肋膜炎の基礎知識と臨床的意義
肋膜の解剖学的構造と生理機能
肋膜(胸膜)は肺を覆う重要な膜構造で、臓側胸膜と壁側胸膜の二層から構成されています。臓側胸膜は肺の表面を直接覆い、壁側胸膜は胸腔全体を覆っています。この二層の間には胸膜腔という狭い空間があり、通常は少量の胸水が存在して肺の滑らかな動きを助けています。
肋膜炎(胸膜炎)は、この胸膜に何らかの原因で炎症が起こった状態を指します。炎症により胸膜腔内に過剰な胸水が貯留し、肺を圧迫することで呼吸困難や胸痛などの症状を引き起こします。
医学的には「胸膜炎」が正式な用語として使用されますが、「肋膜炎」も同じ病態を意味する表現として一般的に用いられています。どちらの表現も原因や症状、治療法に違いはありません。
肋膜炎の主要な原因と分類
肋膜炎の原因は大きく4つのカテゴリーに分類されます。
- 癌性胸膜炎(がんせいきょうまくえん)
肺がんや乳がんなどが胸膜に転移や播種した状態です。悪性胸膜中皮腫も含まれ、胸水中のCEA値上昇やヒアルロン酸上昇が特徴的です。
- 結核性胸膜炎(けっかくせいきょうまくえん)
胸膜直下の結核菌感染巣が胸膜に直接浸潤した状態です。石灰化を示す胸膜炎のほとんどが結核性で、片側性の大量胸水では常に鑑別に挙げるべき疾患です。
- 細菌性胸膜炎(さいきんせいきょうまくえん)
細菌性肺炎や肺膿瘍の炎症が胸膜に及んだものです。膿胸に進行するリスクがあり、細菌性肺炎からの胸膜炎が膿胸に至るのは0.5%-2%程度と報告されています。
- 膠原病性胸膜炎(こうげんびょうせいきょうまくえん)
全身性エリテマトーデス(SLE)や関節リウマチ(RA)などの膠原病によって胸膜に炎症が起こったものです。
結核性胸膜炎と癌性胸膜炎が最も多く、この2つで胸膜炎全体の60-70%を占めています。
肋膜炎の症状と臨床所見の特徴
肋膜炎の症状は原因や病期によって異なりますが、共通する特徴的な症状があります。
初期症状
- 胸痛・背部痛(最も多い初期症状)
- 乾性咳嗽
- 呼吸時の胸部不快感
進行時の症状
- 呼吸困難(特に癌性胸膜炎で顕著)
- 発熱(感染性の場合)
- 全身倦怠感
- 食欲不振
重症例での症状
- 血圧低下
- 頻脈
- チアノーゼ
胸痛は胸膜の炎症による特徴的な症状で、深呼吸や咳嗽時に増強する傾向があります。大量の胸水が貯留すると肺の圧迫により呼吸困難が生じ、さらに心臓への圧迫により循環動態に影響を与えることもあります。
感染性胸膜炎では発熱を伴うことが多く、癌性胸膜炎では進行性の呼吸困難が特徴的です。膠原病性胸膜炎では基礎疾患の活動性と関連した症状の変動が見られることがあります。
肋膜炎の診断方法と画像所見
肋膜炎の診断には複数のアプローチが必要です。
画像検査
侵襲的検査
- 胸腔穿刺:胸水の採取と性状分析
- 胸膜生検:組織学的診断
- 胸腔鏡検査:直視下での胸膜観察と生検
胸水検査項目
- 細胞数・分類
- 生化学検査(蛋白、LDH、グルコース、ADA)
- 細菌培養・抗酸菌検査
- 細胞診・腫瘍マーカー
胸水中ADA(アデノシンデアミナーゼ)は結核性胸膜炎の診断に有用なマーカーですが、最近の研究では特異度の低下が指摘されています。ADA≥40 U/Lの患者では、胸水LDHや好中球比率と組み合わせた評価が重要です。
画像所見では、結核性胸膜炎で石灰化、癌性胸膜炎で胸膜の結節状肥厚、細菌性胸膜炎で肺炎像の併存などが特徴的です。
肋膜炎における超音波診断の革新的活用法
近年、肋膜炎の診断において肺エコー(超音波診断)の活用が注目されています。これは従来の画像診断では得られない独自の情報を提供する革新的なアプローチです。
肺エコーの基本的な描出方法
肋骨と肋骨の間に胸膜を描出し、その様相がコウモリが羽を広げているように見えることから「Bat sign」と呼ばれます。
肋膜炎特有のエコー所見
- Irregular pleural line:炎症による胸膜の不整
- Thickened pleural line:胸膜の肥厚(>3mm)
- B-line:胸膜から垂直に伸びるアーチファクト
- Lung slidingの減衰または消失
COVID-19肺炎での特徴的所見
胸膜直下から病変が出現し進行するCOVID-19肺炎では、以下の所見が特徴的です。
- 胸膜の異常所見(irregular pleural line)
- 小さな胸膜直下consolidation
- 癒合したB-lines(coalescent B-lines)
- White lung所見
ARDS と心原性肺水腫の鑑別
超音波所見により、ARDSと心原性肺水腫の鑑別が可能です。
所見 | ARDS | 心原性肺水腫 |
---|---|---|
胸膜異常 | あり | なし |
B-lineの分布 | 非対称性 | 対称性 |
Sliding signの減衰 | あり | なし |
Consolidation | 背側に存在 | なし |
この超音波診断法は、ベッドサイドで迅速に実施でき、放射線被曝もないため、肋膜炎の診断と経過観察において極めて有用なツールとなっています。
肋膜炎の治療戦略と最新のアプローチ
肋膜炎の治療は原因に応じた個別化アプローチが重要です。
癌性胸膜炎の治療
- 化学療法(抗がん剤治療)
- 胸腔ドレナージによる症状緩和
- 胸膜癒着術による再貯留予防
最新の胸膜癒着術では、従来のタルクに加えて以下の選択肢があります。
- 自己血を用いた胸膜癒着術
- 銀イオン溶液を用いた胸膜癒着術
- 新世代のタルク製剤(均一粒径)
結核性胸膜炎の治療
- 抗結核薬による薬物療法
- 必要に応じた胸腔ドレナージ
- ステロイドの併用(重症例)
細菌性胸膜炎の治療
ドレナージ適応基準
以下の条件でドレナージが必要です。
- 膿胸
- pH≦7.0、グルコース≦40mg/dl
- Gram染色または培養陽性
- 胸水LDが血清LDの基準値上限の3倍以上
膠原病性胸膜炎の治療
- ステロイド療法
- 免疫抑制薬の使用
- 基礎疾患のコントロール
治療効果の判定には定期的な画像検査と症状の評価が重要で、特に癌性胸膜炎では生活の質(QOL)を重視した治療選択が求められます。
悪性胸膜中皮腫などの難治性疾患では、集学的治療として外科療法、化学療法、放射線療法を組み合わせたアプローチが検討されています。胸膜切除・肺剥皮術(PD)や胸膜肺全摘除術などの外科的治療も、適応を慎重に検討した上で実施されています。
治療期間は原因により異なりますが、細菌性胸膜炎では通常1週間程度の抗生物質治療が行われ、結核性胸膜炎では6-9ヶ月の抗結核薬治療が必要です。癌性胸膜炎では原疾患の治療と並行した長期的な管理が重要となります。