レジオネラのグラム染色
レジオネラ菌のグラム染色における特徴的所見
レジオネラ菌は一般的にグラム陰性桿菌として分類されますが、通常のグラム染色では難染性を示し、実質的に検出は困難とされています。しかし、実際の臨床現場では、気管内吸引痰のような良質な検体を用いることで、グラム染色でもレジオネラ菌を疑うことが可能な場合があります。
参考)https://www.jscm.org/journal/full/02701/027010034.pdf
レジオネラ菌は細胞内寄生性細菌であるため、グラム染色所見では白血球内にのみグラム陰性短桿菌として観察されることが特徴的です。菌体の長さは1~2μmで、両端がややとがった直線的な短桿菌として見え、白血球は空胞変性を多く認めます。重要な点は、白血球の空胞内に菌体を認める傾向や、細胞の辺縁に菌体が集まる傾向があることです。
この細胞内寄生像は、レジオネラ属菌が宿主細胞内で異質な食胞(Legionella-containing phagosome)内で増殖するという特性によるものです。ただし、これらの所見は口腔内常在細菌との鑑別が困難な場合があるため、気管内吸引によって得られた検体のような口腔内常在菌の影響を受けにくい検体での観察が重要です。
レジオネラ診断におけるヒメネス染色の重要性
レジオネラ菌の検出において、ヒメネス染色は極めて重要な役割を果たしています。この染色法は元々リケッチアの染色法として開発されましたが、細胞内のレジオネラ菌も容易に観察できることから、患者検体からの検出にグラム染色と併用されています。
参考)https://id-info.jihs.go.jp/surveillance/iasr/45/533/article/020/index.html
ヒメネス染色の利点として、グラム染色では優位な細菌が観察されず、ヒメネス染色で細胞内増殖を示す細菌が観察された場合には、レジオネラを強く疑うことができる点があります。臨床検査室では、レジオネラ肺炎を疑う症例の検体を染色するために最も用いられている方法の一つとなっています。
参考)https://www.jscm.org/journal/full/02201/022010028.pdf
レジオネラ肺炎の診断における各種検査法の陽性率を比較した研究では、気管支肺胞洗浄液(BALF)でのヒメネス染色の陽性率が最も高いことが報告されています。尿中抗原検査が陰性になりやすいLegionella pneumophila血清群1以外のレジオネラ肺炎では、ヒメネス染色が迅速診断法として特に有用であることが示されています。
レジオネラ培養検査と専用培地の必要性
レジオネラ属菌は通常の細菌培養に用いる培地では発育できないため、専用の培地が必要となります。菌の分離にはBCYEα培地(Buffered Charcoal Yeast Extract α寒天培地)やWYO培地といった特殊培地の使用が不可欠です。
参考)https://id-info.jihs.go.jp/relevant/manual/010/Legionella20250326.pdf
これらの培地には、レジオネラ菌の発育に必須である鉄、L-システイン、および発育阻害物質を吸着するための活性炭末が含まれています。培養には通常4~7日を要し、乳白色で大小不同の特徴的な集落を形成します。集落は光沢があり湿潤性を示し、血液寒天培地では発育しないことが同定の重要な指標となります。
参考)https://idsc.niid.go.jp/iasr/24/276/dj2761.html
培養検査では、検体の前処理として酸処理および熱処理を行うことで、雑菌を除去しレジオネラ属菌の検出率を向上させることが可能です。また、L-システイン要求性の確認により、レジオネラ属菌の鑑別・同定を行います。この試験では、L-システインを含まない寒天培地では発育せず、BCYEα寒天培地にのみ発育する菌をレジオネラ属菌と判定します。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/001401963.pdf
レジオネラ尿中抗原検査の進歩と限界
レジオネラ肺炎の迅速診断において、尿中抗原検査は最も広く普及している方法です。従来の検査法は主にLegionella pneumophila血清群1の検出に限定されていましたが、最近では血清群1~15をすべて検出できる検査キットも開発されています。
参考)https://www.kyokutoseiyaku.co.jp/products/ribotest-legionella
新世代の検査キットでは、血清群1のLPS抗原を認識する抗体に加えて、レジオネラのリボソームタンパク質L7/L12の菌固有領域を認識するモノクローナル抗体を併用することで、血清群にかかわらずL. pneumophilaの検出が可能となっています。判定時間は約15分と迅速で、初診時に検査結果を得ることができます。
しかし、尿中抗原検査にも限界があります。複数の検査キットを比較した研究では、陽性率は77.2%~86.0%であり、完璧な感度ではありません。特に血清群1以外のレジオネラ菌や他のレジオネラ属菌による感染では、尿中抗原検査が陰性となる可能性が高いため、臨床像からレジオネラ肺炎が疑われる場合は、ヒメネス染色や培養検査なども併せて実施することが推奨されています。
参考)https://www.jscm.org/journal/full/03002/030020085.pdf
レジオネラ遺伝子検査技術の発展と実用性
レジオネラ菌の検出において、PCR法やLAMP法などの遺伝子診断技術が開発されており、高い感度と特異度を示しています。これらの検査法はL. pneumophilaあるいはレジオネラ属に特異的なプライマーを用いて菌の遺伝子を検出します。
参考)https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_00393.html
遺伝子検査の利点として、培養に比べて短時間で結果が得られることがあります。特にLAMP法(Loop-mediated Isothermal Amplification)は、特別な機器を必要とせず、約2時間程度で結果を得ることが可能です。しかし、現在のところ一般の医療施設で実施できる検査法とはなっておらず、専門的な検査機関での実施が必要です。
また、死菌と生菌を区別するため、液体培養と遺伝子検査を組み合わせたLC EMA法(Liquid Culture Ethidium Monoazide法)も開発されています。この方法では、培養前に死菌のDNAを除去し、生菌のみを検出することで、汚染状況の把握や洗浄効果の確認に活用できます。症例によっては疑陰性を示すものもあるため、可能な限り複数の検査法を併用することが推奨されています。
参考)https://id-info.jihs.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/3604-dj4007.html
日本の感染症サーベイランスデータによると、レジオネラ症の94%が尿中抗原検査のみで診断されていますが、レジオネラ肺炎の約半数は血清群1以外の菌が起因菌であることから、多くの症例が見逃されている可能性があり、総合的な診断アプローチの重要性が強調されています。