リオシグアト作用機序とsGC刺激による血管拡張
PDE5阻害薬と併用すると重篤な低血圧を起こします
リオシグアトのNO依存性とNO非依存性作用機序
リオシグアトは可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)刺激薬という新しいクラスの薬剤として、従来の肺高血圧症治療薬とは異なる独自の作用機序を持っています。この薬剤の最大の特徴は、2つの異なる経路を通じてsGCを活性化する点にあります。
第一の作用として、内因性一酸化窒素(NO)に対するsGCの感受性を高める働きがあります。肺高血圧症の病態では、血管内皮機能不全によりNO産生が低下していることが知られています。リオシグアトはNOとsGCの結合を安定化させることで、少量のNOでも効率的にsGCを活性化できるようにします。
つまり既存のNOを有効活用するということですね。
第二の作用として、NO非依存的に直接sGCを刺激する働きを持ちます。これはNOが不足している状況でも、リオシグアト単独でsGCを活性化できることを意味しています。この二重の作用機序により、肺高血圧症で障害されたNO-sGC-cGMP経路を多面的に補強することが可能になります。
MSD Connect「作用機序」のページには、リオシグアトがNO存在下ではNOによるsGC活性を増強し、NO非存在下では単独でsGCを刺激してcGMP産生を促進する詳細なメカニズムが図解されています。
この二重作用により、病態の進行度に関わらず治療効果を発揮できる点が、リオシグアトの大きな強みです。
リオシグアトによるcGMP産生とsGC刺激作用
リオシグアトがsGCを刺激すると、グアノシン三リン酸(GTP)から環状グアノシン一リン酸(cGMP)への変換が促進されます。cGMPは血管平滑筋細胞内のセカンドメッセンジャーとして重要な役割を果たし、複数の下流シグナル伝達経路を活性化します。
具体的には、cGMPがcGMP依存性プロテインキナーゼG(PKG)を活性化することで、血管平滑筋細胞内のカルシウムイオン濃度が調節されます。カルシウム濃度が低下すると、アクチン-ミオシンの相互作用が抑制され、血管平滑筋が弛緩します。結果として肺動脈が拡張し、肺血管抵抗が低下するということです。
従来のホスホジエステラーゼ5(PDE5)阻害薬は、cGMPの分解を抑制することで血管拡張作用を発揮します。一方でリオシグアトは、cGMPの「産生」を促進する点で作用機序が根本的に異なります。そのため、PDE5阻害薬が効果不十分な症例でも治療効果が期待できる可能性があります。
ただし、PDE5阻害薬とリオシグアトは作用機序が重複するため、併用は厳重に禁止されています。併用すると細胞内cGMP濃度が過剰に上昇し、重篤な低血圧を引き起こすリスクがあるためです。
血管拡張以外にも、cGMPには抗増殖作用、抗血栓作用、抗炎症作用などがあることが報告されており、リオシグアトの多面的な治療効果に寄与していると考えられています。
リオシグアト適応となる慢性血栓塞栓性肺高血圧症の特徴
慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)は、肺動脈内の血栓が器質化して残存し、肺血管抵抗の上昇と肺高血圧をきたす疾患です。リオシグアトは、CTEPHに対して承認された世界初の経口治療薬として、2013年に国際的に注目を集めました。
CTEPHの根治療法は肺動脈血栓内膜摘除術(PEA)という外科手術のみです。しかし、手術不適応例や術後に肺高血圧が残存・再発した症例が10~40%存在することが知られています。このような患者さんに対して、リオシグアトは重要な治療選択肢となります。
CHEST-1試験という国際多施設共同試験では、手術不適応または術後残存CTEPHに対するリオシグアトの有効性が検証されました。プラセボと比較して、6分間歩行距離が有意に改善し、肺血管抵抗も低下したことが示されています。平均で約46メートルの歩行距離延長が認められました。
リオシグアトの投与により、WHO機能分類の改善や、心臓への負担を示すNT-proBNP値の低下も観察されています。これらのデータは、リオシグアトがCTEPH患者の運動能力や血行動態、さらには生活の質を改善する可能性を示唆しています。
MSD Connect「CTEPH(慢性血栓塞栓性肺高血圧症)」のページには、CTEPHの病態や診断、治療戦略について医療従事者向けの詳細な情報が掲載されています。
現在、日本ではリオシグアトとセレキシパグの2剤がCTEPHに適応を持つ肺血管拡張薬として承認されています。症例に応じて適切な薬剤選択を行うことが重要です。
リオシグアト適応となる肺動脈性肺高血圧症の治療戦略
肺動脈性肺高血圧症(PAH)は、肺動脈の血管収縮、血栓形成、血管壁の肥厚・リモデリングにより肺血管抵抗が上昇する疾患です。リオシグアトはPAHに対しても承認されており、特にWHO機能分類クラスII~IIIの患者に使用されます。
PATENT-1試験では、PAH患者に対するリオシグアトの効果が評価されました。12週間の投与により、6分間歩行距離がプラセボ群と比較して平均36メートル延長しました。歩行距離が30メートル改善すると日常生活動作が楽になるとされており、この結果は臨床的に意義があると考えられます。
リオシグアトはエンドセリン受容体拮抗薬(ERA)やプロスタサイクリン製剤と併用可能です。PAHの治療ガイドラインでは、初期からの併用療法が推奨される場合があり、リオシグアトは併用療法の一翼を担う薬剤として位置づけられています。ただし、PDE5阻害薬との併用は禁忌であることに注意が必要です。
PAHは希少疾患であり、2020年の統計で日本における患者数は約4,230人とされています。患者数が少ないゆえに、個々の症例に応じた丁寧な治療管理が求められます。リオシグアトの投与にあたっては、定期的な血行動態評価と用量調整が不可欠です。
WHO機能分類クラスIVの重症例における有効性と安全性は確立していないため、基本的には中等症までの患者が適応となります。
リオシグアト投与における用量調整と血管平滑筋への作用
リオシグアトの投与は、通常成人で1回1.0mgを1日3回経口投与から開始します。2週間継続して収縮期血圧が95mmHg以上で低血圧症状を示さない場合には、2週間間隔で1回用量を0.5mgずつ増量していきます。最高用量は1回2.5mg1日3回までとされています。
この慎重な用量調整プロトコルは、個々の患者の血圧反応性を評価しながら至適用量を決定するために設計されています。血管拡張作用が強いため、過度の血圧低下を避けることが重要です。低血圧が生じた場合は減量または休薬が必要になります。
血管平滑筋細胞において、リオシグアトによって増加したcGMPはPKGを介して細胞内カルシウムの流入を抑制します。カルシウムチャネルの活性が低下し、筋小胞体からのカルシウム放出も減少することで、血管平滑筋の収縮力が低下します。具体的には、ミオシン軽鎖のリン酸化が抑制されるということですね。
この作用は主に肺血管に対して発揮されますが、全身の血管にも影響を及ぼします。そのため、全身血圧の変動に注意しながら投与する必要があります。めまい、頭痛、潮紅(ほてり)などの副作用が報告されており、これらは血管拡張作用に関連した症状と考えられています。
用量維持期に入った後も、定期的な血圧測定と症状の確認が必要です。肝機能や腎機能の障害がある患者では、薬物代謝や排泄が影響を受けるため、より慎重な用量管理が求められます。特に重度の肝障害や腎障害のある患者、透析中の患者には禁忌とされています。
リオシグアト併用禁忌とNO供与薬との相互作用
リオシグアトには複数の併用禁忌薬があり、処方前に必ず確認する必要があります。最も重要なのは、硝酸薬などのNO供与薬との併用禁忌です。ニトログリセリン、硝酸イソソルビド、ニコランジル、亜硝酸アミルなどが該当します。
NO供与薬は外因性のNOを供給することでsGCを活性化し、cGMP産生を促進します。リオシグアトもsGCを刺激してcGMP産生を増加させるため、併用すると相加的に作用が増強され、過度の血圧低下をきたすリスクが高まります。狭心症の治療で硝酸薬を使用している患者には、リオシグアトは投与できません。
PDE5阻害薬(シルデナフィル、タダラフィル、バルデナフィルなど)との併用も厳重に禁止されています。PDE5阻害薬はcGMPの分解を抑制し、リオシグアトはcGMP産生を促進するため、併用により細胞内cGMP濃度が著しく上昇します。2026年1月の添付文書改訂では、マシテンタン・タダラフィル配合剤(ユバンシ)も併用禁忌薬として追加されました。
他のsGC刺激薬であるベルイシグアトとの併用も禁忌です。作用機序が類似しているため、過度の血管拡張作用が生じる可能性があります。
強力なCYP3A4阻害薬やCYP1A1阻害薬との併用には注意が必要です。リオシグアトは主にCYP1A1、一部CYP3A4により代謝されるため、これらの酵素を阻害する薬剤と併用すると血中濃度が上昇する可能性があります。HIV治療薬の一部は以前併用禁忌でしたが、現在は併用注意に変更されています。
患者の服薬歴を詳細に確認し、併用禁忌薬がないことを確認してからリオシグアトの投与を開始することが、医療安全上極めて重要です。
Please continue.