リポフェクションとトランスフェクションの違い

リポフェクションとトランスフェクションの違い

この記事の要点
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トランスフェクションは上位概念

真核細胞に核酸を導入する全体的な手法の総称で、物理的・化学的・生物学的方法を含む

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リポフェクションは化学的手法の一種

カチオン性脂質を用いてDNAやRNAを細胞内に導入する特定のトランスフェクション法

細胞種や目的で使い分け

リポフェクションは簡便で低毒性、エレクトロポレーションは高効率、ウイルス法は安定発現に適する

リポフェクションとは何か

リポフェクションは、カチオン性脂質(正電荷を持つ脂質)を利用して、DNAやRNAなどの核酸を細胞内に導入する化学的なトランスフェクション法の一種です。生体膜を構成するリン脂質は水溶液中でリポソームと呼ばれる脂質二重膜の小胞を形成し、カチオン性脂質試薬と負に帯電した核酸が静電相互作用により複合体を形成します。この複合体が負に帯電した細胞膜表面と相互作用することで、エンドサイトーシスを介して効率的に核酸が細胞内に取り込まれます。

参考)トランスフェクション手法の紹介・比較


リポフェクション法は「リポソームトランスフェクション」とも呼ばれ、1987年にFelgner らによって発表された手法です。特別な機器を必要とせず、比較的安価で簡便に実施できるため、現在では最も広く使用されているトランスフェクション法の一つとなっています。

参考)リポフェクション – Wikiwand

トランスフェクションの定義と種類

トランスフェクションとは、真核細胞に外来の核酸(DNA、RNA、siRNAなど)を導入する技術全般を指す上位概念です。細胞膜は負に帯電しているため、同様に負電荷を持つ核酸分子は通常では細胞内に浸透できません。そのため、トランスフェクションでは核酸を細胞内に送達するための様々な技術が用いられます。

参考)https://www.sigmaaldrich.com/JP/ja/technical-documents/technical-article/cell-culture-and-cell-culture-analysis/transfection-and-gene-editing/transfection-reagents


トランスフェクション法は大きく分けて以下の3種類に分類されます:

参考)遺伝子導入試薬|タンパク質実験|【ライフサイエンス】|試薬-…

物理的手法

エレクトロポレーション法(電気穿孔法)、マイクロインジェクション法、レーザー法などが含まれます。電気パルスや物理的刺激により細胞膜に一時的な孔を形成し、核酸を導入します。

参考)そういうことだったのか ! ゲノム編集実験(CRISPR/C…

化学的手法

リポフェクション法、リン酸カルシウム共沈殿法、DEAE-デキストラン法、ポリエチレンイミン法などが含まれます。正電荷を持つキャリア分子と核酸の複合体を形成して細胞内に導入します。

参考)培養細胞のトランスフェクション効率の計測

生物学的手法

ウイルスベクターを利用する方法で、ウイルスが本来持つ細胞への感染能力を利用して核酸を導入します。

参考)https://ameblo.jp/kagakusyanotamago12345/entry-12885816678.html

リポフェクション法の原理と特徴

リポフェクション法の原理は、カチオン性脂質の正電荷と核酸のリン酸基が持つ負電荷との静電相互作用を利用するものです。カチオン性脂質を水性バッファーに懸濁して超音波処理すると小さなベシクル(小胞)が形成され、これがDNA水溶液と混合されると正電荷を持つリポソームがDNA表面をコーティングします。

参考)https://www.sigmaaldrich.com/JP/ja/technical-documents/protocol/cell-culture-and-cell-culture-analysis/transfection-and-gene-editing/procedure-for-preparation


この複合体形成により、DNAに細胞膜との相互作用を促進する性質が付与され、細胞膜を通過して核内に移動することが可能になります。リポフェクション法は細胞毒性が低く、操作性に優れているという大きな利点があります。また、特別な機器を必要としないため簡便で、様々な細胞株に適用可能です。

参考)https://www.nips.ac.jp/tech/ipr/d/009/patch.html


一方で、リポフェクション法にも限界があり、浮遊細胞や神経細胞などの一部の細胞には導入が困難な場合があります。細胞によって適した試薬が異なり、試薬による毒性の差も存在するため、使用する細胞に対して最も毒性が低く導入効率が高い試薬を選択することが重要です。

参考)どうやってsiRNAを導入しますか? – バイオダイレクトメ…

一過性発現と安定発現の違い

トランスフェクションには、導入した遺伝子の発現様式によって「一過性トランスフェクション」と「安定トランスフェクション」の2種類があります。

参考)一過性のトランスフェクションと安定性のトランスフェクションの…


一過性トランスフェクションでは、導入されたDNAは細胞の染色体に組み込まれません。高いトランスフェクション効率が得られ、導入後1〜4日で遺伝子転写産物を分析できますが、遺伝子発現は短期間で終了し、外来遺伝子は次世代に受け継がれません。アッセイには3〜4週間を要し、真核細胞に永続的な遺伝的変化は生じません。

参考)一時的なトランスフェクションと安定したトランスフェクションの…


安定トランスフェクションでは、外来遺伝子が真核細胞のゲノムに組み込まれます。細胞に永続的な遺伝的変化が生じ、外来遺伝子は世代を超えて受け継がれます。ただし、アッセイには12〜18週間という長期間が必要です。​
リポフェクション法は、一過性トランスフェクションと安定トランスフェクションの両方に対応できるという利点があります。目的に応じて、短期間の遺伝子発現を調べる場合は一過性発現を、長期的な遺伝子発現や細胞株の樹立を行う場合は安定発現を選択します。​

エレクトロポレーション法との比較

エレクトロポレーション法(電気穿孔法)は、高電圧パルスにより細胞膜に形成した孔を介して核酸を細胞内に通過させる物理的トランスフェクション法です。細胞に短パルスの電流を与えて一時的に孔を開け、その後細胞膜が自発的に修復されることを利用します。

参考)エレクトロポレーション(電気穿孔法)|電源装置なら松定プレシ…


エレクトロポレーション法の主な利点は、全ての細胞タイプに適用可能で、導入効率が高くなりやすい点です。リポフェクション法では導入困難な初代培養細胞、浮遊細胞、神経細胞、リンパ球細胞などにも遺伝子を導入できます。一度最適な条件が決定されると、簡単で迅速に多数の導入が行えるという利点もあります。

参考)徹底網羅!トランスフェクションにおける化学的手法、生物学的手…


一方、エレクトロポレーション法の欠点として、高電圧パルスによって相当数の細胞死が引き起こされるため、化学的トランスフェクション法に比べて多量の細胞が必要とされます。また、特殊な機器(エレクトロポレーション装置)を必要とするため非常に高価であり、効率の良い導入には電圧やパルスの長さの条件検討が重要です。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10644071/


豚卵母細胞を用いた研究では、リポフェクション法とエレクトロポレーション法で同程度の変異胚盤胞率が得られたことが報告されており、適切な条件下ではリポフェクション法もエレクトロポレーション法と同等の効率を示すことが示されています。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9913380/

リポフェクション法とウイルスベクター法の使い分け

ウイルスベクター法は、ウイルスが本来持つ細胞への感染能力を利用して遺伝子を導入する生物学的トランスフェクション法です。ウイルス法は、リポフェクション法では導入困難な細胞やin vivoトランスフェクション(生体内遺伝子導入)によく用いられます。​
ウイルスベクター法の最大の利点は高い導入効率長期間の遺伝子発現が期待できることです。特に安定的な遺伝子発現を必要とする場合や、難導入性の細胞に対して効果的です。一方で、ウイルスの安全性が懸念される場合があり、ウイルスベクターの製造や取り扱いには専門的な知識と設備が必要です。​
リポフェクション法は、ウイルス法に比べて導入効率が低い場合がありますが、安全性が高く簡便で手軽に行えるという利点があります。また、カチオン性脂質の導入効率はウイルスベクターに比べて依然として低いものの、改良された製品が次々に開発されており、絶えず進化を続けています。

参考)https://www.genspark.ai/spark/%E3%83%AA%E3%83%9D%E3%83%95%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E6%B3%95%E3%81%A8%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%95%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E6%B3%95%E3%81%AE%E8%A9%B3%E7%B4%B0/2bb91b29-1637-4f36-bf34-a06e31eacc35


実際には、対象となる細胞の種類、導入したい核酸の種類、一過性か安定発現か、実験の目的などに応じて、最適な方法を選択することが重要です。リポフェクション法は、簡便性、低毒性、コストパフォーマンスの観点から、多くの実験室で第一選択として用いられています。​

リポフェクション効率に影響する要因

リポフェクション法の成功には、細胞の健全性と生存率、継代数、コンフルエンシー(細胞密度)、使用する核酸の量など、多くの要素が影響します。細胞によって最適なリポフェクション試薬が異なり、試薬によって細胞への毒性も異なるため、使用する細胞に対して最も毒性が低く導入効率が高い試薬を選択することが重要なポイントになります。

参考)トランスフェクション効率に影響する要素


カチオン性脂質の構造も導入効率に大きく影響します。研究では、炭化水素鎖の構造(飽和・不飽和)や表面電荷密度がトランスフェクション効率を左右することが示されています。例えば、不飽和誘導体は飽和誘導体に比べて50倍も効果的である場合があります。また、コレステロールベースのカチオン性脂質が高いトランスフェクション効率を示すことも報告されています。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1302639/


DNA/試薬の比率、総トランスフェクション容量、細胞のコンフルエンシーなどの条件を最適化することで、トランスフェクション効率を向上させることができます。活性/毒性分析では、細胞毒性に対するピーク遺伝子発現の比率を測定し、比率が高いほど細胞毒性レベルが低く、トランスフェクション効率が最適化されていることを示します。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7088699/


トランスフェクション法の包括的な技術レビューでは、様々なトランスフェクション法の特性、利点、制限が詳しく解説されています
フナコシ株式会社のトランスフェクション手法の紹介では、各手法の原理と使い分けについて日本語で詳しく説明されています