リツキサンとリツキシマブの違い
リツキサンとは?一般名リツキシマブの商品名
「リツキサン」と「リツキシマブ」は、医療現場で頻繁に耳にする薬剤名ですが、これらの関係性を正しく理解することは非常に重要です 。結論から言うと、リツキサンは商品名であり、リツキシマブはその有効成分の一般名(国際一般名:International Nonproprietary Name)です 。つまり、製薬会社が販売している製品としての名前が「リツキサン点滴静注」であり、その中に含まれている薬効成分が「リツキシマブ(遺伝子組換え)」ということになります 。
この関係は、他の医薬品でも同様に見られます。例えば、解熱鎮痛剤の「カロナール」(商品名)と「アセトアミノフェン」(一般名)の関係と同じです。医療従事者間では、情報共有の正確性を期すために一般名で会話することが推奨される場面も少なくありません。
リツキシマブは、Bリンパ球の表面に発現している「CD20」というタンパク質を特異的に認識して結合する、遺伝子組換え技術を用いて製造されたモノクローナル抗体です 。B細胞が関与する特定の疾患において、このCD20に結合することで、免疫システムを活性化させたり、細胞自体にアポトーシス(細胞死)を誘導したりして、異常なB細胞を体内から除去する働きをします 。この画期的な作用機序から、リツキシマブは分子標的治療薬に分類されています 。
参考)リツキサンの効果や副作用について|がんとANK免疫細胞療法の…
日本国内では、中外製薬が「リツキサン」という商品名で製造販売しています 。2001年に発売が開始されて以来、多くのがん患者さんや自己免疫疾患の患者さんの治療に貢献してきました 。
参考)https://chugai-pharm.jp/product/rit/div/
リツキサンの効果と適応疾患、薬価について
リツキサン(リツキシマブ)は、その特異的な作用機序から、非常に幅広い疾患の治療に用いられています。主な適応疾患は以下の通りです 。
主な適応疾患
- CD20陽性のB細胞性非ホジキンリンパ腫
参考)https://clinicalsup.jp/jpoc/drugdetails.aspx?code=67383
- CD20陽性の慢性リンパ性白血病
- 免疫抑制状態下のCD20陽性のB細胞性リンパ増殖性疾患
- 多発血管炎性肉芽腫症、顕微鏡的多発血管炎
- 難治性のネフローゼ症候群
- 難治性の尋常性天疱瘡及び落葉状天疱瘡
- 視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)の再発予防
参考)リツキサン® – 多発性硬化症・視神経脊髄炎・MOG抗体関連…
- 全身性エリテマトーデス(SLE)やループス腎炎(既存治療で効果不十分な場合に限る)
参考)リツキシマブBS点滴静注100mg「ファイザー」、同500m…
- 慢性特発性血小板減少性紫斑病(ITP)
- 後天性血栓性血小板減少性紫斑病(aTTP)
これらの疾患に共通するのは、病態にB細胞が深く関わっている点です。リツキサンは、異常なB細胞を標的として除去することで、優れた治療効果を発揮します。例えば、悪性リンパ腫の標準治療の一つであるR-CHOP療法では、リツキサン(R)を従来の化学療法(CHOP)に併用することで、治療成績が飛躍的に向上しました 。
薬価については、高価なバイオ医薬品であるため、患者さんの経済的負担も考慮する必要があります。2025年現在の薬価は以下の通りです 。
- リツキサン点滴静注100mg:17,897円/瓶
- リツキサン点滴静注500mg:89,606円/瓶
治療には、患者さんの体重や疾患に応じて投与量が決定されるため、1回の治療で数十万円以上の薬剤費がかかることも珍しくありません。高額療養費制度などの医療費助成制度の活用も視野に入れた情報提供が、患者さんへの支援につながります。
リツキサンの副作用と特に注意すべきインフュージョンリアクション
リツキサンは分子標的薬であり、従来の化学療法と比較して正常な細胞へのダメージが少ないとされていますが、特有の副作用には細心の注意が必要です 。中でも最も重要で頻度の高い副作用がインフュージョンリアクション(infusion reaction)です 。
インフュージョンリアクションは、薬剤の投与中から投与後24時間以内に発現する一連の急性反応を指します 。サイトカイン放出症候群の一種と考えられており、特に初回投与時に最も起こりやすいとされています 。
参考)R-CHOP療法(看護・ケアのポイント)/悪性リンパ腫
主な症状 🤒
- 発熱、悪寒、戦慄
参考)https://ykh.kkr.or.jp/common/img/2023/11/31.pdf
- 悪心、嘔吐
- 頭痛、めまい、倦怠感
- 発疹、掻痒感、じんましん
- 血圧変動(上昇または低下)
- 頻脈、不整脈
- 気管支痙攣、呼吸困難、咽頭違和感
- 血管浮腫(唇、舌、まぶたの腫れ)
- 腫瘍疼痛
重篤な場合は、アナフィラキシーショックや心筋梗塞、呼吸不全などを引き起こし、生命を脅かす可能性もあります 。そのため、投与中はバイタルサインのモニタリングを密に行い、患者さんの様態変化を注意深く観察することが不可欠です 。多くの施設では、インフュージョンリアクションの発生に備え、緊急時対応が可能な環境下で投与が行われます 。
インフュージョンリアクションの予防・軽減のために、リツキサン投与前に抗ヒスタミン薬や解熱鎮痛薬、副腎皮質ステロイドなどが前投薬として使用されます。また、投与速度を段階的に上げていく「ステップワイズ投与」も一般的に行われます 。万が一、症状が出現した場合は、直ちに投与を中断し、医師に報告して適切な処置を行う必要があります 。
この他に起こりうる副作用としては、骨髄抑制(好中球減少、血小板減少など)、B型肝炎ウイルスの再活性化、進行性多巣性白質脳症(PML)、間質性肺炎、皮膚粘膜障害などが報告されており、長期的なフォローアップも重要です。
リツキシマブのバイオシミラーの効果と安全性
高価なリツキサン(先発医薬品)に代わる選択肢として、リツキシマブのバイオシミラー(バイオ後続品)が登場しています 。バイオシミラーとは、既に承認された先行バイオ医薬品と品質、安全性、有効性が同等/同質であると評価された医薬品のことです 。
開発コストを抑えられるため、一般的に先発医薬品よりも薬価が安く設定されており、患者さんの経済的負担の軽減や、国の医療費抑制に貢献することが期待されています 。
参考)リツキシマブのバイオシミラーでB細胞がんを解明 – Assa…
日本国内では、複数のリツキシマブ バイオシミラーが承認・販売されています。例えば、「リツキシマブBS点滴静注「KHK」」などがそれに該当します 。
参考)医療用医薬品 : リツキシマブBS (リツキシマブBS点滴静…
これらのバイオシミラーは、先発医薬品であるリツキサンと比較して、有効性と安全性が同等であることを示すために、厳格な臨床試験が行われています。例えば、低悪性度リンパ腫患者を対象とした国際多施設共同試験では、バイオシミラー(BCD-020)が先発リツキシマブと同等の全奏効率と安全性プロファイルを示したと報告されています 。品質特性、免疫原性、薬物動態(PK)、薬力学(PD)の全ての面で、実質的な差は認められなかったと結論付けられています 。
参考)ASK
バイオシミラーのポイント ✨
- 同等性/同質性: 品質、安全性、有効性において先発品と同等 。
- 経済性: 薬価が安く、医療費の削減に貢献 。
- 情報提供: 先発品で得られた知見が、バイオシミラーの適正使用にも活用される。
医療従事者としては、患者さんからバイオシミラーへの変更について質問される場面も増えてくるでしょう。その際には、これらの臨床試験の結果に基づき、有効性や安全性は先発品と変わらないこと、そして経済的なメリットがあることを丁寧に説明することが求められます。
参考リンク:先行バイオ医薬品とバイオ後続品の同等性/同質性評価について
https://www.pmda.go.jp/files/000259569.pdf
リツキサン治療における看護師の役割と独自視点のケア
リツキサン治療を安全かつ効果的に進める上で、看護師の役割は極めて重要です。特に、前述したインフュージョンリアクションへの対応は、看護師の専門性が最も発揮される場面の一つと言えるでしょう 。
1. インフュージョンリアクションの早期発見と対応
看護師は、患者さんの最も身近な存在として、バイタルサインのモニタリングだけでなく、患者さんの些細な訴えや表情の変化を捉える観察力が求められます 。
- 観察のポイント:
- 「なんだか喉がイガイガする」
- 「少し頭が痛いかも」
- 「体が熱っぽい感じがする」
- 皮膚の発赤や痒みの有無
- 申し送りの重要性: 次回の投与時に備え、発生した症状、時刻、対応、患者の反応などを正確に記録し、申し送ることが不可欠です 。これにより、次サイクル以降の投与速度の調整や前投薬の検討など、個別化された安全な治療計画につながります。
2. 精神的サポートと患者教育
リツキサン治療を受ける患者さんは、がんや難病という診断に加え、高額な治療費、そして副作用への不安など、多くのストレスを抱えています。
- 独自視点のケア:
- 🎨 不安の可視化: 患者さんが副作用について漠然とした不安を抱えている場合、「不安の温度計」のようなスケールを用いて、「今の不安は10段階のうちどれくらいですか?」と問いかけ、不安の程度を具体化・共有する。漠然とした不安が具体的な言葉になるだけで、患者さんの気持ちが楽になることがあります。
- 📖 副作用セルフケアノート: 副作用の症状や対処法をまとめたオリジナルのノートを患者さんと一緒に作成する。イラストを入れたり、個別の注意点を書き込んだりすることで、患者さんが主体的に治療に参加し、セルフケア能力を高める支援をします。
- 🤝 ピアサポートへの橋渡し: 同じ治療を経験した患者さんの体験談は、何よりの力になることがあります。患者会やオンラインコミュニティなどの情報を提供し、社会的・心理的な孤立を防ぐ手助けをすることも、看護師の重要な役割です。
3. 長期的な視点でのフォローアップ
治療が終了した後も、遅発性の副作用やB型肝炎ウイルスの再活性化などのリスクは続きます。退院後の生活指導や定期的な受診の重要性を伝え、患者さんが安心して日常生活を送れるよう支援していくことも求められます。
リツキサン治療における看護は、単なる薬剤の投与管理に留まりません。専門的な知識に基づく観察力、個別性に配慮したケア、そして患者さんに寄り添う共感的な姿勢が三位一体となって、初めて質の高い看護が実現するのです。
参考リンク:R-CHOP療法における看護・ケアのポイント