工程と、それに伴う厳格な品質管理にあります 。生物学的製剤は、遺伝子組換え技術を用いて、大腸菌や動物細胞といった「生き物」に目的のタンパク質を産生させて製造します 。

このプロセスには、以下のようなコスト要因が含まれます。

  • 大規模な設備投資: 細胞を培養するためには、温度やpH、酸素濃度などを精密に制御できる巨大なタンク(バイオリアクター)が必要です 。また、培養液から目的のタンパク質だけを分離・精製する工程にも、高度で高価な設備が求められます。これらの設備投資は数百億円規模に達することもあります。
  • 厳格な品質管理: 生き物の細胞を使うため、培養条件のわずかな違いによって、生成されるタンパク質の品質(糖鎖修飾など)が変動する可能性があります。常に同一品質の医薬品を製造するため、製造ロットごとに極めて厳格な品質試験が義務付けられています 。この品質管理コストが、製品価格の大きな部分を占めます。
  • 無菌環境の維持: 生物由来の製剤は、細菌などの微生物が混入(コンタミネーション)するリスクが常に伴います。製造施設全体で高度な無菌状態を維持するためのコストは計り知れません。

以下の表は、低分子医薬品と生物学的製剤の製造プロセスの違いをまとめたものです。

項目 低分子医薬品 生物学的製剤
製造方法 化学合成 生物の細胞を利用した培養・精製
構造 単純・低分子 複雑・高分子(タンパク質)
品質管理 比較的容易 極めて厳格・複雑
製造コスト 比較的低い 高い

このように、生物学的製剤はまるで「小さな工場」である細胞の機嫌を取りながら、細心の注意を払って製品を作り上げるようなものです。その繊細さと複雑さが、そのまま製造コストに直結しているのです。

生物学的製剤の薬価算定方法:原価計算方式と類似薬効比較方式とは

医薬品の価格、すなわち「薬価」は、製薬企業が自由に決められるわけではなく、厚生労働省の中央社会保険医療協議会(中医協)での審議を経て決定される公定価格です 。この薬価算定には、大きく分けて2つの方式があります。

  1. 類似薬効比較方式: すでに市場に存在する、効能や効果、作用機序が似ている薬(類似薬)の薬価を基準に、新規性や有用性などの補正を加えて価格を算定する方式です 。日本の薬価算定の基本原則とされています 。
  2. 原価計算方式: 比較すべき類似薬が存在しない、全く新しい画期的な医薬品(ピカ新)に用いられる算定方式です 。製品の製造原価、研究開発費、営業利益などを積み上げて薬価を算出します 。

生物学的製剤の多くは、従来にない作用機序を持つ画期的な新薬として登場するため、比較対象となる類似薬が存在しないケースが少なくありません。そのため、「原価計算方式」が適用されることが多くなります 。この方式では、前述した莫大な研究開発費や複雑な製造コストが薬価に直接反映されるため、結果として薬価が高額になる傾向があります 。

さらに、画期性や有用性が特に高いと認められた医薬品には「画期性加算」や「有用性加算」といったプレミアが付き、薬価がさらに上乗せされることがあります。生物学的製剤は、これまで有効な治療法のなかった疾患に対して劇的な効果を示すことがあり、こうした加算の対象となりやすいことも、薬価が高くなる一因です。薬価算定は非常に複雑なルールに基づいており、外国での価格を参考にする「外国平均価格調整」といった制度も存在します 。

以下の資料は、厚生労働省が公開している薬価算定の基準です。専門的ですが、薬価がどのようなルールで決められているかを知るための一次情報となります。

薬価算定の基準について

生物学的製剤とバイオシミラーの薬価の違い、そして今後の展望

高額な生物学的製剤(先行バイオ医薬品)の特許が切れた後に、他の製薬会社が製造・販売するのが「バイオシミラー(バイオ後続品)」です 。バイオシミラーは、先行バイオ医薬品と同等・同質の品質、安全性、有効性を持つ医薬品として承認されています。

バイオシミラーの薬価は、先行バイオ医薬品の原則70%に設定されます 。なぜ安くなるのかというと、新薬のような大規模な研究開発が不要で、開発費を大幅に抑えられるためです 。ただし、低分子医薬品のジェネリック医薬品(薬価は先行品の40%~50%程度)ほど安くはなりません 。これは、バイオシミラーが「シミラー(類似)」であることの証明、すなわち先行品との同等性・同質性を示すために、品質試験に加えて非臨床試験や臨床試験(比較試験)が必要となり、ジェネリック医薬品よりも開発にコストと時間がかかるためです 。

以下の表で、ジェネリック医薬品とバイオシミラーの違いを整理します。

項目 ジェネリック医薬品 バイオシミラー
先行品 低分子医薬品 生物学的製剤
特徴 先行品と同一の有効成分・構造 先行品と類似の構造・特性
開発費 低い(約1億円) 中程度(数十億円)
開発期間 短い(3~4年) 中程度(約8年)
承認時の薬価 先行品の40~50% 先行品の70%

バイオシミラーの普及は、患者さんの経済的負担を軽減するだけでなく、国の医療費全体の抑制にも繋がるため、厚生労働省も使用を促進しています。今後、多くの生物学的製剤で特許切れとバイオシミラーの登場が続くことで、治療の選択肢が広がり、高額な医療費という課題が少しずつ解決に向かうことが期待されています。

生物学的製剤の高額な治療費と高額療養費制度の活用法

生物学的製剤は、関節リウマチや炎症性腸疾患、乾癬、がんなど、様々な疾患の治療に革命をもたらしましたが、その薬価の高さから患者さんの自己負担額も高額になります 。例えば、関節リウマチの治療で生物学的製剤を使用した場合、3割負担の方で月々の薬剤費だけで3万円から7万円以上になることも珍しくありません 。

このような高額な医療費による家計への負担を軽減するために、日本の公的医療保険には「高額療養費制度」という仕組みがあります 。これは、1ヶ月(月の初めから終わりまで)に医療機関や薬局の窓口で支払った医療費が、年齢や所得に応じて定められた自己負担限度額を超えた場合に、その超えた金額が払い戻される制度です 。

自己負担限度額は、加入者が69歳以下か70歳以上か、また所得水準によって区分されています。例えば、69歳以下で標準的な所得(年収約370万~770万円)の方の場合、自己負担限度額は「80,100円+(医療費-267,000円)×1%」となります。さらに、直近12ヶ月間に3回以上上限額に達した場合は、4回目から「多数回該当」として上限額がさらに引き下げられます 。

高額療養費制度活用のポイント

  • 事前申請がおすすめ: 事前に加入している健康保険組合や市町村の国民健康保険窓口で「限度額適用認定証」の交付を受けておけば、医療機関の窓口での支払いを自己負担限度額までに抑えることができます。
  • 世帯合算が可能: 同じ健康保険に加入している家族の自己負担額を、1ヶ月単位で合算することができます。合算した額が自己負担限度額を超えれば、払い戻しの対象となります。
  • 対象は保険診療分のみ: 入院時の食事代や差額ベッド代、先進医療にかかる費用などは対象外です。

生物学的製剤による治療を受ける方の多くが、この高額療養費制度の対象となります 。ご自身がどの所得区分に該当し、自己負担限度額がいくらになるのかを事前に確認しておくことが非常に重要です。不明な点は、医療機関の相談窓口(ソーシャルワーカーなど)や、加入している健康保険の窓口に問い合わせてみましょう。

以下のリンクでは、乾癬患者さんを対象に高額療養費制度が分かりやすく解説されていますが、他の疾患で生物学的製剤を使用する方にも共通する内容です。

高額療養費制度について – 乾癬ネット

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