プロトンポンプ阻害薬の強さ比較
プロトンポンプ阻害薬の強さ比較と種類ごとの効果の違い
プロトンポンプ阻害薬(PPI)は、胃酸分泌の最終段階を担うプロトンポンプ(H+,K+-ATPase)を不可逆的に阻害することで、強力な胃酸分泌抑制作用を発揮します 。現在、日本国内で主に使用されるPPIには、第一世代のオメプラゾール、ランソプラゾール、そして第二世代のラベプラゾール、エソメプラゾールがあります 。さらに、新しい作用機序を持つカリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB)であるボノプラザンも広く用いられています 。
これらの薬剤の「強さ」を比較する指標の一つに、プロトンポンプの阻害活性を示すIC50値(半数阻害濃度)があります 。この値が小さいほど、より少ない濃度で酵素活性を50%阻害できることを意味し、作用が強いと解釈できます。in vitro(試験管内)のデータにはなりますが、IC50値を比較すると、強さの序列は以下のようになると考えられています 。
ボノプラザン >> ラベプラゾール > エソメプラゾール ≧ オメプラゾール、ランソプラゾール
ボノプラザン(商品名:タケキャブ)は、従来のPPIとは異なり、酸による活性化を必要とせずにプロトンポンプを競合的に阻害するP-CABです 。そのため、効果発現が非常に速く、初回投与から強力な酸分泌抑制効果を示すのが最大の特徴です 。また、酸に対して安定であり、食事の影響も受けにくいとされています 。
参考)PPI プロトンポンプ阻害薬│医學事始 いがくことはじめ
ラベプラゾール(商品名:パリエット)は、PPIの中で最もpKa(酸解離定数)が高く、胃の壁細胞という酸性環境下で活性化されやすい性質を持っています 。これにより、他のPPIと比較して効果発現が速いとされています。
参考)消化性潰瘍の話その2〜胃酸を止めるH2ブロッカーとPPI、P…
一方で、オメプラゾール(商品名:オメプラゾン、オメプラール)やランソプラゾール(商品名:タケプロン)は、後述する肝臓の代謝酵素CYP2C19の影響を大きく受けるため、効果に個人差が出やすいという特徴があります 。エソメプラゾール(商品名:ネキシウム)は、オメプラゾールの光学異性体(S体)であり、主にCYP2C19で代謝される点は同じですが、R体に比べて代謝されにくいため、血中濃度が安定しやすく、より確実な効果が期待できます 。
参考)逆流性食道炎を考察する その23 プロトンポンプ阻害薬の種類…
これらの違いをまとめた表が以下になります。
| 薬剤名(一般名) | 分類 | 作用発現の速さ | CYP2C19の影響 | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| ボノプラザン | P-CAB | 最も速い | 受けにくい | 初回から最大効果、持続性も高い
|
| ラベプラゾール | PPI | 速い | 受けにくい | pKaが高く活性化されやすい |
| エソメプラゾール | PPI | やや速い | やや受けやすい | オメプラゾールのS体で効果が安定的 |
| ランソプラゾール | PPI | 普通 | 受けやすい | CYP2C19の影響で個人差が大きい |
| オメプラゾール | PPI | 普通 | 受けやすい | CYP2C19の影響で個人差が大きい |
プロトンポンプ阻害薬の強さ比較と代謝酵素CYP2C19遺伝子多型の関係
プロトンポンプ阻害薬(PPI)の効果に個人差が生まれる大きな要因の一つが、薬物代謝酵素「CYP2C19」の遺伝子多型です 。多くのPPI、特にオメプラゾールやランソプラゾールは、主にこのCYP2C19によって肝臓で代謝され、体外へ排泄されます 。
CYP2C19の活性は遺伝子によって異なり、主に以下の4つのタイプに分類されます 。
参考)【最新研究の紹介】薬物代謝酵素CYP2C19の遺伝子型と胃酸…
- RM(Rapid Metabolizer:超速代謝型):酵素活性が非常に高く、薬剤が速やかに代謝・排泄されるため、薬の効果が減弱しやすい。
- EM(Extensive Metabolizer:通常代謝型):標準的な酵素活性を持つ。日本人の約35%がこのタイプとされる。
- IM(Intermediate Metabolizer:中間代謝型):酵素活性がやや低い。
- PM(Poor Metabolizer:代謝遅延型):酵素活性が著しく低い、または欠損している。薬剤が体内に長く留まるため、効果が強く現れる一方、副作用のリスクも高まる。日本人では約18%がこのタイプに該当すると言われています。
特に、オメプラゾールやランソプラゾールは、CYP2C19の遺伝子多型の影響を強く受けます 。例えば、PM(代謝遅延型)の患者にこれらの薬剤を投与すると、EM(通常代謝型)の患者と比較して血中濃度が数倍に上昇することがあり、強力な酸分泌抑制効果が得られます。逆に、RM(超速代謝型)の患者では効果が不十分となり、逆流性食道炎などの治療に難渋するケース(PPI抵抗性)の原因となることがあります。
一方で、ラベプラゾールは、CYP2C19を介さない経路でも代謝されるため、遺伝子多型の影響を受けにくいとされています 。また、エソメプラゾールも、CYP2C19で代謝されるものの、他のPPIに比べてその影響は小さいと報告されています 。
そして、P-CABであるボノプラザンは、主にCYP3A4で代謝され、CYP2C19の寄与は比較的小さいため、遺伝子多型による効果のばらつきが極めて少ないのが大きな利点です 。これにより、どの患者に対しても安定的で強力な効果が期待できます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6034668/
参考情報:CYP2C19の遺伝子多型と薬剤応答性に関する詳細な解説
薬物代謝酵素CYP2C19の遺伝子型と胃酸分泌抑制薬(プロトンポンプ阻害薬)の有効性・安全性の関連を解明 – 滋賀医科大学
プロトンポンプ阻害薬の強さ比較と副作用・長期投与のリスク
プロトンポンプ阻害薬(PPI)は、胃酸関連疾患の治療に非常に有効な薬剤ですが、その強力な胃酸分泌抑制作用ゆえに、いくつかの副作用や長期投与に伴うリスクが報告されています。これらは薬剤の「強さ」と関連して考慮する必要があります。
一般的な副作用
比較的頻度の高い副作用としては、頭痛、下痢、軟便、便秘などが挙げられます。これらは薬剤の種類による大きな差はないとされています。
長期投与に伴うリスク
PPIの長期使用に関しては、以下のようなリスクが指摘されており、臨床現場でも注意が払われています。
- 骨折リスクの上昇:PPIによる低胃酸状態が、食事からのカルシウム吸収を阻害する可能性が考えられています。特に、ビタミンDとカルシウムの摂取が不十分な高齢者において、股関節骨折などのリスクがわずかに上昇するという報告があります。
- 市中肺炎:胃酸には、食物と共に侵入する細菌を殺菌する役割があります。PPIによって胃内のpHが上昇すると、この殺菌作用が弱まり、口腔内や咽頭の細菌が肺に達して肺炎を引き起こすリスクが高まる可能性が指摘されています。
- Clostridioides difficile(クロストリディオイデス・ディフィシル)感染症:同様に、胃酸のバリア機能が低下することで、ディフィシル菌などの病原性細菌が腸内で増殖しやすくなり、偽膜性腸炎などの感染症リスクが上昇する可能性があります。
- 腎機能障害:稀ではありますが、急性間質性腎炎を引き起こすことが報告されています。長期使用により慢性腎臓病(CKD)へ進行するリスクも指摘されており、定期的な腎機能のモニタリングが推奨されます。
- 栄養素の吸収障害:胃酸は、ビタミンB12やマグネシウム、鉄などの吸収にも関与しています。長期的なPPI服用により、これらの栄養素の欠乏が生じることがあります。特に高齢者では、ビタミンB12欠乏による認知機能低下や貧血に注意が必要です。
これらのリスクは、PPIを長期にわたって使用する場合に考慮すべき重要な点です。治療上の有益性がリスクを上回る場合にのみ、必要最低限の期間と用量で使用することが原則となります。
参考情報:PPIの適正使用に関するガイドライン
高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015―追補2018― PPI の適正使用
【独自視点】プロトンポンプ阻害薬が腸内細菌叢へ与える意外な影響
プロトンポンプ阻害薬(PPI)の長期使用が議論される際、骨折リスクや栄養素の吸収障害といったトピックは頻繁に取り上げられますが、近年注目されているのが「腸内細菌叢(腸内フローラ)への影響」です。これは、検索上位の記事ではまだ十分に触れられていない、臨床上重要な独自視点と言えるでしょう。
胃酸は、口から入ってくる微生物に対する最初の強力なバリアとして機能しています。しかし、PPIによって胃内のpHが4以上の中性に近い状態が続くと、このバリア機能が著しく低下します。その結果、本来であれば胃酸によって死滅するはずの多くの口腔内細菌や環境中の細菌が、生きたまま小腸や大腸に到達してしまいます。
この現象は、腸内細菌叢の構成に大きな変化をもたらします。具体的には、以下のような変化が報告されています。
- 腸内細菌叢の多様性の低下:健康な腸内環境の指標とされる「菌の多様性」が失われる傾向にあります。
- 口腔内常在菌の増加:通常は腸内にはほとんど存在しないStreptococcus属などの口腔内細菌が、腸内で異常に増殖することが確認されています。
- 悪玉菌の比率の上昇:Enterococcus属やClostridium属といった、いわゆる「悪玉菌」の割合が増加する可能性があります。
このような腸内細菌叢のバランスの乱れ(ディスバイオシス)は、単に下痢や便秘といった消化器症状を引き起こすだけでなく、より深刻な健康問題につながる可能性が指摘されています。
例えば、前述したClostridioides difficile感染症のリスク増大は、このディスバイオシスが直接的な原因の一つです。また、小腸内で細菌が過剰に増殖する「小腸内細菌異常増殖症(SIBO)」を引き起こし、腹部膨満感や腹痛、吸収不良の原因となることもあります。
さらに、研究レベルでは、PPI長期使用者に見られる腸内細菌叢の変化が、肝硬変患者における肝性脳症の悪化や、特発性細菌性腹膜炎(SBP)のリスク因子となる可能性も示唆されています。これは、腸管のバリア機能が低下し、細菌やその毒素が血中に移行しやすくなる「リーキーガット症候群」と関連していると考えられています。
PPIは極めて有用な薬剤ですが、その強力な作用は、我々が意図しない形で腸内環境にまで影響を及ぼしている可能性があります。漫然とした長期投与は避け、治療上の必要性を定期的に再評価するとともに、患者の消化器症状の変化にも注意を払い、腸内環境への影響も念頭に置いた上で適正使用を心掛けることが、これからの医療従事者に求められる視点と言えるでしょう。
参考論文:PPIと腸内細菌叢に関するメタアナリシス
Imhann F, et al. Proton pump inhibitors affect the gut microbiome. Gut. 2016;65(5):740-748.

胸やけ、ムカムカ、吐き気、胃痛、げっぷ…… それ全部、逆流性食道炎です。